Novice & Fugitive 20 契約
教団本部棟9階。最上階一歩手前の高レベル機密エリアだ。
「すごい装飾ですね……」
「なんでも教会だったころの設備をそのまま持ち込んだらしいぜ?金の使い所間違ってるだろ」
『なにか言ったか?』
「ごめんなさい」
「へいへい……」
ヴラドに……もう引きずられてはいないが連行され、教団9階まで来た。基本的に8階以上は運営のフィールドなのでよほどのことがない限り戦闘員は来ることはない。
「さて、着いたぞ」
「ほう、ここが」
軽く5mはありそうな大扉。それをひょいと片手で開けるヴラド。なんか哲学的な図式だな。
「よく着たな」
奥の執務机から聞き覚えのある、探られるような嫌悪感を持つ声がする。
「よう、ご老公。さっきぶり」
「その呼び方はよせと言ったはずだが?」
肩まである白髪、老いつつも鋭い眼光。外套風の制服で曲がった背と傷だらけの身体を隠す、歴戦の勇士。
もちろん、ガイラルだ。教団総帥にして、数十年前の悪魔との戦争からの生き残り。創設者でありながら、未だに現役。
「ふう。貴様が私の呼び出しに応じるなどいつぶりだか……」
「おいおい、ご老公。ボケてんじゃないのか?」
「やかましい。生憎まだそこまで」
「今回が初だ」
「……」
(ヴラドさん)
(なんだ、ジグ君)
(心中ご察しします)
(……)
「で、記念すべき初呼び出しなわけなんだけど、何用かな?」
「とぼけるな 貴様の今後に決まっているだろう」
「ああ、そっちね」
なんだ、てっきりまた難癖つけてくんのかと思った。
「ああ言ったからには働いてくれるのだろうな?」
「一応な だがあんたらと仲良くやるとは言ってないぜ?」
「そんなものはなから望んじゃおらん、むしろこちらの邪魔をしないことだ」
「へいへい……」
「で、敵の情報を持っているという話だが」
「あー、それね」
「確かなのだろうな?」
「まあ、俺にとっては」
「なんだと?」
えーと、なんて言ったもんかねえ……。
「ちょいと失礼」
(ジグ)
(なんですか)
(確か魔術に召喚ってあったよな?)
(呪術ですけどまあ、あることにはありますね)
(どうやんの?)
(基本的には大量の霊子を集めて待つだけです)
(は?)
(要は釣りですね)
(えらくしょぼいな……)
(悪魔がこちらの世界に潜り込んでくる理由なんて大抵そんなもんじゃないですか?勿論召喚した悪魔は術師を襲いますし、召喚できるのもたかが知れてます)
(じゃあ、その召喚にコアを使えば?)
(まあ、ある程度は強力な悪魔が呼べる可能性が高まりますけど)
(それわかれば充分)
「相談は終わりか?」
「ああ まず今回の主犯だが」
「報告によると悪魔に指示できる人間がいたとのことだが」
「ボレロという男だ」
「ほう 名前だけか?」
「その名前も名乗ってるだけで本人曰く、本名なんてないそうだ」
「それで?」
「炎のコアを持ってる」
ガイラルの眉が釣り上がる。
「……ほう」
「それを媒体に、報告にあったであろう赤いミノタウロスを召喚して使役してる」
「確かに人語を解し、戦略を立てるだけの脳がある、とあるな」
「その上リザードあたりなら従える影響力と、第二部隊を軽くひねるくらいの強さを持ってる」
「まぁ、当然か……」
「は?」
……?当然?
「で、その肝心のボレロという男は?」
「言った通り 古い知り合いだ」
「ふん 6年しかまともに生きていない貴様に古いもくそもあるか」
「古い人間には言われたくねぇな」
「何を?」
ガイラルが机に立てかけてある大剣に手を伸ばす。
俺も刀に手をかける。
「……で、他には?」
「歳は30代にいくかいかないか、身長は170前半、傷だらけの顔に赤い髪、無精髭ってとこか」
「所在は?」
「それがわかれば今すぐ飛んでいくところだ」
「経歴」
「戦争開始当初から少年兵として活躍、20代になるかならないかの時に傭兵団『トルペド』を設立して大暴れ。4年前、戦争が終わって残党狩りをしていたところに龍種に襲われ重傷を負い、今の今まで沈黙していた、ってとこか」
「つまり、悪魔とは何も関与していなかったというこだな?」
「そうだな 今回も雇われと言っていた。そしてあれは試金石、デモンストレーションに過ぎないとも」
「さらに上がいると?」
「ああ」
「なるほど……で、これから貴様はどうする気だ?」
「今回は悪魔じゃなくテロリストだからな、そっちの筋を頼らせてもらう」
「外部か?」
ガイラルが大剣の柄を握り、俺を睨む。
「ああ、そうだよ あんたが毛嫌いする、な」
「聞き捨てならんな やはり斬っておくべきか」
「総帥!」
ヴラドの糾弾を無視して、剣は担がれ、刀はその刃をちらりと覗かせる。
「ヴラド、下がっていろ……命の保証はせんぞ」
「黙って見てろよ、総隊長」
「あわわ、大丈夫なんですか?」
「……ああなったら、総帥は止められない」
「えぇ?!」
見た目はただの元気な老人だが、その実、迂闊に踏み込ませない迫力がある。
「そろそろ2年になるだろうに。いつまで引きずっているつもりだ?」
「……!」
思わず飛び出して殴りかかる所だった。落ち着け、そんなことだと思う壺だ。
「そういうあんたの教団は、ここ2年でだいぶ信用を落としたようだが?」
「む……」
ガイラルの剣を持つ右手がピクッと動く。図星か?
