眠れない夜の話でもしようか。
深夜零時、僕は誰かと眠れない夜について語り合うんだ。
眠れない夜の話でもしようか。
誰かが言ったんだ。眠れないから話でもしようってさ。
僕はそれに賛成した。だって、僕も眠れなかったからね。
こんな夜は、誰かと話でもしてれば自然と朝になっているものだ。
僕たちは話し合った。
まぁ、思春期特有の恋愛話だとか、最近の生活はどうだ、とか。そんな、他愛のない話。
時計の針が30度ほど右方向へ傾いた時。
しばらくしてまた、誰かが言ったんだ。こんな夜は、散歩でもすると面白いのかもしれない。と。
やがて僕らは夜の町へと繰り出した。
スニーカーとパジャマはとても不似合いで、不器用な格好をした僕らはこんな夜にはお似合いかな、とかを思ったんだ。
歩きながら僕達は先ほどのような会話を続けた。
誰がどうだ、とか、誰がこうだとか。そんな話。別に誰が得するわけでもない、非生産的な非効率的な話。
ふと夜空を見上げると月が雲に隠れようとしていた。
僕を不思議そうに見つめる彼らに僕は教えてやった。今夜は、月が僕らよりも早く布団を被るみたいだよ。と。
なんだよ、それ。と、彼等は笑った。
僕達は夜の町をただひたすらに練り歩いた。
コンビニにたむろする不良共だとか、シャッター通りと化した商店街だとか。そんな夜の風景を僕達は楽しんだ。
見ろよ、あいつ俺等の事、宇宙人でも見るような目で見てくるぜ。誰かが言った。
僕は誰かが指を差す方を見ると、泥酔した様子のスーツの男が驚いたような顔でこちらを見ていた。
ほっとけよ。僕は誰かに言った。
とある雑草が蔓延った空き地の前を通ると、虫の幻想的な音色が僕らを出迎えた。
おい、覚えてるか。誰か言った。
あぁ、覚えてるよ。僕は言った。
僕らがまだ小さかった頃、よくここで遊んだ記憶がある。
今ではこの雑草が蔓延った、世界に取り残されたような空き地も当時の僕らにとっては大切なものだった。
まだ、僕らの世界が小さかった頃。
そんな世界に取り残されたままの空き地は、今の僕らから見たら小さくて、それが僕らの世界の一部だったなんて信じられなくて。
変わっちまったなぁ。と、誰かが呟いた。
変わってしまったのは僕らのなのか、この空き地なのか。
僕は足早にこの場から去ろうと、歩き始めた。
彼等も同じ事を思ったのか、なにも言わずに歩き始めた。
地元で唯一の偉そうな時計屋の前を歩いていた時だった。
あぁ、散歩なんて言わなきゃよかったな。逆に目が冴えちまった。
誰かがそう言った。確かにそうだね。僕はそう言った。
薄暗い該当に照らされた時計屋のフクロウ時計を見た。時刻は既に朝を迎える直前だった。
まだ暗いなぁ。ポツリ、と誰かが呟いた。
もうすぐ明るくなるよ。僕も呟いた。
結局、一睡もできなかったなぁ。残念そうに誰かが呟いた。
そうだね。僕も呟いた。
やがて、朝日が僕達を照らす。
それと同時に誰かが消えた。そこから、いなくなった。
まるで煙のように。
今日も、言えなかった。ポツリ、と呟いた。
隈だらけの僕の目は虚ろに朝日を見上げる。
彼等は数日前に死んだ。そんな事は知っていた。知っていたつもりだった。
でも信じる事ができなかったのだ。信じたくなかったのだ。彼等が死んで、もうこの世にはいない事が。
それを知ったその日の夜、彼等は僕の部屋にやってきた。
眠れないんだ。そう言って。
恐らく、今日の夜も彼等は現れるのだろう。
そして自らが死んでいる事に気が付かないまま今宵も僕の夜を弄ぶのだろう。
今日も、言えないのか。
朝日が不恰好な僕を照らす。
僕の憂鬱な一日の始まりだった。