Novice & Fugitive 10 災難
燃え盛るビルの屋上から見下ろす視線。その先には俺がいる。
「また、か」
ふらり、と黒い女が身を投げる。緩やかに回転しながら落ちてくる彼女は、異常なまでにゆっくり見える。
そのままストン、と着地。
「……また、会えたね」
「あぁ そうだな」
透き通るような声。相変わらず深くまで被ったフードのせいで顔は見えない。
「んで、今回はちゃんと会話を成立させてくれるんだよな?」
「んー、あなた次第?」
そう言うと女はクスッと笑った。思わぬ仕草に俺は少し動揺する。
「大層なご身分で」
「まずは言うこと、あるでしょ?」
「……」
完全に俺の虚を突いた一撃から、俺を助けてくれたのは……彼女だ。
「ありがとう」
「うん、えらいえらい」
「子供じゃねえんだから」
「でも、素直にお礼が言えるのって、大事なことだよ」
調子が狂う。相手の表情が見えないのもあるが、何よりこの能天気っぷりにだ。
「で、俺に何用かな?」
「んー、用という用はないんだけど。見つけちゃったから来ちゃった」
「……なんなんだそれ」
「きまぐれだよ」
「お前は昨日、俺に対して“見つけた”と言ったな」
「うん」
「俺の持つ、コイツらを狙ってるのか?」
風、雷のコアをチラと見せる。
だが、彼女はきょとんとしている。
「あ、持ってたんだ、それ」
「は?」
「私はあなたを見つけたんだよ?」
「俺の、何が」
「憑き者、として」
……憑き者?
「なんだ、それは」
「あら、自覚ナシか」
「そうあからさまに言われると腹立たしいんだが」
「あ、ごめんごめん」
「……」
「そのうちわかるよ、あなたみたいに死地にしょっちゅう立ってる人なら」
「質問に答えてないぞ」
「えー……駄目?」
「ぐっ……」
恐らく、上目遣い。フード越しでもわかる。
「ふふっ……」
「なんだよ」
「案外、優しい人だなって」
「どこがだ」
「目を逸らしても駄目。わかっちゃったもん」
「はぁ……」
そもそも俺はお前の目線がどこを向いてるかすらわからんのだがなぁ……。
「……!」
「ん?」
「残念。お喋りはここまでみたい」
「は?おい」
「急用!女の子を止めるのは未練たらしいぞっ」
そう言うと彼女は背中からまた黒い物体を……。
……黒い、翼を形成して、ふわりと浮かび上がる。
「まだ何も……!」
「また、会えるよ」
「え……」
「あなたが、求め続ける限りは、私とあなたは交錯する」
「何を言って……っておい!待て!」
「あ、そういえば」
「待つ気に」
「名前」
「は?」
「名前、おしえて」
俺は一瞬迷う。どっちでいくか。
「……ボルカノ」
「ボルカノ……か、うん、ありがとう」
「名乗らせたならお前も名乗れよ」
「そうだね、それもそうだ」
そう言うと彼女はくるりと旋回する。はずみで一房の髪がフードから垂れた。
真っ白だった。
「私は……ヘレナ」
ヘレナ……。
「ボルカノ、またね!」
彼女は今度こそ、くるりと背を向け、街の中心部、ボレロが向かった方向へと飛び立った。
「何なんだ……一体」
街はまだ狂気に包まれている。ここいら一帯は片付いたみたいだが、まだまだ油断ならない。
ならない、はずなのだが。
「俺は、ほっとしているのか?」
わからない。あの女の、何もかも。
コアを狙ってるわけじゃない。そもそも、俺と敵対する気もない。
そして、“憑き者”……。
わからないことだらけだ。
なのに、あの女と話していた時、俺は間違いなく安心していた。
「とりあえず……結構時間食ったし、身体もボロボロだし……」
背後の方から大量の足音の塊、行軍の音がする。教団の本隊が到着したのだろう。
恐らくジグの方も本隊が来たとなれば打ち止めだろう。
「後は、任せるとするか」
俺は痛む身体を引きずりつつ、脇道へと逸れた。
骨は……逝ってなさそうだ。あとは軽度の火傷と全身の打撲。
「……ふう」
路地に座り込む。えらい目にあった。とりあえず……依頼である「本隊が来るまで被害を軽減する」は達成できたと見ていいか。
「……お」
そういえば通信妨害用の金属片はもう漂っていない。陸に報告しないとな。
「陸ー?」
『……ボルカノか?』
「通信回復した」
『やっとかよ、どーなってる』
「お前の予想が当たったよ、人間が悪魔を行使してた」
『それだよ、奴らテロを先に起こして、報道陣を寄せてから悪魔を放ちやがった』
「……世に知らしめたかった、ってことか」
