後編
ガラクタ山は山というより丘だった。
ここは、置いておくスペースがもったいないからと、壊れたり使い方がさっぱり分からない旧文明の道具をまとめて捨てたのが、文字通りガラクタの山となってしまった、という場所だ。よくもまあこれだけ集めたもんだよなぁと、教室の五倍はありそうな広さのガラクタ山を見てクリフは笑っていた。
丘は高いものでも10mはいかないので、子供の足でもてっぺんまで登れる。元は何色だったか知らないが、塗装が剥げて銀色や灰色の無機質な表面をさらし、さらに土や砂がかかって茶色くなっているガラクタたち。それを適当に掘り返す作業を、ウィルはかれこれ三十分ほど続けていた。
「ぴかぴか光ってるんじゃなかったのかよ~」
口を尖らせて誰に向けるでもなく不満を漏らす。すぐに見つかるものだと高をくくっていたウィルは、単調な作業に飽き始めていた。丘の上から見れば、メッツは暑さにやられてへたり込んでいる。クリフはへばってしまったメッツの世話を焼いていた。
星のかけらが見つからないくらいなら、いっそ大人たちが言う人食いの動物とやらを見てみたいな、と物騒なことをウィルは考えたが、クリフによるとベースの近くにそんな動物はめったに現れないらしい。こんな植物も水もない荒野じゃなおさらだ、とのこと。
浮かんでくる汗をシャツの襟で拭って、もう帰ろうかなぁと思い始めたとき、茶色い荒野の中に一箇所、色が違う場所があることにウィルは気付いた。水色と緑色。川だ。
「なんだ、水あるじゃん」
呟いて、腰の水筒がほとんど空だということを思い出した。ここまでの道が思ったよりもずっと暑かったので、つい水を飲みすぎてしまったのだ。ためしに水筒を振ってみても、まったく音がしない。
同時に喉の渇きも思い出したウィルは、ガラクタの丘を跳ね下り、川の見える方向へ駆けていった。俺から離れすぎるなというクリフの注意を、ウィルはすっかり忘れてしまっていた。
たったかたったか走って川に辿り着いた頃には、喉はからからに渇いていた。
肩で息をするウィルは、川の縁で呼吸を整える。ちょっと躊躇ったが、喉の渇きに負けて直接川に口付けて水を飲んだ。澄んだ川の水は、冷えていて美味い。水分を求めていたウィルには、ベースで飲む水よりも美味しく感じられた。
満足したウィルは、水筒を川に突っ込んで満タンにしてから、川の周りに生えた雑草の上に座り込んだ。日差しは相変わらずだが、ここはただの荒野よりずっと涼しい。
川の幅は広く、向こう岸まで20mはありそうだ。流れはほとんどない。水面が光を反射してきらきら輝いていた。
これほど大きな川は初めてのウィルは、意外に深い川を覗きながら、川に沿って歩いてみた。澄んだ水の中を、魚が何匹も泳いでいる。
「ん? なんだあれ?」
いくらも歩かない内に、ウィルは川底に岩とは違うものを見つけた。それは大きくて平べったい金属の塊のようだった。半分が水底の泥に埋まっているが、遠目からでもつるつるした表面をもっていることが分かる。
もっとよく見ようと川の縁ぎりぎりまで近付いたとき、こつんと足に何かがぶつかった。視線を下に向けると、丸いライトグレーの物体が足元でぷかぷか浮いている。拾い上げ、マントで水気を拭い、ウィルはその『何だか分からない丸いもの』をしげしげと眺めた。
ウィルの手のひらに収まる程度の大きさのそれの縁は丸く、すべすべしている。若干の厚みがある円形で、片面は細かな傷が付いている以外に変わったところはない。反対側の面はいくつかのボタンのようなものが縁に沿って取り付けられ、中央には丸い、ガラスのような質感のものが嵌め込まれていた。
なんの気なしにボタンを押してみる。すると、ぱっと中央が緑色に点灯し、記号と数字が表示された。
「N56.3、E34.7……ってなんだこりゃ?」
何を表わしているのか全く分からない。他のボタンを押してみても、画面には情報が足りませんと表示されるだけで、新しい発見はなかった。機械らしきものをあれこれ弄り、ウィルは首を捻る。
そこへ、
「ウィル!」
