聖女の告白と新たなる光【第3部 完】
復興に沸くタブリンス領都の広場。
簡易取引所では、エリス・ミルミハイドが次々と人々の声に応じていた。
「はい、順番にお願いします。こちらで配給をお受け取りくださいませ」
商会の令嬢らしい気品ある所作に、領民たちは自然と安心を抱く。
背後では、アンナが無表情のまま人混みを見渡していた。
「エリス様。列の整理、完了いたしました。不審者はおりません」
「ありがとう、アンナ。あなたがいてくださるから、私は安心して働けますわ」
二人のやり取りは、自然で息が合っている。
◇◇◇
そんな中、僕が様子を見に訪れると、アンナがすっと振り返った。
「セージ様。お疲れさまでございます」
「……ああ。二人とも順調みたいだな」
「はい。ただ――報酬を頂戴したく存じます」
「ほうしゅう?」
「はい。……ご褒美の口づけを、所望いたします」
ざわっ、と空気が揺れた。
領民たちの耳に届き、皆が驚きと好奇の目でこちらを見ている。
「それはナイスなアイデアですわ♡ 英雄様に甘えるくらい、許されますでしょう?」
「え、えぇっ!?」
領民の間から笑い声が起こる。
普段は冷静沈着な商会令嬢と、その無表情なメイドが、そろって英雄を誘惑している――その意外さに、空気は柔らかくほぐれていった。
◇◇◇
取引を終えて、人混みが落ち着いた後。
エリスは小さく息を吐き、僕の隣に並んだ。
「うふふ♡ 少し大胆すぎましたかしら」
「いや……驚いたけど。エリスがそんなふうに言うなんて」
「ふふ……でも、冗談だけではありませんのよ」
彼女は艶やかに微笑み、アンナに目をやった。
アンナも無表情のまま頷く。
「エリス様と私は常に一心同体。ですから、今夜も――」
「……セージ様。どうか覚悟なさってくださいませ?」
エリスとアンナの声が重なり、僕は思わず赤面する。
その様子を見て、再び領民の笑いが広がっていった。
◇◇◇
夜の教会跡。
セレスは一人、崩れた祭壇の前で祈りを捧げていた。
かつてベアストリア教団が支配した場所。だが今は、静かな風が吹き抜けるだけだった。
「……神よ。私は、まだ未熟です。それでも、人々は私を『聖女』と呼ぶ……」
彼女の声は震えていた。
領民の前では毅然と振る舞う。だが心の奥では、自分がその期待に応えられるかどうか、恐怖と不安に揺れていた。
そんな彼女に、背後から声が届く。
「セレス。こんなところにいたのか」
「セージ様……」
振り返ったセレスの瞳には、涙が光っていた。
「私は……ただの人間です。聖女などと呼ばれる資格は……」
「資格なんて関係ない。君は人々を救い、祈り続けてきた。それが真実だ」
セージが差し伸べた手に、セレスは震える手で重ねる。
その瞬間――フィーリングリンクの光が強烈に脈打った。
――――――――――
《システムメッセージ》
【フィーリングリンク】の共鳴度が最大に到達しました。
新能力【生命循環】を獲得しました。
――――――――――
眩い光が二人を包む。
セージの胸に、仲間たちの鼓動や体温が流れ込むような感覚が広がった。
そしてセレスは悟る。
「……これは……人々の命を、共に背負う力……」
セージは静かに頷いた。
「そうだ。俺一人のためじゃない。みんなのために生まれた力だ」
セレスは涙を拭い、真っ直ぐにセージを見上げた。
「……セージ様。私は聖女としてではなく……一人の女として、あなたの隣に立ちたい」
「セレス……」
その言葉に、フィーリングリンクの輝きがさらに強くなり、夜空に一本の光柱を描いた。
それはまるで、新しい時代の夜明けを告げる「黎明の聖樹」の芽生えのようだった。
祝祭の余韻が静まり、夜風が涼やかに吹き抜けていた。
喧騒から少し離れた丘の上――そこに、ひっそりと墓が佇んでいる。苔むした石碑。刻まれた名は、僕の最愛の母。
「……母上。ただいま」
花を供え、膝をつく。領都の混乱が落ち着いた今、この場所に来なければならないと感じていた。
かつて僕を庇い、蔑まれながらも強くあろうとした母。あの日の無念を晴らすように、ゴルドールは討ち倒した。
けれど、胸の奥の痛みは消えない。僕の力がまだ弱かったせいで、母を守れなかった事実は永遠に変わらないからだ。
「……母上。僕は、やっとここまで来ました」
声が震える。けれど涙は見せない。
「追放された“地味なスキル”は、仲間たちのおかげで最強の力になった。……だからもう、誰も奪わせない。僕の仲間も、領民も、家族も」
背後から足音が近づく。
振り向けば、リンカ、ルミナス、セレス、そしてミレイユたちが、静かに並んで立っていた。
誰も言葉はかけない。ただ、寄り添うようにそこに居てくれる。
――僕はひとりじゃない。
「母上。これからも見ていてください。必ず……必ず、もっと大きな未来を切り拓いてみせます」
夜空を見上げる。無数の星々が瞬き、風に花弁が舞った。
まるで母が「行きなさい」と背を押してくれているように。
こうして、タブリンス領の戦いは幕を閉じた。
だが――七魔将の影は、まだ世界に残っている。
新たな試練の始まりを予感しながら、僕は剣を握りしめた。
~第3部 完~




