街道の灯りと森の狼
上流へ上流へと川沿いを歩いていくこと数時間。
数時間、といっても時間を知る手段はないから単なる体感でしかない。
幸いにして太陽の位置から大体の経過は分かるので、動くべき時間帯は把握できる。
「寝る場所も考えないとな……」
川辺の開けた場所にするか、森の中で安全な場所を探すかが悩ましい所だけど。
太陽がそろそろ真上から少し傾いた頃になって見覚えのある景色が見えてきた。
「あ……。僕の落ちた場所、ひょっとしてあの辺りか」
崖の端っこに真新しく欠けている部分を見つけた。
間違いなく僕がマハルに追い詰められて足を踏み外した場所だ。
「登るのは……ちょっと難しそうだな。なんとか回り道してあそこに戻る手段を探さないと」
街道に出るにはあの辺りに戻るしかない。川はそこで人の歩ける場所が終わっており、行き止まりになっていた。
「仕方ない。引き返して登れる場所まで戻るか」
途中で登れそうな箇所はいくつか見当を付けてある。
幸い現在位置は把握できたので、登った先から森に入れば遠からず街道に出られるだろう。
「いや、可能な限り見覚えのある場所に戻った方が良いな。森じゃ方向感覚が当てにならない」
マハルに追い詰められてどのくらい走ったか覚えてないが、足を刺された状態で走ったので大した距離ではないだろう。
それでも魔の森は一瞬の油断で死を招く危険な場所だ。
夕べのフォレストウルフの件もある。夜になって襲われると非常に危険度が高くなるから、できれば今日中に森を出られたら御の字だろう。
◇◇◇
途中で何度かモンスターと遭遇し戦闘になったが、2回の戦闘で上がった能力で問題なく対処することができた。
グリーンゴブリンの討伐から今の時間までに遭遇したモンスターとの戦闘は6回。
水辺だけあって水棲生物が多かったのと、デビルグリズリーに2回も遭遇した。
しかし命からがら倒した1回目と違い、体力全開でパワーアップした僕ならまったく苦戦することなく倒すことができた。
更に同じレベルで凶悪なモンスター、【ブラッククロコダイル】。
こいつもデビルグリズリーとは違った意味で厄介だった。だが【ためる】を基礎攻撃力に振って/500のパワーで攻撃すると、固い皮を斬り裂いて一撃で仕留めることができた。
自分の驚異的な成長に驚きと喜びを禁じ得ない。
――――
魔素ストック 450025
ストレージ 30㎥ 300項目
・デビルグリズリーの魔石 ×3
・ブラッククロコダイルの魔石 ×2
・ポーション ×5
・ブラッククロコダイルの皮 ×2
・デビルグリズリーの肉 ×2
――――
比較的弱い部類のモンスターは全て魔素ストックに変換しておく。
1500以下のモンスターというのは意外に多かったみたいで、今の所バランスが取れているように思う。
代表的な所ではグリーンゴブリン、アクアスライム、リトルサハギンなどだ。
アクアスライムは文字通り水辺に生息しているスライムで、半透明の不定形で体の中に核がある(魔石とは別もの)。
1600だったキラーフィッシュは川に生息する魚型のモンスターで、川の水を汲もうとした時に襲い掛かってきた(焼いて食べたら美味しかった)。
ついでに言うとデビルグリズリーの経験値は魔石変換値とほぼ同じで15000だった。
個体によって少々の揺らぎがあるようで、2回目の奴は16000だった。ブラッククロコダイルは12000前後。
1500以下のモンスターばかり出てきたと思ったら、急に10000クラスの強敵が出てくる。
個体差が激しいので魔の森が危険地帯と呼ばれる所以だろう。
やっぱり65万っていう数値は今までの人生でためてきたものなんだろうな。
多いのか少ないのかは相変わらず分からないけど。
そこからまたしばらくの時間をかけて来た道に戻り、自分の落ちた側の崖を登れるポイントに到着した。
絶壁になっている場所では難しいが、ある程度傾斜が緩いポイントをいくつか見繕っておいてよかった。
足だけで登れたら楽だったけど、残念ながらそういう場所はなかったし、レベルアップした今の身体能力ならこのくらいの傾斜は問題なく登れるだろう。
それでも身長の4倍くらいの高さがある。手を滑らせたら大変だ。
「よ……っと、ほっ、よっと」
凄いっ。岩を掴む握力が充実している。自分でも不思議なくらいスイスイと崖を登ることができた。
「身体、能力が……ほっ、めちゃくちゃ上がってるんだっ。これならっ、さっきの崖も、登れたかも、なっ……っと」
身長の4倍はある高さ。垂直ではないにしろ簡単な角度ではなかった。
前の僕なら登れない事はなかったろうが、想像以上に楽になってて驚いた。
「ふう……さて、元の位置に戻って森の出口を目指そう。思ったより早く戻れそうでよかった」
このペースなら日が沈むまでには森を出られるだろう。
野営をするにしても森の中より街道沿いの方が遙かに安全だろうしな。
そうして自分が追い詰められた崖の上を無事に見つけ、街道の方角に見当がついた。
◇◇◇
「出られた……よかったぁ……」
