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短編

阿婆擦れと間抜け

作者: 秋口峻砂

原稿用紙五枚、恋愛。

 頭がぼうっとしている。いくらなんでも呑み過ぎた。重たい目を開いて頭を上げると、私を守るかのようにやさしく肩を抱いてうつらうつらとしている男の顔が見えた。

 どうして私はこいつのところに来たのだろう。確かに何度か身体を預けたことがある相手だから、口だけの友達よりは関係が深いと思う。でもそれって単なる身体だけの関係だともいえるはずだ。

 それなのに、付き合っていた最低男に手酷くふられて、一番最初に頭に浮かんだ相手は、仲のいい女友達ではなく、こいつだった。

 いや、どこかで分かっていた。あの最低男は本当にろくでもない奴だったから、いつも女友達にやめとけと言われていた。だからこのことを告げたらそれ見たことかと呆れられると。

 それならば絶対に私を否定しない、こいつのところに来た方が気が楽だったんだ。

 最低男に捨てられた翌日の、二日酔いの最悪の気分で最初に見た男は、なんともまあ間抜けな顔をしていた。私を捨てたあいつは、顔だけは格好良かったから、比べるのが可哀想ですらある。少なくとも白馬に乗った王子様には見えない。

 でもその間抜けな寝顔は不思議と可愛くもある。これは珍獣を愛でているような感覚なのだろうか。私自身にもよく分からない。それでも分かっていることは、昨日男に捨てられて、何の連絡もなしに突然やってきて自棄酒に付き合わせたのに、こいつはなにひとつ文句を言わなかったということ。

 そういえば、文句は言わなかったけれど、慰めてもくれなかった。それなのに、どうして私は今、こんなにすっきりしているのだろう。

 ああ、駄目だ、どんなに考えようとしても頭ががんがんと鳴っていて纏まらない。頭は痛いし吐き気はすごいし。こんなに具合悪くなるんなら、あんなに呑まなきゃよかった。

 あの最低男にはどうやら、別に彼女がいたらしい。私が捨てられたってことは、私が遊びだったってことなのだろう。

 ふられた今でも思うのは、とにかく格好よかったってこと。身長も高いしちょうどいいくらいに筋肉質だったし、顔もモデルをやっていると思われるくらいに整っていた。

 惚れたのは私だったから、猛烈にアタックして付き合うことになった。

 でも周囲が心配した通り、二枚目ゆえの宿命なのか女遊びがとにかく酷い。携帯を鳴らしてみたらホテルだったなんてこともあった。

 こいつとこんな関係になってしまったのも、もとをただせばあの最低男のせいだ。でも、今のこの状態を考えてみると、その最低男があんなことをしなかったら、こいつとは関係してないってことになる。

 私はただ間抜け男の顔を見詰めていた。可愛いといえばそうなんだけど、やっぱりどう見ても間抜けだ。どうして私はこんな間抜け男とこんな関係になってしまったんだろう。

 やさしいっていえばそう、私の言葉を絶対に否定しないし、どんなことを言っても受け止めてくれる。抱き方だってあの最低男みたいな自分勝手でドSな抱き方じゃなくて、もっと互いを感じ合うような抱き方だった。最低男と比べて物足りなく感じることもあったけれど、それってそれだけ、こいつがやさしかったってことなのか思ってしまう。

 私の肩を抱き締めているその大きな手、あいつに比べてもっと逞しくて太い腕、気にしていない訳じゃないだろうけれど少し汗臭くて男臭い。そして何よりも間抜けな顔。やっぱり何度確認しても、こいつの顔は間抜けだ。

 もしかすると私はこいつに甘えているだけなのだろうか。だとしたら、私はなんて酷い女なのだろう。甘えさせてくれるから、優しく抱いてくれるから、そんな理由でこいつを縛っているなんて。

 少しだけ視線を周囲にめぐらせると、私が脱ぎ捨てたコートとセーターがきちんとハンガーに掛けられていた。トートバックもその下に置いてある。テーブルの上にはビールの空き缶がきれいに並べられていて、つまみなんかのゴミもキレイに片付けてあった。

 性格が出てるなあ。私みたいな阿婆擦れと全然違う。それなのにどうして私の相手をこいつはするんだろう。尻軽ってまで自分を貶すつもりはないけど、いつも会社で女友達と男の値踏みばかりをしてるなんて、同じ会社なんだから知っているはずだ。

 会社では話なんかしたこともない。むしろ会社では意識して無視していた。こいつと話しているところなんか女友達に見られたくなかった。それなのに今、私はこいつにやさしく肩を抱かれている。そしてどこか安心している。

 私は男の見る目がないのかもしれない。だけど、このひとが白馬の王子様だって今だけは思っていてあげようと思った。

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