と自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「クリフ兄ぃ」
声がした方を振り向くと、クリフがメッツを連れてこっちへ歩いてくるところだった。
「あ、そうだ。クリフ兄ぃ! ほら、これ見てく……」
「ウィルっ!!」
自分が見つけたものを見てもらいたくて、手の中の物を差し出そうとしたウィルの言葉は、叱り付けるようなクリフの声に遮られた。
その声の大きさにびくっと肩を震わせたウィルは、クリフが怖い顔をしていることにいまさらのように気付く。
「俺から離れすぎるなと言っただろう」
静かに告げるクリフの言葉に圧され、ウィルは思わず後ずさった。
「ぁ……」
クリフは本気だ。本気で怒っている。自分を射竦めるクリフの眼光の鋭さに、ウィルは声を失くした。何か取り返しの付かない失敗をした気がして、ものすごく悲しくなる。
クリフは何も言わなかった。腕を組んでじっとウィルを見下ろすだけで、一言も口にしない。何かを待っているようだった。メッツは二人の間に割ってはいることも出来ず、不安そうに事の行方を見守っている。
無言の圧力に縛り付けられ、目尻に涙さえ浮かべたウィルは、何度か口をぱくぱく動かして、
「ご……ごめんなさい……」
と消え入りそうな声で搾り出すのが精一杯だった。
クリフはしばらく沈黙を守っていたが、不意に長い溜め息を吐いて表情を緩めた。
「……ま、目を離した俺のミスでもある、か」
組んでいた腕を解き、がりがりと頭を掻く。
「けどな、目印のない荒野で迷子になったら、ベースに帰ることもできなくなる。それは覚えとけよ」
「……うん」
「無事で良かった」
俯いて涙を堪えるウィルの頭を、クリフはくしゃくしゃと乱暴に撫でる。
クリフの声には安堵の響きが含まれていた。クリフは自分のことを心配して、だから本気で怒っていたのだ。理解した途端、抑えていた涙が溢れた。思わずクリフの腰にしがみついて、ウィルはひたすらに泣いた。
「怒鳴って悪かったな」
クリフの大きな手が、肩と頭に添えられる。その手のひらは熱く、そして、なにより優しかった。
「たぶん、何かの位置を示してるんだろうよ」
と、ウィルが拾った物を見てクリフは言った。ウィルが落ち着いたところを見計らって、メッツがウィルの持っている物について訪ね、さあ、と首を傾げるウィルの代わりに、クリフが返した言葉だ。
「何かって?」
「どうして分かるんですか?」
ほぼ同時に届いた質問に、クリフは淡い緑色の光を発する画面を指差しながら、丁寧に答える。
「ここにkmって書いてあるだろ? これは距離を表わす単位だ。とすると、数字は距離で、NとかEの記号は北、東とか方角を表わすもんだと考えられる。つまり、ここから北に56.3km、東に34.7kmの場所にありますよってことだ。何があるかまではさすがに分からないけどな」
「へぇ~」
自分が気付かなかったものをあっさりと見つけ、この機械がどういうものかということまで看破したクリフ。そんな彼をウィルとメッツは尊敬の念を持って見上げた。
「やっぱクリフ兄ぃはすげぇや……。じゃあさ、あれは?」
ウィルは弾んだ声で川底を指差す。
「あれか。ん~……」
川淵にしゃがみ込み、クリフは金属の塊を凝視した。ウィルもメッツも、期待を込めた目を向けて、クリフの言葉を待つ。
「さっぱり分からん」
立ち上がって胸を張り、クリフは断言した。
「……分かんないの?」
「ああ、見たこともない。ただ……」
「ただ?」
クリフの言葉尻を拾って、メッツが尋ねる。クリフはちらっと意味ありげな視線を二人に寄越してから、水底の物体に目を戻した。
「いや、一昨日に落ちてきたっていう流れ星の正体は、あれかもな」
「へっ!?」
考えもしなかった可能性を示されて、ウィルがおかしな声を上げた。
「じゃあ、あれが星のかけらなんですか?」
メッツは割合ショックが少なかったらしく、即座に反応する。
「どうだろうな。確かに磨けば光りそうだが、明らかに人工物だしなぁ。たぶん違うんじゃないか? どっちにしろ、あんな大きいもの、ベースに持って帰るなんて出来ないだろうよ」