「貴様がいなくとも、そうはなっていた」
「だろうな そろそろ限界なんじゃねえの?」
「何がだ」
「そろそろ引退しろってんだよ、老害…!」
と、言い切るか切らないうちに斬りかかってくる。
左手を前に出し、袈裟斬りを受け流した。
「っと、危ない」
すかさずその歳に見合わぬ速度で腰をひねり、下段斬りを仕掛けてくるのを鞘で止め、刀を抜く。
「相変わらず……!」
「どうした、防戦一方か」
流したと思ったらすぐに刃を反転させ、受けたと思えばすぐに剣を引き、再び突進してくる。こちらに反撃の隙を与えない……そして、こちらの苦し紛れの反撃の隙を狙っている。
果敢に見えて実に嫌らしい動きだ。
が、どうやらヘレナの言っていたことは本当らしい。動体視力もいくらか向上しているようで、かなり目で追え、そして対応できる。
「……ハッ」
「む」
斬り上げを強めに弾き、ガイラルを後退させた。
「この程度……ッ」
そのまま強化された筋肉を遺憾無く発揮し、追いすがる。
「どうということはない!」
「さてどうかな」
よろめきから体勢を戻す勢いをそのまま乗せてきた突きを、急停止から左に回転しつつ避けて……。
「いい加減に……」
そのまま剣を握る手に回転を乗せた掌底をぶつける。
「しろッ!」
機械の左手による打撃はそのまま金属塊で殴ったのと同じ衝撃を与える。
ガイラルは痛みに顔をしかめ、握っていた剣は観戦中のヴラド達の方へと吹き飛んだ。
「うええ?!」
「全く、お前は!」
難なく剣をキャッチするヴラド。お前ホントに人間かよ。
俺の方はと刀をガイラルの首筋へと向けている。勝負ありだ。
「貴様……まだ、そこまでの」
「こちとら若いんでね 衰える一方のあんたには負けねえさ」
「フン!」
首筋から刀を離し、納刀。
ガイラルはぶつくさと呟きながら、左手をかばいつつ机へと戻る。
「総帥、これを」
「悪いな」
すかさずヴラドが剣を渡した。
「ボルカノ、いくら総帥が頑強といっても限度がある。ああいう挑発は今後……」
「おいおい、総隊長。先に挑発してきたのはご老公だぜ?」
「そこで受け流せ、と言ってるんだ。それにさっきの化け物じみた動き、また腕を上げているだろう」
「(あんたには言われたくねえよ……)へいへい、老人は敬え、ってヤツかよ」
「お前という奴は」
「殺さなかっただけマシだと思えよ?わかってるよな?」
「……っ」
俺を諌める目が敵意に染まる。
「なんてな、さすがに今ここでお前を相手にはしない」
「悪い冗談もよせ」
「へいへいっと」
一通り間を置いた後、重苦しそうにガイラルが口を開いた。
「貴様はつくづく食えない輩だな」
「そりゃどうも」
「どちらにせよ、貴様の目的は炎のコアとやらなのだろう」
「だな」
「ではそのボレロという男の件……一任する」
ヴラドが目を丸くする。
「いいのですか、総帥」
「構わん どちらにせよ我々が関与しにくい問題なのだから」
「しかしそれでは……」
「だが」
ガイラルがこちらを見据える。
「条件をつける」
「まー、そんなこったろうと思ったよ」
「確かに、貴様が出奔する原因を作ったのは我々だ」
「お、認めるんだ」
「だが、仕事を放棄していいとまでは言っていない」
「知るかよ そんなの」
「いつまで籠られていられてもこちらとしては厄介なのでな……そろそろ、本部からの依頼を蹴るのをやめてもらおう」
「そんなの受ける道理が……」
「ある 貴様が何を思おうが、何に失望しようが、悪魔より人を守る教団に属している以上はその義務がある」
「……へえ」
確かに、ぐうの音も出ないほどの正論だ。
「選べ。ここから離れて、己の目的のためだけに生きるか。ここに残り、我々の手助けをするか」
「……」
ずっと、先延ばしにしてきた問い。時には逃げ、時には暴力で叩き潰してきた選択。
それに今、答えを出さなければならない。
「先輩……」
「うるせえ、考えてんだ」
「わかってますよ」
「けっ……」
俺は、今何のために生きている?誰のために?
