Chimera 5 被験体
「その力……化け物か」
「お褒めいただき光栄。だてにアトラスで傭兵してないわ」
「しかし、甘いな……殺さない、などと」
「私は別に人殺しがしたいわけでも、破壊衝動を満たしたいわけでもない。ただ、これしか生き方を知らないだけよ」
「ふっ、勿体の無いことだ。その容姿であれば、いくらでもやりようがあるものを……」
「お生憎様。一回試して、駄目なのは確認済み」
「なに、たかが一回……」
そこまで言わせず、私は顎に蹴りを入れ、意識ごと男を吹っ飛ばした。薬品棚へと突っ込み、派手な音を立てて瓶が割れていく。
「うーん、爽快。破壊衝動の方は少し否定できないかなぁ……」
あの男、私に素顔を現させるくらいの強さではあった。短剣と銃、各種罠など、閉所戦闘に特化している策士でもあったし。
でも、閉所はどちらかというと私のフィールドだからね。残念でした。
「さて、あの二人を追わないと」
破壊の跡が大量に刻まれた廊下を引き返す。穴だらけの壁、床、天井。壁には大穴もちらほら空いている。
「……少し、やりすぎたかな?」
「先輩……アレやるなら前もって言ってくださいよ」
風のコアによる速度低減を受け、もう慣れ始めている俺はスタリと、ジグは相変わらずドサリと着地。
「察しろ」
「この人も十分滅茶苦茶だった……」
「それはさておき」
「さておかれてちゃうんですね」
研究所B3F。図面上の最下層フロア。通常灯は消え、サイレンと警告灯だけがその対象を失いつつも稼働している。
「この奥、のはずで、本来ならここまで来るのに上から二番目のセキュリティパスを強奪した上で、警備室の監視システムをいじって、昇降機前の見張りを散らして、5分間の空白時間のうちに降下してなおここからが警備は本番、のはずだったんだがな」
「だいぶ過程がすっ飛びましたね。降下しか合ってませんよ。それすら微妙に違ってますし」
「んで、ここもここで酷いもんだな」
地下特有の湿り気と、漏れ出る薬剤の臭気、そして当然のような鉄っぽい血生臭さ。
「それに……なんか今までと違って気持ち悪い甘さがありません?」
「最初に殺されただろうし、もう腐敗が始まってんじゃねえの」
「げ……やめてくださいよ」
「一昨日のギルモアの件の後始末で散々見ただろうが」
「あの時は焦げ臭さの方が勝ってましたし、開所だったじゃないですか」
「あーいいからさっさと行くぞ」
「わかってますって……」
一昨日。チェイスから依頼を受けた翌日に、教団に出頭して先のギルモア襲撃事件の現場検証に付き合わされた。さすがにまだ2週間あまりしか経っていない以上、後始末も済んでおらず死体なども一箇所に集められただけ、破壊の修復すら始まっておらずポツポツと途方に暮れた人がいるだけだった。特に、ジグが駅と線路をぶっ壊したせいで復旧が遅れているらしい。
「嫌なこと思い出させないでくださいよ……」
「あん時は後のことまで考えている余裕なかったんだ、仕方ないさ」
「はーい」
「……さて、なんれにせよ、先にここらの端末をいじる必要がある。そっちが優先だ」
場合によってはアレを放っておいても構わない、ブルーローズに損害を与えられるかもしれないとのことだが、一傭兵があの強さだ。正直話にならないだろう。
無理をして残すことはない。邪魔されるようなら殺しておこう。
……ヘレナは大丈夫だろうか。
って、それはどうでもいいだろう。むしろ、都合よく別行動してくれて助かった。
まあ、敵対はしたくないからデータを回収しても元は残しておくが。
しかし、貸し、か……。
「とりあえず、まずは各研究室ですか?」
「だな。総当たりだ」
一つ目。
「ここは…霊子結合の実験室ですかね」
