Degression 5
「しゃべるミノタウロスの話!聞かせて!」
「あんま口外したくないんだけど……」
「正確にはそれと戦ったボルカノ先輩の話ッ!」
「結局それか」
「話さないなら……稽古つけてあげないからね!」
「そっか。じゃあ自主練してる」
「嘘ぉ聞かせてくださいぃ〜」
濃赤の短髪を振りまいて落ち着きなく食事をする少女。
知り合って数時間しか経ってないけど、もう何か勝手知ったるみたいな感じだ。
その容姿は弟にそっくりで、端麗だ。彼が女性寄りなら、彼女は男性寄りということになるが。
そして、その性格は年相応に大人びた弟とは、真逆。
「しょうがないですね」
「しょうがないね、でしょ!ジグ!私の方がせんぱいなのは訓練中だけなんだから!」
……端的に言って、子供だった。
それは数日前。任務を終え、僕の下に訪れた先輩が彼女の首根っこを掴んでいたことが発端だった。
「離してーっ!」
「駄目だ」
じたばたとはしたなく暴れる少女を見て、僕が思ったことは。
「先輩、さすがにそれは引きます」
「あ?」
「年端もいかない子を拉致するのはちょっと……」
「……まあ間違ってないがな。ほれ」
ひょいっと先輩は彼女を放り投げると、踵を返す。
びたーん、と派手に突っ伏した。
「ぐえっ」
「じゃ、約束は守れよ」
「うぅー……わがっだ……」
地面に顔を埋めながらも、快活な少女は返事をする。
その様に、瓜二つの顔をした少年が口を開いた。
「ボルカノさん。見てくださらないのですか?」
「ん?掴みは任せるさ。助けが欲しけりゃ呼べばいい」
「……そうですか」
「じゃ、いつも通り頼むな」
「彼がどう転んでも知りませんよ……」
先輩は手をひらひらと揺らしながら帰っていった。
朝の訓練場には僕とソアラ、そして地面に突っ伏した少女だけが残された。
「えーと、大丈夫?」
ひとまず近づいて声をかける。先輩も酷いことをする。自分を慕っている少女にこんな仕打ち……
「だいじょーぶ……じゃなぁいっ!」
「ぶごッ!」
突っ伏していた少女がいきなり頭を振り上げた。僕の顎に向かって。
「ジグとか言ったな!わたしの方がせんぱいなんだぞ!けーご使えけーご!」
「……っぷ……酷いな」
「ひどいですねだ!」
「酷いのは認める……んですね」
僕が言われるがまま敬語を使うと満足気ににこりと笑った。あらかわいい。
「わたしはソオラ!ソアラから聞いてるよね?」
「ええ、まあ」
「ボルカノ先輩のお願いにより、今日からお前を鍛える!わかったか!」
「え、あ、はい」
「返事は……ぐがっ」
弟のソアラが素早くソオラの脇腹を小突く。
「駄目でしょ、まずは頭突きしたこと謝らないと」
「あぅぅ……」
しゅん、と縮こまる。どっちが姉だよ、まったく。
「ごめんなさい」
「いいよ、こういう攻撃を受けることもあるかもしれないし」
「むむっ、その通り」
「調子に乗らない」
「がぇっ」
なんだか締まらないというか、和む二人だなぁ。
顎に鈍痛さえなければ完璧なんだけど。
「して、ソアラさん。鍛えるというと?」
「さん付けはいらないよ。ソアラ、で」
「……ソアラ、何を鍛えてくれるのですか?」
「最初は……得意を鍛えるっ」
得意……分野の話か?とすると僕の場合魔術ということになるが
「(ジグ君)」
「(なにかな)」
ソアラが小声で話してくる。
「(翻訳が難しいようなら僕にこっそり聞いてくれ)」
「(……ご苦労様です)」
「うー、わかってないな?お前に何が向いてるかを調べてやるってことだ!」
「ああ、なるほど」
「わたしは素手でいく、色んな武器を試してみて」
すうっ、と距離をおき、自然な動きで彼女は腰を落とす。
おや。ある意味見た目通りだけど彼女は徒手空拳が得意なのか?