落とされたポイントから見当を付けて森の出口を探す事これまた数時間。
太陽はすっかり落ちきり、辺りは真っ暗で何も見えなくなりつつあったのだが、なんとか視界が効く時間内に出口まで到着することができた。
「それにしても、本当に何も見えないな。こんな状態で歩き回るのは危険だ」
森の入り口という事もあってモンスターに襲われる可能性も高かったが、一日中歩き回って体はかなり疲労が溜まっている。
といっても気疲れ程度だ。☆治癒力に魔素を注いでおくことで筋肉の疲労速度はかなり軽減されていた。
視界も効かないので方角も掴みにくい。こんな状態で動き回ったら何が起こるか分からないな。
火魔法をカンテラ代わりにして視界を確保することもできるけど、魔物に自分の位置を知らせるようなものだし、やはり危険度は高くなるだろう。
「ダータルカーンまではまだまだある。下手に動き回るより夜が明けるのを待った方がいいだろうな」
町までの道のりは馬車を使えば2日で到着できる。逆に徒歩での移動となると、当然ながらその何倍もかかってしまう。
僕が降ろされたのがどこら辺かは分からないけど、体感的に半分も進んでないだろう。王都には戻れないし、やはりダータルカーンを目指すしかない。
訓練の一環で野営をしたことはあるけど、集団だったしテントもあったし、火も焚いていたしで環境がまるで違う。
たった1人。しかも視界は完全に闇だ。前も後ろも分からない。
あるのは微かな星の灯りだけ。運の悪いことに雲に隠れていて、今日は月も出ていない。
それでも心が落ち着いているのはギフトのおかげだろう。
「こんな状態で眠って大丈夫なのかな。やっぱり寝ずの番をして明るくなったら安全な場所を確保した方がいいか」
せめて人通りのある街道沿いの近くまで行ければ良かったのだが、こう暗くなってしまっては下手に動かない方が良い。
「ん……? あれは、灯りだ。焚き火かな」
よく見ると遠くの方に小さな赤い灯りが見える。ゆらゆらと揺らめいているから炎だろう。
「人がいるかもしれない……少し近づいてみるか」
人であるとも限らないし(ゴブリンやオークも火を使う)、仮に人だとしても友好的な人物か分からない。
それに向こうの立場からすれば、暗闇からいきなり近づいてくる人物を警戒しないわけがない。
下手をすれば盗賊や魔物と間違われてもおかしくないよね。
足下が見えないので慎重に近づこう。とはいってもここからだとかなり距離があるし、転んで物音を立てたら警戒されてしまう。
せめて視界が効けばよかったんだけど、夜目が利くようになるスキルは覚えられなかったしな。
――――
☆暗視 0/100 【ためる】で/500まで上昇可能
☆遠目 0/100 【ためる】で/500まで上昇可能
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目を凝らしていると新たなスキルを獲得した。暗視ってことは暗闇で視界を確保するためのスキルだ。
早速【ためる】で一段階ずつ強化してみると、真っ暗闇だった景色が徐々に鮮明になってくる。
暗いことには変わりないが、何も見えなかった筈の視界がハッキリと見えるようになった。
整備された街道の輪郭が遠目に見える。
☆遠目に魔素ストックを注いでみると、灯りの方角の景色が徐々にハッキリと見えてきた。
「これで見えるぞ……。あれは」
遠目と暗視で見えてきた灯りの正体。それはやはり焚き火だった。
しかし……。
「フォレストウルフじゃないかっ。人が襲われている」
火を囲んでキャンプをしていたらしい人達。
彼らを囲んでいるのは灰色の巨大な狼だった。
フォレストウルフの体はかなり大きく、一回り小さい馬くらいの体躯をしている。
タブリンス領の森にも狼はいるけど、あれほど大きな体はしていない。
肉食モンスターだけあってそのパワーは凄まじい筈だ。学園の魔物学でも魔の森についてはよく出てくる。
「急いで助けないと」
ウルフたちは何かに群がるように囲んでおり、その端っこから人の足らしきものが見えていた。
「くそっ!」
――――――
☆基礎攻撃力 500/500
☆魔力値 500/500
☆治癒力 500/500
☆投擲 500/500
☆攻撃回数 500/500
――――――
走りながら込められる項目全てに【ためる】を発動し、最大値まで高めておく。
更に急いで向かっていると新たな項目が追加された。
『加速を追加します』
☆加速 100/100 【ためる】で/500まで上昇可能
スピードを上げるのに丁度良い。
直ぐさま最大値まで高め、一気に【放った】
自分の体が風を切り、もの凄い速度で焚き火の方へ迫っていく。
「であああああああっ」
『ガウッ⁉』
フォレストウルフ達の注意を引きつけるために大声で叫ぶ。
突然の大声に驚いた魔物は僕の姿に気が付いて警戒を高めた。
「そおおりゃあああっ」
冒険者達から意識を逸らした一瞬の隙に、あらかじめストレージに大量に詰め込んでおいた河原の石を掴んで思い切り投げつけた。