「のようだな。何か使えそうなものねえかな」
「趣旨違いません…?」
やはり主に兵器の強化に関するものがほとんどのようだ。
「だが、銃器の霊子鋳造の技術は興味深いな」
「銃、ですか?」
普通、霊子鋳造の恩恵、軽量化と高剛性化を最も得られるのは近接兵装だ。
教団のメインが接近戦である以上そこに特化するのも必然。
……と、言いたいところではあるが前回の件で否応無く銃器に対する弱さが露見した以上、教団も本腰入れて開発していくだろう。その時の助けになるだろうから……。
あの忌々しい第四部隊……隊長を除けば、がでかい顔をするのは我慢ならん。
「少しキープしておくか」
「何をですか?」
「何でもねえよ」
二つ目。
「ここは……無人兵器か何かですかね」
「のようだな」
「先輩。リアクションを使い回さないでください」
「別にいいだろ」
「それにしてもってうわ!」
ジグがうずくまる。見ると、自動小銃……のフレームがジグの方を追従している。
「安心しろ、本体はついてねえ」
「そ、そうですか……」
どうやら実験中だったが中断するまでもなく逃げ出したようだ。まあ、逃げ切れなかったみたいだが。
「しかし、こういうのだったら道中でも見たな」
だが、どれも起動していなかった。セキュリティも外されていたし、やはりここに妨害を起こした先客の仕業だろうか。
「ですよね。だから僕はびっくりしたんですよ」
「あーはいはい」
「……」
モニタ上には実行プログラムの文字列が流れている。どうやら認識パターンの実験をしていたようだ。
「ここは特にこれといったものは……」
と、言いかけ、奥に布をかけられた大きな物体を見やる。
「なんですかね、これ」
「でかいな。それに、大量のケーブル類が繋がってる」
そのケーブル類を辿った先のサーバー、そこの端末を起動してみる。キーボードはしばらく使われていないのか、埃をかぶっている。
「さすがにパスがないと入れないか」
「どんなですかね」
「ほれ」
「んー……これなら少し本体の方をいじればなんとかなりそうですけど、本来の目的じゃないですしね」
「へえ、そういう知識もあんのか」
「だてに開発部志望じゃありませんよ」
諦めて、布のほうを取っ払った。
「……これは」
「マジですか」
白銀のフレームを持つ、三脚の機械がそこに鎮座していた。プロトタイプというべきか、最低限の駆動系とセンサー、基盤が露出している。
そして、ジグが目を輝かせている。
「こんなものを実用化しようとしてたなんて……!」
「知ってんのか?」
「呪術を利用した機動兵器をどこかが作ってるって、ネットでもっぱらの噂だったんですよ!」
「お、おう……あんまいじくるなよ」
登ったりくぐったり、途端にまるで子供のようになる。
「この動力源は……!」
「どうした」
「まだ不完全かもしれませんが、霊子で動く機械ですよ、これ!」
「霊子で動く?」
何の話だ?霊子は物理現象を発現できるが、それは小規模な話だろう。あのサイズの機械を動かす電力を供給するには、相当な量が必要なはずだ。というか、そもそも駆動系にモーターの類が見当たらないのだが。
「人が魔術で動かす、ってことか?」
「違いますよ。何らかの方法で霊子を制御して、霊子結合の引力を動力にするんです」
「……ん?」
それって、もしかして……。
「コレがそれなんじゃねえの?」
左手を繰り出す。この義手、人間の筋肉に対応した箇所にシリンダーが配してあり、霊子結合力でその伸縮を調整して動かしているらしい。初めてこの義手を見せた開発部の奴が鼻息荒めに言ってた。
「多分、その霊子を制御する方法で頓挫してるんでしょうね。埃かぶってます」
「へえ、やっぱ難しいのか」
