無数の目を斬り払え
無数の眼が僕を睨みつけていた。
一つ残らず、僕の動きを読み切ろうとしている。剣を振りかざしても、避けられる。踏み込んでも、迎撃される。
なら――逆をやればいい。
僕は剣を下げた。
戦う意思を失ったかのように、ただ立ち尽くす。
「セージ君!?」
「なにやってるの!」
リンカやルミナスの声が焦りに震える。
だが僕は応じない。ただ、迫り来る気配を見据えた。
――未来を読むなら、これも“見えている”んだろ?
眼が一斉に蠢いた。
枝のように伸びた槍が幾重にも迫り、僕を串刺しにしようとする。
瞬間。
「……放つ!」
ためておいた【カウンターダメージ】を一気に解き放つ。
殺到した枝や槍が反転し、逆に自分たちの方へ弾き返される。爆ぜる衝撃が森を揺らし、眼がざわめいた。
「……未来が……乱れた?」
不気味な囁きが聞こえた。
「未来は一本じゃない。無数に揺らいでる。だったら、揺らせばいい」
僕は息を吐き、剣を握り直した。
すかさず仲間たちも動く。
リンカは矢をつがえ、狙いを定める――かと思えば、真下へと放った。地面に突き立ち、土煙が舞い上がる。
「隠すんだよ、未来を!」
ルミナスは炎をためる……が、途中でわざと魔力を霧散させた。
轟音と爆風だけが残り、空気を乱す。
「読めるもんなら、読んでみろ」
セレスは祈りを紡ぎ、光を呼ぶ。
だが癒しは誰にも降り注がず、虚空へと流れ込んでいった。
何もない場所に祝福が灯り、幻のように揺らめく。
「これは……幻惑……?」
眼の群れがざわついた。
未来予知が、揺さぶられている。
僕は剣を振りかぶり、呼吸を整える。
「――この一瞬が、勝機だ」
無数の眼が僕を凝視する。だがその視線には、ほんの僅かな迷いがあった。
僕は全身の力を込めて踏み込んだ。
未来を読む眼が僕を捕らえる――だが、すでに揺らいでいる。
「いまだっ!」
リンカの矢が、枝のような槍を逸らす。
ルミナスが放った氷の槍が、狙いを外したように見せかけて枝を砕く。
セレスの光が揺らめき、僕の影を複数に分身させる。
「……どれが……本物……?」
千の眼がざわつき、視界が乱れていく。
その一瞬。
僕の剣が届いた。
鋭い斬撃が、眼の群れを貫いた。
黒い液体が飛び散り、森の空気が震える。
「ぐっ……! ありえぬ……!」
老人のような声が軋み、無数の眼が同時にぎょろりと動いた。
だが傷は浅い。
ほんの一部を斬ったに過ぎない。
それでも――未来を凌駕できる、と証明した一撃だった。
「やれる……! 未来なんて、絶対じゃない!」
僕の叫びに、仲間たちの顔が一斉に輝く。
「セージ君!」
「ルミナス、まだまだやれる!」
「……神よ。次こそ導きを」
全員の声が重なり合い、力が広がっていく。
無数の眼が一斉にぎょろりと動いた。
空気が張り詰め、数千の視線に同時に見下ろされる感覚に、背筋が冷たくなる。
「……視えたぞ。確定した未来だ」
無数の声が重なったような不気味な響きが、森を満たした。
『その剣は振るわれるが届かぬ。仲間の血が地に落ち、貴様は膝を折る』
僕の手に汗が滲む。握った剣が、ほんの少しだけ重く感じられた。
未来を否定する言葉。それはただの脅しじゃない。僕の動きが読まれている。
ほんの一歩踏み込んだだけで、眼が瞬き、進む先の全てを見透かされているようだった。
「セージ君!」
リンカの矢が放たれる。しかし、森の影から伸びた幻像の手に弾かれ、枝に突き刺さった。
「……未来に抗う無駄な試み。無様だな」
ルミナスが両手を掲げ、火と氷を同時に生み出す。
「ドカンでガチーン。未来なんて燃やして凍らせる!」
だが渦巻く魔力は、無数の眼に吸い込まれるように霧散していった。
セレスが震える手を胸に当て、祈りを放つ。
「光よ、彼らを守りたまえ!」
けれど、その眼はすでにその光を先読みしていたかのように、幻影の群れを動かし、光を無効にしてみせた。
僕の仲間たちが必死に動いても、全てが「読まれている」。
胸に焦りが広がる。
(……何をためればいい? 攻撃力? 速度? それとも回数? どれも先読みされるなら、意味がない……)
思考が巡り、汗が背を伝った瞬間――システムの声が頭をよぎった。
――――――――
《システムメッセージ》
条件達成。
【加速】と【攻撃回数】の同時ため解放が可能です。
――――――――
(同時ため……?)
胸の奥に灯がともる。
まだ未来は決まっちゃいない。
読まれている未来ごと、振り切って――
僕は息を呑み、剣を構え直した。
脳裏に響くシステムメッセージ――【加速】と【攻撃回数】の同時ため。
(未来を読まれるなら、その未来を超える速度と数で叩き潰す!)
僕は呼吸を整え、一気に意識を集中させる。
次の瞬間、筋肉と神経に稲妻のような衝撃が走った。
――ドンッ!
大地を蹴った瞬間、視界がぶれる。加速の力で、風そのものを引き裂くような速さ。
そして振り下ろす剣は一度では終わらない。ため込んだ【攻撃回数】が解放され、同じ瞬間に何十、何百もの斬撃が奔流のように叩き込まれていく。
「馬鹿な……視えていたはず……!」
無数の眼がぎょろりと動き、僕の軌跡を追おうとする。だが追いつけない。
未来視が意味を失うほどの速度と連撃――“想定外”そのもの。
斬撃が靄の幻影を切り裂き、次々と霧散させていく。
枝を這っていた影も、足元を絡め取ろうとしていた手も、一瞬で霧散して消えた。
「セージ君!」
リンカの声が背を押す。
彼女の矢が僕の連撃に重なるように放たれ、残った影を縫い止める。
ルミナスがすかさず炎を重ねる。
「ほら見た! 未来よりドカンドカン!」
爆ぜた炎が霧の残骸を焼き尽くした。
セレスの祈りが、眩い光となって広がる。
「神よ……どうか、この一瞬を!」
僕の足取りを包むように、光が守りを築く。
振り返れば、仲間たちが息を合わせ、未来を読まれながらも“想定外”を重ねていく。
その中心で、僕はただ前へと踏み込む。
「未来なんて、決まってない!」
叫びと共に最後の一閃を叩き込み、影の群れが一斉に弾け飛んだ。
靄は悲鳴を上げるように揺らめき、やがて霧散していく。
……だがその最奥で、ひときわ強い視線が残っているのを僕は感じた。
まるで「まだ終わらぬ」と言わんばかりに。