俺は過ちを犯した。取り返しのつかない。
だから、その贖罪をしなきゃいけない。
そのためには、コアが必要だ。所詮は噂にすぎない。だが、それしかないなら俺はそれに縋るしかない。
コアを集めるなら、ここにいる方が都合がいい。
だが、ここは……こいつらは、あいつを穢した。貶めた。
それが許せないのか?
(そうじゃないだろ?)
ふと、自分の声がした。
そうじゃない。
そうだよ。わかってる。認めたくないだけだ。
あいつを、あいつとの約束を守れなかった自分を、認めたくないだけだ。
ただ、現実を認めたくなくて、駄々をこねていただけだ。
なら、俺はどうすればいい?
ちら、とヴラドを見る。
勝手にしろ、とそっぽを向かれた。そりゃないぜ。つれないな。
そうだった。
一応、あいつとも軽口を叩き合う仲だったんだ。
全て、2年前のあの日から、あれから壊れてしまった。
あの時、暴れまわって、そのあとも荒みきった生活をしたが、あいにく俺は理性を保てていたようで、普通の生活に戻れてしまった。
所詮はその程度だった。それに耐えられないのか。
まだ、あの問題は俺の中で燻ってる。決着はついてない。
じゃあ、逃げるでもなく、向かい合え、と。
そういうことか、イオ。
ジグの方を見る。困ったような、諦めたような、でもまだ余地のありそうな、そんな眼差し。
はっきりしろよ、見ててイライラする。
だが、こいつがいなけりゃ、炎のコアの情報にありつけるわけでもなかった。残り5つの所在不明のうち、1つを見つけたとなればそれはまあ、感謝せざるを得ないだろう。
それに、ソオラ達のこともある。形式上でも俺が動いてた方が……。
なんだよ。あんなに毛嫌いしてたってのに。
戻る理由なんざ、いくらでもあったじゃないか。それとも陸、ここまで見透かしてたのか?
「……わかった」
ゆっくりと目線を上げる。
「戻ってやるよ、このくそったれた場所に」
『……先輩!』
『そうなるか、ボルカノ』
「ふん、最初からそうしていればいいものを」
「ただし!」
「む?」
「俺はお前らを許したわけじゃない。あの時、2年前、確実に俺をけしかけた奴が、あいつを消そうとした奴がいるはずなんだ。俺はいい加減真実が知りたい」
「そんなもの、知ってどうする。ありもしない可能性だぞ?」
「なければないでいいさ。それにご老公、ヴラド」
「俺もか?」
「あぁ、お前らが何か隠してることくらい、俺は知ってる」
『……!』
「それでもなお、俺がここに戻ってくるという意味、よく考えておけよ」
場合によってはお前らと対峙することも辞さない。そういうことだ。
「威勢のいいことだな、そのままとっととそのテロリストとやらを叩き潰してこい」
「言われなくとも」
俺はそう吐き捨てると踵を返した。これ以上言うことは何もない。
「あ、先輩待ってくださいよ!」
「待つと思ってんのか?」
「待てボルカノ、俺も行く」
「どこにだよ!」
「少々陸に話があってな」
あっ。
「察した」
「今回はさすがに……きついお灸をすえねばならなさそうだ、不本意だが」
ヴラドさん怒りを抑え切れてませんよ。拳が怖い形してますもん。
そのまま行きと同じように……行きより少し勢いよく扉を開かれる。
「じゃあ俺らはギビングに帰るわ」
「その、なんだ。ボルカノ」
「ん?」
「疑ってる……んだな?」
少し自信がなさそうに、いつになく頼りなさそうな総隊長。
「そりゃな」
「仕方ないか、あの場にいながら」
「だが、ここにいる奴で疑ってない奴なんてほとんどいない」
「……?」
「あんたの疑り具合はまだマシな方ってことさ」
「お前……」
「じゃ、そういうことで」
実際は、マシだと思いたい。それだけなのだが。
「って、先輩待ってくださいよ!」
「やだよ。腹減ったし」
「理由になってない!」
「いいから行くぞ」
「ホントなんでこの人教団入れたんだ……」
こうして俺は、なし崩し的にではあるが、教団に復帰することとなった。
だが俺はまだ、気づいてはいなかった。いや結局、その時まで気づけないままだった。
総帥執務室。その持ち主以外、誰もいないはずのこの部屋で。
「……よかったのか?あれで」
「問題ない」
「あなたの理想の邪魔をするのでは?」
「あやつは結局、それしかできない人間だからな」
「人間、ね……」
「どうした、不服か」
「いや?許容範囲内の嫌な方ってだけ」
「えらく懐が広いじゃないか」
「でないとやってられない」
「その通りだな」
「ふふふ、じゃあ頼んだよ。私は他にやることがある」
「ああ、お互いにな……」
一応これで導入、チュートリアルは終了となります。自分でも20話かかるとは思ってませんでしたが。
タイトル形式を変えようと思います。
少し間を挟んだあと、次の話に移行する予定です。




