Chimera 3 外道
だいぶ遅れちゃいました。学生だがらというのは甘え(戒め)
「おいおい、こりゃあ……」
確か、話を聞く限りヘレナが空調の蓋を直撃させて気絶している……はずだったろう。
「ヘレナ、お前の脚力を見くびっていた」
「違うよ?!蓋当てるだけでこのスプラッタなら私達あそこであの牛仕留めてたでしょ?」
「冗談だ」
聞いていた警備員の姿はどこにもなく、いや正確にはその辺に骨とか肉とかになって撒き散らされているのだが、ただただ血だまりが廊下にあるのみだった。
「して、こっち側ではなく向こうにボタボタとだらしなくこぼしてるってことは戻っていったってことかね」
「みたいですね」
「しかしこりゃあ、また派手にやったなあ」
「悪魔ですよね」
「だろうけどな」
こんだけ人間を短時間に派手に食い散らかす悪魔なんて限られるぞ……少なくとも中型の中でも大きくはないと。
だがここはお世辞にも広い空間とはいえない。そうそう暴れられるわけはないんだが。暴れるまでもなく蹂躙したか、それとも。
「とりあえず追います?」
「へえ、いやに積極的だな」
「いつ妨害されるかわからない不確定要素は排しておくに限りますよ」
「まあ、そうだな」
ジグ、こいつも少しは肝が据わってきたか。基礎体力に関してもそこそこレベルにはなってきたし、もうモヤシは卒業ってとこだろうか。ひよっこではあるが。
「んー、どうやら相手は単騎みたいだね、今のところ」
「ヘレナ、なんかわかったか」
「まあこの血痕の先にいるっていうのと、サイズは人くらい、あとは低速でうろついてるってことくらいかな」
「そんだけわかれば十分、とりあえず行くぞ」
単騎というところが気になる。こんな厳重な施設に、そう簡単に入れるものだろうか。そして人型。中型クラスということ。それがたった一体でここを殲滅できるだろうか?
「というか、襲撃があったならブルーローズ側からなんかあるはずだろ」
「そのはずなんだけどね。本社側にも何もきてないんだって」
「いくらなんでも誰かしら連絡くらいはできるだろ……」
「する暇なく電撃的にやられたか、それとも外部から遮断されたかのどちらかね」
「後者だとまた厄介なことになるな……エイラ?」
『なんでしょう?』
「この場合、ブルーローズから傭兵が出ることは?」
『現地調査のための最低限の部隊は恐らくもう出発しているでしょう。ですが、悪魔がいるとなると突入まではしてこないはずです。大規模な掃討部隊の到着まではかなりの時間がかかるはずです』
「それがわかればいい とっとと済ませて、後処理は自分らにやらせるのがよさそうだな」
『でしょうね。むしろ我々の痕跡をうまく隠せるかもしれません』
「ま、その路線で。ちなみに通信妨害とかは?」
ここに入った時点で携帯端末が使えなくなった。最初は建物が電波を遮断したものかと思っていたが、普通に通信はできているところを見ると妨害がかかっているようだと踏んだのだが……。
『ありますね』
「早く言えよ」
『作戦進行に支障はありません。気にする必要はないかと』
「さすがの俺でもオペレータなしではきついんだが」
『支障はありません。この形式の通信妨害は我々には無効なので』
「お、おう……そういう意味ね」
『それより、誰が、何の目的で、どうやって妨害しているかの方が重要です。目的に関しては我々の阻害及び内部の孤立だと思われますが』
「どの辺りから妨害されてるんだ?」
『レーダー観測では、その建物周辺であることしか判別できません。ですが、妨害発生源は間違いなく内部でしょう』
「ヘレナよりさらに先に、先客がいたってことか……?」
『いる、かもしれませんよ。どちらにせよ、こちらの陣営に動きはなく、自社陣営にそこまでする必要性が薄い時点でRA陣営かイレギュラーか、そのどちらかになるでしょう』
「イレギュラー……」
『なんれにせよ、通信はできますがそれ以上のサポートは望まれない方が懸命かと』
「ああ、十分ありがたい」
『では引き続きモニターを続けます。何かあれば』
「じゃあ、行くとしようか」
「うん」
「はい」
