Novice & Fugitive 19 思惑
「さて、二人とも疲れてるだろう。紅茶でも飲むかい?」
開発棟。陸のオフィス。
いやに爽やかな陸の声が耳障りだ。
「僕は遠慮しときます……」
「じゃあ俺はいただくよ」
「おっ、じゃあそこのカップの」
と、言い終わらないうちにカップに入った紅茶を陸の顔にぶちまけた。
「Oh!熱い!落ち着け!」
「誰が落ち着けるかこの野郎」
「待て待て、ここは法治国家だ、話し合いをしよう」
「うるせえ、ぶん殴るぞ」
「双方向ですらない!」
「いいからさっさと説明しろ、事と場合によらず覚悟しろよ」
「よらないんだ……わかったよ、とりあえず座ってくれ」
「ちっ……」
最初は些細なことだった。ダールの魔術学校にメンテナンスのために訪れた陸が、ユーグを発見。その才能を学校で腐らせとくのはもったいないと思ったので入団を提案。
しかし、陸がそのまま連れて帰るわけにもいかないので無線でバックアップしつつダールから脱出させ、その後もちまちまとサポートしながら追手を回避。
そしていざ首都まで来たはいいが、そこから先はどうしても誰かの手引きがいる。そこで俺に依頼。結果、ユーグを教団内に潜伏させることに成功。そして誰にも知られないまま、ユーグを訓練生に仕立てて誰にも知られないまま送還。とりあえず政府からの追跡を切る。
だが、ギビング西支所は既に消滅が確定しているのでそこから入団させることはできない。というか本来3月頃には新規入団は済んでしまっているため、特別な事情がない限り入団は不可能。しかも国の中枢に父親を持つような人間を教団が受け入れるとも思えない。いつまでも訓練生というごまかしがもつ訳ではないので、ここは一発大博打。直接現場に送り込み、なし崩し的に入団させようと画策。予定ならその魔術の腕前とボルカノの完璧なサポートで本隊が来る前に悪魔を掃討し、泊をつけた上で交渉。特別枠で入団させ、それを掘り起こしたギビング西支所も首の皮一枚でつなげる……予定だったらしい。
「それで上手くいく予定だったのか?」
「この場合でも、輪に欲しいと言わせる予定だったからな。何も問題なければ、スムーズにいっただろうな」
「が、送り込んだ現場が明らかにイレギュラーだったわけだ」
「そゆこと 支所間のもたつきがあったから、うまくかっさらえると思ったんだがねぇ……まさか、な」
「で、本隊まで動き出して事が大きくなり、俺達が余計なことを喋ったせいでここまでややこしくなったわけだな」
「そう!つまりお前らのせいだ!」
「ふんっ」
「痛い!」
「つまりは?入団させたフリをして?それを事後承諾で認めさせるために俺を使ったと?」
「は、はいそうなります……」
「ったく、大博打もいいとこだな……で、何か言うことは?」
「ゴメンナサイ」
「はぁ……」
さすがに地に頭を擦り付ける相手に追い打ちはしない。したいところだが。
「で、これからどうすんだ」
「とりあえずは振り出しかな。一昨日の状況に戻っただけだ」
「ジグの知名度は不自然に上がって、俺の第二部隊に与えた印象は最悪なんだが」
「些細な問題だろ 特に後者は」
「言ってくれんじゃん?」
「まてまてもう痛いのはヤです」
「何女々しくなってんだか……」
コンコン、ノックの音が聞こえた。
「お、来たか」
「誰だ?」
「まぁ、今回の最大の被害者というか」
陸がドアノブに手をかけた瞬間、開いた扉から一閃。
「うおぉ?!」
『チッ、外したか』
憎々しげに足元に転んだ陸を睨みつけるのは。
「お、輪じゃん。ちーっす」
「ほう、お前もいるのか。じゃあ話は早い」
輪は刀をしまうことをせず、そのまま陸の首筋へと当てる。
「あ、アノ……ココハ……」
「法治国家、か?」
「(コクコク)」
「知らん 早く説明してもらうぞ」
「アッハイ」
再び同じ説明を輪にもする陸。
「先輩」
「なんだ?」
「僕達もう帰ってもいいんじゃないですかねえ?」
「確かに……」
「それと」
「なんだよ」
「先輩と輪さんって似てますね」
「何か言ったか?」
「すいません」
まぁ、実際今日の用はこれで済んだはすだ。さっきソオラに飛びかかられた時はとっさに発揮してしまった、この強化された身体能力も人目のつかない場所で慣らしたり検証したりする必要がある。
陸がビクつきつつも輪への説明を終えたようだ。
「で、ボルカノ」
「なんだよ 今帰ろうとしてたんだが」
「お前もお前だ、よくもまあさっきは引っ掛けてくれたな」
「ナンノコトヤラ」
「とぼけるな お前のせいで大恥かく羽目になっただろう」
「まぁ、なんだ。ジグが手に入るんだからいいだろ」
「先輩あれ本気で言ってたんですか?!」
「当たり前だろ 将来的には」
「マジですか……」
「ということで、当分の間うちで鍛えるが、ある程度使えるようになったらそっちに明け渡す」