「ジグ君、ソオラは生まれつき力が強くてね。並の訓練用武器は壊しちゃうんだ」
「もろいもん」
「お、おう」
「ということで彼女のメインは一応は剣だけど、ぶっちゃけ武器であれば何でもいい。つまりは素手でも問題ない」
「わかった」
うーん、とはいえいきなり斬りかかるのも気が引ける。とりあえずは僕が普段使ってるメイス、棍棒扱いでいこう。殴打だ。
僕がとった武器を見て、ソオラは明らかに顔をむすぅっとさせた。
「なめてると、イタイ目見るよ」
「では、いきまぶッ」
……は?
「ぐふっ」
視界が5〜6回転?はした。おかしい。僕が殴りかかったその瞬間に、僕が吹っ飛ばされた?
「……く」
ふらふらしながら起き上がる。平衡感覚が怪しい。
「……よわっ!」
若干視界が歪んでいるが、彼女が愕然としていることはわかった。
そしてわかってはいるが面と向かって言われるとまたやはり悔しいもんである。
「この……っ」
今度は剣だ。容赦しない。
「てい」
「ぶっ……!」
剣を弾かれるついでに大きく上に吹っ飛ばされた。
ぐしゃり、と格好のつかない後転で受け身を取るがダメージは大きい。
「くっ……」
今度は槍だ。拳の届かない距離なら……。
「とうっ」
「がッ……!」
駄目だった。突き出した槍はサッと脇に挟まれ、そのまま引き寄せられたかと思うと僕の顔に彼女の健康的な脚が浴びせられる。
「こなくそっ」
「ほい」
「これなら!」
「てや」
「おおおっ!」
「ほれ」
「………」
「ふっ」
……
……
「勝てねえよ!」
五体投地。訓練用の武器は一通り試し終わった。散乱した武器を律儀にソアラが拾い上げてくれている。
「いや、さすがにジグ君とてソオラには勝てないよ」
「無理にきまってんだろ!わたしはつよいからな!」
「出鱈目すぎますよ……文句なしで教団最強なんじゃないですか?」
「いや?そうでもないよ。上位にはいるだろうけど」
「まだ上がいるのか……」
何度やっても、彼女の動きは目で追えすらしなかった。僕の反応速度を遥かに凌駕していた。
「実際僕もまあ動きについていくくらいはできるし」
「なんだと……」
「お姉ちゃんの動きの速さはその純粋な脚力からくるものだからね。動きそのものは人間の中では単調な方だよ」
「ちょっとそれよくわからない」
まずは彼の言う人間というところに到達することを目指そう……。
「よわいな!ジグ!だけどよわい方が鍛え甲斐があるってんだ!」
「褒めてんですかねそれ」
「よわい!雑魚!ばーか!」
「馬鹿は余計ですよ」
「馬鹿はソオラの方。そんなにジグ君をいじめない」
「わかったー」
うーん、まあ、高飛車で人を見下してる……けど、認めるとこは認めるし、僕にがっかりしてるというわけではなさそうだ。
「とりあえず!槍!」
「え?」
「一番わたしに近づけたから」
「槍……」
まあ、確かに反撃されたとはいえ、一番いいとこまでいったのはそれだろう。というかあれ以降は疲労とダメージでそれどころではなかったのだが。
「そもそも、長いから一番切り込めるのは当たり前じゃ」
「それは……」
「それは違うよ、ジグ君」
また抽象的な説明を始めようとしたソオラを制してソアラが喋り出す。
「僕が見ても、あれが一番君に向いていると感じた。多分身体の流し方的に、長物向きだろう」
「じゃあメイスでも」
「メイスの先に刃をつければそれはもう槍じゃないかな?」
「……」
まあ、確かに。というか僕は素人なんだから素直にその道のプロに従っておくべきだな。
「それにジグ君」
「ん?」
「メイスって訓練生以外誰も使わないよ?」
「ですよねー」
「ここでは魔術師は刃を持つ武器を杖にしてる人しか基本的にはいないから」
やっぱり魔術オンリーで戦うのは無茶か。
「確かに君の魔術ならどんな状況にも最適に即応できるかもしれないけど、どこまでいっても人間だからね。魔術の詠唱をミスったり遅れたり、間違えたりすることはある以上白兵戦を要求される場面は多いはずだよ」
「補足どうも。じゃあお言葉に従い槍にしてみるよ」
「それがいい。別に途中で何か違うと思ったら変えてもいいんだしね。お姉ちゃんなんて日常茶飯事だし」
そんなコロコロ得物って変えていいものなのか……?