『で、悪魔が出てきてからは報道規制と通信妨害で目隠しだ、手際良すぎるぜ』
「もう本隊が到着してる。そろそろ詳しい状況もそっちにいくだろ」
『まあな……既に惨状は耳に入ってるよ』
「ひとまずできるところまではやった、後は本隊の方々に頑張ってもらうさ」
『ジグは?近くにいるのか?』
「ん?あいつとは別行動中だ、いきなりこれじゃあんまりだしな」
『まーた勝手なことを……通信妨害はかかってないんだよな?ジグにも繋ぐぞ』
「わかった」
「あ、陸さんですか?」
『おージグ、無事か?』
「無事といえばそうですね」
「今どこにいる?」
「あ、その声は先輩ですか。今はですね、本隊に回収されて車両で移動中です」
『本隊に……って、お前見つかったのか?!』
「やっぱり見つかっちゃ駄目でしたか?」
「はぁ……めんど」
『お前はまだ訓練生扱いなんだから、現場に本来いちゃいけないんだよ……』
「ええ!そんなこと先輩言ってなかったじゃないですか!」
「うん」
『うん、じゃねえよ……』
「じゃあ割と扱いが雑なのも、所属言ったら青ざめられたのも……」
『今お前は規律違反により“拘留状態”にある。そのまま本部に連れてかれて罰則だろーな』
「罰則、というと?」
『俺はあんま気にしてないからよくわかんないが、最悪除隊まではいかないとして、謹慎とかじゃね?』
「うえー……幸先悪いな」
『問題はそれよりボルカノんとこの所員が問題起こした、ってほうがまずい』
「え?」
『所員のミスは所長のミス』
「あー、なるほど」
『と、いうことでボルカノ君にもとばっちりが来て、ヘタするとお前が本部送還……なんてことも』
「と、いうことらしいですよ先輩」
……
『あれ?』
「先輩?」
『あの野郎切りやがった!何考えてんだ……』
既に通信を切った俺は、その辺に乗り捨てられていた二輪を起こしてエンジンをかけている。無論着信は拒否。
「こんな身体でいつまでやってられねーっつの」
知るかってんだ。さすがにそこまでは擁護できん。つーか俺が出たらさらに面倒なことになるだろうが……。
「あー、かったりィ」
この僕、ユーグ=ヴィクトール、もといジグは現在教団の輸送車両……の護送車に乗っております。必死こいて民間人を逃がすため、魔術を連発してたのがよほど目立ったらしく見つかって捕まってしまいましたとさ。めでたしめでたし。
とか言ってる場合じゃない。
「どうしてこうなった……」
見つかる。訓練中の隊員は戦闘行為を禁じられていることは教えてくれた。まあそこまではわかる。非常時だからと免除してくれそうだったのに……。
『まあ仕方ない。それよりお前、なかなかいい腕をしていたな』
『は、はあ』
『訓練期間が終わったらウチに来ないか?最近は腕のいい魔術師が少なくて困ってるんだ』
『考えておきます、というか多分そうさせてもらいますよ』
『そうか!だが支所所属なんだろう?そう簡単に手放してはもらえんだろう』
『そーでもない……と思いますよ』
『ん?そういえば所属はどこだったかな』
『ギビング西……』
言い終わる前に拘束されて護送車へどーん。何が何だかわからなかったけど、陸さんとの通信でおおまか予想はついた。
「あの人……どんだけ教団内で嫌われてんだ……」
とりあえずどこに向かっているかわからない以上、下手に動くわけにもいかないしなぁ……。杖も没収されたし、通信機もさっき没収されたばかりだし……。
「ただの嫌われ者、って感じじゃないよなあ」
嫌い、以上に恐れている節があった。あの人たちは。一体過去に先輩は何をやらかしたのだろう。
「……そういえば」
段々外が騒がしくなっている気がする。振動も増えている。僕は今本部あたりに向かって護送中なんじゃなかったっけ?
……でも考えてみればたかが訓練所員1人ごときで、護送車をわざわざ本部まで動かすだろうか?この場合、ここでの任務を終えてから、ということになるのか。
「あれ?じゃあ……」
もしかして、前線に向かってる?
と……思ったのと、爆発音及び衝撃は同時だった。体がふわりと浮いたのは一瞬で、すぐに三半規管と僕が悲鳴をあげる。
「ッ……!」
周囲を見渡す。視界が180°反転していた。車ごとひっくり返ったのか?頭が、脳がぐらぐらしている。
「まいったな……」
教団の護送車は頑強でも中の僕はお世辞にもタフネスに自信はない。痛い。打撲?骨折?どっちだ?
とりあえずここにいるのは危ない。運転してた人は無事なのかな?というか爆発はどこからだ?
