Raid 3 できること
キラキラと氷の破片が周囲に降り注ぐ。春らしからぬ光景に、一瞬その場にいる全員が固まる。
だがそんなものには一切興味のないデーモンの咆哮が、すぐにその静寂を破った。
『う、うわぁぁあ!』
『どいてよ!私、死にたくない!』
『な、なにかの冗談……』
『教団はなにやってんだ!』
……胸がちくりとする。少し前にも、ギルモアで見た光景だ。皆自分のことしか考えていない。自分が生き残ればそれでいいのだ。むしろより都会である分、今の方が顕著にも思えた。
……今はそれどころじゃない。
「さて、とりあえずあのデーモンをなんとかしないと」
給水塔の水を凍らせ周囲に降らせるという洒落た攻撃を無駄にされ、気持ち悪魔は苛ついているように見えた。
爆発音はさっきから断続的に響いている。もしかしなくても、各所で同じようなことが起きているに違いない。
まだここいらはいいとして、首都の中心部はどうなっているのだろう?恐らく各企業も既に動いているとは思うけど。
悪魔がビルの壁面を爪ガリガリと削りつつ降りてくる。陸さんから聞いていた通り、ゴブリンとは次元が違うらしい。
「ガァッ!」
降りながら尖った氷柱をこちらに飛ばしてきた。走って回避。
デーモンの方はと、もう地面に降り立ちこちらに向かって跳躍している。小さな氷針が次々錬成されていくのが見えた。
「相手の属性は水で確定かな?」
範囲、円錐。距離、1~10。方向、斜め上方。形式、放射。条件、追従。残条件、破棄。
僕の目の前から円錐状に炎が噴き出した。それは氷を溶かし、悪魔の身体を焼く。
「ぐ……ガァ」
僕が身を翻した地点に悪魔が転がり込む。全身が焼けただれているが、既に治癒は始まっているようだ。
すぐに起き上がろうとするが、多分その目に映った光景に愕然としているのだろう。一瞬の間ができた。
僕の炎の魔術は時間を指定せず、追従させた。
つまりは僕が止めと言うまで炎は出続ける。
そりゃ普通の人間が龍種のブレスレベルの炎を出し続けてたらびっくりだよな。というわけで。
「燃えろ」
そのまま僕はデーモンが炭になるまで焼き続けた。ヒャッハー!
『鬼だ……』
『途中からもうあの悪魔?完全に動いてなかったわよね?』
『あれが魔術師……初めて見た』
『教団……なのか?』
なんだか少し間違った認識を民間人に与えてしまったようだけど、結果オーライ。それに久しぶりに制限なく魔術を撃てたからだいぶスッキリ。
「よし、騒ぎが大きくなる前に逃げよう」
その場が唖然とした空気に飲まれている間に元いた路地へと戻る。非常事態だし、少し残念だけどあの砲は諦め……。
「あ?」
ない。さっきあの傭兵……候補者から奪ってここに置いておいたはずなんだけど。
嫌な予感を感じて彼を捕縛した地点へと向かう。
「!」
彼の姿はなく、切断されたワイヤーと数匹のゴブリンの死体が転がっていた。
「自力で脱出した……というわけではなさそうだ」
誰かが彼を逃がしたのか……?
「まあ……こんな事態だし、他の企業も動くか、当然」
当面はどうしようか。このまま教団に逃げ帰るのが最善なのはわかるけど……。
『17番。聞こえますか?』
「あ、エ……オペレータ07、聞こえてます」
『全く、そろそろ慣れてもらえません?』
「すいません」
『とりあえず、首都西方面にいるようですね。まずは支店に向かってください』
「途中で悪魔か、襲撃者に遭遇した場合は?」
『おや。襲撃者が悪魔と人間の混合とはまだ言っていないはずですが』
「なんとなく想像つきます。で、どうすれば?」
『悪魔の場合は教団に気取られない場合のみ攻撃、それ以外なら逃走を最優先に。人間の場合は近くにこちらの社員がいない限りは無視で』
「何としても支店に辿り着け、と」
『そういうことです。6番も現在こちらに向かっています』
「わかりました」
『後の指示は支店に着いた後で、まあ適当に頑張ってください』
「そこは普通に応援してくださいよ」
『キャラじゃないですし』
「はいはい……」
と、今度は手元の端末から呼び出し音。陸さんだ。
『教団ですか?』
「はい、一旦切りますね」
『わかりました』
「もしもし、陸さん?」
『おお、ジグ、無事か?』
「まあなんとか。戦闘もしてません」
『今どこにいる?』
「首都の西です。とりあえず立て篭もれそうな場所を探してます」
『できれば教団まで戻ってこいと言いたいところだが、どうだ?厳しいか?』
うーん……なんか息を吐くように嘘をついてしまった。ごめんなさい。
でもまあ、ここは突き通した方がよさそうだ。
「僕が訓練生でなければなんとか」
『チッ……また面倒な。なるだけ早く戦闘許可を取る。それまで持ちこたえてくれ』
「わかりました」
訓練生の戦闘は禁止。マジでこの制度現状が落ち着いたら撤廃するべきだと思う。
さて、やることは決まった。支店まではあと東に500mほど。なんの問題もなく行ければいいのだけど。
「む」
路地から路地へ。メインストリートを避けるように移動していくと、武装した一団を発見。