「え~っと? あれが流れ星なんだよな? でも星のかけらじゃないって、どういうこと?」
混乱して頭のてっぺんから煙を出すウィルに、メッツは苦笑しながら簡潔な答えを告げる。
「そもそも、落ちてきたのが星のかけらじゃなかったってこと」
言われた事をすぐには呑みこめなかったウィルだが、正しく意味を理解すると同時にがく~っと項垂れた。
「なんだよそれぇ~」
「あれが空から落ちてきたものとは限らないけどな。もう一度ガラクタ山に戻って探してみるか?」
慰めるように言って、クリフはウィルの肩に手を置く。なんだか一気に気分が沈んでしまったウィルは、力なく頭を振った。
「げ、元気出しなよ、ウィル。全く何もなかった訳じゃないんだしさ!」
ウィルの手にあるものを示しながら、メッツは慌てたように、ことさら明るい声で励ました。
確かに、この機械は収穫といえばそうだ。いわば冒険の証。そう思うと、落ち込んだ気持ちが上向いてくる。手にした機械は、依然として『何か』の位置を示し続けていた。
ここに、一体どんなものがあるんだろう。何が待っているんだろう。
ウィルはゆっくりと雲の流れる空を見上げた。これが示す場所にある『何か』も、この大きな空から落ちてきたものなのだろうか。
「クリフ兄ぃ。クリフ兄ぃは、旅商人に付いてって、色んなところに行ったんだよな?」
初耳だったのか、メッツが驚いた気配がした。クリフは16の時、立ち寄った商人の一団に護衛として付いていったことがあるらしい。ウィルが外に興味を持ったのも、クリフから度々その時の話を聞いていた影響だった。
ああ、とクリフは短く答える。
空を見上げたまま、ウィルは静かに呟いた。
「この機械に書いてある場所って、何があるんだ? クリフ兄ぃはこの場所に行ったことあるのか?」
「……俺もその場所に行ったことはないな。ウィル、もしも――っ!」
不意に、クリフの言葉が途切れる。次の瞬間にはクリフに横から抱きかかえられ、ウィルは地面に倒れこんでいた。
ひぃっ、というメッツの引き攣った悲鳴が聞こえる。ウィルを残して素早く立ち上がったクリフは、背中の槍を掴みやいなや、穂先にかけてあった布を取り去って、二人を庇うように一歩前へ踏み出し、槍を構えた。
クリフの槍の先には、一匹の動物がいる。四足で立ち、荒野と同じ茶色の硬そうな毛を持つ動物だった。
今のままでもウィルの胸の辺りに顔がある。立ち上がったらウィルよりも遥かに大きいだろう。顔は丸みを帯び、鼻面は太くて短い。その動物は、茶色がかった黄色い目をぎらぎら光らせ、口元に並ぶ牙を剥き出しにして唸っていた。
「ディザートタイガーか。何故こんなところにいるのかは分からないが、相当腹が減ってるみたいだな。ウィル! メッツ! 俺の後ろへ!」
涎を垂らして舌なめずりするディザートタイガーから目を離さず、クリフは鋭く声を発したが、ウィルは身体が硬直してしまって動けない。初めて見る獰猛な野生動物の恐ろしさに、震えることしかできなかった。
「早くしろっ!!」
「……っ!」
焦りの混じった一喝。はっと我に返ったウィルは、立ち竦むメッツの腕を掴み、クリフの後ろに移動した。メッツの震えが、寄せ合った肩越しに伝わってくる。
二人の位置を確認しようと、クリフがディザートタイガーから意識を逸らした瞬間、ディザートタイガーはクリフに向かって猛然と突進した。
「くっ……!」
ディザートタイガーの眉間を目がけ、クリフは慌てて槍を突き込む。顔に槍が届く寸前、ディザートタイガーは地を蹴り、クリフに躍りかかった。
「……っの野郎!」
ディザートタイガーの爪がその身体に届こうかという時、ぎりっと奥歯を噛み締め、呻く様な低い声を漏らしたクリフは、石突きを跳ね上げ、ディザートタイガーを横殴りに殴打した。思わぬ反撃を受けたディザートタイガーはバランスを崩し、ウィルの斜め前に落ちる。
体勢を立て直すディザートタイガーにクリフの追撃が迫った。ディザートタイガー目がけて跳んだクリフは、槍を逆手に構えて体の前に固定し、落下と共に突き下ろす!