「ここにいるのは、まずい」
さすがに僕だってここに引きこもるほど腑抜けじゃない。
訓練生、ということで通常の手錠で拘束された……が、僕を拘束したければもっと頑丈か、呪術を施したものでなきゃ。
「よっ……と」
がちゃり、と手錠を引きちぎる。簡単な鉄属性の魔術。小さなものの破壊のみに特化した固定術式だ。
「これも、秘密にしておいた方がいいんだろうな……」
通常、魔術師は全ての魔術の基礎となる術式が刻印された杖を媒介に魔術を行使する。そこにある刻印の組み合わせ次第で、ほぼ全ての魔術が使えるようになっているためだ。
材料に霊子を多く含有する物質を要求されるため木や石などの自然物を使った杖という形に落ち着いただけで、ごく稀に剣や銃で魔術を行使する魔術師もいる……らしい。
それで、僕の場合は杖を必要としない。いくつかの固定術式しか使えないけど、それは汎用性と緊急性を重視して選んだ結果だ。どうやって行使しているかは……
「言えるわけ、ない」
痛む身体を起こす。思いの外動く。うーむ、さすがは教団の護送車、前言は撤回しよう。
「おい!生きてるか!」
外からゴンゴンと扉を叩かれている。この声は……運転してた人かな?
「ええ……まぁ、なんと……か」
とっさにここは怪我したフリをしといた方がいい、と思いついてしまった。普段なら正直に言うとこなんだけど。
扉が勢いよく開かれる。
「悪いな……上からの命令で前線に向かってたんだ」
「なんとなく、察しはついて……ましたよ」
いかにも、な感じで肩を借りる。元気な状態で肩借りるのって意外と疲れるな……。
「とりあえず、車はもう駄目だ。前線の方の部隊に加わって治療してもらおう」
「あなたは平気なんですか……?」
運転士らしき人はこちらを見てにやりと答える。
「鍛え方が違うからな」
あー……こういう人を脳筋っつーのか。
って、おいおい。ここ2日で先輩に影響受けすぎだろ、僕。
「とりあえず細切れな情報からすると、悪魔を追撃してたはずの俺達はいつの間にか、人間に後ろを取られてたらしい。挟撃ってやつだな」
「なるほど……なんだか読めてきましたね」
「……何がだ?」
先輩の言っていた「悪魔と人間が手を組んでいる」発言が決定打。最初に訪れたスーマも恐らく悪魔を使って住民を威圧して情報漏洩と騒ぎを抑えたのだろう。
本丸である、ギルモアで教団を迎え撃つために。
「ただの犯罪者ではないってことですよ」
「うーむ……その辺の詳しい事情は俺にはわからん」
「とりあえず……立ち話もなんですし」
「!」
キンッ、と鋭い金属音がした。続けざまにアスファルトに穴ができていく。
撃たれて……るのか?
「確かに、ここは危険だな。狙われてるようだ」
「……ですね、早く行きましょう」
「君は確か魔術師、だったよな」
「はい、ジグといいます」
「俺は第二部隊の愉だ。しばらくよろしく頼むぜ」
「……よろしく」
「確か、ここらへんに……」
言うが早いか愉さんは車両から僕の杖を取り出す。結構雑に扱うなあ。
「ほら」
「いいんですか?」
「何がだ?」
「一応、ほら僕って護送中の身じゃないですか」
「今はそんなこと言ってる場合じゃ」
ガガガッと、車両が立て続けに被弾する。いくらでも銃弾くらいなら防いでくれそうな安心感があるけど、さっきの爆発をもう一回やられたらさすがの教団製でもひとたまりもなさそうだ。
「ないだろ?」
「そのようですね」
「それにさっきうちの隊長はああいう態度を取ったけど、あれは配慮……みたいなもんだからさ」
「配慮?」
「詳しい話は後だ、今はここから離れるぞ」
「あ、はい」
配慮、か。そう振る舞う必要があった、ってことかな。でも今は気にしてる場合じゃない。まるで実感が湧かないけど。
「おいおい……あれは……!」
「どうしました?」
車両の陰から向こうを覗いていた愉さんが青ざめている。僕も慎重に顔を出してみる。
「……!」
視線の先。二人の人間。一人は銃をこちらに向けて構えていて、もう一人は……
「アレ、もしかして……」
「ああ、そのまさかだな」
背筋が凍るとはこのことか、と呑気ながら思った。そりゃ、生まれて初めて榴弾砲がこっち向いてるの見たんだもん。というか榴弾砲の実物自体初めて見たし。
「なんか隣の人ゴーサインみたいの出してますよ」
「き、気のせいだろ」
「いやいや、ここにきてそれはないでしょう……」
今度ばかりはさすがに終わったな、と僕は半ば諦めた。
……だが、直後に響いたのは轟音ではなく野太い悲鳴だった。
・杖
魔術師が魔術を行使するのに使う道具の総称。条件として①霊子を多く含む②基礎魔術刻印が全て刻まれた物体である必要がある。刻印はお世辞にも簡単な形をしていないので、材料に後から刻み込むため加工が容易な木材や鉱物が用いられる。正直刻印さえあればなんでもいいため杖の形をとらない魔術師も多い。
・基礎魔術刻印
全ての魔術の基礎となる刻印。魔術師専用の文字のようなものである。すべての魔術はこれの組み合わせ次第で再現できるようになっているため、これが刻まれた「杖」を持つことが魔術師の必須条件となる。