Novice & Fugitive 11 義務
「……あれ?」
確かにさっき僕たちは砲口を向けられていたはずだ。そのまま飛んできた榴弾が直撃してどーん、僕たち粉みじんというかこんがり肉塊にになる予定……だったはずだが。
『お、お前!よくも!』
『……』
『ぐああッ!』
そのまま断続的な発砲音。一部始終を見ていた愉さんは、口をあんぐり開けて唖然としている。
「えーと、何が……?」
「なんで、奴がここに……」
再びそろりと顔を出す。見覚えのある、というかこうなった原因が、こちらにけだるそうに歩いてくる所だった。
「お、やっぱここにいたか」
「……先輩!」
言動の割には面倒くさそうな顔をしている。
「ジグ、と……お前は確か第二部隊の……」
「愉だ、お前みたいな有名人はいちいち顔なんて覚えてないんだろうな」
「有名人じゃなくても俺は覚えてねえよ」
「しかし現場で見るのは初めてだな」
「俺はお前に用はないんだ さっさとどけよ」
愉さんがその言葉にビクッとすると何か言いたげにスッと退いた。あれ?意外にあっさり……というか、やはり恐れているのだろうか。先輩のことを。
「ジグ」
「はい」
「大方前線に連れて行かれたかとは思ったが、こんなとこまで来てるとはな……さすがに死んだかと思った」
「僕もまさか、こんなことになるとは思ってませんでしたよ」
「誠に遺憾である」
「おや?珍しいですね、労わってくれるんですか?」
「いや、なんで死んでねーんだよって方に」
「相変わらず酷いですね!」
相変わらずのやり取りをしたところで、先輩が結構返り血にまみれていることに気がついた。
「……相変わらず、派手にやってるみたいですね」
「ったく、悪魔だけでも面倒だってのに人間まで敵に回られちゃたまったもんじゃないな……」
「えーと、とりあえずありがとうございました」
「は?」
「一応助けてくれたじゃないですか、向こうの2人組から」
「結果的には、な」
「そういえば、なんでここに?」
「お前を探しにきた」
「え」
「んで、手遅れなようなら自分で始末しようかと……」
「えぇ……」
「ってとこで何か横転してる輸送車両と物騒なモン構えてる奴がいたからちょちょっと処分したまでの話さ」
「処分、って……そういやさっきの2人は」
「殺した」
……ん?今何て言った、この人。
「どうした?ボケッとしてんなよ とっとと帰るぞ」
「え、あの、殺したって……」
「?」
「なんかの例えですか?それとも……」
ちょっと意味がわからない。どういうことだ?先輩が?人を、殺した?
「言葉通りだろ、何言ってんだ」
「あ……え?」
待て。待て待て。おかしいぞ。なんで、そんないとも簡単に言って、やってのけるんだ、この人。
「……」
少し困惑した表情を向ける先輩。今までなんやかんや助けてもらって、実はいい人なんじゃないかと思いはじめていた。
だけど、その返り血が、悪魔のものだけではないと気がついた時……
僕はようやく、「恐い」と思ったのだ。彼が。
「……っ」
思わず駆け出した。そうせずにはいられなかった。
「っおい!どこに……」
「やめておけ、ボルカノさんよ」
「愉といったか……離せよ」
「……」
「ちっ」
……
僕達を狙っていた2人組がいた箇所まで走る。壁代わりの土嚢の奥には……
こめかみを撃ち抜かれた死体と、首をへし折られた死体があった。ぶちまけられた脳、おかしな方向に曲がった首、そして焦点の定まらない混濁した目……。
「あ……うぅっ」
数時間前に胃の中のもの全部吐き出したはずだが、再び猛烈な熱さが逆流する。
「か……くはッ」
口の中が乾く。チリチリと胃を焼かれているようだ。
「なんで……こんな」
こんな、簡単なことに気がつかなかったのだろう。そうだ。僕は、先輩は、命を奪う立場にいるのだ。こんな風に、あっけなく、残酷に。
その先輩が、ゆっくりと、周囲を警戒しつつこちらにやってくる。
「……だから対人はきついって言っただろう」
「……」
「俺が人殺しだと知って怖くなったか?」
「……ですか」
「ん?」
「なんで、ですか」
「何がだ」
「何で、こんなにあっさり同じ人間を殺せるんですか」
「慣れてるからな」
「そういう、ことじゃないですよ!」
……!
