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Re verse  作者: さいう らく
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39/43

Raid 6 豪鬼

 


 直径50cmはあろう丸太のような豪腕が、それに似合わぬ速さで振り下ろされる。

 それを避けたと思ったら、今度はもう片方が横薙ぎに振るわれる。

 それら全てをかいくぐり、懐に潜りこんだら今度は自身をも巻き込む火炎が足元から立ち昇る。


「……っぜぇ!」


 一旦退いて距離を置く。

 その隙をついて、後方から魔術の援護射撃が鬼に着弾するが、煙の中からはかすり傷を治癒しながら悠々と巨体が歩み出てくるのみ。


『ボルカノ、またいけるか!』


 魔術師を率いる輪が声を張り上げる。


「……人使いの荒い」


 俺はそう呟きつつ再び目の前の鬼に突撃を仕掛ける。

 実に十回目にもなるアタック。だが、まるで効いているようには思えない。


 まず、刃が通らない。刀を振っても浅く傷をつけるのみ。突きが入ればそれなりの傷を与えられるだろうが、恐らくその武器を手放すことになる。

 魔術の効きもよくない。身体が巨大なため当たりこそするのだが、再生速度に対するダメージ効率でいえば、ギリギリ削りはできているくらいだろうか。

 そんな奴が見境なく暴れ、魔術師達も距離を置くのが精一杯な状況。質量兵器とはなんたるかを体現している。

 実力的にこの大鬼に接近できるのが俺しかいないのもジリ貧に拍車をかける。


 こういう時こそジグの過剰火力が欲しいところだが、いない以上贅沢は言ってられない。


「っと……」


 足下が一瞬滑る。しめた、とばかりに大鬼は腕を振りかぶるが、俺が滑って奴が滑らないわけがない。

 俺はそのまま脇腹を斬りつつ背後に抜け、大鬼は派手に足を滑らせた。


「うえっ汚ねえ」


 辺り一帯に下水管から漏れた汚水が撒き散らされていた。助けられたとはいえ転ばずに済んでよかった。


「…さて、仕切り直しか」


 オーガは、ゴブリン、デーモンのさらに上。強靭な肉体と無視できない火力の魔術を行使する大型悪魔。平均サイズは3mをゆうに超え、文字通り一線を画す強さを持つ。

 その特性上、閉所に誘い込んで動きを制限しつつ削り殺すのが正攻法……なのだがそれはあくまで一対一の場合に限る。

 今のように複数で当たっている場合誰が狙われるかわからない。それに、教団の奴らはこの期に及んでまだ一般人や街への被害を考慮してことに当たっているため建物内に誘導しようとはしない。


