Degression 3
「美味しいですね。ここは」
「そーですね……」
「何げんなりしてるのですか。せっかくの味が落ちます。もっと美味しそうにしてください」
「そこまで強制される筋合いはねぇよ……」
「あら。残念です」
首都のど真ん中。リクラス本社よりさほど遠くない高級料理店にて、俺は、今、奢らされている。
「こっちは夜通し戦いっぱなしだったってのに……」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「く……」
確かに、彼女も夜通し俺達のサポートをしていたわけだし、筋は通ってるよなぁ。
「嘘です。途中で数回寝ました」
「おいィ!」
「あなた方と違ってか弱き女性ですので。さすがに仮眠くらいは取ります」
「そんなんでよく首切られねえな……」
「姿勢を崩さず目を開けたまま寝れますので」
「それはそれで怖ぇよ!」
はぁ。周囲の目線が痛い。いくら着替えたといえど俺の気性的にここは場違いなんだよ……。
そして何より、一番腹立たしいのは。
「お客様、お飲み物はいかがですか?」
「あら、頂こうかしら」
「おい待て俺の金だろう。そして、なんで店長のお前が注文取りに来るんだよ」
エイラが俺の言葉に目を見開く。コイツ本当の馬鹿かとでも言いたげだ。
「あなたは本当に馬鹿なのですか?」
「言ったよ!こいつ!」
「ははは、相変わらず女相手にはざまぁねえな、ボルカノ。いや今はカールと呼んだ方がいいのかな?」
俺が店長と呼んだ人物がけらけらと笑う。
「あら。この馬鹿とお知り合いで?」
「知り合いも何も、コイツは昔俺の下で働いてたからな」
「……可哀想に。そこまで困窮して」
「ねぇよ!違うからな!」
「あら、失礼。ではなぜ?」
「勤勉なカール君は2年くらい前まで首都のありとあらゆる料理店に弟子入りしてたんだよな。当時は有名だったぜ。有望株だとな」
「有望どころかガッカリもいいとこだったがな」
「まあまあそう機嫌悪くするなよ」
「ほう。料亭でも開くおつもりでしたので?」
「残念ながらそれも違いますよ、お嬢さん。こいつなんと、一通り終えた後に理由を聞いてみたら……趣味、だとよ」
「趣味。趣味ですか。ほうほう」
「なんだよ、悪いか」
「いえ、別に。つまらないですね」
「辛辣すぎねぇ……?」
『店長!何油売ってんですか!』
厨房から怒声が響く。
「おっと、ちょいと外しすぎた。お嬢さん、あまりその男の詮索はしない方がいい、と言っておくよ。どうぞごゆっくり」
「ええ、ありがとう」
あの男なりの気遣いだろう。あの頃は結構馬鹿やってたし、色んなとこに世話になったわけだが、どこの店でもそれなりの信頼は得られていた……と思う。
もちろん、料理が好きだったというのもあるのだが、最大の理由は……。
「……して、趣味、だとして今はしておられないようですが」
「詮索するなって言われたばかりだろうに」
「仕事相手のことはできるだけ知っておきたいのですよ」
「へぇ、熱心なことで」
「弱みを握るのは基本中の基本です」
「……」
料理、ね。
ジグが転がり込んで来てからなし崩し的にまた作るようにはなったが、まだまだ全盛期からは程遠い。そして、もちろんその全盛の時というのは。
「2年前までは、な」
「ほう。確か教団から放逸してた頃ですね」
「どこまで知ってんだよ、畜生」
「大体、あなたが傭兵として名を、悪名を挙げていたあたりからの情報はあります」
「教団に入ってからも?」
「多少は」
「情報漏れてんのかよ……案外緩いな」
「我々も必死ですからね。あの団体が持つ知識や技術は喉から手が出るほど欲しいものです」
「じゃあ俺を引き入れられたのは結構な収穫なんじゃないのか?」
「……?何を言っているのですか?あなた程度から得られる情報など全て収集済みです」
「程度は余計だ」
「まあ、今後内通者にでもなっていただけるというのなら、話は別ですが」
「ねえな。あくまでこっちは副業」
「では報酬もそこまで必要ありませんね」
「やめてください」
しばし一息。俺も観念して食を進める。
「しかし、奇妙なものですね」
「ん?」
「あなたは記憶喪失、なのでしょう?」
「ああ もうだいぶ前になるから大して気にならないが」
「あなたの経歴は大体把握しているのですが、その動機まではわからないのです。こうして話している限りは戦い慣れていても、戦闘狂というわけではなさそうですし。なぜ戦場に身を置き続けるのですか?」
