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Re verse  作者: さいう らく
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Raid 7 やるべきこと

 


「ふう……ッ」


 地下道に入ってから随分と歩いた。扉を開けた瞬間に感じた違和感は確信に変わりつつある。

 今は遠くから聞こえた悲鳴とうめき声を頼りに進んでいる。


『随分と息が上がっているようですが、何に興奮してるんですか』

「興奮はしてませんよ……ただ、頭が締め付けられるように痛むだけです」

『……体調不良ですか』


 先ほどから聞こえるうめき声が大きくなってきた。そろそろ近いだろう。


「それはそうなんですけど……多分オペレータ07が想定しているようなものじゃあないです」

『その言い方、生意気です。説明しなさい』

「この感覚、僕の頭が触れていないのであれば間違いなく……」


 見つけた。人間が4人ほど倒れ、うずくまっている。


「……超高濃度の霊子です」

『霊子……!』

「あと、民間人らしき人間を4人発見、警戒しつつ近づきます」

『ちょっと待ってください。霊子は人間には認識できないでしょう』

「認識はできませんが、それによって引き起こされる症状はあります」


 4人が4人全員、頭を抑え、よだれを垂らし、ガクガクと不規則に震え、いや痙攣している。


「こりゃ、ひどいな」

『何がです?』

「全員、重篤な霊子中毒に侵されてます。助かっても廃人まっしぐらですかね」

『……その、人間が霊子中毒になるような場所であなたは何故平気なのですか』

「平気ではないですよ。無視できる程度の痛みではありますが」

『そういう意味じゃなく……」

「昔っから霊子漬けみたいな生活してましたから。慣れですよ、慣れ」

『……』


 僕の言わんとしたことがわかったのか、エイラさんは黙り込んでしまった。

 霊子は魔術を行使するためのエネルギーであり、脳波を伝播する媒体でもある。僕たち人間はこの未知のエネルギーを脳波を使って知覚、制御する。

 逆を言えば霊子は脳にも影響を及ぼす。普段大気中に存在する分くらいなら特に影響はない。厳密に言えば影響自体はあるのだけど、もう世界に充満しきってしまった霊子は、それこそ母体の中の卵細胞にすら染み渡っているため、ここ数百年で生まれた人間はある程度霊子慣れ(・・)している。

 だが、特定地域や悪魔の周辺、そして今いる原因不明の特異点のような霊子が濃い場所では人体に無視できない影響を与える。

 それも、脳に直接ダメージを与えるわけだから良くて廃人、悪かったら死に至る……その場合は死んでしまった方が楽か。

 何故僕が軽症で済んでいるかといえば、ひとえにあの男のおかげとしか言いようがない。度重なる実験や魔術の行使が、僕に霊子に対する免疫のようなものを作った。

 通常なら高ければ高いほど霊子にやられやすくなる霊子適性も、ここに至っては関係ないようだ。


「……でもさすがにここまでのは初めてです。僕の目がおかしくなっていなければ、ですけど」

『ここまで、とは?』

「見えるんですよ」

『何が……?』

「黒い粒子が。恐らくは……闇属性の霊子」

『霊子が、見える?!』


 ここから先、照明が壊れているのでなければ、間違いなく闇の霊子が充満している。それこそ、足元はもう真っ黒だ。

 ただひたすらに、黒い。暗いとかそういう次元じゃなくて。


「で、どうしましょうか。これ以上の進行は視界的にも僕の健康的にもよろしくないんですが」

『当然、撤退です。そのような場所に長居する必要はありません』

「……おや、心配してくれるんですか?」

『あなたを使い潰す気はありますが使い捨てるつもりはありません。できればその4人の個人情報を特定してからすぐに帰投しなさい』

「……了解です」


 すぐに4人の懐をまさぐり財布やら何やらを探し当てる。こういう行為に慣れてしまうのも考えものだが、仕方ない。

 姿格好や年齢を鑑みるに、大学生あたり。上を見やると交差するダクトに大穴が空いている。あそこから降りる、もとい落ちてきたのだろう。服の所々が裂かれ、かすり傷や切り傷も散在していることから恐らく、何かから逃げてきたことも想定できる。