ヒュドッ! っと槍が地面を突き刺した。ディザートタイガーは寸でのところで飛び退り、難を逃れたようだ。
ディザートタイガーとウィルたちの間に割り込んだクリフは、地面に刺さった槍を抜き、構えなおす。ぱっと少量の土が舞った。
目まぐるしい攻防に、何かを考える暇もない。ウィルはクリフの背中が、いつもより大きなったように感じられた。
ディザートタイガーは一定の距離を保って、側面に回ろうとしている。クリフは常に二人をディザートタイガーから隠すように移動した。
息詰まるような沈黙。膠着した状況が続く。
やがて、この獲物を仕留めるのは容易ではないと悟ったのか、ディザートタイガーは踵を返してウィルたちから離れていった。のそりのそりと、重たそうな足取りで歩いていく。
その姿がどんなに小さくなっても、クリフは決して構えを解かなかった。荒野の向こうへディザートタイガーが消えた頃、クリフはようやく槍を下ろして長い溜め息を吐いた。
怒らせていた肩の力を抜き、ウィルたちに向き直った彼は、
「さ、帰ろうぜ」
と言って小さく笑った。
ベースへ戻るまで、ウィルはほとんど口を開かなかった。とても軽口など叩ける気分ではなかったのだ。
ディザートタイガーのような凶暴な動物がまた襲ってくるんじゃないかとびくびくするメッツに、あんな動物は本来この辺りにはいない、もし来てもまた追っ払ってやる、とクリフは何度も言い聞かせ、そのおかげで、ガラクタ山が影も形も見えなくなる頃にはメッツも多少は落ち着きを取り戻したようだったが、それでも口数は少なかった。
クリフも気を遣ってか、それ以上は何も言わなかった。
ベースに繋がる階段を下り、ドアをくぐったところでマントと水筒を回収したクリフは、ウィルがどうやっても開けなかったあのドアを開けて、それらを放り込んだ。どうやら壊れていたのではなく、大人にしか開けないような仕掛けが為されているらしい。
ここは地上で使う道具を置いておく場所なのか、とウィルは一人で納得した。
二枚目のドアをくぐると、ヤネフはまだ寝ていた。
呆れたクリフがしゃきっとしろ、とヤネフの頭をはたき、目を白黒させたヤネフが、
「はい! ただ今お持ちします!」
と見当はずれなことを口走り、メッツが本当に久しぶりに笑っていた。
それで気持ちが軽くなったのか、人気のないところまで行くと、心配をかけたくないから今日のことは親には言わないで欲しいとメッツが言い出した。
驚いたクリフとしばらく押し問答していたようだが、思いの外強情なメッツに珍しくクリフが全面降伏していた。疲れが溜まっていたのかもしれない。
メッツやクリフと別れたウィルは、もうすぐ夕飯の時間だというのに、その足で『いつもの場所』に向かった。なんとなく、家に帰る気になれなかったからだ。
『いつもの場所』に辿り着いたウィルは、ランプも点けずに椅子に腰掛け、四肢を投げ出してだらしなく背凭れに寄りかかった。
「……」
今日のことで、はっきりと分かってしまった。自分はどうしようもなく子供で、何の力もないのだと。死の恐怖を間近に感じて、痛いほど思い知った。
クリフがマントと水筒を準備してくれなかったら、ガラクタ山に辿り着くことも出来なかったかもしれない。
クリフが迎えに来てくれなかったら、あの広い荒野で迷子になっていたかもしれない。
