Chimera 7 懐襲
緊張が走る。
終わってる、ということは恐らくあの中身は彼女の任務対象であり、俺達の目的ということでもある。
「……それは?」
「さっきの傭兵の人、念の為にデータのバックアップを持ち帰る任務も請け負ってたみたい。私に戦闘不能にされたにしてはいやに余裕たっぷりだったから調べてみたらこれが……ね」
どうやって、とかは聞かない方がいいだろう。問題は、彼女はそのまま帰れるということだ。
なんとかして彼女から一時的にでもアレを奪う必要がある。交渉したとして、対価として何を要求されるか。現状こちらに手はないし、そもそも向こうにメリットはない。となると交渉ははなから抜きで強奪するか?2人がかりなら何とか……。
思案を重ねる俺は、目の前にそれが放り投げられるまで気づかなかった。
「?!」
慌てて手を差し出し、あわや記録媒体を受け取る。
「何のつもりだ?」
投げた当の本人はきょとんとしていた。
「え?要るんでしょ、それ」
一瞬、理解が追いつかなかった。罠か?実はこれには何も入ってないとかか?
「協働するってことじゃなかったっけ?」
「それはそうだが……」
「先輩、ちょいと貸してくださいそれ」
「あ、ああ」
そう言うとジグはすぐに自前の端末に記録媒体を刺し、中身を確認する。
俺は中途半端な構えをし、ヘレナはまだかな?と言わんばかりに腰に手を当て待っている。
「なんでそう構えるかなあ」
「お前の側にメリットがない。そうする理由がわからない以上、警戒は解けない」
「うわぁ、相当信用されてないな私」
「お前に限った話じゃない」
「……へぇ」
「確認しました。特に怪しい所はないです、コピーしときますね」
「そうか……」
用が済んだか、ジグは媒体を抜いてヘレナに直接渡す。
「ありがとうございます」
「ん、どーいたしました」
「先輩は人を疑い過ぎですよ。昔に何があったか知りませんけど」
「そうかい」
「僕がお人好しなのもありますけど、もう少し信じてもいいんじゃないですかね」
「それに足るものを示せば信じるさ」
「全く頑なだなぁ。僕はどうなんです?」
「どうって?」
「信じられるかどうかですよ」
「んー、まぁ親の話をする時の目を見るからに余計なことはしない奴だと思ってる」
「……!」
目的のためなら何でもやってやる、そんな覚悟というか、狂気を感じる目だった記憶がある。
「案外よく見てるんですね、おくびにも出してないつもりだったんですが」
「俺は無関心じゃなくて警戒してるんだよ、出会う人全てを」
「お疲れ様です」
「うるせえ」
「じゃ、どうしたら私は信じてもらえるのかな?」
「無理」
「え……」
「いやまあ冗談抜きで、殊更女性をビジネス以外で信じるのは無理」
「私に限った話じゃない、ってヤツ?」
「そういうことだ」
「それでも、面と向かっては傷つくなぁ」
「すまないな」
「何かあったの?こっぴどく振られた?それとも騙された?」
「……それで済めばよかったんだがな」
「あー……ゴメン」
「なに、気にするなよ」
「今の流れでそれは無理だよ……」
「まあなんだ、それはそれとして助かった」
「……ん」
『いい塩梅になったところ申し訳ありませんが』
「何だ?エイラ」
『敵増援がそろそろ到着するようです』
「……当分来ないんじゃなかったのか」
『先程遭遇した傭兵が何かしらやらかしてくれたようですね。通信妨害が解けています』
「正面からの撤退は無理、か?」
『手練れ十数人を同時に室内、それも相手のホームグラウンドで迎撃できるというのなら』
