王太子に浮気されて捨てられました。ですが、捨てる神あれば拾う神もあるようです。私がいなくなって大変のようですが、拾ってくれた人のもとで頑張りますのでもう絶対に戻りません!
「メリッサ! 今日をもって君との婚約は破棄させていただくよ!」
カル王子に、突然自室に呼び出された私は婚約破棄を宣告された。あまりにも唐突だったこともあり、開いた口が塞がらない状態になってしまう。
婚約を破棄される理由が全くと言って分からなかったからだ。
別に私は怠惰なわけでは決してない。聖女として王都の結界を張るのは当然として、軍隊の装備の点検、執務の処理、教会との連携。
その全てを私がこなしていた。
普通はこんな数の仕事を一人でこなすなんてしないのだが、私が所持しているスキルが数多くあり、それを受けて王命で仕事をしていた。
なのに……こんなことを言われるなんて。
「あの……理由を聞いてもいいですか?」
せめて理由だけでも、そう思って尋ねる。すると、カル王子はニヤニヤとしながら一人の女性の名前を呼んだ。
「エレン! 来たまえ!」
私は「エレン」という女性の名前を聞いてゾワゾワする。恐る恐る扉を眺めていると、なんとも誇らしそうに部屋に入ってきた。
「ごめんね、メリッサ。あなたの婚約者、奪っちゃった」
そう言いながら、ぎゅっとカル王子に抱きつくエレン。
彼女は……宮廷に仕えるもう一人の聖女だ。私よりも所持スキルは少なく、できる業務も結界を張る程度のこと。それもかなり不安定なものだ。
しかし彼女は抜群に顔がよかった。
どんな男でも彼女が迫ってきたら、すぐに負けて恋をしてしまう程には美しい身なりをしている。
ただし……性格はクズではあるが。
カル王子はにやりと笑い、声高らかに宣言する。
「つまり! 私たちは真実の愛を知ってしまったのだよ! もう、残念ながら……」
そう言って、カル王子は私を睨めつけてくる。
「お前を愛することはない」
どうやら、私がなんとかいって説得することはできなさそうだ。なんというか……呆れてしまう。
カル王子は女に弱い人だとは思っていたが、まさか女選びも弱いだなんて。
でも、まあいいか。私も私で宮廷の仕事には疲れていたし、これも良い機会かもしれない。
「カル王子。それじゃあ、私は宮廷から出て行くってことでいいですか? ほら、せっかく真実の愛を見つけたのに、私がいちゃ邪魔でしょう?」
私がそういうと、嬉しそうにカル王子が頷く。
「ああ! 邪魔だよ邪魔! ね、エレン?」
「そうですね! はい、じゃあさっさと出てって」
そう言って、またもぎゅっと抱きつき合う二人。
はあ〜……なんか私も冷めちゃったな。
私は楽しそうにしている二人を見て、「戻ってきてとか、絶対に言わないでくださいね」と言って出て行くことにした。
残念ながら返事は来なかったので、恐らくは理解しているのでしょう。
まあでも……仕事量の体感だと、宮廷の業務が破綻せずに持つ日数は、恐らく三日程度だろうが。
◆
荷物をまとめて宮廷の廊下を歩いていると、やけに私の後を着いてくる人間の姿があった。私はしばらく無視して歩いていたのだが、どうも気になったので振り返って聞いた。
「あの、誰ですか」
そこには、一人の男性がいた。黒髪に翡翠色の瞳、健康的な肉体をしている、まあ美しい人だと思う。
「すまない。少しばかり言い争いのようなものを聞いてな。何があったのか話でも聞こうと声をかけていたのだが、どうも考え事をしていたようで気がついてくれなくてな」
「それって……私のことですか?」
「ああ。君しかいないだろう、聖女様」
……本当に気がつかなかったな。まあ確かに今後のことについて考えていたが、わりと自分の中でも動揺してしまっているのだろうか。
それに、この男性。多分貴族の人間だ。下手な対応はできない。
「大変申し訳ありません。その、カル王子に婚約破棄を伝えられ、少しばかり気が動転していたのです」
あまりこういうことは言わない方がいいのだろうが、カル王子には多少なりとも恨みはあるので伝えることにした。これでカル王子の評価が下がっても私は知らない。