「それまでにジグ君が音をあげたら?」
「本部の訓練部隊に戻すさ それでもお前なら引き抜きは容易だろ?」
「ならいい」
「して、ジグ君」
「何でしょう輪さん」
「君は昨日嘘をついていたな?」
「うっ、はい……その節は、すいません」
「いや、そこじゃない」
「はい?」
「さっきのは君の場合自衛のため取れる最大の手段だったはずだ それなら責めない」
おいおい。ジグはよくて俺は駄目なのかよ。
「君がその魔術をどこで身につけたか、という話だ」
「う」
「どういうことだ?」
「ボルカノ、普通は魔術学校といえどあそこまでのものを口授しないだろう」
「いや、俺魔術使えないし知らんし」
「……あれだけのものはそもそも使える人間がいないから教えようがないと言えばわかるか?」
「ああ、なるほど」
「で、だ。君が正真正銘、クラム=ヴィクトールの息子であるなら彼に教わった、というのが妥当なラインのはずだが」
「まあ、そうですけど」
「なぜ嘘をついた?」
「学校で教わったものもありますから嘘ではないんですがね……まぁ、信じてもらえそうにない、というのが実際のところです」
「ほう?言ってみろ」
「普通魔術を覚える時って反復練習で霊子記憶領域に叩き込んでいきますよね?」
出た。霊子記憶領域。みんな知ってんのかよ……。
「そうだな。最初は断片的にしか刷り込まれないが、続けることで記録することができる」
「でも、その方法だと結構無駄が多いんですよ、実は」
「ほう?」
「反復練習すると、被った術式だとか、ちょっとしたミスによる不発術式が溜まっていくんですよ」
「初耳だな」
「パソコンでいうダンプされた一時データや断片化されたデータのようなもんです」
「なるほど」
「もし、それをすっ飛ばして術式そのものを頭に刻め込めたら、どうでしょう?」
「……何?」
「どういうことだ、俺も気になるぞそれ」
「陸さんにもそのうち言おうと思ってはいたことです。というか、僕がここでやりたいことでもある」
「ほう、ちょっと待て。メモとるから」
「そんな授業じゃありませんし、いつでも話せますから平気ですよ」
「俺意外と暇じゃないんだぜ?」
「……そうですね」
何だか俺が蚊帳の外で魔術トークが始まってしまった。帰っていいかなこれ?
「先輩も一応聞いておいてください」
「……なんでだよ」
「先輩は魔術が使えないそうですけど、もしかしたらということはありますし」
「使うつもりもねえよ」
「まあまあそう言わずに」
「はあ……」
「僕がここでやりたいってのは、魔術を行使して人の霊子記憶領域に干渉することです」
「それはつまり、魔術……いや、これは呪術の範疇、で人の脳みそいじくるってことでいいのか?」
「そうなりますね」
「ゾッとしねえな、それ」
俺と輪は黙って聞いている。といっても俺の方は割とちんぷんかんぷんだが。
「まあ、あくまで霊子記憶領域へのアクセスだけですから。基本的に脳は入力、出力はできますが削除や編集などはできませんし」
「できたら怖えよ」
「……それで、まあ方法はおいおいとして、僕が魔術を習得した過程ですけど」
「おう」
ジグの顔が曇る。余り言いたくない部類の話か。
「霊子は脳波と密接な関わりがあります」
「ああ、知ってる」
「あの男、クラムは……教団に魔術をもたらしましたが、技術までは提供しませんでした。この意味、わかります?」
「技術?」
「いわば既製品とその製造ラインを提供しただけです。それの元となった技術を提供してはいない」
「……まあ、確かに」
魔術という概念とその使用方法、習得方法は教えたがその魔術を産み出した大元は教えてない、ってとこか。
「彼にとって、魔術とは研究の過程でできた副産物でしかないんですよ」
「あれが副産物とは、言ってくれるじゃねえの」
「本当の目的を叶えるべく、多分彼は政府側についたのでしょうね 今となっては好都合ですけど」
「目的、というと?」
「知りませんよ、少なくとも一人息子には教えられないくらい後ろ暗いことであるのは確かです」
それって後ろ暗いと断定するには早いんじゃねえのかなあ……。
「彼の専門は霊子です。その利用法なら、魔術以外にもいくらでもある」
「まぁ、確かにな」
「話がそれましたね。戻しますと、脳波の話ですが。魔術は、正確にいうと常時記憶領域と一時記憶領域を使って行使します」
「待て、領域に種類があんのか?」
「ええ、HDDとメモリみたいな関係です」
「で、CPUが霊子適性ってわけか」
「そうです、察しが良くて助かります」
「伊達にここで開発班やってないからな」
「それで、一時記憶領域にチャージした霊子に常時記憶領域経由で指令を記録して放つわけですね」
「なるほど」