ちらりとジグを見やる。同じ内容を聞いて、それなりに驚いた顔をしているあたり真っ向からやり合うのは無理だろう。ぶっちゃけ俺とこの女でかかれば何とかなりそうな気はするが、悪魔になってしまったことをまだネタバレするわけにもいかない上、彼女は今度こそ協力するメリットはない。飛んで逃げるだろう。
「ど、どうします?」
「確か非常通路があったはずだな?」
『はい、その部屋の南東隅にグリーニア沿岸への隠し通路があるはずです』
「よし、そこ経由で離脱だ」
「先輩」
「なんだ」
「南東隅って……あのへんですよね」
……あのへん、って随分アバウトな表現するな。何かあっ……。
「……」
ちょうど俺が槍を投射した先だった。壁は崩れ、通路らしき空洞は瓦礫で埋まっていた。
「えーと、ど、どうします?」
「とりあえず……コレだな」
懐から破片手榴弾を取り出す。ジグはマジかよと顔をしかめ、ヘレナはおおと顔を輝かせる。
「爆破?!」
「何でお前はそんな嬉しそうなんだよ!」
「いや、別に嬉しいとかそんなんじゃ……」
「恥じらうとこ違くねえか」
「本当先輩は女性相手にはペース崩されっぱなしですね」
「余計なお世話だ、女とまともに会話ができないお前に言われたくない」
「できますよ?!」
「3人以上でなら、だろ」
「うっ……」
『いい加減急いでください。もう突入されます』
「はい……」
そそくさとピンを抜き、瓦礫の中に放り込む。
5秒後、轟音とともに瓦礫が砕石と化しつつ吹き飛んだ。
「いつまで経っても爆発物には慣れない……」
「魔術で大爆発させといてよく言うぜ」
「自分で制御できるなら怖くないですよ」
「はいはい」
「……」
多少、というかかなり輪郭は歪んでいるが、通路らしき空洞はできた。
「行くぞ」
「はい」
「うん」
この時俺は、後方にしか意識を向けていなかった。思えば、最初からそこまで込みで、予想通りだったのだろう。
「よっ、と」
土埃に目を細めつつ、ハッチを開け、外へ出る。
「もう朝か……」
グリーニアの海岸沿い。空は白み始め、風も出ている。
丘陵地帯からいきなり海になっているため、断崖絶壁となっている。
海辺。断崖絶壁。朝。嫌なものを彷彿とさせる。
「ほいっ」
ハシゴを使わず、翼で垂直上昇してきたヘレナが飛び出した。
「おお、きれい」
「そうか?」
「そう思わない?」
「いや……」
「じゃあ……もっと綺麗なとこ、知ってるとか?」
そうくるか。知らない……ことも……あれ……。
『約束だよ』
滝……虹。開けた森に……花。それに……。
「……ボルカノ?」
「ん、ああ、なんだ」
「ジグ君が蓋開けられないみたいなんだけど」
何だ、今の。いつもの夢やら幻覚やらと……違う?
「ほれ」
「いやー焦りましたよ。出れないかと思った」
「こんくらいなんとかしろよモヤシ」
「これからですよ、これから」
「どうだかな」
『脱出できたようですね。念のため、塞いでおくことを推奨します』
「それもそうだな」
ハッチの蓋とダクトを錬成し、一体化させて塞ぐ。これで時間は稼げるはずだ。
「さて、これで後はリクラス本社に帰れば任務完了ってわけだ」
「ですね。あんま行きたくないですけど」
「なんで?」
「リクラスって傭兵業より通常の商業の方がメインですから。普通のオフィスビルに完全武装して入るのは抵抗あります」
「内部もなんつーか、事務的だしな。場違い感がやべえよ」
「へー、アトラスはみんな荒っぽいから私は逆に浮いてるかなぁ」
「さすが軍事専門」
「あんまり褒められたものじゃないよ」
「まあ、傭兵なんてどこでも碌なもんじゃないか」
「それは同感だねぇ」
「!!」
聞き慣れない声。すぐさま振り向いて銃を抜く。
背後に、今まで何も無かったはずの草原に、その男は立っていた。
「……誰だ」
「んー、そうか。忘れてるのか」
「忘れて……?」
会ったことが、ある?どこでだ?