 まあ、端的に言えば、邪魔だ。奴らが潔く俺に丸投げしてくれりゃあもう少し楽になるものを。


『ゥゴォォオッ……』


 大鬼がのっそりと立ち上がる。その間にも後方から魔術が大量に飛んできているがまるで意に介していないようだ。

 人間に比べて、悪魔には魔術が少し効きづらい。詳しくはわからないが、魔術に対する防衛機構のようなものを備えているらしい。

 その防御力は基本的に身体のサイズや霊子保有量に比例する。

 今第二部隊の魔術は当たる前に減衰されてしまっているわけだ。

 とはいえ撃たないわけにもいかない。


「はて、どうしたものかな……」


 ゆっくりとこちらを振り向き、大鬼の4つの眼が俺を捕捉する。休憩は終わりだ。また削り合いの……。


「……?!」


 俺の視線は大鬼の肩越し、ビルの壁面に吸い寄せられる。

 もはや見慣れてきた黒いロングコートが、落下しているところだった。


 こちらに銃口を向けながら。


「うえ……」


 咄嗟に脇にステップし射線から外れた。鈍い銃声とともに大口径の弾丸が大鬼に突き刺さる。


『ガゴォォォゥッ!』


 どうやら効果があったようだ。着弾箇所を掻きむしっている。

 そしてヘレナはなんてことなしにヒラリと着地、ビルの屋上を軽やかに移動する。


『ボルカノ!今のは!』


 ちょうど大鬼を挟んで向かい側の第二部隊が声を張り上げる。


「狙撃されてる!死にたくなきゃさっさと他を当たれ!」

『……しかし』


 と言いつつも他の隊員達は完全に引け腰だ。しばらくの後、大鬼が怯んでいる間に撤退することにしたらしい。


『すまない!ここは任せる!』

「おー、早く行っちまえ」


 さて。邪魔者はいなくなった。いくら大口径の弾丸を食らったとはいえ尋常でない苦しみ方をしてる大鬼が気になるところではあるが……。


「さすが、わかってらっしゃる」

「……うおお?!」


 突然耳元で囁かれ思わず飛び退く。


「あら、驚かせちゃった?にひひ」

「お前な……」


 ヘレナは例の翼で浮きながら、頭を下にして降りてきたようだ。


「さて、人避けご苦労。これからどうする?」

「まずお前さっきあの鬼に何撃ったんだよ。尋常じゃねえぞありゃ」

「ん?あああれね。アトラスで作った対大型悪魔用の砲弾。着弾して表皮を貫通すると体内(なか)で炸裂して治癒不可能なダメージを与える仕組み」

「……なるほど」


 悪魔の高速再生は確かに脅威ではあるが、それが仇となることもある。体内の異物を排出せずに治ってしまうのだ。


「戦争時の技術がここで役に立つ、か」

「ん?知ってたの?」

「ああ、元々は対人用の兵器だったからな」

「え……」


 ヘレナは思わず手元の銃を見る。


「これを、人に……」

「敵を人と思ってなかったからな、あの時は」

「そういう問題じゃないっていうか、ボルカノって……」

「話は後だ。そろそろ来るぞ」


 大鬼が怒りと痛みに身体を震わせつつ、こちらを捕捉した。


「……うん」

「大鬼との戦闘経験は?」

「ある、けど……倒したことはない」

「十分だ。援護頼む」

「え、あ、はい」


 大鬼が吠える。俺はそのまま踏み出そうとして……。


(……何言ってんだ、俺)


「…ヘレナ」

「?」

「援護じゃなくて、協働だ。適当にやってくれ」

「あ……うん」


 気のせいか少し彼女はしゅんとしたようだが、これでいい。まだ数回しか会ったことのない人間に背中を預けるとか正気の沙汰じゃない。

 ましてや相手は大型悪魔。気が抜ける戦いではないのだから。


「よし」


 気を取り直して、適当に向かってくる大鬼へ発砲。奴にとっては豆鉄砲みたいなものだが、挑発にはもってこいだ。そうやって付かず離れず、俺は奴がギリギリ入れる幅の路地に浸入する。

