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明かりに願いを、辞表に祈りを

作者: 幸京
掲載日:2026/04/01

「お疲れ様です。すみません、来月をもって辞めさせて下さい」

私はそう言って、辞表を仕事から戻って椅子に座ったばかりの部長に差し出す。

「えっ?いや、えっ、あー、え、本当に?何で?」

狼狽えながら、禿げ散らかした頭をハンカチで拭き部長は聞いた。

「あいつがやっと死んでくれたからです。これで怯えることなく、よく眠れるからです」

私はほっとした表情で答えると、部長はあー、と納得したようだった。

「そうか、あの犯人が。確か社長自ら尋問したんだよね」

それは尋問ではなく拷問であったが、私達の会社からしたら言い方一つだろうし、部長だってそれは分かって言っている。

「はい。そのため来月末で辞めさせて下さい。本当にお世話になりました」

私は頭を下げながら言う。

「はいはいはい、そうだよね。うん、そうだよね。はい、そうか~、確かここにきて10年くらいかな?」

部長は辞表を受け取ることなく、私を見ながらも時折天井を見上げて言う。

「そうですね。あの事件の目撃者となってしまってから、もう10年ほどですね」

私は嫌な予感がして、微笑みながら机に置いた辞表を滑らせ、より部長に近づける。

「うんうん、そうだそうだそうだった。あの事件、あいつも逃げ切れるとでも思っていたのかね~」

部長は辞表を一目だけ見てから立ち上がり、私に背を向けて窓から夜景を見る。日付が変わったばかりでも、ビル群の窓からはあちこちで明かりが付いてる。

「それではこちらを宜しくお願いします」

埒が明かないと思った私は頭を下げ、辞表をそのままにして仕事の準備をするため自分の机に戻る。

「ちょっとちょっとちょっと、まってまってまってよ~。いやいやいや、困るよ~、分かるでしょう。今、木原さんに辞められたら会社が傾くよ、下手したら潰れるよ」

部長は困った顔をして早足で私の机に来ると、今度は私が部長を見上げる形になった。

「そんなわけありませんよ。部長もいるし、松本君も武田君も育ってきたし。何よりこの会社には社長がいます」

私は仕事相手の情報確認と使う道具の手入れをするふりをしながら答えるが、こんな大事なことを片手間にやるわけがない。もう話すことはないという決意の表れだ。それでも部長はしつこい。

「ちょっとまってよ~。僕なんて木原さんに比べたらもう全然だよ。松本や武田はまだまだ危うい。社長はもちろん別格にしても。よし分かった、希望は分かりましたので、一旦持ち帰って、ねっ?」

私は部長を見上げる。

「ごめん!じゃ、じゃあ、三ヶ月後!ねっ、いやこっちだっていきなりだったから、それは困るよ~」

私はため息をつく。あの殺気を受けながら、まだ妥協案を出せるあたりこの人もやはり凄い。そこらの同業者ではものを言うことさえも出来ないだろうに。

「いきなりではありません。元々この会社へ就職したのも、警察は当てにならないし、あいつに殺されそうになった時に自分で自分の身を守るためだと、出勤初日にそう挨拶しました」

その時にいた社員は、社長を除けばもう部長だけだ。あの時はまだ平社員だったけど。

「も、も、もちろん覚えているけどさ。今の木原さんならあの程度、簡単に片づけられるでしょう。だからもういいのかなって」

もっともな事を言うがそう簡単な話ではなかったのだ。おそらく唯一の目撃者であった私は報復が怖くて警察には何も言っていない。そんな私から話を聞いた会社は、所在地は分からずも犯人の写真と個人情報を入手していた。そして、一ヶ月前に別の仕事で海外にいた職員が偶然、現地で隠れるように暮らしていたあいつを見つけた。送信された写真や動画を見た瞬間、私は震えが止まらなくなった。体格に恵まれただけの力自慢。あの日、目が合っただけの大学生に因縁をつけ殴ると、頭部がコンクリート塀の角に当たり殺してしまったただのバカ。今の私なら問題ないことは社長からも言われ、好きにして良いとの許しが出たが、私は自身が勤める会社に依頼した。

動画では社長による尋問、もとい拷問が行われていた。事件当日、目撃者はいなかったのか?という質問に、夜中であり被害者が動かなくなると怖くなり必死で逃げたから分からない、ニュースで目撃情報がないとやっていたが警察の情報操作を疑っていた、と。両腕両足の骨を折られ、20本の指を潰された後、椅子に縛られ質問に答える以外、呻き声でも勝手に出せばどうなるか、それを体に充分理解させられた状態で、痛みに耐えながら許しを請うように答えていた。それを聞くと社長はあいつの頭部を銃で打ち抜き、その頭部を切り取ったあと、それをこちらに見せて動画は終わった。

この10年、お互いに怯えて過ごしていた。

私は殺人犯に、あいつは目撃者に。

ともかくこれで10年に及ぶ私の悪夢は終わった。

「ようやく、終わったんです」

私はほっと一息つくとパソコンを操作する。もう部長に話すことはない。

部長はそんな私を見ると「どうすんの~、もう~、新人は消されるわ、逃げるわ、使えないわで~」と言いながら自分の机に戻っていくとスマホが鳴り慌てて出る。

「え?はい、あ~あ~、そうですか。いや、それよりもこっちの方が大変です。はい、木原さんが来月で辞めると言っています。・・・い、いや、もちろん、お、覚えていました。はい、はい、はい・・・」

最後の方は声が小さくなり、通話が終わると部長が半泣きになりながら言う。

「木原さん、社長からさっき武田が死んだって。ほらぁ~あいつはまだまだ危ういって言ったでしょ。どうすんの、まだまだ仕事が溜まっているんだよ~」

「知りません」

私はそう言いながら何気に窓を見るとビルの明かりが一つ消えた。お疲れ様でした。私はそう呟く。

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