気を取り直して進む。施設の見取り図は大体頭に入っている。悪魔……らしき奴は正面玄関に向かったようだ。俺達が目指すのは物資搬入用エレベータなので真逆にあたる。
血痕を追って、保管区画を出る。今まで灰色一色だった視界が、一気に白く染め上げられた。
「だいぶ明るくなりましたね」
「そりゃあもう研究エリアだからな、真っ白だろ」
その真っ白はところどころ赤く侵食されているが。そして、この辺まではまだ交戦していたのか弾痕や鋭い傷が床、天井、壁に刻まれている。
「この傷は……」
「剣かなにかで応戦したんですかね?」
「いや、刃物というより爪で抉り取ったという方が近そうだ。恐らく悪魔のものだろうな」
「大きな爪持ち、ですか」
「ヘレナ、奴の所在は?」
「んー、大きく動いてはいないけどまた少し反応が薄くなったかな……」
「さっきから聞いてると、まるで居場所がわかるみたいな言い草ですけど」
「まあ、わかるよ」
「どうやってですか?」
「興味津々だねぇ。呪術の延長みたいなところかな」
「その方法をですね」
「わかんない」
「え?」
「見えるものは見える。でもなんで見えるかはわかんないの」
「は、はぁ……」
「無駄話は後だ、とりあえず信憑性に関しては俺が保証する」
「わかりましたよ」
進めば進むほど血肉は増えていく。ほとんどが食い荒らされたものばかりだ。
というか、一個体が食う量じゃないだろこれ。今でこそ反応が1つだがもしかして本当はもっと多いんじゃないだろうか。
「うわ、この辺から完全に赤一色ですね」
「だねー」
「ヘレナさんはこういうの気分悪くならないんですか?僕は結構きついんですが」
「んー、慣れじゃない?特に自分の血肉だとか見ると慣れやすいかも」
「ぞっとしませんね……」
「軽口を叩ける程度には慣れてるじゃないか」
「慣れてはいませんよ。ただ前回見た光景を受け入れられるようになっただけです。どうせ見なきゃいけませんからね」
「ほう、いい心がけだ」
「先輩についていけば嫌でもスプラッタでしょう?」
「ほう、いい度胸だ」
「すいません」
こちとら好きでバラバラにしたり内臓ぶちまけたりしてるわけじゃねえんだよ。無力化するにあたって効率的なのと敵に与える心理的効果が高いからだ。
「なに、ボルカノって結構荒っぽいの?」
「ヘレナはどうなんだよ」
「んー、人殺しはしたことないからなぁ……でも、悪魔なら容赦はしないよ?」
「そういや聞きそびれてたが、一応少し前に首都にいた『黒い女』って、お前でいいんだよな」
「うん、そう呼ばれてたみたいね」
「なんでそんなことしたんだ?」
「……言いたくない、かな」
拒絶。言わない、ではなく言いたくない、か。
「それならいいさ。素顔を隠すのもそのせいか?」
「ん?あー、そうだね」
「適当だな」
「実際のところずっとこれだからタイミングを見失ったというか……」
「……」
その程度なのか……。
「と、とりあえずそろそろ正面玄関!ご対面だよ」
「ああ」
そうこう無駄口を叩いているうちに、研究区画を抜け共用エリアへと、俺達は足を踏み入れようとしていた。ジグの手前、眼は使えないがヘレナがいるというのなら間違いないだろう。
……というか、何で俺はこいつのことをここまで無条件に信用してるんだ。らしくもない。
思い返せば怪しい点しかないじゃないか。最初に会った時は逃げられ、次に助けてもらった時も何やかんや逃げられ、そうと思えばボレロを追っていたし、憑き者とか言い出すし、挙句記憶がないだとか言うし……。
そんでついには敵対勢力の傭兵ときた。疑うとかそういうレベルじゃないだろ。完全にクロだ。
……でも。
もしかして、なんて思ってるのかもしれない。俺は。
馬鹿馬鹿しい。もう懲りただろうに。
「少し扉を開けるぞ」
教団には劣るものの、負けじとそびえる大仰な扉を少し押す。その向こうにあるものを確かめるように。
「……!」
「いました?」
「ああ」
研究区画と違って照明がついていないか、破壊されていて薄暗いが、その奥に蠢く人ではないシルエットは確認できた。
俺は若干ほっとした。……ほっとした?