 ヘレナは上に待機している。奴の死角である真上から攻めるつもりだろう。


『ゴオオオオッ!!』

「うおおお?!」


 大鬼は狭い通路をものともせずこちらに突進してきた。ビルの壁面タイルが弾け飛び、俺の脇をかする。


「ッと」


 大きく勢いを削がれた拳にしっかりと一太刀を浴びせる。「斬る」ことに長けた俺の刀はこういう時に生きる。

 多分動きを封じられた大鬼が次にとる行動は……。

 左眼が大鬼の周囲に集まる炎属性の霊子を捉える。


『ガアッッ!!』

「予想……的中」


 風のコアを展開し、飛んできた火球を逸らす。

 直後にヘレナのものであろう銃弾が雨のように降り注ぐ。


「貰った」


 すかさず大きく踏み込み刀の切っ先を返し、そのままの勢いで苦悶する大鬼の脇腹を突き刺した。


『ゴオオ……オガッ……』


 このままだと大したダメージにはならない。このままなら、だが。

 俺は一旦刀から手を離し、その場で大きく勢いをつける。


「これで……」


 大鬼は手元の敵を排除しようとするがもう遅い。


「……一発っ!」


 回し蹴りが刀に直撃して、その腹を大きく引き裂く。水風船が破れたかのように、大量の血が噴出した。刀を抜き、のた打ち回る大鬼から距離を置く。

 俺が体勢を立て直す時にはすでにその大きな傷はあらかた塞がっていたが、あの出血量はあの馬鹿でかい体躯からしても無視できるものじゃないだろう。


『ゥゴ……がフッ』


 事前の削りも効いていたか、かなりのダメージを与えられたようだ。だが、俺はここでも失念していた。今もまた一人ではないということに。

 再び、けたたましい銃声とともに、銃弾の雨が大鬼を襲う。


「……まずい」


 大鬼は攻撃のあった方向を見やると、四つ目を見開き、ぎょろりとヘレナを睨んだ。


『……あ』


 大鬼は声にならない、金切り声のような咆哮のような悲鳴をばらまきながら、がむしゃらに暴れはじめる。その拳がヘレナのいるビルの支柱を砕き……彼女が身を乗り出していたバルコニーを落下させた。


「ヘレナ!避けろっ!」

「この狭さじゃ……きゃッ?!」


 突如その場で跳び上がり、大鬼はヘレナを地面に叩きつけた。


「がふっ、ぐ……あ」


 大鬼は追い詰められると残った力を用いて手当り次第に暴走する性質がある。一人なら逃げれば済む話だが、どちらが標的になるかわからない状態では……。


『ゴァァァあッ!』

「ヘレナっ!」


 やばい。間に合いそうもない。このままだとあの豪腕の一振りをもろに喰らって……!







