Raid 8 おわりとそれから
「それで、残してきちまった三人は?」
「先ほど回収が完了したようですが、意識が戻りません。回復できるかどうかは……なんとも言えないそうです」
「そうか……」
「あなたも一応日常生活レベルまで持ち直したとはいえ後遺症ありで要観察なんですから」
首都の病院の一角。比較的軽症の患者が収容されるエリアに僕はいた。今回の騒ぎではさほど怪我人は多くないけど、大忙しの様相を見せている。
「でもよ、なんで私だけ無事なんだ?」
「無事ではないんですけどね……まあ、人より免疫が強かったんでしょう」
「免疫って……霊子の話じゃないのか?」
「霊子学の授業でもしましょうか?」
「……いや、いい」
「彼女が生存者、ですか」
思わず背筋を伸ばしてしまうような鋭い声。もしかしなくても僕達直属のオペレータ、エイラさんだ。
「そうですよ、エイラさん」
「まだ勤務中です。オペレータ07と呼びなさい、17番」
「ここじゃそっちの方が不自然でしょう」
「……ちっ」
「舌打ちしたよこの人……」
カーテンを閉め、彼女に身を起こしてもらう。
「……さて、リリアンヌさん。話を聞かせてもらいます。互いのためにも素直に答えた方がいいですよ」
「何で喧嘩腰なんですかね」
「黙っててください。私は今機嫌が悪いのです」
「あっはい」
「まず、なぜあんなところにいたのか。別に不法侵入だどうだとかは言うつもりはありません。正直にお答えください」
「えーと、まず私のことはリリって呼んでくれ。少しむずがゆくなるんだ」
「はい、そのように」
「私たちは大学で社会学を専攻してて、そん時は噂程度に聞いてた、首都の地下通路を調査半分遊び半分で探してたんだ」
「はい」
「そんで地下鉄の廃駅から線路をたどってそれを見つけたはいいんだが……なんか武装した集団とその……なんだ、悪魔を見つけちまってさ」
「ほう」
悪魔、と口にしたリリアンヌさんは少し声が震えていた。初めて見たのなら仕方のない話だ。
今でこそ世間にその存在だけは認知されている悪魔ではあるが、昔は公には存在していないことになっていた。
政府と教団の力で対処できていたし、情報を揉み消すことだってできていた。
だけど、どこから湧いて出てくるかわからない悪魔が増え始めたら、漏れは出てくる。次第に悪魔の存在は世間に知れ渡り、そして政府と教団の摩擦は大きくなって政府は悪魔関連のことをほぼ完全に教団に任せ、情報規制に専念することになった。
まあ、もちろん手遅れで、もう恐ろしい悪魔は教団がやっつけてくれるという構図が出来上がっていたけど。
だからというか、人間の性というか、一般人はどうにも自分が悪魔と遭うことなどないと考えている。かく言う僕だってここに来る前はそうだったし。
数週間前のギルモア南部壊滅だって、ものの数十kmしか離れていないのに、首都の人からすれば他人事だ。
今回被害そのものは軽かったけど、軽いがゆえに、人々は余力があるようで、あちこちで政府や教団に対する不満が噴出している。
そして、今回派手に活躍した企業の私兵についても。
「それで、必死こいて逃げたはいいんだが追い込まれてさ。段々頭痛が激しくなってきたところで突然床が抜けて意識を失ったんだ」
「なるほど。ここに地下通路の現状の地図があります。あなたが入ったのはどの辺りですか?」
「……それ、一般人に見せていいんですか?」
「もう入られている以上関係のない話です。いいから黙って……というか、何でここにいるんですか?」
「ひでぇ!帰っていいかな!」
「……」
「無視かよ!」
「病院です。静かにしてください」
「……」
「え、えーと……旧北駅から入ったから、この辺だ」
「ほうほう。となると……西支社がこの辺りなのであなたが意識を失ったのはここですね」
「うわ、結構走ったんだなあ私」
「では次、というか本題ですが」
「……ああ」
「この件は他言無用」
「わかってる」
「……にはしません」
「は?!」
ちょ、え?!マジで?
「あなたは確かもう報道機関に内定してますね」
「え、いやそれは」
「質問ではありません。確認です」
「お、おう」
「まあなんというか。率直に言うとこちら側に来ませんかといった次第ですね」
「……こちら側?」
「あなたは我々から情報を得る。その代わり、あなたはこちらにとって都合の悪い情報を秘匿する。どうです?」
「……」
つまり、報道機関にコネを作っておくわけか。でもそんなことしていいんだろうか。というかそもそも地下通路自体そこまでやっきになって隠すほどのものか?