「……となると、彼らを追ってきたモノは一体どこに?」



 悪魔が人を見逃すなんてことは聞いたことがない。前回のギルモアのようなことがあれば別だけど、ここまで追い込んでおきながら始末しない理由はない。

 ……もしくは、追わなくても死ぬことがわかっていたか。


「……仮にそうだとして、一体誰が」



『……おい、あんた……』


「!」


 突然足元で聞こえた声に驚いて思わず飛び退く。


「……なん で、無事なん……があっ……」

「意識が……戻った?」


 4人のうち1人が顔を苦悶に歪めつつではあるけど、喋っている。この中で一番歳上、22歳の女性だ。


「ま……んなごとは……どうでも、いい」

「大丈夫……と聞くのは野暮そうですね。立てます?」

「肩を、がじてくれ……れば」




「オペレータ07」

『なんでしょうか』

「聞いてました?」

『失礼、06番の方を視ていました』

「ええと、さっきの民間人のうち1人が意識を取り戻しました。肩を貸せば動けそうです」

『……ほう』

「どうします?僕としては助けたいですけど」

『……』


 沈黙。顔が見えないのでどう取ればいいのかわからない。

 僕は息も絶え絶えの女性を見下ろしつつ、ゆっくりと口を開く。


「……それとも、生きてられると困るんですか?」


 それが聞こえたか聞こえないかはわからないが、女性はビクリとしてこちらを見上げる。




『……そんなわけないでしょう。むしろ1人でも生存者がいるのは僥倖です』

「あれ、始末しろ的なことを言うのかと」

『あなた、私を何だと思ってるんですか』

「敏腕美人オペレータさんです」

『死んでください』


 調子に乗りすぎた。先輩の真似事はよくない。


「じゃあひとまず生存者を護送、という形でいいんですね」

『そうしてください。残りはこちらでなんとかします』

「……あまりお勧めはできませんが」

『それはあなたには預かり知らぬ話です。黙って任務を遂行してください』

「……了解です!」


「はぁ……ッ、話は、済んだか」

「ええ、とりあえず迅速にここを離れます」

「待て!……こいつら、は」


 女性は未だ転がって呻き続ける三人を指さして叫ぶ。


「友人……後輩ですか」

「そう、だ。こいつらも……」


 僕は思わず顔を背けてしまう。僕の腕力じゃ四人も引きずっては歩けないし、そもそもここから連れ出したところでこの有様じゃ……。


「……残念ですけど、とりあえずあなたを安全圏まで連れて行くのが最優先です」

「そんな……どうにか」

「一応味方も呼んであります。来れるかどうかは別として。それよりあなたがここで死んでしまう方がまずい」

「……あ、ああ。そう、だな」


 よかった。しっかり考えられるタイプの人だったようだ。


「では行きましょう。長居は禁物です」

「お前ら……ごめんな、絶対探しに……」






『おォッと……鼠がくたばってなかったかと思ったら、何か違ェのが紛れ込んでんなァ』


「……!!」


 濃密な霊子の闇の底から、ドスの効いた声が響く。


「……っと。これは、これは。あの時の」

「あなたは」

「いやはや、てめェのようなガキがあの氷の魔術をかましてきた時ァ、焦ったぜ」


 だらしのない格好に、無精髭。紅色の髪に厭世的な目つき……。


「……ボレロさん、で間違いないですね」

「なんだ、知ってやがったか、なら話は早」


 その先を言わせることなく、地下通路は白く染まる。大気中に溢れ返る霊子を全て水属性として発現させ、僕は彼を凍りつかせた。


「あ、あんた、何を」

「……逃げますよ」

「は?……え?」

「早く。走って!」


 僕は女性の肩を無理矢理担いで走り出す。


「今何したのよ……というか、あの男は」

「詳しい話は後で。先輩の話が本当なら、あの程度では……」


『おうおう、いきなりやってくれるじゃァねえの』


「……!」


 男は全身から湯気を立てつつ、僕の氷を溶かす。その顔に余裕の笑みを浮かべつつ。


「いやいや、この前のは全力ってわけでも、まぐれってわけでも」

「この……ッ!」


