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 遠くに、慌ただしく動く光をファンティーヌは丘の上から力なく眺めていた。

 闇の中に蠢く小さな光であったが、彼女は正しくそれが何であるかを知っていた。

 これまで暮らしてきた屋敷が小さな明かりによって取り囲まれているのだ。あれは、松明の火だ。そして、屋敷の者たちをとらえるために手にしているのだ。

 ファンティーヌはそれを遠い丘の上から見つめるしかできずに立ち尽くしていた。その隣には、彼女をここまで連れ出した男が立っている。数年前に雇われ、今まで彼女の護衛をしてきた男だった。

「どうしてこんな事に……」

 彼女はぽろぽろと涙をこぼしながら遠くの火を見つめる。彼女の父は謀反を起こしたとしてとらえられる。死刑は免れない。家は取りつぶしとなり、ファンティーヌはこの日より、罪人の娘となるのだ。

 帰る場所がなくなった瞬間でもあり、家族も、財産も、彼女が彼女として生きるための基盤全てを失った瞬間だった。

 屋敷から火の手が上がった。それは父が全てを守るためにはなった炎だと、彼女は知っている。そして、彼らの命を奪う炎だと。

 遠くの火を見つめていたファンティーヌの体が、ぐらりと揺れた。



 王都から離れた商業都市として栄えているその場所で、ファンティーヌは都市を治める領主の一人娘として生まれた。

 ファンティーヌの父の代で都市は大きく栄え始めた。それは領主の手腕による物であったが、この国で最も栄えたがために、都市は国からの干渉を受けるようになっていた。国からの要求は商人の利益を大きく損なう内容であり、領主であるファンティーヌの父は都市の利権を守るために国と対立することを選んだ。

 その結果、謀反を起こしたとして家は取りつぶし、領主は処罰されることになった。

 覚悟を決めての叛意であった。領主は都市の未来を残された商人たちに託し、自分が死ぬことになってもそれを逆手にとって治権を守る為の計画を立てていた。後に託す者も決まっている。その後の混乱から復興させてゆく手はずも。

 全ては覚悟の上の結果だった。そして、ファンティーヌはそれを知っていた。

 遠くに燃えあがる炎を見つめながら、起こるべくして起こった結末を見つめる。

 あの炎の中で、父も母も焼け死んでいるのだ。

 彼女もまた共に終わるつもりで居た。けれど領主はそれを許さず、一人逃がされた。

 そして、この丘の上で終焉を見つめるに至る。

 ファンティーヌは、辣腕を奮った父とは対照的に、蝶よ花よと育てられた世間知らずの少女だった。力もなければ、争いごとも好まず、穏やかに、たおやかに、守られながら生きてきた少女である。

 この現実は、とてつもなく過酷なものであった。




 目を覚ますと、ファンティーヌはみすぼらしい小屋の中にいた。寝台とも言えぬわらの上に、見慣れた男物の上着にくるまれるようにして寝かされていた。

「……ギスラン?」

 体を起こし、自分を守ってくれる、そして最も信頼する護衛の名を呼んだ。自分を包む上着の持ち主だ。

 ぼんやりと覚醒しただけの頭では、現状を把握することができない。

 ファンティーヌは働かない頭のまま、自分の側に必ずいるその存在を探した。

「もう少し寝ていろ」

 低い声がして、近づいてくる人影に彼女は違和感を覚えながら振り返る。

 ギスランはこんな乱暴な話し方をしない。丁寧で礼儀正しい話し方をする男だ。

 ここにいるのは彼ではないのかと一瞬よぎる不安、しかしその声はまさしく彼で、そしてファンティーヌの瞳がとらえた人影も、間違いなくよく見知った護衛の男だった。

「……ギスラン?」

「眠った方が良い。今は何も考えるな」

 聞き慣れない口調で話す護衛の男は、それでもファンティーヌの知る優しい声で話しかけてくる。

 でも、と、違和感はぬぐえない。なぜなら、彼が今までになく近くにいた。物理的な距離ではない。いつも一線を引かれていた何かが、今は男から感じなかった。

 そこにいるのはまるでファンティーヌがずっと求めてきたギスランのようだった。

 どうして、と思う。

 そばにいて触れたい、もっと近くに感じたい。そう思っても躱され続けてきたというのに。

 けれど、今のギスランはとても近くにいた。

 ファンティーヌを拒み続けてきた壁が消えている。ファンティーヌの知るギスランは、頭を撫でたりなどしなかった。

 眠れ、と、頭を撫でたその手の感触が心地よくて、ファンティーヌは微笑む。

 これは、きっと夢だ。きっと、何もかも、夢なのだ……。

 ファンティーヌは、再び眠りに引きずり込まれた。






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