「大方、機械で脳波パターンを再現しようとしてるんでしょうけどね」
「それって、つまり……」
「何です?」
急ぎ隣の三つ目。
「やっぱりか……」
「うえっ……これ、もしかして全部脳ですか?」
「のようだな」
「少し無理がありますよ」
「うるせえ」
カプセルやらガラス筒やらにケーブルだらけで繋がれる脳。それ以外にも各部位に分けられたものや、逆に相互に接続されているものもある。
「ここでの研究を隣で生かしてるわけだ」
「倫理……いえ、人道的にこれ大丈夫なんですかね」
「倫理?なにそれ」
「言うと思いましたよ……」
「まあそんなことはどうでもいいとして、どっから調達してきたんだろうな、これ」
「霊子の研究に使うってことは霊子適正の高いものだと思いますが」
「ちょいと調べてみるか」
つけっぱなしの端末からファイルを漁ってみる。大抵は実験結果の表やレポートだが……。
「これは……」
「なんかありました?」
「多分、脳の持ち主のリストだな。大体は死体を買い取ってるが……」
「え、もしかして」
「生きてた奴もいたようだな」
「うわぁ……」
とはいえ、生死に関わらずワケありな人物が勢揃いだ。さすがにその辺は消えても問題のない被験体を選ぶってことか。
「エイラ」
『なんでしょう、ボルカノさん』
「ブルーローズの非人道的実験の対象者リストを手に入れたんだが、いる?」
『ふーむ。是非いただきたいところですね』
「じゃ持って帰るわ」
『よろしくお願いしますね』
「よし、ついでにこの辺のデータも……」
「先輩、趣旨が違ってますし軽すぎです」
「いいだろ ちょろっと追加で持ち帰るだけで安くない褒賞が出るんだから」
「亡者ですね……」
「完了っと。よし、次行くぞ次」
「はいはい」
四つ目。
「なんだ、これ?」
「何かを放射する装置、に見えますが」
「あんまり盛んな研究じゃないくせえな、メモとかの日付も古いし枚数も少ない……何々、霊子の過圧縮によるエネルギー放射?」
「霊子を圧縮、ですか」
「んー、どうやら霊子そのものを圧縮し続けて一つの高エネルギー体を作ろうとしてたみたいだな」
「ほう……で、進捗はどんなですかね」
「圧縮には成功したらしいが、途端に白赤色のスパークを発して機械ごと壊れて、そっから先は進捗なしとのことだ。多分」
「個人的に興味がありますね。少し調べていきます」
「お、おう」
こいつ、ちょくちょく理系くさいというか、やっぱり開発部向けなとこあるんだよな……さっきの無人兵器に対する反応はまた違ったものだったが。
「しかし、霊子を圧縮するのに莫大なエネルギー使うだろ。その技術完成したとして、使い道あんのか?」
「この研究の本当の目的は、霊子を保管、輸送したり、霊子的、脳波的ではなく物理的に扱うことじゃないですかね」
「物理的、ね」
「それにその過圧縮時の反応も気がかりです。このごてごてしいガラスケースやら計測機器を吹き飛ばす破壊力となると、うまくすれば……」
「軍事転用、か」
「というかここはそういうことしか考えてなさそうですけど」
「まあ、昔っから変なのばっか作ってたからなぁ、ここは」
ブルーローズといえば技術者がこぞって変態呼ばわりされることで有名だ。需要を無視してるというか、やりたい放題というか。
「例えば?」
「超大容量電力を要するプラズマ溶断機とか、手持ち爆発反応装甲とか、あとは酷いので高濃度放射線照射砲とかもあったな」
「なんというか、用途がよくわからないものばかりですね」
「強力なのは間違いないんだが、どうにも限定的すぎてな……没個性を悪とみなすあたり」
「研究機関、という方が近そうですね」
「その局所限定兵器に汎用性を持たせる研究がかえって成功している始末だ」