いやいや、何を安堵しているんだ、俺は。あいつが言っていることが嘘で、中に悪魔なんていない方が都合がいいだろう。
悪魔がいたことより、あいつが嘘をついていないことに安心しているのか……?
くそッ、どうにも調子が狂う。この女といると。
「ボルカノ、どうしたの?」
「いや、何でもない。お前も直接眼で見てみろ」
「ん」
なぜか地面に手をついて、四つん這いで扉の奥を覗くヘレナ。その行動に意味あるのか。
「んー、直接見てもやっぱりハッキリしないなあ。とりあえず殺ってみる?」
「お前も物騒だよな……」
そう言いつつ、もうその手は扉を開いている。結局自分のペースで動く奴だ。
そっと、ゆっくりと正面玄関ホールへと足を踏み入れた瞬間。
ぱちゃん。
「!!」
がばりと俺とヘレナが振り返る。
「……え?」
視線の先にはジグ。
(馬鹿ッ!)
視界が心もとないとはいえ、むしろそうであるからこそ慎重に足を動かすべきところで……!
眼前の異形がぐるりとこちらを向く。音源、ジグの足元で飛沫をあげた血溜まりの方へ。
「……マリオネット?」
日頃俺達が屠っている、弱小な悪魔の姿。
それとはやはり少し、いやかなり離れている。マリオネットが人の中に出現する以上人間より少し小さめのサイズなのに対し、目の前のそれは明らかにこちらの背丈を超えている。
そしてマネキンのような無機質な肢体はそこにはなく、不気味なまでに長い、節ばった手足。そして手の先の刃物は片から両に、そしてカマキリのように婉曲している。
そしてこちらを認識すると同時に、ゆっくりと歩を進めてきていた。
「ヘレナ、見たことは?」
「ない 音に過敏なのはマリオネットと同様だけど……あれは明らかに違う。同種ではありそうだけど」
「よし、ジグ とりあえずなんかぶっ放せ」
「開幕魔術ぶっ放しやめませんかね……」
「お前のせいで感づかれたんだからさっさとやれ」
「わかりましたよ」
頭上に水の霊子が集まってくる。やはりお得意の氷柱か。
「それっ」
前方へ射出。全てが直撃コース。
……が、それらは標的を貫くことなく床で飛散した。
「え?」
「……速い!」
即座に刀を抜き、ゆらりとしつつも緩急のある動きでこちらに迫る悪魔に備える。
ヘレナもカタールガンを構えて臨戦態勢。
「ジグ!視界を確保しろ!」
「了解ッ」
目前までそれが来たところで、ジグが作り出した光源が効果を発揮する。
「……?!」
不規則な軌道で振り下ろされた刃を片手ずつ俺とヘレナで受け止める。そこまで重くはない。速さも視界が確保できてりゃ対処できるレベルだ。
双方、そして後方のジグが驚いた、もとい目を疑ったのはそのあまりにも醜い姿だった。
皮膚を引きちぎったかのような、肉が剥き出しの身体に、元がマリオネットであることを辛うじて保ってるような陶器のような破片が散らばり、歪な血管が浮きがある。
無理矢理変形させたことがありありとわかるその四肢と、それにそぐわない洗練された両腕の刃。
だが、何よりも目を引いた、いや、目を逸らしたくなったのは……。
胴体に埋め込まれた、もしくは生えている『人間』の身体だった。
その意思がない、狂気だけが宿る白濁した瞳が、こちらを捕捉して細まる。
そして痙攣する唇が発した音は、俺達を恐怖させるに充分な響きをもっていた。
「く 、イ…… モノ……」
・003-Gail
ボルカノの愛用する、リクラス製ハンドガン。000-Gailシリーズは威力は若干低めだが、高い命中精度と取り回しを両立している。003は拡張性を重視したモデル。ボルカノのものはレーザーポインターとサイレンサーを装備した隠密型。
・No.18-NIENA
ヘレナご用達、アトラス製ブレード一体型サブマシンガン。剣としては重く、銃としては取り回しづらい。だが、この一本で対悪魔で想定される状況に対応しやすいのは確かであるし、銃の重みを乗せた一撃や、刺突からの追撃など使い手のセンスが問われるアトラスらしい逸品。
……なのだがヘレナはさらにライフル用大型ブレードに換装しコンセプトを先鋭化させている。