すぐにゴミ箱の影に隠れて様子を見る。
『このあたりからの射撃だったはずだ』
『くまなく探せ』
『殺していいのか?』
『問題ないはずだ』
まずい。散開したうちの一人がこっちに来る。
どうする。まだ距離はある。変に音を立てれば気づかれる。途中で止まる可能性は?いやそんなうまくいくはずない。
そうだ。自分の力で、やるんだ。誰も助けちゃくれない。殺されるかもしれないんだから。
範囲、円柱。距離、0-2。方向、上方。形式、放電。時間、省略。条件、設置……接触発動。
条件複製。変更。形式、振動。時間、1-5。
自身の頭の中からごりっと霊子が漏れ出る感覚。ここまで複雑な魔術を組むと……さすがに頭が……痛い。
僕はゴミ箱をわざと音を出してずらす。こちらに向かってきた男が反応する。
「誰だ……?」
箱の下から覗き見る。相手の足だけが見えるが、設置地点に向かっている。
いいぞ。そのまま。そうだ。踏め。僕の魔術を。
あと三歩……二歩……一歩……!
「か……はッ!」
バチッ、と高出力の雷の魔術が発動し、同時に範囲内の空気を大地の魔術で振動。男を気絶させた上で悲鳴が響くのを抑えた。
「……おっと」
ガクガクと泡を噴く男が倒れそうになるので支えた。そのままゴミ箱の後へと引きずっていく。
「……うっ」
男は失禁していた。少し電圧が強すぎたようだ。
「……」
特に音沙汰はない。他には気づかれなかったようだ。
「えーと、この人は」
手にしている銃はRA製。そして典型的な都市迷彩に旧国軍のエンブレム……。
「間違いなくRAだ……どうしよ」
今度こそ殺すか……?でも気絶してるし、今すぐ脅威になるわけじゃないし。
サブマシンガンと、ハンドガンと、手榴弾と、ナイフ。なんか追い剥ぎみたいになってるが、武装はこれで全部らしい。
とりあえずさっき回収したワイヤーで縛っておこう。
「うわぁ……」
丸腰で気絶して、泡噴いて失禁した状態で……。
「ポイ、と」
僕は男をゴミ箱に突っ込んで蓋をすると、支店への道のりに戻る。
周囲を警戒しながら路地を進む。さっきの一団はもう戻ってこないかな?
「さ、て」
路地からメインストリートを覗き見る。ここはさすがにメインストリートを突っ切らないと支店には行けないのだが。
「うへぇ……」
デーモンが魔術をぶっ放し。リザードが縦横無尽に駆け回り。ゴブリンが徒党を成して、逃げ惑う人間を小さな蛇、キールが追いかけ回す。
その中を教団が白兵戦、傭兵が銃撃戦で応戦している。
「ここを突っ切るのはさすがに腰が引ける……」
何かないかと、周囲を見渡すと、頭上の避難はしごに人影。
「……っ」
街にはそぐわない外套に、この状況を静観するような姿勢。
企業の斥候の可能性もあるけど……。
そう思った瞬間、男の懐から何かが飛び出した。白い蛇のような悪魔。間違いなくキールだ。
男はそれの頭を撫でると、何やら無線で会話を始めた。
間違いない、前回と同じ、悪魔と結託している人間だ。
隣のビルをぐるりと回る。裏口はすぐに見つかった。
「よし、電気錠じゃない」
アナログの鍵なら、僕はすぐに開けられる。壊すと言った方が近いが。
範囲、球。距離、0~0.1。方向、指定。形式……分解。
すぅ、と対象に霊子を浸透させる。鉄属性の分解。時間こそかかる上、生半可な霊子量では分解することもできない。実戦での使用価値はほぼないけど、こういう時間をかけてもいいが確実に破壊したいものがある時は重宝する。
『α11はどこに行った!』
ビクッと振り向く。さっきRAの傭兵を無力化したあたりからだ。
回収した武器に着いてるタグを見る。
「あるふぁ……じゅういち」
もしかしなくてもさっきの人だな。鍵はまだ分解中。こっちまで来るだろうか。
『探すぞ!敵襲の可能性が高い』
うーん。見渡す限り敵だらけのこの状況で何言ってんだろうな。声の主は。
手元を見ると、鍵の形を保てなくなった金属がぼとりと落ちるところだった。
のんびりしている場合ではない。僕はすぐにドアに身体を滑り込ませ、階段室を探す。
(こういう場合は、エレベーターは絶対に使わない、だったっけ)
先輩から教えてもらったことを反芻しつつ、階段を駆け上がる。勿論索敵も欠かさない。
「……っと」
外套の人物がいるフロアのエレベーターホールに、予想通り1人見張りがいた。
(……この場合は)
相手との間に遮蔽物はない。相手が動揺してる間にたたみ込める距離でもない。普通の人なら詰みだ。
だけど、僕は魔術師。軍人とやらが考える常識の上を突ける。
ぽーん、と間の抜けたようなエレベーターのチャイムが鳴る。
『……?』
見張りは訝しげにそちらを見るが動こうとはしない。
銃を構え、警戒をより強めている。
ゴトン、と今度は鉢植が倒れた。
いよいよもって何かある、と男が周囲を勘ぐり出した瞬間、男の頭上の蛍光灯が派手な音を立てて割れる。
『誰だ!』
少し暗くなった部屋に再びエレベーターのチャイムが響く。その扉が開くが、もちろん中には誰もいない。
『……』
よし、持ち場を離れた!