立ち上がろうとしたが、足がすくんで立てなかった。同時に僕は気づいてしまった。今、僕がどういう場所にいるかということを。あの時先輩が来てくれなかったら次は僕がこうなっていたのだ。そして、今もその状況には変わりがないということに。
死。
少しでも気を抜いたら訪れるその状況。その、意識から遠ざけてきた概念が突然、なんてこともなく隣にすとんと座るように僕の意識に滑り込んでくる。
目の前の死体が物語る。今までも危ないことはあった。油断はおろか、まともに注意すらできていなかった。
だけど、どうにかなっていたから、隅に追いやっていた。ここでは、誰が僕を狙っているかわからない。
「……怖いか」
「はい」
「自分がどういう状況に置かれているか把握したか」
「ええ、まあ」
「だったら、さっさと行くぞ」
「どこへですか?また殺しに行くんですか?」
「だろうな 前も後も敵、なら進んでも逃げても同じだ」
「同じ……」
わかってる。ここに留まってウジウジしてるのが最悪の選択肢であることくらい。
先輩からすれば今すぐ引き返して、敵対する人間を「殺しながら」帰るのが手っ取り早いだろう。それは教団の退路を確保することにもなる。
だけど、その場合……
「足手まとい、ですか」
「そうだな」
「置いていってもいいんですよ?前線拠点まで行けば安全みたいですし、僕だけそこに……」
「俺もそっちまで行く」
「……はい?」
……また耳を疑った。
「お前が本隊に認識された以上、俺にもとばっちりが来る。恐らく俺の管理不行届きにされるであろうから、きっちりとそうではないということを示して」
いやいや、管理行届いてないですよ?
「適当に実績を残して追及し辛くしておく」
「恩を押し売りする……ってことですか?」
「そういうことだな」
「それなら……僕を連れていく必要はないですよ」
自分勝手で、他人の命なんて気にも留めない先輩には……と、僕は言葉を続けようとして。
「いや、俺が請け負った任務はお前を無事に教団に入団させることだし」
「……!」
「一度受けた任務は明確な理由ない限り放棄はしない」
……そうだった。曲がりなりにも、この人は僕を助けようとしてくれたんだ。馬鹿か僕は。自分を助けてくれた人すら信じられなくてどうする。
それに、この人は、どこまでも……
「お人好しですもんね」
「は?」
「すいません、ヘタレてました。行きましょう」
まだ少し足がカクつく上に、正直怖くてたまらないけど、僕は立ち上がる。
「……ふーん」
「なんですか、その顔は」
若干とぼけたような表情。
「いや、ちょっとお前何言ってるかわかんない」
「えぇ?!」
「キモい」
「辛辣!」
「動けるようならさっさと行くぞ。ついでにその愉とかいうの!」
「……俺?!」
「生き証拠になってもらう 逃げたらそれなりの……」
「わかったわかった!同行する!だからアレは勘弁してくれ!」
「おう、聞き分けのいい子だ」
完全に蚊帳の外だった愉さんがうろたえつつもこっちに走ってくる。
「先輩、アレってなんですか」
「俺が先行する 後からついてこい」
「無視……」
そう言うが早いか足元にある、血まみれの榴弾砲を何のためらい無く拾い、脱兎のごとく駆けていく。
「愉さん……なんか、すいません」
「おう……巻き込まれちまったものは仕方ないが……」
「なんです?」
「お前、普通に動けるんじゃねえか……」
「あ」
何とも言えない眼差しを向けてくる。半端な演技なんてするんじゃなかった。
「そういえば先輩が言ってたアレってなんです?」
「後で本人から聞け」
「……」
気持ち3割ほど態度が冷たくなった愉さんと共に、拾った榴弾砲を早速ぶっ放す先輩を追って僕は走り出した。
さっきまでの感情をまた隅に追いやり、相変わらずだなぁ、と苦笑を覚えつつ。
「ちっ……やっぱ装弾数が……」
拾った榴弾砲の弾が切れた。K&M社製の携行タイプだからわかってはいた。なくてもどうということはないのだが、やっぱ高火力の兵器はあると助かる。
さっきボレロと相い見えてから、身体がどうも熱っぽい。左右で目の感覚も少しずれてるようだし、体調を管理する副交感神経の調子があまりよろしくないようだ。
背後をちらと見ると、ギリギリこちらを視界に収めるレベルで二人は追いかけてきている。しかし、悪魔の方はいいとして……
『うおあ!また撃たれましたよ!』
『くそっ……どこからだ!』
人間の方にまるで耐性がない。あらかた片付けながら進んでいるつもりだが、取りこぼしは完全には防げない。
「あー、もう……」
非常階段を駆け上がり、屋上から逆行する。
すぐに銃を構えた男が目に付く。足元には榴弾砲もある。
(こっち側に精通した人間がいない前提の動きだな……)
ゆっくりと近づき、背後に立つ。
「国に尻尾を振る犬共が……」
みたいなことをぶつくさと呟きながら階下の二人を狙撃していたが、埒が空かないと見たか、榴弾砲に持ち替える。
しかし……テロリストが故に正規装備を手にすることができないのか、量産タイプのライフルじゃ狙撃は無理だろ……。
「お前らがいなければ、俺達が主役だったのに……ヘンテコな教団とか作りやがって」