まあそこに関しては彼女が特別ということだろう。
そう、特別……。
「……どうしたの?」
「うお、っと」
目の前につぶらな瞳2つ。ソオラが僕の顔を覗き込んでいた。
「一つ変な質問してもいいですかね」
「ん?なんだ?」
「生まれつき力が強い……とのことですけど、ここで、教団で……特別扱いされますか?」
「いや?全然?」
……ああ、そうか。やっぱり、ここなら……大丈夫なのか。
「なんでだ?」
「いえ、何でもないです」
「なにーっ!言え!気になる!」
「言ってもわかりませんよ」
「なら……こうだ!」
「うわ、ちょ、は……ははは!」
五体投地してた僕の身体を、ソオラがくすぐってきたのだ。僕は悶えつつ転がって逃げようとする。
「やめて、はは! ください!」
「なら言えーっ!てか待てー!」
ごろんごろんと逃げる僕に張り付くように追撃してくる。が、すぐにソアラに襟首を掴まれて止まった。
「は、はぁ……はは」
「むー、ソアラ離してー!」
「だからジグ君をそんないじめるなって。彼は今まで戦う人じゃなかったんだから」
「……ごめんなさい」
あら。またしゅんとしてる。弟と言うことなら聞くのかな?
しかし戦う人っていう表現は聞き慣れないものだな。あとでどういう含みがあるのか聞いてみよう。
「そして、ジグ君」
「あ、はい」
「敬語禁止」
「は……うん」
こほん、と。
「今の質問、少し失礼なのわかってるよね」
「ぐ……」
「ここではみんなが等しい。自分が特別だとは、思わないことだね」
む。棘のある言い方。彼と知り合ってまだ一月も経ってないが珍しいことだ。となると相当逆撫でしてしまったか。
「ごめん」
「僕だからいいけどね。他の人の前では自重しないと多分痛い目見るよ」
そうだ。ここでは僕はちょっと魔術ができるだけのただのモヤシなのだから。年下の女の子にあっさり殴り倒される程度の。
……というか、言葉にすると凹むな。いくら彼女が強いとはいえ一方的に負けるというのは。
「わかった」
「うん、じゃあそろそろいい時間だし、お昼にしようか」
「ごはん!」
首根っこ掴まれた猫の死体のようにぶら下がっていたソオラの目がギラリと光り、身体がしゃきんとする。
「あれですか?力強いってことで人より多く食べるとか」
「そうだよ!お腹が減ってしょうがない!大食いでも負けないよ!」
「なんてベタな。というか勝負しませんて……」
「なんだ、ジグは胃袋も雑魚なのか」
「せめて弱いに留めといてくれません?」
「やだ」
「くっ……」
「その前に片付けだよ。ジグ君は満身創痍だからいいとして、自分で散らかしたようなもんだからソオラがやってね」
「えー!」
「ほら、僕も手伝うから」
むくり、と起き上がり掃除をする2人を眺める。こうして並んで同じような動作をしてると、ホントそっくりだ。どちらも小柄で、そのパワーに見合わない線の細さで、髪はソオラは女性にしては短く、ソアラは男性にしては長いくらいで。
「双子、ねぇ」
僕には兄弟も、幼馴染もいない。
……弟分はいたけど。彼は元気だろうか。学園の中ですら少なかった友達より、さらに少ない外部の友人。