戦う、理由か。
「まあ、その時によって色々変わるさ。教団の奴らみたいに信念とやらがあるわけじゃない」
「ほう。適当ということですか」
「なんで悪い言い方するかな」
記憶をなくして、目覚めた直後は、戦争だった。戦わなければ生き残れなかったから、これは理由というより当たり前のことだったのだろう。
そう考えると、目覚めて最初にやったことが戦いだったから。というのが根底にあるのかもしれない。
そして、戦わなくても死ななくなってからも、俺は戦いしか知らなかった。安全な地域まで送り届けられた後、俺は何をしたらいいかわからなくて結局傭兵団……ボレロの後についていった。
まあそこで少しは戦い以外のことも楽しめるようにはなったが、結局悪魔によってぶち壊しだ。
戦争が終束していった理由、敵国が悪魔の襲撃を受けたこと。俺達は、その巻き添えを食って散り散りになった。
ボレロは、ああなってしまったが他はどうなったのやら……。
「ところで、お前はなんで傭兵のオペレータなんてやってるんだ?」
「稼ぎがいいので」
「身も蓋もない……!」
「でも、普通の人からすればそれが全てですよ」
「まぁ、そうだけどさ」
「今のご時世、戦う力がない人は案外苦しいんです。どこかの馬鹿どもに大量の報酬を出してるせいで」
「その馬鹿がいねえと成り立たないんだから仕方ないだろ」
「自惚れも大概にしてください」
「あれぇ……?」
「ま、あとは他よりも仕事相手との関係が即物的なのもありますね」
「私情が挟まりにくいってことか?」
「そうです。人付き合い苦手ですし」
「そうなのか。の割りには謙遜不敵だが」
「だからですよ。あなたのような人は珍しいです」
「まあ、敬語も割とめちゃくちゃだし」
「……!」
謙譲語と丁寧語が混ざってごちゃごちゃになってる。使い慣れてはいるが、正しく覚えたわけではなさそうだ。
というか、それ以前の問題だが。
「敬語とかの教養がお有りだとは……!」
「そこかよ!」
「いえ、記憶喪失でずっと傭兵をなさっていたのなら普通そんな知識身につかないでしょう」
「あ、確かに」
「……」
「まあ、なんだ……少し特殊というか、その辺の一般教養?は覚えてるんだよな。誰に教わったかは知らないが」
「エピソード記憶だけ抜け落ちている、ということでしょうか」
「なんだそれ」
「教養が聞いて呆れますね」
「お前に言われたくねえよ!」
「短期的な、出来事などの記憶のことです。本当に記憶が全部失われているのならその時点で喋ることはおろか、立つこともできないでしょうし」
「ああ、なるほど」
「本当にわかってます?」
「いい加減にしてくんねえか……」
「まあ、いいでしょう。しかし本当に過去のあなたと関わった人がいないのですか?」
「今のところいないな、どうやら俺は結構な田舎者らしい」
「今日出会った男を除いて、ですか」
「……」
数時間前に俺達を襲った、だらしのない男。悪魔を伴っていたこと、話を聞く限り憑き者だとしても常軌を逸する再生能力。そして緑の眼。そして何より……
『んー、そうか。忘れてるのか』
俺はかつて奴に会ったことがあって、俺が忘れている。つまりは6年以上前に関わったということだ。
言動からさらに推察すると、ヘレナにも面識があったのかもしれないが、そこまでは定かではない。
そして、奴はボレロを雇った、とも言っていた。つまりはボレロの言う「上」なのだろう。
実際あのだらしのない第一印象からは想像もつかない程、あいつは強い。俺に完全な不意打ちを決めてきたのもそうだし、悪魔との連携もかなりのものだった。おまけにこちらを上回る再生能力となれば、殺すのは相当難儀なはずだ。
それに、あの時の悪魔……俺もヘレナも、眼が反応しなかった。霊子を持たない……というのは考えにくいから、多分あの男が何か細工をしたのだろう。
「憑き者、とやらでしたか」
「……ああ、聞いたことあるのか?」
「噂程度でしたが、これはさすがに信じざるを得ませんね」
あの後説明義務とやらで、俺が憑き者であることを説明、実演するのを録画録音された。さらに、体組織を少し提供させられた。無論即座に傷は塞がって度肝を抜かされたが。
リクラスの研究所は今大忙しだそうだ。
「全く、本当に霊子や悪魔関係の新発見には見境ねぇよな」
「当然です」
「しかし……この分だと他の陣営とかにもいそうだな、ちゃっかり」
