市街戦
尖兵の一団を退けた広場に、まだ炎と煙が残っていた。
だが安堵は長く続かなかった。
「……まだ来る!」
リンカの声に僕らは即座に反応した。
【分析】で広域を探った彼女が、迫る敵の気配を察知したのだ。
「四方から……数は三十以上! 市場だけじゃない、路地にも散ってる!」
「ちっ……完全に市街戦か」
僕は剣を構え直し、仲間へ目配せする。
「全員、散開! 住民を守りつつ迎撃するぞ!」
◇◇◇
怒号と悲鳴が入り乱れる通り。
瓦礫を踏み越え、黒い仮面をつけた尖兵たちが群れを成して押し寄せてきた。
その姿は人間の形をしていながら、目には理性の光がなく、ただ殺戮の衝動に突き動かされているだけだった。
「来させない!」
リンカの弓から、氷の矢が雨のように放たれた。
正確無比な射撃が、敵兵の武器を弾き、足を止める。
背後から迫る影を、ルミナスの詠唱が薙ぎ払う。
「燃え尽きろ――《フレイム・スパイラル》!」
地面を走る火炎の渦が、敵陣を飲み込んで爆ぜた。
吹き飛ばされた尖兵が瓦礫に叩きつけられ、黒煙となって消える。
「この方角は私が守ります!」
セレスが叫び、結界を展開。
通りに逃げ惑う人々を光の壁で守り、怯えた子供を抱き寄せる母親たちを庇った。
祈りを込めるたびに、彼女の額から光の粒が散り、温かな空気が広がっていく。
「任せろ……!」
僕は前衛に立ち、【重ね斬り】で迫る敵兵を次々と斬り伏せた。
斬撃の軌跡が連なり、光の帯となって広がっていく。
たった一閃で三人まとめて吹き飛ぶ様に、領民たちは目を見開いた。
◇◇◇
通りの至るところで戦いが広がった。
冒険者たちも駆けつけ、斧や槍を振るって加勢してくれる。
「こっちだ! あんたら、領民を連れて下がれ!」
「英雄様に続けぇ!」
叫び声と共に、混乱の中に小さな秩序が生まれていく。
勇気を奮った若者が石を投げ、老人が子供を庇って走り抜ける。
燃え盛る街を駆け抜けながら、僕は叫んだ。
「皆、怯えるな! 俺たちが前に立つ! 絶対に守り抜く!」
返ってきたのは、恐怖に震えながらも必死に頷く人々の姿。
その瞳に、確かに小さな火が灯り始めていた。
◇◇◇
戦いは続く。
路地裏で、屋根の上で、火に包まれた建物の中で――。
仲間たちは散り散りに戦いながらも、心は常に繋がっていた。
【フィーリングリンク】を通して、互いの気配と想いが流れ込んでくる。
それは恐怖ではなく、確かな信頼と絆。
――この街は渡さない。
僕は剣を握りしめ、迫る敵の波を正面から斬り裂いた。
炎に包まれた街路を駆け抜け、剣を振り抜いた瞬間。
最後の尖兵が崩れ落ち、黒い靄となって消えていった。
「……終わったのか」
剣先から滴る血を振り払い、深く息を吐く。
まだ煙の匂いが充満しているが、敵の気配はない。
「……索敵、範囲内に反応なし。全滅したわ」
リンカが矢を収め、耳を伏せながら告げた。
彼女の尾は激しい戦いの余韻で小刻みに揺れている。
ルミナスは肩で息をしつつ、瓦礫の上に立って周囲を見渡した。
「ふぅ……焼きすぎた。けど、街は……守れた」
セレスは膝をついた母子の傍らにしゃがみ込み、祈りの光を宿した掌を差し伸べる。
傷口が癒え、母親が泣きながら彼女に頭を下げる。
「……ありがとう、聖女様……!」
その言葉に、セレスはただ小さく微笑み、「大丈夫です」と返すに留めた。
◇◇◇
広場は、まるで戦場の廃墟のようだった。
崩れた家屋、焼け焦げた市場、泣きじゃくる子供の声。
それでも――人々は生き延びていた。
「すごい……」
「本当に、尖兵を退けた……!」
「こんなこと、領主の兵でもできなかったのに……!」
怯えて隠れていた領民たちが次々と顔を出し、僕たちを見つめていた。
その瞳には、恐怖よりも――驚愕と、そしてわずかな希望が宿り始めている。
「……皆さん。安心してください。もう尖兵はいません」
僕が声を張ると、ざわめきが広がった。
「すごい……やっぱり……英雄様だ……」
「いや、でも……これで終わりじゃないだろう? 報復が来るはずだ」
「領都から兵が来れば、今度こそ……」
歓声と同時に、怯えた声も混ざる。
喜びと恐怖がせめぎ合い、場の空気は揺れ動いていた。
◇◇◇
その中で、一人の若い男が拳を握りしめて叫んだ。
「……もう、耐えられない! 税に苦しみ、奴隷に売られ、今度は怪物まで……! このままじゃ、どうせ死ぬだけだ!」
その声に、周囲の視線が集まる。
誰もが言いたくても言えなかった言葉を、彼が口にしたのだ。
「だったら……反乱しかねぇ! 立ち上がるしか、生き残る道はねぇんだ!」
一瞬の沈黙。
やがて、その言葉は波紋のように広がっていった。
「反乱……」
「解放……」
人々のざわめきの中で、震える声がぽつりと漏れた。
「……こんな時、セージ様なら……俺たちを助けてくれるんじゃないか……?」
その一言に、周囲の空気が揺れた。
「セージ様……?」「追放されたと聞いたけど……」「いや、でも……」
囁きが波紋のように広がり、恐怖に沈んでいた村人たちの瞳に、ほんのわずかな光が戻っていく。
ゴルドールやマハルが冷酷に領民を虐げてきた中で、ただ一人だけ――幼い頃の僕は、領民に寄り添おうとしていた。
その記憶が、まだ人々の胸に残っているのだろう。
胸の奥が熱くなる。
正体を隠している僕の前で、こうして「セージ様」という名が希望として語られるのは、喜びよりも苦しさが大きかった。
けれど同時に――背負わなければならない、と強く突きつけられる。
リンカが隣で小さく尾を揺らし、僕の袖を握った。
その瞳は「どうするの?」と問いかけている。
僕は深く息を吸い込み、村人たちを見渡した。
怯えと希望の狭間に揺れる瞳――。
その視線を受け止め、言葉を投げかけた。
「……名のある誰かじゃなくてもいい。大切なのは、皆さん自身が恐怖に屈しないことです。僕たちは、ただ生きるために戦う。……そのために、ここに来ました」
静寂のあと、涙を流しながら頷く者、拳を握る者が現れる。
その波はやがて広がり、焼け焦げた広場に、確かな熱を生み始めていた。