病弱だったが、僕がいなくなったことで悪影響を及ぼさなければいいが……。
「よーし、おわり!飯だ飯!」
「ジグ君、行きましょう」
瓜二つの二人が、それぞれ華奢な手を差し伸べてくる。
身体の軋みを感じつつ、その手を握って僕は立ち上がった。
「うん、行こう」
そして、道中でソオラに敬語は戦闘及び訓練中のみ!とかいう難しい注文をつけられながら食堂に来た次第。
ちなみに、年が割と近い双子とつるんでいるおかげで、声をかけられたりいちゃもんをつけられることはない。微笑ましい目線すら向けてくる人もいるほどだ。
「しかし、よく食べるなあ」
「いっぱい食べないと強くなれないぞ!」
「君が言うと説得力あるな……」
もしゃもしゃ、と女性にあるまじき量を平らげていく。周囲からは相変わらずの食べっぷりだな、とかそんなに食うと太るぞ、とか誰ともなく声が飛んでくるが彼女はそんなことどうでもよさそうだ。
『それに比べて坊ちゃん二人は食わなさすぎじゃねえのか?』
『そうだぜ?男はたんまり食わなきゃな!』
『ははは!そんなんじゃこの先生きのこれないぜ!」
これは僕ら二人…正確には僕に向けたものだろう。うるさいな。
「こんなに食べたら戦う前に死ぬわ!……あ」
『…………』
静寂。マズイ、つい突っ込んでしまった!
周囲の屈強な人達はぽかんとしている。恐らく次の瞬間には怒号とともに僕の胸倉つかみに来……。
『……わはは!』
「え」
『コイツ、言うじゃねえか!』
『確かにあれは俺も無理だわ!いや本気だせばいけるけど』
『嘘つけぇ、まだソオラは食えるんだぜ?』
『マジかよ!』
『ていうか言い過ぎるとソアラが黙ってねえぞ?!お?』
喧騒が戻った。さっきの一瞬の静寂などなかったかのように。
「……ふふ」
それに混じって向かいに座っているソアラが微笑む。
「えーと、みなさん気ぃ使ってくれた……のかな?」
「君は卑屈すぎるよ。みんな別に君が言ったことが面白かっただけさ」
「面白い……」
そんなこと、学園では言われたことなかった。僕が口を開く度、周囲は怪訝な顔をするのみだった。
そして、集団は常に僕から離れ、僕を孤立させた。
だけど今、僕はそんな喧騒のただ中にいる。
そう、何の抵抗もなく、何の対価も払わずに。
「……ジグ君?」
「え?」
「泣いてるの?……それそんなに辛かったかな」
「あ、ああうんそうそう!僕辛いの弱くてさ」
「……そっか」
うわー、すんごい生暖かい目だ。絶対察してるよこの人。
まあ、なんやかんや教団に入ってまだ少しだけど、最初のイメージは払拭できてる感覚はある。あまり先輩がこっちに来なくて、かつ来ても人目につかない訓練をしてくれているというのもあるだろうが。
でもやっぱり、この姉弟の影響も大きいとも思う。この二人と一緒にいると等身大の子供として見てもらえる……気がする。
まだ僕が二人にできることは少ないというか、ソオラに関しては当分世話になりっぱなしだけど、いつか役に立てればいいんだけどなぁ。
まあ、なんだ。これからもよろしくしてもらおう。
頭の中でそう呟く。
『?』
当の本人達は、そんな僕を見て首をかしげていた。
次回からまた大筋に戻ります。




