領都・潜入
村を発って数日。僕たちはタブリンス領都を目指し、東の街道をひた走っていた。
焼け落ちた集落や、見捨てられた畑。行き交う人影はなく、風に乗って漂うのは灰と血の匂い。
「……ひどいね」
青髪に変装したリンカが眉を寄せる。彼女の耳がかすかに震え、【分析】で周囲を探っているのが分かる。
「市街から逃げ出そうとした人も……捕まって、処刑された跡がある」
吐き出すような声。僕は無言で剣の柄を握り直した。
「領主館が……遠くからでも分かるな」
ルミナスが指さす先、石壁に囲まれた領都の高台に、かつて誇らしかった白亜の館が見えた。だが今は、黒煙を吐き続ける不気味な塔のようだ。
「中から……禍々しい魔力が漏れている」
セレスが胸元を押さえ、苦しげに眉をひそめる。
「聖女としての直感で分かります。あれは……人の業だけではない。教団の気配です」
嫌な予感は確信に変わった。
村を襲った尖兵はただの先触れ。領都の地下で何かが進んでいる――。
領都に到着した僕たちは、幻色の腕輪で正体を隠したまま、人混みに紛れて城下町へと入った。
街路は荒廃し、店は半ば閉ざされ、衛兵が民衆を鞭打つ姿がそこかしこにあった。
人々の目に生気はなく、ただ恐怖と飢えだけが漂っている。
「……これが、僕が生まれ育った街の末路か」
胸の奥に、言いようのない苦味が広がった。
リンカが耳を震わせ、小声で告げる。
「索敵範囲に、不自然な空白がある。……隠し通路か、地下施設だと思う」
「やっぱりか」
僕は仲間たちに目配せする。
領主館の奥深く――そこにある“何か”を止めなければ、もう領地は戻らない。
◇◇◇
夜霧が濃く漂い、領都の城壁は影のように黒々とそびえていた。
数百の兵が行き交う正門は、当然ながら固く閉ざされている。真正面から突っ込めば、一瞬で潰されるだろう。
「正面は無理だね」
青髪に変装したリンカが弓を抱え、低く呟いた。
彼女の瞳に淡い光が宿る――【分析】だ。
「……東側、城壁の下。地下水路の入口を見つけたわ。兵の巡回は手薄。そこからなら潜り込める」
「よし。潜入組は俺たちで行く。他の者は城外で兵を引きつけろ」
僕の言葉に、農民兵たちがざわついた。
「で、でも……俺たちに兵を相手にできるのか?」
その不安を払うように、ルミナスが炎を掲げる。
「ルミナスが大火を演出する。恐れずに声を上げる。混乱さえ生めば、それで十分……」
セレスも静かに手を差し伸べた。
「恐れないで。皆さんが立ち向かえば、この光が必ず護ります」
柔らかな聖光が広場を照らし、人々の震えを和らげていく。
潜入組――僕、リンカ、ルミナス、セレスは、城壁東の水路口へと忍び寄った。
苔むした石造りの格子をこじ開けると、湿った風が吹き抜ける。
「……嫌な匂い。待ち伏せの気配がする」
リンカの耳が動く。
次の瞬間、闇の奥から人影が飛び出した。黒い仮面の尖兵だ。
「来るぞ!」
僕は即座に剣を抜き、【重ね斬り】を解放。
一閃ごとに光の軌跡が連なり、迫る尖兵を三人まとめて斬り払った。
矢が追撃し、残りの敵の頭を正確に射抜く。リンカの矢は一発たりとも無駄にしない。
「燃え尽きろ――《ファイア・ランス》!」
ルミナスの詠唱が闇を裂き、炎の槍が敵を貫いた。水路の壁に火花が散り、黒い靄が消え去る。
セレスは結界を張り、背後の安全を守る。
「大丈夫、前へ進みましょう!」
◇◇◇
水路を抜けると、城内の裏庭に出た。
石畳はひび割れ、月明かりが静かに差し込んでいる。
「……門を開けられる仕掛けがあるはずだ」
僕が周囲を探ると、リンカが小声で告げた。
「見つけた。地下通路と繋がる滑車装置。……でも、兵が詰めてる」
「なら、ひと暴れしてもらおうか」
ルミナスが笑い、氷と炎を同時に生み出す。
――轟音。通路が凍りつき、次の瞬間には火炎で爆ぜた。驚いた兵が倒れ込み、その隙に仕掛けを操作する。
ごうん、と鈍い音を立て、遠くの城門が開き始めた。
◇◇◇
外で待機していた農民兵たちが一斉に突入する。
「うおおおおっ!」
「今だ、城を攻めろ!」
松明を掲げ、鍬や鎌を振り上げる姿は決して洗練された兵士の姿ではない。
だがその勢いは本物だ。城下に流れ込み、兵とぶつかり合う。
僕たちは回廊を駆け抜け、大広間へと向かう。
通路では重装騎士団が盾を並べて待ち構えていた。
「退けぇっ!」
僕は剣を掲げ、【破魔斬光陣】を発動。
眩い光が十字に広がり、騎士たちの盾を粉砕して吹き飛ばす。
「凍りつけ――!」
ルミナスが通路を凍らせ、敵の動きを止める。
「光よ、皆を護って!」
セレスが祈りを重ね、背後から突撃する農民兵を守る。
剣戟と怒号が飛び交う中、僕たちは突き進む。
やがて、重厚な扉の前に辿り着いた。
金と黒の装飾が施された、その奥には――領主ゴルドールとマハルが待ち構えているはずだ。
「ここまで来たか……」
僕は深呼吸し、剣を握り直す。
「みんな、覚悟はいいか?」
「もちろん」
「ルミナスは暴れる準備できてる」
「……ええ、絶対に負けません」
三人の言葉を背に受け、僕は扉に手をかけた。
重い音を立てて開かれる大広間の扉――。
そこには、玉座に座り憤怒に染まったゴルドールと、その傍らで剣を構えるマハルの姿があった。
――決戦の幕が、今開かれる。




