Novice & Fugitive 2 逃亡
「黒い女、ねぇ」
陸に今回の一件を報告し、家路についている。
「知ってるのか?」
「いや、3年前くらいに一時期有名だったからさ お前は知らないだろうが」
「……どんな奴だ?」
「記録によれば、3年前から首都にて出没、連続殺人を繰り返した末に2年前にパッタリと消息を絶つ。目撃証言を総合しても素性がわからず、常に黒づくめの格好で行動していた、とある」
「へぇ……殺人鬼ってヤツか?」
「んで、こっからが非公式の情報なんだが、実際に殺していたのはマリオネットが寄生して手遅れになった人間だけだったらしい。マリオネットそのものの討伐数もかなりなもので3年前に首都に蔓延しそうになった悪魔を全て刈り取ったとも言われてる」
「その頃は俺はあまりこっちにいなかったからな……そんなことがあったのか」
「んで、最後に2年前、マリオネットの親玉が何かのパーティに紛れ込んだ際にそれを討伐、めでたく都内の悪魔を殲滅して街を去った、というわけだ」
「なんだ、別に悪い奴じゃないじゃないか」
「そうなんだよねェ しかもこっからはさらに眉唾ものだが」
「そっから先はいらねぇ」
「まぁつれないこと言うなよ 何でも結局警察は最後まで黒づくめの女の素顔を見ることはできなかったみたいなんだが、どうにも中身は肌から髪、頭から足まで真っ白の美人さんらしいぜ」
「信じ難いなそりゃ」
「ま、正体なんてわからないんだからいくらでも妄想できるだろ」
「んで、結局警察は?」
「あー、指名手配は続いてはいるが何せ素性がわからんからな 一種の都市伝説的な扱いだ」
なるほど。だからあの警官は「まさか」と言って恐れていたのか。
「んで、ボルカノさんよ」
「何だよ そろそろ切るぞ」
「聞いたんだろう?黒い女の声」
「……まぁ」
「どんなだった?」
「さっきのを聞いてから考えると、割と拍子抜けだな」
「は?」
「かなり綺麗だった その手の仕事ができるくらいに」
「こりゃいいことを聞いた!早速流しておこう」
「どこにだよ」
「至る所」
「はぁ……」
ここで他己紹介。この野暮ったい男は陸。教団と俺のツテで、大体の依頼はコイツからのもの。要は食わせてもらってる身なんだが、俺が教団を出て行ったことに少なからず思うとこがあるようで、色々世話を焼いてくれている。……が、実際持ってくる依頼というのが厄介事ばかりで、本部の手に負えない汚れ仕事を押し付けられているような気がしないでもない。
ゴシップ好きで、軽々しく、人脈を至上とする。その人脈の広さには俺も感服するところで、大体どんな組織だろうが話をつけてくれる。はず。
下賤なセンスのせいで残念な扱いを受けている。
「なんか今お前失礼なこと考えてなかったか?」
「いいや?」
「そう?ならいいんだけど」
「しかし、何が目的なんだろうか……」
あの黒い女とやらは「見つけた」と言っていた。恐らく俺を探している……もとい、俺が持っているモノを探しに来たのだろう。
と、すると現状は俺の敵、ということになる。厄介だな。
「そこだな、今頃出てくるには何か理由があるんだろ」
「まあ……わざわざこっちから出向く必要もないし、放っておくさ」
「しかし、黒い女ね」
「まだ何かあるのか?」
「そういえばあいつも違う意味で全身真っ黒d」
俺は電話を切る。聞きたくない。あいつの話なんて。
墓穴を掘ったな、陸。
三叉路を右折。そうすれば角に愛しき我が家が……
「……ん?」
家の前に誰かいる。まさかもう来たのか?!