クリフが迎えに来るのがもう少し遅かったら、あの凶暴な動物にばったり出くわして、あっけなく死んでいたかもしれない。
結局、外の世界では何一つとして自分には出来なかった。
冒険だと言って、馬鹿みたいに浮かれていた。自分の弱さも知らずに。
短パンのポケットから、ライトグレーの物体を取り出す。こんなもの、持っていても仕方がない。どうせ子供のウィルには辿り着けない場所だ。
「あ~……くっそぉ……」
悔しい。何で自分はこんなに弱いのだろう。自分もクリフのように強かったら、誰にも頼らずに外を歩けるのに。そして、この場所に何があるのか、この目で確かめられるのに。
暗闇に光る記号と数字を、ぼんやりとウィルが眺めていると、コンコン、と壁を叩く音がした。音の方へ顔を向ける。逆光を背負って、入り口に誰かが立っていた。
「こんなところにいたのか」
「クリフ兄ぃ?」
つい先ほど別れたばかりのクリフだった。ウィルは慌てて居住まいを正した。
「もう夕飯の時間だろ? 家に帰らなくていいのか?」
「今は、食べたくない」
そう言ってウィルは俯く。本当だった。全く食欲がない。
クリフは特に肯定も否定もせず、そうか、と言っただけだった。床に置いてあるランプを点けて、ウィルの対面の椅子に座った。小さめの椅子なので、少々窮屈そうだ。
「済まなかったな、ウィル」
「え?」
いきなり謝られ、ウィルは困惑して顔を上げた。
「怖い思いさせちまった」
「そ、そんなことないって! 元はと言えば、勝手に外に出ようとした俺が悪いんだし。俺、クリフ兄ぃに助けてもらってばっかりだった……」
そういえば、散々助けてもらったのに、ありがとうも言ってないな……。ウィルはまた俯いてしまった。
「ガキの頃に――」
困ったようにふっと笑みを浮かべたクリフは、徐に口を開いた。
「俺も、大人の目を盗んで外に出たことがあったよ」
「クリフ兄ぃも?」
「ああ、星空ってやつを見てみたくてな」
意外だった。クリフがそんな無茶をするイメージが、ウィルにはどうしても湧かない。
「友達に頼み込んで、門番の近くで嘘の喧嘩してもらって、それで門番が仲裁に入った隙に外に出たんだ。帰りは堂々と戻ってきて、門番を驚かせるつもりだった」
自分が考えもしない方法で外に出たというクリフ。子供の頃から、俺よりも頭が良かったんだな、とウィルは思った。
「地上に出たときは、日が暮れる少し前だったな。林のど真ん中に出入り口があって、星を見るには場所が良くなかったから、空が良く見えるところまで歩いてった」
クリフは静かに語る。ウィルは段々とクリフの話に引き込まれていった。
「しばらく歩いて、開けた場所を見つけて、暗くなるのをじっと待ったよ。日が完全に落ちて、いよいよって時――」
そこで一度クリフは言葉を切り、自嘲気味に笑った。
「空が雲で完全に隠れた。おまけに雨まで降ってきて、星を見るどころじゃなくなっちまった。……ああ、雨って分かるか?」
「あれだろ。あの空から冷たい水が降ってくるやつ」
「なんだ、知ってるのか」
意外そうに言うクリフに、ウィルは頷きを返した。過去5回、いや、6回の内、2回ほど、雨に降られたことがある。
クリフは話を続けた。
「そんでな、急いで戻ろうと思ったら、来た道が分かんなくなった。迷子ってやつだ」
ウィルの目が大きく見開かれた。クリフが迷子?