「君がか!? 宮廷の聖女の中でも、特に良い働きをしていると有名な君が……」
どうやら、私が仕事を頑張っていることを一部の人は認めてくれていたようだ。なんだか少しばかり嬉しい。実際に伝えられることなんてないからな。
男は、神妙な顔をしながら考える。そして、ふと思い立ったかのように私に提案してきた。
「ならば……どうだ。俺の領地に来てみないか。君みたいな仕事ができる人間を探していたんだ。突然の提案になってしまうから、断っていただいても構わない」
「りょ、領地ですか。ちなみに……お名前は?」
私はまだ彼のことを何もしらない。突然そんなことを言われると、少し動揺する。
「すまない。名前がまだだったな。レインだ。爵位は公爵。ちゃんと領地も持っている」
レイン公爵……聞いたことある名前だ。確か、そこから輩出されている軍人が優秀なことで有名で、宮廷でも高く評価されているところだ。
恐らくここにレイン公爵がいるのも、軍部関連で来ていたのだろう。
しかし、次なる働き先も探さねばならなかったのでちょうどよかったかもしれない。
「ええと……それじゃあ、私でよければ」
そう答えると、レイン公爵が一瞬目を輝かせて手を握ってくる。
だが、すぐに恥ずかしくなったのか顔を背けて手を離した。
「すまない。俺としたことが、あまりの嬉しさで」
「いいんですよ。よろしくお願いいたしますね」
◆
馬車に乗り、レイン公爵領へと向かっている私たち。さすがは公爵というだけあって、馬車は貸し切りだ。
二人きりの馬車内で、レイン公爵がちらちらと私の方を見てきている。最初は何も思っていなかったが、あまりにも激しいのでさすがに聞いてみることにした。
「私の顔、何かついていますか?」
レイン公爵はごまかすように咳払いをした。
「いや……その、なんだ。遠目からは見たことがあったが、間近で見ると整った顔立ちをしているなと思ってな」
そんな言葉を聞いて、私は苦笑してしまう。
「なんですか。突然口説き文句みたいなことを言って」
「すまない。ただそう思っただけなんだ」
なんていうか、この人は面白い人間だ。噂では、レイン公爵は強面だとか冷徹だとかそんな話も聞いたことがあるが、全然そんなことはないな。
「でも、そんなこと言って。レイン公爵は婚約者の一人くらいはいるんでしょう?」
「……いや、いない」
あら……そんなこともあるんだ。貴族とか王族は、幼少期から婚約者くらいはいると思うんだけど。
ということは……さっきのは本心?
なんだかそう考えると、恥ずかしくなってきたな。
「レ、レイン公爵。私、領地のお仕事頑張りますね」
私は恥ずかしくなって、ごまかすようにそんなことを言った。
「期待している」
そう言ったレイン公爵の頬は、少しばかり赤く染まっていた。
◆◆◆
メリッサがいなくなって数時間後の宮廷にて。定期的に行われている軍の装備点検の時間がやってきていた。
しかし、どこにもメリッサの姿が見当たらない。
焦った軍関係者は使用人に連絡を取り、慌ててカル王子を探しに行かせた。
「カル王子! メリッサ様は!?」
カル王子はなんともない表情で、使用人に言い放つ。
「メリッサ? あいつは追い出したよ。なんせ、婚約破棄をしたのだからな」
その言葉を聞いて、使用人の顔が真っ青になる。
「な、なぜそのようなご勝手なことを!! メリッサ様がどれだけ我が国家に必要な存在かをご理解しているでしょう!?」
大慌てな使用人を見て、意味が分かっていない様子のカル王子。
「それなら、エレンにやらせればいいじゃないか。彼女が新しい僕の婚約者なんだ」
「エレン様にはできません! カル王子……このままでは、我が宮廷は……!」
「どうなると言うんだ?」
使用人は今にも泡を噴いて倒れそうになりながらも答える。
「我が宮廷の業務は——数日もすれば破綻します!!」
使用人の言葉を聞いて、ぽかんとするカル王子。
「は……?」
しかし、次第にカル王子は理解する。自分がやってしまった、あまりにも愚かな判断を。
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