「確か……ここでよかったはずなんだけどなぁ……」
と、いうわけじゃなさそうだ。肩の力を抜く。
眼鏡をかけた黒髪の男。背丈からいって少年、か。大きな旅行鞄と背中には何やら袋詰めの棒のようなもの。
地味だな。間違いなく根暗だ。うん。
……じゃなくて、俺に用があるのかどうかは知らないが、背中の袋詰めの棒が気になる。武器だとすると既に職質とかで引っかかってそうなもんだからそこまで気にすることはないんだが、万全を期すに越したことはない。
気づかれないようにゆっくりと近づく。うん、かなり鈍いぞコイツ。よくスラムを抜けてきたもんだなぁ。
「うーむ……」
手元の地図と目の前の俺の家を見比べて首をひねっている。間違いであってほしいところなんだが。
「おい」
「ひっ」
ビクッとしてこちらを振り向く。目には恐怖の色。
「俺ん家に何か用か?」
「え、えと」
「用があるかと聞いてる」
こりゃ用があっても逃げそうだな。
「そ、その……教団、いえ、ウィル・オブ・ジュディスの支所がここだって聞いたので……」
ほう。悪魔退治の依頼かな?教団の正式名称を淀みなく言えるのは珍しい。
「確かにそうだ 依頼か?」
「い、いえ……」
「じゃあ何だよ」
「教団に、入りたいんです……!」
「は?」
少し耳を疑う。教団は悪魔討伐を旨とする傭兵みたいなもんだ。命は保証されないし、一生制約を受けた生活をする。仮に俺みたいに飛びたしたとしてもその行動には大きく制限がかかる。戸籍は抹消され、帰る家もなくなる。見たところそこまでの覚悟があるとは思えないのだが……。
「で、俺にどうしろと?」
「人事部に連絡したところ、とりあえずここに来いって……」
……普通なら教団側から面接場所を用意してそこで極秘裏に手続きを済ませるはずなんだが。そんな適当なことを言うような奴は一人しかいない。
「まぁこんなとこで立ち話もなんだ、上がれよ」
「え、あ、はい」
家に入った少年は目を丸くしている。支所と聞いていたからだろう。
正直言ってここは事務所というには少し適当すぎる。入って左手にソファとテレビ、右手に大きい台所とカウンター、食卓がある。どっからどう見ても家だ。
「えーと、やっぱり間違い……じゃないんですよね?」
「知らん」
「えー……」
「いつまでボサッとしてんだ、早く上がれよ」
「あ、はい」
俺はすぐに電話をとる。あの野郎、何のつもりだ。
「おい陸」
「あ、やっとつながった」
「どういうつもりだこりゃ」
「お前が話を聞かずに切るのが悪いんだろ」
「お前のデリカシーのなさにはびっくりだけどな」
「……悪かった、調子乗った」
「わかってるならいいんだ」
しばし沈黙。悪気がないのはわかってるが、それでも俺を怒らせるには十分だ。あいつのことは俺の前では禁句。確かにもう2年になるが、今でもそれは変わらない。
「んで、とりあえず入団志望者ってことで受け付けたはいいんだけどさ」
さすがに切り替えが早い。
「だけど?」
「今ちょいと人事部の方でトラブルが起きててな……他の件で軽くドンパチ騒ぎに発展して今対応に追われてるんだよね」
「で?」
「ほら、ウチの内情的に本部に直接連れてくるわけにもいかないけど事が収まるまで放置しとくわけにもいかないじゃない」
「別に一人でここまで来れてるんだし問題ないだろ」
「いやさ、その子、魔術師なのよ」
「……へえ」
チラッと背後の少年を見た。なるほど。背中のアレは杖か。
魔術師。魔法を使う中で杖とその身一つで魔法を行使する人間。
普通はこの年だと見習いもいいとこだと思うのだが、陸は魔術師、と断定した。
魔法の腕前は素質が大きく影響する。俺は使えないからよくわかってないが、使えてかつ戦闘にまで対応するにはそれ相応の天才っぷりと年月がかかる。この少年はどんなもんなのだろうか。
「いやね、本当はこういうことはしたくないんだけど彼、本物の天才なんだよ」
「会ったことがあるのか?」
「会わなくても」
「……らしくないな、会ったことのない人物をお前は信じないんじゃないのか?」
「まぁ人間性とかその辺は会わないとわからんけどさ、魔法に関しては名前を聞くだけでわかる」
「……まぁ、お前がそう言うからにはそうなんだろうが、それでどうするつもりだ?」
「本部で直接面接したい」
「はぁ?」
教団本部は関係者以外断固立入禁止だ。見つかったら即射殺されるレベルで。
機密保持、安全の都合、教義の観点からしても部外者を入れるのは言語道断のはずだ。
「そんな無茶な」
「無茶をする価値があるんだよ、そいつには」
「別に人事部の手が空くまでここで待たせておけばいいだろ」
「駄目だ」
「……強硬だな」
「まずその子は通常の手段じゃ恐らく入団できないんだ、確実にな」
「なぜだ」
「家柄、とだけ言っておくよ プライバシーだし」
「で?」
「さらにその子は今色んなとこから狙われてる、主に政府に」
「政府?」
その単語が出た瞬間、一気にきな臭くなった。魔法の存在を根底から否定している政府がなぜ?