 僕は再び杖を振るい、水属性の魔術をぶつける。

 だが、凍らせた先からそれは融解してしまう。


「……なさそうだなァ。そんな竜種のブレスに匹敵する範囲と密度の魔術をポンポン出せるってこたァ」

「お褒めに預かり光栄ですね」


 実際、冗談言ってる場合じゃない。やばい。彼が本気を出せば、僕なんてすぐに消し炭、いやそれすら残らないだろう。


「しかし……前見た時は世間知らずのおぼっちゃまのように見えたが、ボルカノの野郎ォ、何吹き込みやがった?」

「おぼっちゃま、ですか」


 だが、彼は急ぐ様子はない。僕達のことは比較的どうでもいいのだろう。


「あァ……俺が俺だとわかった瞬間、即座に撃ってきたよなァ?人間なら明らかに即死級のそれ(・・)を」

「でないと死ぬと思いましたからね。もう躊躇はしない」

「そうじゃねェ。俺が一人で、丸腰でここにいるとでも思ってたのかよ」

「違うんですか?」

「人質でもいたらどうするつもりだったんだァ?あぁん?」


 人質、か。まあ確かにあり得た話ではある。恐らくこの人達をここまで追い立てたのは、十中八九このボレロという男だろう。

 それなら、人質の一人や二人確保してそうなものだが……。


「あなたなら、ありえないでしょうね」

「ほう」


 ちなみにこうしている間にも、僕は絶え間なく水の魔術を使い続けている。足止めにしかなってないが。


「優勢時そんな面倒な手を使うタイプには見えませんし、ここまで至ることのできる人間に対して、人質なんてものは無意味でしょう」

「違う、違うなァ。俺はもしもの話をしてるのさ。もしさっきの攻撃で人質が死んでたとしたらどうするっていう話だよ」

「知りませんね」

「はァ?」

「いたとしても、この暗闇じゃあ僕にはその存在は認識できません。認識できないなら、いません。以上です」

「……は、ハハハッ!こりゃ、傑作だ!そうなる(・・・・)たァ、面白ェ」


 ひとしきり笑った後、男は残忍な笑みを浮かべ直す。遊びは終わりだ。暗にそう言っているようにも見える。


「確認は済んだ。てめェはヤれる人間だ」

「……なら、どうするんです?」

「あん?そりゃ、あの時のまま甘ちゃんなら放っておいた方が面白かったがよォ、こうなっちまえば……不穏分子は潰しておくに限るよな」


 彼の纏う熱が一段とその温度を上げる。もはや、僕の魔術では拘束すらままならないほどに。


「……そうですか」


 だが、ここにおいて、僕は冷静だ。足止めは充分に、稼げたから。


「なら、おいそれと潰されるわけにもいきませんね」

「はッ、俺から逃げ切れると……」


 灼熱の男は周囲の状況にようやく気づいたか、辺りを見渡す。


「……てめえ」

「確かに、僕はあなたに敵いませんよ」


 ずずず、と黒がせり上がってくる。

 いつの間にか、通路内に充満していた闇の霊子は、僕と男の周囲に集められていた。


「でも、だからといって負けるとは限りませんからね」

「なッ、待ちやがれェ!」


 僕と女性の姿が完全に黒に呑まれる直前、男は確かにその全身から炎を発し、あの時の牛人と化していた。

 その物理的な熱と、鬼神のような眼差しに思わず震え上がるが、もう遅い。


 闇属性の特徴は、吸収、隠蔽、齟齬。


 あの男はもう、右も左も、上も下も、平衡感覚すら乱されているだろう。その状態であれば、僕の足でも逃げ切れる。

 それは僕の方も同じ条件であるが、簡単なことだ。暗いなら明るくすればいい。


 僕は光属性の魔術で足元を照らし、女性の肩を担ぎ直す。


「あんた……一体、なんなんだ」

「僕は……そうですね」


 魔術師、と名乗ろうとしたが女性の表情に若干の猜疑と恐怖が浮かんでいるのを見て、やめた。


「魔法使い、ですかね」

「……ぷっ」

「なんですか、人がマジメに答えたというのに」

「いや、魔法使いって……今時、はは」

「……とりあえず、さっさと逃げますよ」

「今の男、やっつけたんじゃないのか?」

「いいえ、目くらましをしただけですよ。その内また追ってくるでしょう」

「え」


 女性の笑みが固まる。


