領民の歓喜
ゴルドール・タブリンスが倒れた――。
その報せは風に乗り、領内を駆け巡った。
「本当に……あの暴君が、いなくなった……?」
「信じられねえ……夢じゃないのか……!」
領都の石畳に、領民たちが次々と集まる。
誰からともなく歓声があがり、涙を流す者、互いに抱き合う者――抑え込まれていた感情が、一気に解き放たれていった。
その視線が、広場に立つ黒髪の青年へと集まる。
仮面を外したばかりのその姿は、戦場の塵と血を纏いながらも、どこか気高く見えた。
彼の傍らには青髪に変装した銀狐族のリンカ、炎を纏うルミナス、光を宿す聖女セレス。仲間たちが肩を並べていた。
「英雄だ……! 我らを救ってくださった英雄様だ!」
「名前を……お名前を教えてください!」
押し寄せる歓声に、セージは一瞬言葉を失った。
(僕は……ただ追放され、流れ着いた先で剣を取っただけだ。それが“英雄”なんて……)
そのとき、群衆の中から、震える声が響いた。
「……あなたは、やはり……セージ様ではありませんか?」
人々の視線が一斉に揺れる。
銀狐族の娘を助け、数々の村を救った青年――その噂を人々は耳にしていた。
追放されたあの御曹司こそが、本当は……。
セージは深く息を吐いた。
ここで否定しても、もう隠すことはできない。人々が信じ、縋ろうとしているのなら――。
「……ああ、そうだ。僕の名はセージ・タブリンス」
その言葉に群衆はどよめき、誰もが驚愕の顔を見せた。
だが次の瞬間――
「セージ様ぁああ!」
「やはり……! 本物のセージ様だ!」
「俺たちを捨てなかった……!」
涙と歓声が混じり、地鳴りのように広がっていった。
セージは剣を掲げ、人々を見渡す。
「僕は……かつて父に追放された。『地味なスキルはいらぬ』と切り捨てられた。だが、こうして立っているのは仲間がいたからだ。そして皆が勇気を捨てなかったからだ」
人々の瞳が潤む。
虐げられた日々を思い出しながらも、今は解放の歓喜に揺れる。
ルミナスが隣で炎を掲げる。
「そう! 地味とか言ったやつ、見る目なさすぎ! こいつは最強だ!」
子供たちが「セージさま!」と叫び、笑いながら駆け寄る。
セレスが静かに祈りの言葉を紡ぐ。
「人を見捨てぬ心が……真の聖性を呼び起こすのです」
リンカは弓を肩にかけたまま、誇らしげに微笑んだ。
「これでやっと……本当のあなたを、皆に見せられたね」
英雄の名を取り戻した青年に、領民たちが涙ながらに頭を垂れる。
セージは剣を下ろし、静かに心に刻んだ。
(もう、戻ることはできない。だが……僕の居場所は、ここにある)
領都の大通り。
石畳の両脇に集まった人々が、花びらを撒き、歓声をあげていた。
「セージ様だ!」
「解放の英雄、セージ様が帰ってこられた!」
「ありがとう、ありがとう……!」
声は次第に大合唱となり、空にまで届くようだった。
僕は剣を腰に下げ、仲間たちと共にゆっくりと歩みを進める。
頭上から降り注ぐ花びらが、黒髪に舞い落ちるたび――胸の奥にこみ上げるものがあった。
(こんな日が来るなんて、思いもしなかった……。追放された僕が、こうして人々に迎えられるなんて)
視線を横にやると、リンカが青髪のまま誇らしげに歩いている。
その表情には「ようやく報われた」という静かな安堵がにじんでいた。
ルミナスは腕を組み、炎の揺らめきを背後に立ちのぼらせながら、得意げに笑う。
「どうだ、見たか? セージは英雄、当然の結果。ふんすふんす」
からかい混じりの声に、群衆がさらに湧き立つ。
セレスは白衣を翻しながら、祈りの言葉を捧げていた。
その光に包まれた子供たちが手を伸ばし、「聖女様だ!」と無邪気に叫ぶ。
後方では、解放軍の兵たちが整然と列を成し、堂々と進軍していた。
レイシスが槍を高く掲げ、規律正しく足並みを揃えさせる。
農民兵だった者たちが今は胸を張り、立派な解放軍の戦士として誇りを抱いて歩いている。
その姿に、領民の涙がまた溢れる。
「俺たちにも……誇れるものがあるんだな」
「この日を待っていた……」
群衆の間から、震える声が届いた。
「セージ様……領主に戻ってください! 私たちを導いてください!」
「あなたこそ、本当の領主だ!」
歓声が広がり、賛同の声が次々と重なっていく。
僕は足を止め、剣の柄に手を置いた。
「僕は……追放された身。領主として戻る資格はない」
静かに告げると、人々は一瞬息を呑む。
だが続けて、僕は胸を張った。
「けれど、皆を守るために剣を取った。その決意に嘘はない。僕は英雄として、皆と共に歩む」
その言葉に、群衆が爆発するように沸き立った。
「セージ様あああ!」
「英雄こそが我らの希望だ!」
子供たちが走り寄り、花束を差し出す。
僕はそれを受け取り、小さく笑った。
(戻れない過去はある。けれど……今を生きる僕には、共に歩む仲間と、人々がいる。それだけで十分だ)
本当はゴルドール・タブリンスに母上を侮辱したことを謝罪させるのが目的だったけど、この領民達の笑顔を見ていたら、そんな事はどうだってよくなった。
凱旋の行進は続いていく。
解放の英雄としての新たな一歩を刻みながら――。
先頭を行くのは、整列した解放軍の若者たちだった。
ぎこちない足並みを、誰かが鋭い声で整える。
「列を乱すな! 胸を張れ! 我らは敗北を知らず、この地を解放した軍だ!」
その声に従い、農民兵たちは不器用ながらも誇らしげに胸を張った。
列の後方では、ミレイユが食料袋を抱えて領民に分け与え、シャミーが子供たちと笑い合っている。
それを見て、泣き笑いする母親たちの姿。
市場で荒んでいた人々が、少しずつ「生活」を取り戻しつつある光景に、僕は胸が熱くなる。
◇◇◇
凱旋の列が領都の大門に差しかかった瞬間――。
群衆の中から、ひときわ大きな声が響いた。
「タブリンスの名を捨てても、我らの英雄はセージ様だ!」
その叫びを皮切りに、城壁を埋め尽くすほどの歓声が巻き起こる。
「英雄セージ!」「解放者!」――幾千もの声が空を震わせた。
僕は立ち止まり、剣を高く掲げた。
光を反射する刃に、人々の視線が集まる。
「僕は……タブリンス家の人間としてではなく、一人の戦士としてここにいる!」
「けれど皆を守るためなら、何度でも剣を取る! ――この領地は、もう暴君のものじゃない!」
声を張り上げると、歓声が爆発のように広がった。
花びらが舞い、涙が流れ、笑顔があふれる。
その中で、リンカが弓を軽く掲げ、ルミナスが炎の光を夜空に描き、セレスが祈りの光を広場いっぱいに広げた。
仲間たちの力が、解放の証として領民の胸に刻まれていく。
けれど――心の奥で、僕はまだ冷静さを失っていなかった。
(これで終わりじゃない。……七魔将も、教団も、まだ残っている)
人々の歓喜の中、僕は胸の奥で静かに誓う。
この地を守り抜くまで、英雄と呼ばれることに甘えるわけにはいかないのだ。