「なんとか俺がサポートしてそこまで来させたのはいいんだけどさ、そっからこっちまで来るとなると都心を通る羽目になるだろ?」
「まぁ、そうだな」
「ということで、ボルカノ その子をあと半日以内にこちらに護送してほしい」
「そういうことか……」
つまり、今追われているこいつを何とか引き入れたいが、正式には無理だから人事部がゴタついてるうちに安全に連れてこい、と。
「こーいうのはお前にしか頼めないんだ、わかるだろ?」
「やだって言ったら?」
「まぁ、今お前の家に政府諜報の方々が集まりつつあるんじゃない?」
質問の答えにはなってなかったが、俺を動かすには十分な動機だ。
「やっぱお前、俺にめんどくさい仕事だけ押し付けてるだろ」
「バレた?」
「当り前だ」
「まぁ、今回は事情が事情だ、報酬も弾むぜ?」
「へえ、それはさぞかし期待できそうですねえ」
「ま、そゆことだ、頼むぜ」
「了解……」
電話を切る。まためんどくさいことに巻き込まれた……。
「あの……」
「事情は概ね理解した、今すぐ出発するぞ」
「え?」
「追われてるんだろ?細かいことは後で聞かせてもらうとして、今はここをさっさと離れるべきだ」
「あ、はい!」
戸締りチェック。OK。窓からひょいと外を見る。道路に人影がいくつか。向かいの屋上に1人。多分この建物の屋上にもいるだろう。
「さすがに動きが早いな……」
どうやら追われているというのは本当のようだ。行動に出ないのは俺が元教団だと割れてるからだろうか。
「もう来てるんですか?」
「みたいだ、随分と人気者だな、お前」
「手を……出せない?」
「俺が元教団だからだろうな 迂闊に手出すと何されるかわかんないからな」
「……元? 迂闊?」
「そこんとこの説明も後だ 待っていればいつか詰む」
「は、はぁ……」
俺はガレージの扉を開ける。明かりをつけると少し埃を被った紅い二輪が鈍い光を放つ。
「これは……」
「ほら、荷物よこせ」
強引に荷物を奪い取ると後部にマウントする。そのあたりでようやく察したようだ。
「もしかして、バイクで逃げるんですか?」
「当り前だろ 早く後ろ乗れ」
懐かしい感覚とともに跨る。そろそろメンテしないとな……。
「でも……」
「うるせぇな しのごの言わずにさっさとしろ!」
「は、はいっ!」
後ろに乗ったのを確認すると、ガレージのシャッターを開ける。幸いなことにいきなり銃撃されたりとかはないようだ。
「っし、行くぞ!」
「……!」
そういえば後ろに誰かを乗せるのは久しぶりだな、とか思いつつ俺はアクセルを全開で吹かした。
そのまま少し前輪を浮かせつつ道路に飛び出す。左右確認。左に一般人が5人と、右に黒いスーツの男女が呆気に取られて3人。
左だな。盾にさせてもらおう。
「……うおっ?」
左にステアリングを切ると元々後輪があった箇所に弾痕ができている。
再びアクセルを踏み込みつつチラリと後方を確認すると、いち早く反応したであろう屋上の女が何やら長筒を構えていた。
「う、撃った?!」
「足止めが目的だ、お前には当てないはずっ」
「で、でも……うおぁ!」
急加速。相手が悪い。さっさと人が多いとこに行かなきゃな。