だらしのない茶がかった黒髪。ゆるい立ち方。そして……爛々と緑色に輝く……右眼。
「憑き者ね」
ヘレナがサッと前に出る。
「憑き者かぁ……そういう呼び方もあったなぁ、そういえば」
「あら、違う呼称でも知ってるの?」
「まあ正式名称だけど。名前なんて関係ないよねえ?」
「そうね」
ゆらゆらと、気だるそうな口調で話し続ける男。何だろうか。その緩く、一目ではみすぼらしくも見える姿形に、俺は嫌な感じを覚えていた。
何かこう、生理的に受け付けない、何かを。
「しかし、あの方の言う通りにやってみるもんだなぁ。うまくいっちゃったよ」
「何がだ?」
まとわりつく嫌悪感を我慢しつつ、俺も前に出る。
「何がって、君達がここにいることだよ」
「は?」
「君達だって薄々は気づいていただろう?何か仕組まれてることにぃ」
「…まあな。あとはその薄ら寒い喋り方をやめてもらえると助かる」
「難しいこと言うねぇ」
「そうかよ」
ぱっと見武装はしていない。だが、憑き者である以上は何らかの悪魔を宿しているだろうし、ボレロのように悪魔に変身できるのかもしれない。
……そういえばボレロは憑き者なのに眼を使ってなかったな。必要なかったからか?
「彼はまあ、よくはやってくれたけども、許容範囲ではあるけど、やっぱ失敗だよねぇ」
「さっきから彼だのなんだの、主語がはっきりしねえな」
「まあそうしてるしねー」
「……敵対する気はあるのか?」
「君達はしてそうだねー」
「お前はないということでいいんだな?」
「質問が多いなぁ」
「……」
「ま、敵対はする予定かなぁ。君達が二週ほど前に戦ったあの牛君ができなかったことをしなきゃいけないしね」
「牛……ボレロか!」
「あれ?そんな名前だったっけ?まあいいや」
あの時のことを知っている……つまりはあの場にいたか、それともボレロの雇い主か誰かか、といったところか。
「この前の一件は、お前が仕組んだことか……?」
「いんや。仕組んだのはあの人で、命令したのが僕。まぁ、そこの子が来るのはイレギュラーだったみたいだけどねぇ」
ヘレナを指差しつつ答える。意外と素直な奴だ。
「本来ならあの牛野郎が俺を仕留めてたってことか?」
「それも不正解かなぁ。牛君に頼んでたことがうまくいかなかった、ってだけさ」
「いやにホイホイ喋るじゃないか。最近俺の周囲は秘密主義の奴が多すぎて困ってた所だ」
「へぇ。僕もまあ、秘密にするのもされるのも嫌いかなぁ。それに、君がこれを知ったところで、どうなるものでもないし……なァッ!」
……?
あ?
「ぐふ……っ」
何だ?何が起きた。腹部に、鈍痛?何か奴が飛ばした……。
「先輩!」
「……ッ」
ジグの声で我に返る。と同時に膨大な痛覚信号が脳に叩き込まれ、危うく吐きそうに……。
「な……」
吐けるはずもなかった。俺の腹に、背中から、直径10cmはあろう杭が突き刺さっていたからだ。
ぎこちなく、後ろを見る。地面から生えた触手のようなものが、こちらに大口を開けていた。そして、その口の奥には俺に刺さっている杭と同じものが再装填されようとしている。
「ボルカノっ!」
ヘレナの声が聞こえると同時に、俺は腕を掴まれ、彼女とともに飛んでいた。
「畜生、外したかぁ」
「おま……なに……」
俺のいた位置、喉をぶち抜く高さを狙った杭は明日の方向へと飛んでいった。
「ボルカノ、喋っちゃ駄目だよ」
「……」
無言で頷く。そして彼女は俺の腹に刺さった杭を、ためらいなく、一瞬で引き抜いた。
「あ、がァッ!」
「へ、ヘレナさん!何を!」
痛い。そりゃまあ当たり前で、腹をぶち抜かれたことくらいはあるのだが、さすがに前フリなしいきなりは……初だ……。
このレベルの重傷も、治るのだろうか?先に失血しそうなものだが。
「君はあの人の物語には本来いないはずだったんだよねぇ。まあ、あの人自身が衝動的に採用しちゃったのもあるけどさぁ」
奴の口調が元に戻った。やはりさっきの凶暴な顔が素か。
「僕はそういうのも含めて、お前が昔から嫌いなんだッ!」
奴の足元から、悪魔が姿を現した。体内ではなく、直接悪魔を使役していた……の……か?