「事実アトラスもヘレナを擁している以上、切り札として備え、研究している可能性はありえますね」
「どうなんだろうな、それ。人間は人間だが、悪魔でもあるわけだし」
「制御できているうちはそんなこと問題にならないでしょう。それに、憑き者が全員あなたの述べた性質を備えているのなら普通の生活はできないでしょうし」
「……そうだな」
奇怪な眼。異常な治癒能力と身体能力。悪魔を呼びやすい体質。
間違いなく疎まれるだろう。そして、その行き先は自衛も兼ねて戦場しかない。
普通そんな生い立ちや境遇の奴は教団に入るのが吉だが、そうもいかないし。
「そういう意味では、あなたも身の振り方をもう少し考えた方がよろしいかと」
「確かにそうだな……特に教団にバレるとまずい」
「教団と企業に所属している上に、今何かしら暗躍している集団に狙われてもいる。さらに悪魔でもある……まさに、ジョーカーのような存在ですよ、あなたは」
「ジョーカー、ね……して、俺は悪魔でもあるわけだが、怖いとかは思わねーの?」
「押されるがままに昼食を奢る男の何を恐れればいいのでしょうか?」
「……俺が悪かったよ」
「さらに、タチの悪いのはあなたの目的がどことも合致しないことですね」
「というと?」
「確か、コアを集めて願望器を顕現させる?でしたっけ?」
「なんで煽り口調なんだよ」
「失礼。で、そのために教団を利用して、その見返りとして教団に協力。私達リクラスの下に来たのも、弱みを握られ駒となる契約。かといって目的不明の集団と因縁があるわけでもない。優秀な火種ですね」
「やっと褒められたと思ったら違ったよ……まあ、最後のに関してはそろそろ因縁レベルだけどな」
気がついたら、大きな動きに巻き込まれている。ジグを発端にして。
数週間前までとは比較にならない忙しさだ。そう、あの燻って、荒れていた頃をあっさり抜けてしまった。
もう、二度とこういうことはしないと誓った……いや、縛り付けたはずなんだが、緩かったようだ。
それに、事態が動くにつれ、あれほど埋没していたコアの情報がホイホイ出てくる。
半ば諦めがちだったあの頃に比べればだいぶモチベーションに関しては上がってる、と思う。
「ごちそうさまでした」
そう考えている間に、エイラは食べ終わったようだ。
「さて、昼休みもそろそろ終わりです。本社で報告書をまとめなければ」
「そういや報酬の支払いってどうなってんの?」
「あとで振り込まれます。金の亡者ですか」
「まだ一回しか聞いてないんだけどな?」
「じゃあ亡者」
「死んで……るようなもんだけどさ」
そう。結局、2年以前よりかは、本気じゃない。やる気もない。
死に損ないが、やり残したことを緩慢に片付けているようなものだ。
コアを揃えて、彼女を、俺がしてしまったことの償いをしようとしても、起きてしまったことは変えられない。仮に彼女が蘇って、俺が誠心誠意謝ったところで何も変わらないだろう。
それでも、だとしても、俺はやらなければならないのだ。それをしなければ、俺はのうのうと生きていることに耐えられなくなる。今も後ろ髪引っ張られてる感覚があるくらいには。
「……?まあいいでしょう。それではお疲れ様でした。次回以降はチェイスではなくこちらからも依頼を出しますので、ご了承ください」
「というと、傭兵として採用ってことでいいんだな?」
「あくまで派遣社員のような扱いですから。一応登録はしますが」
「へぇ。ま、今後ともよろしく頼む。オペレータ06」
「ここでようやく呼びますか。嫌がらせですか?」
「違えよ……」
「では後々登録番号を送ります。複数の傭兵で任務を行う場合では、番号で呼称しますので悪しからず」
「わかった」
席を立ち、会計を済ませる。財布が結構痩せた。畜生。
「ではここで。また縁があれば」
「ああ、じゃ……」
じゃあな、と言いかけ、ヘレナを思い出す。未だに鮮明に思い出せる、あの顔。
そう、俺はあれを見て驚くでも、見惚れるでもなく。
……安心したのだ。
なぜかはわからない。女性は苦手なのは変わらない。だが、あいつは格別俺のペースを崩してくる。
……いや、戻してくるのだ。2年以前に。
まだ、俺が何も知らなかった、あの頃に。
だから落ち着かない、というか後ろめたくなる。
俺には、そんな権利はないというのに。
だが、俺は彼女の口をなぞるかのように。
「……またな」
そう、言ったのだった。
怒涛の連投。リアルが病んでると執筆速度が飛躍的に向上するのはきっと気のせい。




