魔将・イグニス再び
王城の巨大な門を越えた瞬間、肌を刺すような熱気と、焦げ臭い空気が押し寄せた。
石造りの廊下は赤黒い炎に照らされ、壁には不気味な紋章が浮かび上がっている。
「……気を付けて。ここからが本番よ」
リンカが双剣を構え直す。彼女の耳がわずかに震え、罠の気配を察知していた。
次の瞬間――床が軋み、無数の鉄矢が壁から放たれる。
「《ホーリー・シールド》!」
セレスの光の障壁が広がり、矢の雨を弾き返した。
「ありがとう、セレス」
「いえ……まだ続きます。お気を付けください!」
その声と同時に、闇の影が前方に立ちはだかった。
黒鎧を纏った騎士たち――イグニス直属の親衛隊。彼らの眼窩には紅蓮の光が宿り、剣からは黒炎が噴き出していた。
「こいつら、普通のアンデッドじゃない……!」
「ん……強い。ルミナス、燃やす」
ルミナスが杖を振り下ろし、炎の奔流を解き放つ。しかし、敵の黒炎がそれを相殺する。
「力で押し切る気か……なら!」
僕は剣を握り直し、仲間と目を合わせた。
「――【破魔斬光陣】!」
放った斬光が敵の黒炎を切り裂き、鎧ごと両断した。
だが次々と湧く親衛隊に進軍は阻まれる。
「くっ……このままじゃ埒が明かない!」
「セージ君、奥にいる指揮官を叩けば流れが変わるはず!」
リンカの分析眼が敵の動きを読み取り、指揮系統を即座に見抜く。
その言葉に導かれるように奥へ進むと、ひときわ豪奢な法衣を纏った男が立ちはだかった。
その額にはベアストリア教団の紋章。
「よくぞここまで……だが、この王城は我らが烈火の魔将さまの玉座となるのだ!」
――枢機卿クラスの教団幹部。
奴が杖を掲げると、灼熱の魔法陣が広間を覆い尽くす。
「全員、構えろ!」
僕が叫んだ瞬間、セレスが両手を広げた。
「《セイクリッド・バリア》!」
純白の光が盾となり、灼熱を押し返す。その隙を逃さず、僕とリンカが飛び込む。
「ここで倒す! リンカ!」
「ええ、合わせるわ!」
二人の攻撃が交差し、親衛隊を切り崩す。ルミナスは炎を抑える氷魔法で追撃。
最後に僕は渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
「――【破魔斬光陣】ッ!」
枢機卿の防御結界を打ち砕き、斬光が全身を貫いた。
「ば、馬鹿な……魔将様の……力が……」
断末魔を残し、幹部は崩れ落ちた。
広間に静寂が訪れた――だが、それも束の間。
次の瞬間、全城に響き渡る咆哮が空気を揺らした。
熱が増す。炎が渦を巻く。
「……来る」
ルミナスが低く呟く。
天井越しに伝わる圧倒的な気配――烈火の魔将、イグニス。
王城そのものが燃え盛る巨獣のように唸り始めていた。
王城最上階への階段を駆け上がった瞬間、全身を焼き焦がすような熱気に包まれた。
空気そのものが赤熱し、視界が歪んでいる。汗が滝のように流れるのに、背筋は氷のように冷たい。
――ここにいる。烈火の魔将。
玉座の間はすでに炎獄と化していた。燃え盛る柱、崩れ落ちる天井。
その中心に、黒鉄の鎧を纏い、燃え盛るマントを翻した巨躯が悠然と腰かけていた。
「……っ」
息を呑む音が仲間から漏れる。
赤黒い髪は炎のように逆立ち、瞳は溶鉱炉の奥底のように燃えている。
一振りごとに火柱を巻き起こす大剣が、玉座の傍らに突き立てられていた。
「来たか……人間ども」
その声だけで、鼓膜が焼けるかのような圧が襲いかかる。
僕は無意識に剣を握り直した。立っているだけで、足が震えそうになる。
だが、仲間の存在が背を押す。
リンカの耳は炎に怯えず、まっすぐ前を向いていた。
ルミナスは無表情に見えて、その瞳の奥は挑戦の炎で揺れている。
セレスは両手を胸に組み、青ざめた顔で震えていながら、それでも一歩も退いていない。
――僕一人じゃない。
「我は七魔将の一翼、烈火の魔将イグニス」
炎を纏う巨躯がゆっくりと立ち上がった。
その瞬間、炎の奔流が爆ぜ、僕らの視界を赤く染める。
「人の国など塵芥。いずれ我らが踏み潰す。今日この城を焼いたのも、その序章にすぎん」
嗤いながら、大剣を片手で引き抜く。
その動きだけで床石が溶け、玉座の間が揺れた。
「お前たちが抗おうと、運命は変わらん。
七魔将はすでに歩を進めた……いずれ、この大地すべてが炎と血で覆われる」
重く、冷たい予感が心を締め付ける。
だけど、ここで退くわけにはいかない。
「……七魔将だろうが、なんだろうが」
剣を構え、イグニスを睨み返す。
「僕たちは、この街を――人々を守る!」
「セージ君……!」
背後でリンカの声。彼女も双剣を握り直し、僕と並ぶ。
「ん……燃やすの得意、ルミナス。でも負けない」
ルミナスは低く呟き、氷の気配を漂わせた。
「わたくしも……全力でお支えします」
セレスは震えながらも、光の魔力を解き放っていく。
イグニスは鼻で嗤い、燃え盛る大剣を振り上げた。
「面白い……ならば、烈火の洗礼を受けるがいい!」
――轟音。大地そのものが爆ぜるような炎の奔流が襲いかかる。
僕たちは同時に地を蹴った。
同時にイグニスのまとう炎が巨獣の咆哮が如く燃え盛る。
決戦が始まった。