「あ……」
ヘレナがその姿を見て固まっている。俺も同じだ。
意識が吹っ飛びそうだったのが、一気に引き戻された。
触手に包まれた、いや触手を纏った球体のような悪魔。今まで、こんな奴相対したことも、見たことすらないはずなのに、俺は。
あの嫌悪感の元凶だと思った。恐らく、記憶を失う前に、あいつを見ている。
だが、そんな悠長なことを考えている時間はすぐ終わった。悪魔が、その無数の触手の全てから、さっきの杭を斉射したからだ。
「あ……あ」
ヘレナはまだ固まっている。それに、面で攻撃されている以上回避しようがない。ここは意識も引き戻されたことだし……!
「ぐあァァッ!」
腹が痛みに悲鳴をあげるのを無視して、立ち上がり刀を振るう。数本を弾いたが、俺の刀も弾かれ、左肩に一本突き刺さった。
「……っぜえ」
「さすがに耐えるか!ははは!」
「……ぼ、ボルカノ!」
俺が身を守ることで結果として庇ったヘレナが我に返ったか、俺に手を伸ばす。
俺はその声の方へ振り向……。
「が、邪魔だ。今はなァ!」
「……ぁ」
斉射の後。奴自身が隠し持っていたであろう、突剣が、俺の左胸、心臓へと……。
駄目だ。間に合わない。腹筋がやられている。身体を、軸を、動かせない。
「ボルカノっ!」
その切っ先は、しっかりと俺の心臓へと吸い込まれたようだった。それだけでは飽き足らず、俺を派手に後ろへ転倒させた。
あぁ、さすがにこれは無理くさいな。ヘレナが何か言ってるっぽいが、何も聞こえない。
とか思ってる間に、目も霞んできた。
……おい。何してる。
そこのお前だよ。そのめんどくせえキャラ演じてながら、本性はケダモノのお前だ。
ヘレナに、何をしてる?
何やら、致命傷にならない位置に杭を打ち込んでいるようだった。
あ、ジグが魔法ぶっ放した。
おいおい、駄目だろ。足元から出てきた触手に吹っ飛ばされてんじゃねえか。
あー。血が流れていく。これが死ってやつかね。
ま、死ぬ前にちょっと楽しかったしよしとしようか。
なに、死ぬのが……少し。
遅れた……だけさ……。
本来なら……2年前のあの日に。
「……ッ……」
ヘレナがどうやら苦痛に身悶えしてるようだ。
なんだよ。らしくない。死ぬ前だってのに、他人の心配かよ。
あ、死ぬ前にだからか。
まぁ……どうでも……いいな……。
「……やっ……」
なんだよ。何か用か。ていうか、悪魔だからか?心臓一突きされた割にはしぶといな我ながら。
「嫌……痛……!」
おいおい、俺にどうしろってんだよ。てか、寝させてくれ。
「……けて」
おかしい。もう死ぬ、致命傷だったはずなんだ。
なのに、何故。
聴覚も、視覚も、しっかりしてきて……!
なんだよ、これ。この、湧き上がってくる……波は。熱さは。
「助けて……!」
『僕は…君を守る。 君が生きてる限り いつでも 何度でも守ってみせる。』
ぷつん、と何かが切れる音がして、俺の意識は湧き上がる力に飲み込まれた。
・グリーニア
東から西になだらかに下る、丘陵地帯。ユディトニアと隣接していることもあり、肥沃な土壌を有し、穏やかな気候と喉かな雰囲気から観光や別荘地として人気。
が、北辺の海沿いは切り立った崖となっており危険。