男はゆっくりとエレベーターへと向かう。少しずつ、奥を確認するように。
『なんだ、無人か……』
「ええ、そうです」
「……ッ!」
背後をとった僕は、長めに溜めた風の魔術を放つ。
「ぐっ……」
ガラス片を巻き込んだ突風、いや爆風クラスの風圧に男は押されエレベーターの籠の中に押し込まれる。
「では、一階までごあんなーい」
「貴様……何」
バタン。
狙ったように扉は閉まる。
さて、これで少し時間は稼げた。風と土の魔術は本当に便利だな。
「……」
音を立てないようゆっくりと外に出る。
さっきの外套の男は、一切体勢を変えることなく佇んでいた。キールの姿はない。
「動かないでください」
「……!」
男の後頭部に慣れない銃を突き付ける。
「武器を置いて、手を頭の上に」
「……嫌だと言ったら?」
「撃ちます」
「震えてるぞ」
外套の中からクククッと笑いが漏れる。
「あまり、ふざけない方がいい」
「ふざけてるのはどちらだ?大方、人を殺したこともないんだろう?」
「……」
「……ッシ!」
「!」
男は大きく身体を捻り、僕の射線上から逃れた。と思ったら既に僕の目の前にナイフの刃が迫る。
まずい……っ!
と、思うのは少し前までの僕だ。念のためもう片手に持っていたメイスでナイフを持つ腕を殴打する。
そして僕は、引き金を引いた。ためらいはなかった。
それからの一瞬はひどく長く感じられた。
消音器に抑えられたノズルフラッシュ。同じく抑えられた、おもちゃのような淡白な発砲音。
そして、直後に自分に降りかかる血飛沫。
認識できない速さで飛び出した弾丸は、男の胸部を弾けさせた。
からん、と弾き落としたナイフが落ちた乾いた音で、我に帰る。
男は致命傷を負ったにも関わらず、まだ立っていた。
「がフっ!……ぁあ゛!」
手の震えは不思議と収まっている。
「へ……へへ。なんだ、ガキじゃねぇか……」
「悪かったですね」
「……ようこそ」
「!」
掠れた声で男はそう言うと、崩れ落ちた。
「……」
人を、殺した。この手で。特に面識があるわけでも、恨みがあるわけでもない。
ただ、この人はすぐに多くの人を殺すであろうことを予想したから。それだけだ。
崩れ落ちた男の身体からはおびただしい量の血が出ている。着弾位置からいって、大きな動脈があったのだろう。
念のため、息があるか確認しようとして、男の首に触れ……。
「……あ」
気づいてしまった。
指先が、ほのかに冷たさを訴えることに。
脈はない。死んでまだ間もないから、体温もある。
だけど。
確かに、その首は冷たかった。
「ぁ……うゥっ」
喉元まで熱さがこみ上げる。だが僕は、それを無理矢理飲み込む。
焼け付くような不快感が腹へと下っていく。
「……っぜぇ!」
息が荒くなる。そうだ。抑え込め。僕はまだ危険のただ中にいるんだ。
そろそろ見張りの男が戻ってくるかもしれない。それに、この男の流した血が、ポタポタと下まで落ちている。見つかるのも時間の問題だ。
そのまま避難はしごを登り、屋上へ。
『カイト!おい!カイト!』
下から声がする。あの男、カイトという名前だったのか。
……名前が、あったのだ。
僕は、声を振り払うようにビルの縁から大きく前に跳んだ。
・条件複製
直前に使った魔術の形式をそのままコピーしてもう一度放つ技術。実戦において非常に重要で、発動までも早い。
ジグはさらに条件の選択複製まで可能にしている。
・旧国軍
数年前までの戦争で主に活躍していた、国の軍隊。主にRAとスタインからの武装提供を受け、内部にも関連者が多かったとされる。
悪魔の出現による突然の終戦を経て、解散。以後は警察やRAなどに斡旋されたが、彼らは未だに燻っている節がある。