「というと?」
「さっき言ったプラズマ溶断機も、それを動かす給電装置は優秀だし、手持ち爆発反応装甲も、その薄さと軽量性から要人護送車に採用されたりしてる」
「なるほど、放射線のやつはどうなんですか?」
「ありゃあ戦争時にはちょくちょく見かけたが、平和利用は無理な代物だな。被弾すりゃあ確実に寿命は半減する」
「ぞっとしませんよそれ……」
と、まあこの辺の軍事兵器は戦争当初にこそ大量投入されたが、相手をなめくさってた結果鹵獲されて長期化の一因になってたりする。
あの頃は航空戦やら海上戦もしょっちゅうやってたが、悪魔の登場と共に空も海も奴らのフィールドになっちまったからな……今や海はほぼ航行不能、空もごく限られたタイミングと経路を狙ってしか飛べなくなってるし。
問題は、撃墜、撃沈しようにもそれを行う兵器が真っ先に落とされることだ。ミサイルくらいなら奴ら普通に避けるし、魚雷に至っては投げ返してくる始末。
機銃程度は大したダメージになり得ないし、今のご時世大量破壊兵器、というわけにもいかない。
まあ、空海の奴らは基本的にこちらから手を出さない限りは何もしてこないのが救いだ。理由はわからないが。
「さて、そろそろ行きましょう」
「だな」
本命。一番奥の部屋。
これまた厳重なロックがかけられ、巨大なシリンダー錠が物々しい威圧感を感じさせる。
「静かですね」
「のようだな」
「もう突っ込みませんよ」
「いいから開けろ」
「はいはい……」
解錠モードに設定、これまた大仰なレバーを倒すと、耳障りな排気音とともに、扉が轟音を立てて開いた。
その中は、斬られ、潰され、砕かれ、惨憺たる有様になっていた。
「酷い有様ですね……原型が想像できませんよ」
「だな」
20m四方、高さ5m程度の巨大な部屋。そこには大量の資材、端末、サーバーが置かれていたようだが、ほとんど破壊され、血肉とともに散乱している。
人間の手足などはもちろん、培養液や薬剤なども余さずばら撒かれていた。
「地面に設置されていたシリンダーの数は……5×5の25か」
「それが、どうかしました?」
「いや、ここにあるのは人間の死体だけじゃない」
「……!」
よくよく見ると、割れ方が2通りある。穴が空いているパターンと、丸ごと吹き飛んでいるパターンだ。
「穴の方は、空っぽで綺麗ですね」
「丸ごとやられた方は血まみれ、しかも……」
地面に散らばり、ぬめらと血に濡れたガラスを踏まないようそっと近づく。
「これは……!」
「ああ、さっきの奴と大方同じだ」
先程遭遇し、そして恐らくここで保管されていたであろうマリオネットの成れの果て。
その死体だった。ほとんど原型を留めていないが。
「ここで……さっきの傭兵が?」
「いや、ここで始末できてるなら被害はそこまで大きくなってない。それに、この欠損の仕方は」
まるで、何か大きな口で噛みつかれたような……。
「しかし、この荒れ様だとデータが残ってるかどうか怪しいぞ……」
「そうですね。どこかに生きてる端末があれば」
ジグが周囲を見渡しつつ、ゆっくりと歩み出したと同時に、俺は左眼に違和感を覚えた。
……いる。間違いなく、この部屋に。
どこだ?前。右。左。後。
……上?
『きシィッ!!』
歯ぎしりと、呻きと、歓喜の入り混じったようなおよそ声とはいえないような音。
俺が気づくのと、ジグの頭上に巨大な刃が振り下ろされるのは、ほぼ同時だった。
・MM.Ⅲ
・現在ジグが使用する、教団製魔術行使用第三世代杖。扱いやすい中型サイズ。教団における魔術師の初期標準装備にしてスタンダードモデル。前世代のネックだった耐久性を大きく向上させ、ある程度の接近戦にも対応した。