障害物を間に挟みつつ角を曲がる。とりあえずスナイパーから逃れることを最優先だ。
「ど、どうするんですか?」
「うーん、とりあえず撒くところからだな」
目の前に黒い車両が停まる。嫌な予感だ。
「ちッ」
その横に続いて、3台ほど車両が停まった。道を塞がれた。
「ひ、引き返しましょう!」
「無理だ、背後からも来てる」
先ほどの奴らもちょうど車に乗って角を曲がってきた。
前方の車のバリケードから音声が聞こえてくる。
『そこの二輪、今すぐ止まれば悪いようにはしない!』
俺は無視してさらに加速する。
「ち、ちょっと止まりましょう、ね?」
「やなこった」
「えぇ?!」
チラッと路面を見る。右手に標識、前方にマンホールか。いけるな。
『止まれ!撃つぞ!』
「撃ってみろよ!犬畜生!」
『何ッ?!』
俺は道路右手に寄る。前方で数人車から出てきて銃を構えている。
「ハッ やる気だ、あいつら」
「だから止まりましょうって言ったのに!」
「いいから掴まってろ!」
「もうどうにでもなれえ!」
俺は思いっきりステアリングを左に切った。車体が軽くスピンを始める。
「うわぁぁあ!」
そのまま左手を標識の柱に触れる。根元を分解して杭状にしもぎ取る。
『構わん!撃て!』
「〜♪」
「何口笛吹いてるんですかあ!」
そのまま回転の勢いを利用して車に向かってぶん投げた。
ゴンッという音と共に前方中央の車に標識が突き刺さる。
『なッ?!』
その一瞬で、判断が遅れた。
常識的に考えて標識がいきなり飛んでくるなんてのはあり得ないことだ。何が起きたか理解するまでには一瞬時間を要する。
だがそれで十分。
車体を大きく傾けつつ道路の中央に戻る。今度は左手でマンホールに触れる。長く。薄く。板を想像しろ。
すぐに思った通り、長く薄くそびえる板が目の前に現れた。
『な、何が起こっているッ!』
そりゃ混乱もするだろう。標識が飛んできたと思ったら今度はちょうど俺と車両との距離くらいの板がいきなり屹立したのだから。
そのまま板をトーン、と蹴ってその場でターン。
ゆっくりと板が倒れていく。周りの景色が回っているのでよくわからないが、恐らく奴ら青ざめてる事であろう。
「んで、さらに」
ターン終了。目の前には45°くらいまで倒れた板と車3台、目を点にしてる黒スーツ数人。
「こう、だッ!」
俺は全力でアクセルを踏む。スキール音を響かせつつ車体がグン、と板の上に乗った。
そのまま加速、板が車両の天板をグシャリと潰す。長い板が車に支えられ、簡易ジャンプ台のようなものができた。
『あ……』
「ぎゃああああああ!」
「ぃやっほぅッ!」
大ジャンプ。唖然と悲鳴と歓声と。
「うおっと」
「……あああがふっ!」
着地。結構な衝撃のせいか後ろの悲鳴が強制停止。
「うし、突破」
「は、ははは……」
後方確認。無論混乱している。そりゃあな。
『な、なんだあれは!聞いてないぞ!滅茶苦茶だ!』
『と、とりあず無事な2台と後方1台で追……』
俺はひょいと脇道へと入った。車はここを通れない。
『え……』
「ふぅ なんとかなったか」
「滅茶苦茶だ……」
背中にへたり込んでくる少年を押し返しながら、俺は本部、北へと進路を向けた。