「そんな……。嘘だろ?」
「嘘じゃないさ。結局、自力でベースに帰られなくてな。情けないことに、探しに来た大人たちに保護されるまで、蹲ってめそめそ泣いてた。本当に心細くて、このまんま死んじまうかと思ったなぁ」
しみじみとクリフは言う。
「まあ、そういう経験が俺にもあってな、少しぐらいならお前らのことを手伝ってもいいかと思っちまった。そのせいで怖い思いさせちまって、済まないと思ってる」
神妙な顔付きになって、真剣な声でクリフはウィルを見つめてくる。
ウィルは何も言えずにいた。なにより、ウィルには今のクリフの話がとても信じられなかった。あの強くて、いっつも格好良いクリフが、子供の頃とはいえ道に迷って泣いていただなんて。
「ガキの頃なんて皆弱いもんだ」
ウィルの心を読んだみたいに、クリフは言葉を紡いだ。
「最初から強いやつなんていないさ。誰だって最初は弱い」
「そうかな……」
クリフの言葉は何故か、すぅっと抵抗なくウィルに染み込んでくる。
「ああ、ちょっとずつ強くなればいい。焦る必要はないんだ」
いいのだろうか。弱くても。これから強くなれるのなら。
「クリフ兄ぃ。俺、いつかこの場所に行って、ここに何があるのか確かめてみたい! ……俺にも、出来るかな?」
立ち上がり、手の中で淡く光る画面を見つめてウィルはクリフに尋ねる。その瞳には、ウィル生来の溌剌とした輝きが戻っていた。
「出来るさ。だけど、今のままじゃあ無理だな」
意地悪そうに、にやりと笑ったクリフは、くしゃくしゃとウィルの頭を撫でる。
「まず、好き嫌いしないでいっぱい食え」
「……うん」
「そんでたくさん運動しろ」
「うん」
「疲れたら、ぐっすり眠って疲れをとれ」
「うん!」
「勉強も忘れずにな」
「う……が、頑張る」
「おう、頑張れよ」
最後にぽんと軽く叩いて、クリフはウィルの頭から手をどける。ウィルはポケットにライトグレーの機械を突っ込んで、部屋から出ようとした。
「こら! ウィル、お前こんなところで何をしとるか! 親御さんが探しとるぞ!」
そこへぬっと現れたネルソンが、ウィルを見つけるや、よく響く声で彼を叱りつけた。
「ごめんなさい! 今帰ります!」
「おぅ!?」
ウィルは元気よく言ってぺこりと頭を下げ、驚いて固まっているネルソンの横をすり抜けていった。
「なんだァ、あいつは。いきなり素直になりおってからに……」
「さあ、何でしょうねぇ」
「…………お前、何か隠しとるな?」
一人、訳知り顔のクリフをジト目で睨むネルソン。
「いいえ、別に?」
クリフは飄々とネルソンの視線を受け流す。その顔は、とても楽しそうに笑っていた。
その夜、夕飯をたくさん腹に入れてシャワーを浴びたウィルは、自分の部屋に戻ると電気を消してベッドに飛び込んだ。
手にはあの機械がある。薄緑色に光る画面の数字は、最初に見た時とほんの少しだけ違っていた。やっぱり、これは自分の知らない『何か』の位置を示している。
いつか、自分が強くなったら、この目で確かめてやるんだ。
何があるのかを。何が待っているのかを。
いつか、きっと。
ウィルは瞳を閉じ、やがて心地良い眠りへと落ちていった。
小さな手から零れ落ちた冒険の証は、淡い光を灯し続けている。
とある星の片隅で。
少年は旅立ちの日を夢見る。
まだ見ぬ『何か』に胸躍らせながら。