「その過程で常時記憶領域に少し霊子配列の情報が残り、それの積み重ねがそのうち術式として形を成すわけです」
「ほうほう」
「なら、一時記憶領域をすっ飛ばして、常時記憶領域に霊子を送り込めたら……?」
そんなことできたら……。
「大量の魔法を、手間もなく覚えられると?」
俺の隣で沈黙を守っていた輪が口を開く。
「確かに、それができれば大きな戦力向上に繋がるだろう」
「はい」
「君は、それを使って魔術を覚えたというのか?」
「正確には使われた、ですけどね」
「ほう、してその方法は?」
「えーとですね……凄く言い難いんですけど」
言いたくない、というよりかは言ってもいいのだろうか?といった顔。
「今さら驚きはしないさ 荒唐無稽でも笑いやしない」
「そういう方向じゃないんですがね」
「まあ、とりあえず言ってみろ」
ジグが陸の方を見やる。別に、とばかりに陸は肩をすくめる。
「とりあえず、僕がまだ5歳の頃でしたかね、あの男が魔術研究の最終段階に入ってた時期です」
「最終段階?」
「ええ、彼の今やっているであろう研究の基盤になるものです」
「やっているであろう、ということは予想がついているのか?」
「まあそうですけど、今はその話じゃないです」
「あ、ああ」
ジグが目を細め、真剣な面立ちになる。
「端的にいうと、開頭して脳に直接電極と魔極を打ち込まれました」
「…それは、本気で言ってるのか?」
「後で彼の実験ファイルを見ましたから。自分が脳剥き出しで寝てる姿はなかなかシュールでしたね」
「少々、刺激の強い話だな」
「なんだ、輪、この手の奴弱いのか?」
「ボルカノ、お前と違って俺は慣れてないんだ」
つまり、脳に対して直に情報を叩き込んだってわけか。一歩間違わなくても高確率で死ぬような施術……というか実験だな、これは。
「おーい、陸?」
「ごめ、ちょっと……おぷ」
「こっちに向かって吐くなよ」
「わかって……る」
さて、それを聞いて何とも思ってない俺が話を進めるとして。
「で?成功したからお前は今ここにいるわけだろ?」
「まぁ、お世辞にも成功とはいえませんが」
「……?」
「その実験の目的は、とある人物から人物への、霊子記憶領域のフルコピーでした」
「コピー、か。誰のだ?」
「……母さんの」
「!」
「母は、優秀な魔術師でしたので」
「でした、って……まさか」
「ええ、もういませんよ。あの男のせいで」
「……そういうことか」
「そういうことです。だから、僕は彼を絶対に許さない。彼が踏み台にした、使い捨てた技術を以って僕は彼を越えたいんです」
「さ、てと。ざっとこんなもんですが」
「どうやら俺達は君を誤解してたようだな」
輪が優れない顔色で応える。
「陸さんは?」
「母親のくだりあたりで便所に行った」
「タイミング悪い人ですね……」
「陸に関して、というか、俺はしばらくあいつと話す。君達はどうする?」
「んー、何れにせよ疲れましたし、とりあえずは帰ります」
「俺はこれ以上ここに居座るのはごめんだ」
「じゃあ二人とも帰る、ってことだな。伝えておく」
「ありがとうございます」
「おう、悪いな」
「じゃあな……ジグ君」
「はい」
「折れるなよ」
「……はい」
こうして俺達は教団を後に……。
『ギビング西支所員はこの後すぐ、総帥執務室へ。繰り返す。総帥執務室へ』
はい、まあさせてもらえませんよね。わかってるよ。畜生。
「図ったようなタイミングですねえ」
「監視カメラがあるからな もう目押しとかそういうレベルだろ」
「で、なんでしょうかね?」
「何にせよサボりたいところだな……」
「駄目ですよ、また難癖つけられて」
「わぁってるよ、行く行く」
「で、執務室ってどこですか?」
「……さあ?」
「え?」
「行ったことないし」
「えーと、案内図的なのは?」
「場所もわからないことだし帰」
『らせると思ったか?』
「あ」
ゆっくりと振り向く。見覚えのある大男が俺とジグの襟をふんずと掴んで不機嫌な顔をしていた。
「よ、よう、ヴラド」
「こんにちは総隊長」
「行くぞ、執務室は9階だ」
『あぁー……』
その剛腕のなすがまま、引きずられる俺達だった。
・魔術学校
名の通り、魔術を学ぶ学校。クラムが気まぐれに教鞭をとった結果、全国から魔術師が集まってしまい、それの収拾をつけるために作られた施設。全国から高い金を払って子供たちが送り込まれてくるが、大半が素質なしとして普通の学生生活を送る羽目になる。
ちなみに、魔術師の使う杖は教団以外全て登録制で、銃器と同じ扱いを受ける。
・霊子記憶領域
生物の脳に存在すると仮定される領域。霊子及びその配列を記録、蓄積できる。無論容量には個人差があり、魔術師としての素養でもある。
ただし身体の中でも特に脳に対する影響が濃い部分でもあるため、使いすぎは禁物。