確かに今回の異常な濃度の霊子と、テロリストの強襲に使われたという事実はまずい話ではあるが。
「地下通路はまだ公開されては困る領域なんですよ。調査を終え、機が熟せば存在を公表してもいいのですが」
「……私は、そういうのが嫌いだ」
「でしょうね。だからこそあんなところに行こうとしたのでしょう」
「私は、今の雑な情報統制がされた世の中が嫌だから」
「だから報道機関に就職。わかりやすい動機で結構ですが、それでは所詮仕組みの中からは抜け出せませんよ?」
「だが……!」
「私達なら、あなたの知りたい情報も手に入れられるでしょう。その代わりに、ちょっとだけ味方してもらいたいだけですよ」
「……私に何のメリットがある」
「不本意に命を失わずに済みますよ」
……空気が凍りつくとはこのことか。この人、ホントにしれっと凄いことを言う。
「……選択肢はない、と」
「別に。あなたが一生余計なことを言わなければ一介のジャーナリストとして生きていけるんじゃないですか?」
「わかってて言ってるだろ」
「ええ、当然」
……うわぁ。容赦ないな。徹底的に逃げ道を無くす気が。
「それに我々リクラスは新興企業。社会ではまだ若輩者です。そういうのとは別にも、繋がりは持っておきたいんですよ」
「私はそこまで有能じゃないかもしれないぞ?」
「ならそれまでの話です。もっとも、そうは思っていませんが」
「はっ、光栄だね」
……沈黙。てっきり軽く口止めして終わりかと思っていたが、僕はやっぱり甘かったようだ。
しばらくしてリリさんが口を開く。
「ジグ、あんたはどう思う」
「うぇえ?!僕ですか?」
「あんたも一応……なんだ、この腐った社会の被害者でもあるわけだろ」
「被害者、ですか」
うーん、まあそう言われればそうか。学校では疎まれるわ政府の人間に突然追われるわ乱暴で適当な人の下につけられるわ人を殺す羽目になるわ……。
あ、やばい。涙出そう。僕この数週間で色々経験しすぎだろう。
「……あなたの目的は、間違っていることを正すこと。ですよね?」
「まあ大まかに言えばそうだな」
「なら、多少の間違いはしちゃってもいいと思います。完璧に正しいやり方なんて、才能ある人間にしかできませんよ」
「しちゃってもいい、か……なるほど、まあ、そうだな……」
「僕だって目的はあるんですけど、今ものすごい回り道してますし」
「……うん、確かに。少し悪く考えすぎた。私らしくもない。この女の口が悪すぎだ」
「光栄です」
「はん、意趣返しのつもりかよ」
「では、前向きに検討していただくということでよろしいですか?」
「ああ、もうどうにでもなれ」
「それと、これは確証のない可能性の話ですけど」
「ん?」
「我々は霊子研究においても、他企業より幾分先を行くと自負しています。もちろん、生物に対する霊子の影響なども範疇のうちです。新薬の開発や除染も行っておりますので私と仲良くなっておけば、もしかしたら、もしかするかもしれませんね」
「……つくづく食えない女だな、あんた」
「そうでなければ勤まりませんよ」
彼女の後輩3人は、未だ昏睡状態にある。そこまで引き合いに出されたら、もう応じるしかないだろう。
なんというか。ホント勝負を自分の土俵に引きずり込むことに長けた人だ。
「さて、交渉は成立。とはいっても、今すぐどうしろってわけじゃありません。しばらくは治療に専念して、さっさと卒論終わらせてください。詳しい話はその後で」
「簡単に言ってくれるよ」
「では……こちら名刺を」
「え、あ、はい」
「一気に弛緩しましたね……」
「……? いつ空気が引き締まったんですか?」
「駄目だこの人」
「んで、肝心の説明がまだなんだが」
「肝心な、というと?」
「あんたらが結局何者かという話さ。言えないってんなら別にいいけど」
「ああ、用件が先に出てしまいましたね……面倒なので17番が適当に説明しといてください」
「適当にって……いいんですか?」
「どうせこれから周知の事実になります。上としても今回の機会に乗じて存在を明かす方針です」
「はぁ……」
僕は兵器を開発、生産している企業が私兵を持っていること。その私兵が様々な組織や企業同士の抗争に使われていたこと。今後悪魔などにも有効な兵器を配備して戦力を商品として売り出すことを説明した。
