決戦・烈火の魔将 中編
僕は剣を握り直し、フィーリングリンクを全開にした。
(ルミナス……僕の魔力を持っていけ。炎に打ち勝つ力を!)
胸の奥から、熱い奔流のように魔力が流れ出す感覚。リンクを通じて、ルミナスへと注ぎ込まれていく。
「……ああ……セージ、感じる。力……溢れる」
ルミナスの体を淡い光が包み込んだ。彼女の赤い瞳が一瞬だけ揺れ、炎でも氷でもない、新しい輝きがその中に宿る。
イグニスが嗤う。
「人間風情が魔族を強化するだと? 茶番もいいところだ!」
彼が振り下ろした大剣から炎の奔流が押し寄せる。だがルミナスは一歩も退かず、両腕を広げた。
「――氷と風……混ざる。ルミナス、新しい魔法、見つけた」
風が生まれた。炎を押し返す冷風。それに氷の粒子が溶け合い、極光のような光彩を帯びて渦巻く。
「《オーロラ・ストーム》!」
轟音と共に、光と氷と風が織り成す暴風が広間を埋め尽くした。炎の奔流がかき消され、代わりに極光の嵐が吹き荒れる。
虹色に揺れる光の刃が幾重にも走り、イグニスの鎧を削り取った。
「ぬううっ……!?」
炎に守られた魔将が、初めて防御を崩される。燃え盛るマントが切り裂かれ、黒鉄の鎧に深い傷が刻まれる。
僕はすかさず叫んだ。
「リンカ、今だ!」
「――任せて!」
彼女の弓から放たれた矢が、僕の魔力を纏い、氷の輝きを帯びて一直線に飛ぶ。ルミナスの《オーロラ・ストーム》が生んだ隙を突き、矢は鎧の歪みへと突き刺さった。
「グォオオオオッ!」
イグニスが苦悶の咆哮を上げる。炎の魔将が押されている――!
セレスが祈りを込めるように両手を合わせた。
「聖光よ、仲間に祝福を――《ホーリー・ブレス》!」
温かな光が僕たちを包み込み、疲労で重くなっていた体が軽くなる。
「セージ君! 今なら押し切れる!」
リンカが叫ぶ。
「ああ、ここで決める!」
僕は剣を振り上げ、力を溜め込んだ。
「――【破魔斬光陣】!」
光の斬撃が《オーロラ・ストーム》に重なり、広間全体を覆う閃光の奔流となった。炎を、闇を、呪いを切り裂き、烈火の魔将の巨躯を真正面から打ち据える。
爆発的な衝撃が響き渡り、広間の壁が崩れ落ちるほどの振動が走った。
光と極光の嵐が収まり、広間には焼け焦げた匂いが漂っていた。
ルミナスの《オーロラ・ストーム》と僕の【破魔斬光陣】が直撃したイグニスは、鎧を割かれ、燃え盛るマントもほとんど吹き飛んでいる。
だが――
「……ク、クハハハ……ッ! 人間ごときが、この俺をここまで追い詰めるか」
イグニスの声が低く響く。割れた鎧の隙間からは、熔岩のように赤熱した肉体が覗き、そこから炎が吹き上がっていた。
「だがなァ……本気を出していなかったとでも思ったかァッ!」
次の瞬間、広間全体が火柱に呑まれた。床から、天井から、四方八方から炎が噴き出す。
冒険者たちが「うわあっ!」と悲鳴を上げて退避し、石壁が真っ赤に焼け爛れていく。
僕は歯を食いしばりながら仲間を庇った。
「ぐっ……この威圧感……!」
「セージ君っ、避けて!」
リンカが氷矢を放つが、炎の壁に弾かれて溶け落ちる。
セレスが祈りを込めて光の障壁を展開するが、炎の衝撃でひびが走る。
「くっ……耐えきれません……!」
イグニスは愉快そうに吠えた。
「これぞ烈火の洗礼! 焼き尽くされるがいい!」
広間全体がまるで火口の中のように灼熱化していく。僕たちは押されていた。
さっきの反撃で一歩優位に立ったはずが、再び振り出し――いや、それ以上に追い込まれている。
レベルを上げるか……いや、もっとギリギリまで引きつけて、一気に振り抜く必要がある。
しかし――
「セージ……大丈夫。ルミナス、まだ戦える。氷、もっと強くできる」
ルミナスが真剣な眼差しで僕を見た。
僕はうなずき、フィーリングリンクを強く意識する。
「……よし。力を合わせれば、必ず突破口は開ける!」
リンカが矢を番えながら応える。
「私もいるわ。氷の矢にもっと力を込めて、炎を射抜いてみせる!」
セレスも必死に祈りの言葉を重ねる。
「わたくしも、皆さまを護ります……! どうか、光が道を照らしますように!」
再び僕たちの心がひとつになっていく。フィーリングリンクが熱を帯び、全員の力が重なり合う。
イグニスは僕らの気配を感じ取ったのか、燃え盛る大剣を振り上げて吠えた。
「何度足掻こうと無駄だ! この烈火の力こそ、絶対だァッ!」
灼熱の炎が王城の大広間を呑み込んでいた。
空気すら燃え、剣を握る手の皮膚がひりつく。
「ぐっ……熱すぎる……!」
イグニスの大剣が振り下ろされるたび、炎の奔流が押し寄せ、足場ごと吹き飛ばされる。仲間たちは必死に応戦していたが、じわじわと押され始めていた。
イグニスの炎が城内を呑み込み、空気そのものが灼熱地獄と化していた。僕の斬撃も、リンカの矢も、ルミナスの氷も押し返される。
「ぐっ……! この熱気、全身が焼けそうだ……!」
僕が歯を食いしばったその時――耳奥に、いつもの無機質な声が響く。
『魔素ストックの共鳴により、新たな上位魔法が解放されます。適合者は、魔族ルミナス』
――ルミナスに!?
僕が振り返ると、ルミナスの全身に青白い魔力の奔流が絡みついていた。
彼女自身も驚いているのか、金色の瞳が大きく見開かれている。
「ルミナス……お前、今の声……!」
「セージ……来る。体、勝手に……魔力、膨れ上がる!」
足元から、氷の結晶が一斉に広がり始めた。炎で焼け爛れた床に、蒸気が立ち昇る。
ルミナスが両腕を掲げると、頭上に広がるのは氷界そのもの。
「《アブソリュート・コキュートス》――!」
瞬間、極寒の光柱が天より降り注いだ。
燃え盛る炎を打ち消し、空間そのものを絶対零度で塗り潰す。
轟音と共にイグニスの炎壁が砕け、赤黒い火焔は白き氷霜に呑まれていった。
「馬鹿なっ……我が烈火が……氷ごときに……!?」
イグニスの瞳に、初めて動揺の色が浮かぶ。
ルミナスは荒い息を吐きながら、それでも勝ち誇ったように口角を上げる。
「セージ……これ、使える。氷、極限。炎、喰い尽くす……!」
僕は頷き、剣を握り直した。
この力があれば、炎の魔将にも届く――勝機が見えてきた。
床一面に刻まれた光刃の残滓が、灼熱の赤黒を切り裂いている。
炎を纏った鎧は裂け、燃え盛るマントは半ば焼き千切れ……その中心に、苦悶の唸り声が響いた。
「……ぬ、ぐぅ……こ、小僧……貴様……ッ!」
イグニスが膝をつきかける。その巨体がぐらりと揺れ、熱波が弾ける。
――だが、その眼光は死んでいなかった。むしろ、これまで以上に狂気に満ちていた。