「後半に関しては、非常に同意できる」
と、返しながら肩に手を置く。
「だよな……って!」
とっさに振り向いた男の顔にローキック。
「ぶッ……」
血反吐や歯の数本と共に吹っ飛ばす。
途中で脳震盪から回復したのか、中途半端な断末魔を上げつつ落下していった。
『うわぁ!親方!空から人が!』
『親方……? って、うおあ!マジだ!』
『身投げ……ですかね?」
『いやいやさすがにねーだろ』
『とりあえず狙撃もなくなりましたし進みましょう』
『お前結構ちゃっかりしてんな……』
そのまま榴弾砲を拾って状況をよく理解できていない二人の後方の悪魔にロックオン。
『爆発?!』
『うへえ!またですか!』
『後ろからだな……とりあえず走るぞ!」
『いや後ろから狙われてるとは限ら……って待ってくださいよ!』
『前進あるのみ!』
敵と勘違いされたのは心外というか迂闊だが、目的の方向へ誘導できたのでよしとする。
というか完全に俺から逃げ惑う構図だ。こんなんでいいのか第二部隊……。
肩を竦めつつ後を追う。
この分だと前線も相当苦戦しているはずだろう。なんせ悪魔と人間の混成部隊なんて前代未聞なんだから。
そんなこんなで二人を囮にしつつ順調に駆除していく。
悪魔の方はジグと愉に位置を知らせて魔術をぶっ放させる。人間は俺が回り込んで各個撃破。と、いっても余程余裕がない限りは殺しはしない。せいぜい再起不能になってもらうくらいだ。
さっきは相当危なかった。すぐに榴弾砲持ちの方の頭をぶち抜く必要があった。
別段今更殺すことに抵抗はないのだが、それが見られるとなると話は別だ。必ず厄介事はつきまとう。さっきのように。
正直あいつの価値観がどうとかいうのは知ったことではない。だが、「陸の思惑通り」にやるなら余計な刺激は与えない方がいいのだろう。
「!」
そんなことを考えているうちに前方にぽつぽつと人影が。
『お、愉!無事だったか!』
『愉さん!』
『愉先輩!』
どうやら前線に展開してる部隊の端っこに着いたようだ。
あの愉とやら、結構信頼されてるみたいだな。
『ところで、そっちの人は……訓練生?』
『あぁ、紛れ込んじまったらしい。規律違反ではあるが、とりあえずは保護しないとな』
『……そうですね、で、どこの所属です?』
『それがな……』
俺は会話してる集団の少し後ろに飛び降りた。全員が一斉にこちらを振り向く。
「!」
「俺んとこのだ」
「あんた、白い悪魔……か」
『白い悪魔?!』
『例の……』
『なんでここに?』
さっと一瞥。若手主体の第二部隊小隊。恐らく警戒、及び畏怖の目線からいってどこかの先輩とやらから俺のことは聞いているのだろう。
小隊長とおぼしき男が前に出てくる。
「ここで何をしている」
「何って、任務だが?」
「そんな情報は入っていないが」
「お前が知らされてなくても俺には関係ないがな」
「……貴様」
「……(お、やる気か?)」
ピリピリとした空気が流れる。後ろの隊員達はどうしたらいいかわかっていないようだ。
「まーまーまー落ち着きましょうよ」
ジグが割って入る。
「この人の任務は間違ってここまで来た僕を回収することなんですから」
「む……本当か?」
「それなら知らなくても不自然じゃないですって」
「……まあいい、そういうことにしといてやる」
「(ほっ……)」
「ここは訓練生ごときが来る場所じゃないんだ、さっさと支所に帰るんだな」
「……」
ふむ。結構つけあがってるようだ。鼻っ柱へし折りたいところだが、今相手してる場合じゃないな。
「じゃ、そういうことで行かせてもらう」
「……勝手にしろ、俺たちの邪魔だけはするなよ」
「互いにな」
「けっ」
小隊長は唾でも吐きたそうな顔でサッと一瞥すると、隊員を連れて持ち場に戻っていった。
「先輩……」
「何余計なこと言ってんだよ」
「で、でも」
「なまじ変な嘘つくと後々めんどくさいぞ」
「……わかりました」
ジグは何か言いたげだが、俺に言っても無駄だと察したようで、愉に何か言うとすごすごとこっちに戻ってきた。
「愉さんはあの部隊と合流して前線拠点まで戻るそうです 行先は同じですけど……」
「ま、これ以上関わることもないだろう むしろ的が増えて好都合だ」
「的って……」
「自分の生存率を高めない奴から死んでいくんだから、そんくらい割り切れ」
「それはそうですけど……」
「いいから急ぐぞ 奴ら、数が減ってきて少し動きが撤退に向かってる」
「……そうなんですか?」
「お前、ホントに気づいてないのな……」
その時だった。身体の熱っぽさがジリジリとした痛みに変わり、左右の目の違和感が左目だけに集中し、そして……
向かおうとした先から空気を震わせる咆哮が轟いたのは。
・榴弾砲
銃器のカテゴリの一つ。榴弾、つまりは爆薬が仕込まれた弾頭を発射する砲の総称。グレネードランチャーや携行型対空ミサイルなどが該当する。
・K&M
ケンプ&マイティ。国内でもトップクラスのシェアを誇る兵器産業。安さと扱いやすさ、単純構造をウリにしている。また、大陸内では唯一武器の中古市場を展開する企業でもある。
その商売相手を選ばない姿勢には非難の声も多いが、どこ吹く風といった体である。