「それはなんとも……えげつない話だな」
「これからはそういうキナ臭い通り越して腐臭を撒き散らす案件がどんどん増えていきます。仕事には困りませんよ」
「あんた見かけによらずたまに毒を吐くよな」
「うわ、そうなってます?ちょっと先輩に影響されすぎだな……」
「……まあ、それは置いておいて、あんたはその渦中にいるわけだな」
「不本意なことに」
「まだ16歳だったか?私よりふた回りも年下なのによくやるよ」
「まぁ、年齢を理由にできない環境にいるというかなんというか」
「そろそろ世間話はやめにして引き上げますよ。病院側に迷惑です」
「ホント勝手だなこの人は」
「それではリリさん。今日はご協力ありがとうございました。お大事に」
「お、お大事に」
言いながらも僕はエイラさんに引きずられている。リリさんは困ったような顔をしつつもありがとう、と返してくれた。
「もうこんな時間か……」
病院の外に出るともう日は沈み、騒がしかった街は不気味な静けさに包まれていた。
こんなことがあったのだから、大半のオフィスや店は閉じているだろう。
「さて、では晩御飯でも買いに行きましょう」
「……買いに行く?エイラさんまだ仕事するんですか?」
「当然です。まだまだ処理すべき書類は山積みですから」
「大抵の店は閉まってると思うんですが」
「リクラス傘下の食品小売店で買うんですよ、さあ早く」
「早くって……僕は遠慮しておきますよ。帰ってどうにかします」
「……馬鹿なんですか?貴方」
「え?まあ」
「頭に来る返答ですね……私が気付いていないとでも?」
「うっ」
「到底、固形物が喉を通る状態じゃないことくらいわかります。リクラスはそういう新米傭兵用もとい病食用流動食も取り扱ってますから。たんまり買い込んでもらいます」
「……味は?」
「さあ?私には必要ないものですので」
「さいですか……」
こんな会話ができる程度には元気にはなっているが、未だに気を抜けばあの瞬間を思い出してしまう。銃弾が人体を、柔らかい肉を弾けさせて着弾する様を。命を奪う光景を。
とてもじゃないが、まともな食事はできそうにない。肉なんてもってのほ……うぉぇ。
「担当の傭兵の健康管理もオペレータの立派な仕事です。さっさと食べるもの食べて回復しておいてもらわなければ困ります」
「勝手ですねぇ……」
「敵はもっと勝手です。待ってはくれませんよ」
「……わかってますよ」
そうだ。こんなことをしてる限り、いつどこで戦いに巻き込まれるか。僕はもっと強くならなければならないのだ。
「今回はまあ動きとしては及第点です。とはいえやはりオーガをほぼ単騎で落とす06番の優秀さの足元にも及びませんが」
「あの人の足元まで来れたらそれはもう十分怪物ですよ」
「そうですね。私もあなたにそこまで望んではいません」
「ですよねー」
「いいから早くしなさい。私の時間を奪わないよう」
「……はいはい」
僕は苦笑いを浮かべつつ、彼女についていくことにした。
僕がこちら側に来てから、格別長い一日が終わろうとしている。
『ようこそ』
つい数時間前に僕が……殺した男の言葉がふと思い浮かぶ。
まだ人を殺したことがないことをわかっていての発言。彼自身は無関係の人間に悪魔をけしかける畜生であったが、僕が彼を殺さなければならない理由はなかった。
もっといえば、あの時点で放っておいてもよかったのだ。自分の力を過信して、なんとかできると思ってしまった。そして、今更ながら自分が何の抵抗もなく、ごく自然に銃を最初に突き出してしまったことに……なんというか、屈辱を覚えた。
僕は魔術師だ。あの状況であれば、銃に頼らずともなんとかできたはずだ。
それに……。
「僕は、こんなことをするためにここまで来たんじゃない」
そう、あの男を……。
「何か言いましたか?」
「いえ、何も」
帰ったら地属性か雷属性の非殺傷魔術の構築を進めよう。そう決めた。
・除染
霊子で汚染された物質、生物からそれを取り除くこと。とはいってもそんな簡単なことではなく、年単位の時間と数千万の費用を必要とする。
その上完璧に汚染から回復するわけではないため、治療法としてはほとんどみなされていない。