『……きヒッ』




 俺は、その攻撃を目で追うことすらできなかった。彼女が不気味な笑みを浮かべ、突然身体を大きく反らして跳ね起きてたところまでは見えた。


 瞬きした時には彼女は大鬼の頭にしがみつき、その4つの目それぞれにナイフを突き立てていたのだ。


「な……」

「ひひ……あは、あははは!」


 けたたましい笑い声。両手に一本、右足に一本のナイフを持ち、翼を広げる。


「それっ」


 ごりゅ、という音と、大鬼の頭ごと、ヘレナが回る。


 大鬼は、膝から崩れ落ちた。

 そして彼女はそれ(・・)からナイフを無造作に抜き取り、ひと舐めしてからホルダーに戻す。

 明らかにその仕草は、慣れたものだった。

 ゆらりと立ち上がり、肩を震わせカタカタと笑い、捻じ切った大鬼の頭を造作もなく蹴飛ばす、



「ヘレナ……なのか?」


 自然と口を突いて出る疑問。まだ知り合って間もないが、明らかに俺の知っている彼女とかけ離れていたのだ。

 彼女はそれに笑いを含みつつ答える。


「ええ……そうよ。そうだけど、違う」

「……何?」

「あはは。そういえば、会うのはこれが初めてね。私はずっと見ていたけれど」

「初めて?何を言って……」

「私は」


 俺の言葉を遮り彼女は続ける。まるで邪魔をするなと言わんばかりに。


「……エレン。あの子の影」

「影……」


 この豹変っぷり、そして、明らかに気を失っていたはずの彼女がいきなり目を覚まし、目にも留まらぬ攻撃をした……。


「……解離性人格障害か?」

「あら、まるでビョーキのような言い草ね。心外だわ……あはは」

「否定はしないんだな」

「ええ。その通り。私はヘレナのもう一つの人格。ヘレナは私のもう一つの人格」

「ヘレナは今どうなってる」

「……気にしてくれるの?優しいのね」

「お前にじゃない」


 俺は既に刀に手を添えている。さっきの速攻といい、狂気を孕んだ笑みといい、コイツは危ないと心が訴えている。


「私はヘレナでヘレナは私なんだから、私を心配しているのと同義よ。それは……ふふっ」

「で、質問に答える気はあるのか?」

「うーん?」


 彼女はこちらを向くと、ゆっくりと歩みを進めてくる。

 獲物ににじり寄るようなその動きに、俺は思わず身構えた。


「あの子は眠ってる。だから私が出てこれた」

「と、なると主格はヘレナなんだな」

「さぁ、どうでしょう。それに、そんなことあなたにはどうでもいいんじゃない?あはは」

「……ちっ」

「ここのところあの子は強くなって困ってたのよ。なかなか私にこの身体を明け渡してくれないから」

「普段は抑え込まれてると?」

「忌々しいことにね。ふふ」


 彼女は俺の目の前で歩みを止めた。フードの下から漏れる吐息が、彼女が平静でないことを匂わせる。


「そして。そろそろあの子が目を覚ますみたいね」

「お前はどうなる」

「いつも通り、押し退けられて、沈むだけよ」

「お前……一体、なんなんだ」


 聞きたいことは山ほどあった。もう一つの人格をヘレナは自覚しているのか。記憶の共有は。そもそもさっきの常軌を逸した動きはなんなんだ。

 だが彼女はそんな心情を見透かしたかのように目を細め、口元を歪める。


「あははっ!あなたには!できるのかしら!あは、あははは……は……」


 ふらり、と彼女の身体が傾く。笑いに力がなくなる。


「じゃ、後は……よろし……く……」


 消え入りそうな声でそう言うと、エレン(・・・)は倒れこんだ。





「なんなんだ……こいつは」


 一応彼女の身体を抱き止めたものの、完全に意識を手放しているらしく、身じろぎ一つしない。

 今一度、彼女の顔を隠すフードを拭い取ると、穏やかな顔がそこにあった。

 小さく寝息を立て、こちらに体重を預けているその姿に、先ほどまでの狂気は微塵も感じられなかった。


「後はよろしくって……つまり」


 気絶した自分の体の面倒を見ろ、ということだろう。


 無論、そんな義理はどこにもない。ただでさえ怪しいのに加え、多重人格ときた。

 そんな女の面倒なんか見れるか。それに、こいつの強さがあれば仮に気絶している間に何かされたとしても、自分でなんとかできるだろう。


「オペレータ07」

『なんでしょうか』

「オーガを処理した。状況は」

『悪魔はほとんど残っていません。襲撃者の姿はなく、各組織も事後処理の段階に入りつつあります」

「17番は?」

『現在地下道にて民間人の護送にあたっています。ほどなくして完了することかと』

「そうか。今後の指針は?」

『とりあえず帰って休んでください』

「……お、おう」

『珍しく優しいなとか思ってるんでしょうが、事後処理の際に邪魔だから家で大人しくしてろということです』

「そんなんだと思った」

『ひとまずあなたの任務は完了です。わかったならさっさと現場を離れてください』

「そう急かすなよ……ったく」

『私は引き続き17番のサポートに回ります。何かあれば』

「ああ」


 ……さて。


「さすがに道のど真ん中に放置は酷か……?」


 どこか人目に付きにくい場所に寝かせておくのがいいだろう。そう考えつつ彼女のフードを戻し、腕を持って引きずろうとしたが、何となくはばかられる。


「……ああ、もうどうにでもなれ!」


 結局俺は彼女を背負うと、半ば自棄気味に歩き出した。



・オーガ

 大鬼とも呼称される、大型悪魔。凄まじい膂力と耐久力、最低限のスピードを兼ね備え、さらに使い方が雑なものの魔術まで行使する。

 通常は完全な連携の取れる一個師団でなければ対処は難しいとされるが、懐に潜り込める実力さえあれば理論上は相手取ることはできる。

 個体によって姿形、サイズが大きく異なる。

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