親と子供の事情
ヴゥー、ヴゥー
くぐもった音と共に携帯電話のバイブレーションが机の上でカタカタと鳴った
二つ折りの境目の部分を親指で弾き開けると、メール着信アイコンがディスプレイに表示されていた
相手は母からであり、その内容はメールを読まなくても大体予想はできるが一応に目を通す。
題名は『今日の晩ご飯は』
続けて本文に目を通す。
『オサム君。今日の夜はお父さんとお母さん遅くなるから、五時になったら美優を幼稚園まで迎えに行ってから、電話の所にお金を置いてあるので二人で何か買って食べてね。あと寝る前にはドアのチェーンは掛けないでね。 お母さんより。』
無感動にメールを読み終えると携帯電話を畳みベットの上へ放った。
「ふぅ」
オサムは小さくため息を吐くと傍らに置いてあった携帯ゲームのスイッチを入れる。
アップテンポな音と共にゲーム会社のロゴが流れる。
それを見ながらオサムは呟いた。
「…大人は勝手だな」
転校なんてしたくなかった。
クラスの皆や、親友のケンちゃんとも遊べなくなるし良い事なんて一つもない。
でも小学生である自分に、選択の余地が有るはずがなく、結局は両親についていくしか道はない。
理不尽過ぎる現実は、どうにもこうにも小学五年生の力では歯さえ立たせてくれない
そのことに涙が出そうで、、
事実、引っ越す日に泣きながら押し入れに籠城するという抵抗を見せ、迫り来る運命に立ち向かったのだが、
所詮は子供のすること
その籠城は十分もしないうちに父親により制圧された。
小脇に抱えながらも果敢に手足をばたつかせたが、力強い父の腕からは逃れることは不可避。
父の力強さを不本意ながら再認識する羽目になった。…涙と鼻水に塗れながら
結果、現在に至る。
新しい環境はオサムを不安にさせるばかりだ。
新しい賃貸マンション、新しい部屋、新しい学校、新しいクラス。
何でもかんでも新しいものが良いと言うわけではないのだ。
断然ない。
今までのパターンが通用するとは限らない。
既存のデータで編集、発展させることができない。
ファイルを新規作成しなくてはならない。
それが楽しい人もいるだろう。
だがオサムは違う
新しい生活に思いを馳せるより、あの時の生活を振り返り、そして戻りたいのである。
前衛的より懐古的で、アバンギャルドよりレトロなのである。
「…あ~あ」
そんな事を考えているとゲームの中から、くらいメロディが流れた。
主人公パーティのHPが0になっていた。
携帯ゲームの電源を切ると、壁に掛けてある時計を見る。
そろそろ妹を幼稚園に迎えに行く時間が迫っていた。
オサムは机の上からサイフを取り後ろポケットに入れると部屋を後にした。
短い廊下を横切り、居間ある電話機を目指す。
そこから今日の晩ご飯代をサイフに補充すると、
「オサム中尉! ただ今より美優王女の救出作戦に出撃します!」
どこにともなく敬礼をしテンションをハイにしたならば、玄関に向かって走りだす。
こういうノリが今の学校でもできたらなぁ…
馴染めないって本当に不便だ
…ピーマンを食べるより攻略が難しい
靴を履きながらため息を吐いたオサムのテンションが少し下がった。
歩いて十分
そこが美優王女の囚われている場所だ。
[進路クリア!ゴ、ゴ、ゴゴ、ゴー!]
と心の中で叫んだなら、
「すみませ~ん。野中ですけど美優を迎えに来ました」
と表の声で、鉄門の付近でにこやか且つ魅力的な笑顔で園児を見送っている保育士に話し掛けた。
「あら今日もオサム君がお迎え?偉いわね~ちょっと待ってて!」
感心したような笑みを浮かべた保育士は、やや駆け足で園内に向かっていった。
この人が僕のお姉ちゃんだったらいいのにと、昨日に引き続き思ったことは内緒である。
しばらくすると
「お兄ちゃ~ん!」
園の中からちっこいお姫様がお姉ちゃん保育士と出てきた。
姫はオサム中尉に気付くと駆け足で向かってくる。
…何か危ない気が
「美優! 走ったら危ないよ!」
不安になったオサムが制止する。
が
ズシャーッ!
…転けた
「!?………。」
驚いた顔で、土塗れになった園児服を茫然と見ている美優
その0,5秒後
「ふぇっ! ………ふぇーーーーーん!! こけたぁ~~ッツ!!!!!」
そう、こけたぁのである
「あちゃ~」
思わず額に手を当てると、妹に駆け寄った。