「……まあ、その前に安全圏に着きますから」

「な、なんだ、脅かすなよ」

「脅しを現実にしたくないなら走ることですよ」

「はいはい……」


 僕が闇の霊子を一箇所に集約したのと、地下通路の来た道を戻ることによって霊子濃度が薄くなってきたようだ。彼女も少しずつ顔色がよくなっている。


 と、思っているうちに地面から振動が足を伝う。

 直後に背後から爆発音が聞こえた。


「……予想より早いな!」

「えっ、え?」

「地上まであと少しです!急いで!」

「ちょ、あぁっ」


 まずい。もう少し足止めできるかと思ったけど、あのボレロという男、地下通路ごと爆破することで僕の魔術を払ったようだ。

 崩落の恐れがあるからそれだけはしないと思ってたけど……!


「なんで毎回これはないだろうっていう最悪の仮定を実現してくるんだこの人たちは!」

「な、なんのこと?!」

「独り言です!」


『17番、状況は?』

「聞いてたならわかるんじゃないですかねえ?!」

『うるさいです。さっさと報告しなさい』

「ご想像の通り生存者を連れて全力疾走中ですよ!」

『……生存者は虫の息なのでは?』

「どうせ僕みたいなモヤシはその虫の息の全力疾走くらいでしか走れませんよ!」

『いや、ちょっと何言ってるかわからないです』

「あぁもう!」


 隣を走る、段々と調子を取り戻してきた女性が何か残念なものを見る目をしている。僕は悪くないのに。


『まあ、何れにせよ既に支社入り口には既に応援を呼んであります。今作戦行動に及んでいるのはあなたくらいのものなので、彼らを早く帰投させるためにも可及的速やかに戻ってきてください』

「言われなくとも!」


 言われなくとも、もううなじにチリチリと熱を感じている。あの男がそれなりのスピードで迫ってきている証拠だ。


「……!」


 最後の曲がり角から飛び出した瞬間、多数のフラッシュライトの光が地下通路に舞う塵を照らす。


『……対象、捕捉。識別番号を言え』

「17番!ジグ・ヴィクトール!」


 ……味方だ。

 息も絶え絶え、僕達は彼らが組んだ陣形の内に転がり込む。


「165番、確認した。敵は」

「もうすぐそこ……」


 と、言いかけたが、僕が目をやった先にあの男は現れなかった。

 脂汗をぬぐい、いつの間にか地下通路にひんやりとした空気が戻ってきたことにも気がつく。


「逃げきっ……た?」


 諦めたのか?あの強力な牛人の力をもってすれば、僕達を蹂躙することなど容易いはずなのに。


「……いや」


 本当にそうなら、彼はこんな手段を講じる必要はない。しなかったのではなく、できなかったのだ。恐らく。


「17番、本当に敵に追われていたのか?」

「オペレータ07のログを聞いてください。途中まではそうでしたよ」

「……そうか」


 この増援の頭であるであろう165番は、少し訝しげにしていたが、すぐに切り替えると周囲に指示を出し始める。


『えーと、おい』

「うおあ!」


 耳元で囁かれた声に思わず飛び退く。


「そんなに驚くこたあないだろ……」

「助かったと思って気が抜けてたんですよ」

「……まあ、そのなんだ」

「?」

「私は、リリアンヌっていうんだ。助けてくれて……ありがとよ」

「え……あ、はい」


 照れ隠しに顔を背ける彼女を見て、僕は初めて彼女が長身であることと、少し男勝りな口調であることに気がついた。

 そんなことに気がつかないほどに、集中していたのだ。

 そして改めて実感した。





 あぁ、僕はやっと、誰かを助けることができたんだ……と。

 

・霊子中毒

 悪魔や霊子に関わる人間が忌避されがちな原因の一つ。

 何らかの理由で、体内霊子濃度が健常値の上限を超えた状態。軽い頭痛に始まり、汚染が進行するほど、全身の痺れ、悪寒や倦怠感、吐き気、幻覚、幻聴、幻痛、記憶障害、発狂など致命的な症状をもよおす。

 効果的かつ即効性のある治療法は存在せず、ある程度まで進行してしまうと治癒は望めなくなる。

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