純白の剣の成れの果て
「まさか……合体させられたの!?」
リンカの顔が蒼白に染まる。声は震え、目は絶望を映していた。
「う、嘘だろ……あんなの勝てるのか!?」
防壁の上の冒険者たちも、恐怖に引きつった声を上げる。
現れたのは、四本の腕を振りかざす巨躯。三人分の断末魔がねじれ合った顔は絶え間なく呻き声を垂れ流し、見る者の心を削る。背から生えた瘴気の翼は広がるたびに空気を腐らせ、石畳を黒く溶かしていく。まるで存在そのものが呪詛の塊。立っているだけで、周囲一帯が地獄に変わっていた。
大地を踏み砕く突進――その一撃で建物が丸ごと吹き飛び、広場が轟音と共に崩落する。衝撃波に冒険者たちが次々と弾き飛ばされ、絶叫があがった。
「化け物だ……!」「近づくな、死ぬぞ!」
「セージ! どうする!?」
「落ち着け、ルミナス! 全員、散開だ!」
僕は必死に叫び、剣を構えた。焦げた風が頬を焼き、心臓が耳を打つ。ルミナスが炎槍を連射する。だが、怪物を覆う黒い瘴気の障壁にことごとく弾かれた。
「効かない……!?」
四本の腕が一斉に振り下ろされる。石畳が爆ぜ、空気が悲鳴を上げる。地響きに膝が笑う。
――こいつは三人の力を宿している。シェリルの魔力、ベガルトの防御、ハーカルの剣。それぞれが脅威だった力が、今ひとつに凝縮されている。
その一撃は、大地そのものが怒り狂い、街を丸ごと殴り潰そうとしているかのようだった。
「くっ……! リンカ、援護を!」
「了解っ!」
閃光をまとう矢が放たれ、怪物の歪んだ顔の一つを撃ち抜く。
しかし瘴気が溢れ、肉が音を立ててねじれ、すぐに再生する。腐臭が鼻を刺し、耳を裂く絶叫が広場を満たす。
「皆様……お下がりください!」
セレスが前に出て、祈りの言葉を紡ぐ。震える手を胸に当て、声を張り上げた。
「《シャイニング・ベネディクト》!」
眩い聖光が仲間を包み、瘴気の奔流を押し返す。怪物の翼がじりじりと焦げ、動きが一瞬鈍った。
「セレス、ナイスだ! その光、もう少し続けてくれ!」
「はいっ……命の限り!」
必死の声に胸が熱くなる。彼女は震えている、それでも決して退かない。
リンカの瞳に決意の炎が宿る。
「セージ君! 私も覚悟を決めたわ。過去の仲間でも――あの化け物は、絶対に倒す!」
リンカの声は震えていた。けれどそこには迷いがなかった。流れた涙を腕で拭い、双剣を握り直す。白い指は血が滲むほど強く柄を掴み、揺れる肩は恐怖を示しているはずなのに、その瞳はまっすぐに怪物を射抜いていた。
仲間を思い出し、喉を裂くように湧き上がる感情を剣に込めるその姿に、僕の胸も熱く震える。
「ルミナス!」
短く叫ぶと、ルミナスは牙を見せるように口角を吊り上げた。
「ん、例のアレ?」
「そうだ、もう一回全力で行け!」
「ガッテン承知――!」
その瞬間、彼女の瞳に蒼い光が宿る。両手を高く掲げ、夜空へと印を描く。魔族の血が脈動し、周囲の大気がぎしぎしと軋む。
「《ゾディアック・メテオレイン》!」
轟音と共に、星座が天を切り裂いた。無数の流星群が降り注ぎ、怪物を直撃する。炎と閃光の奔流が広場全体を覆い尽くし、地面は割れ、建物は崩れ、空気そのものが焼き爛れる。
瘴気の翼が灼き裂かれ、三つの断末魔の顔が同時に絶叫を上げた。
「ぎィィイアアアアアアアアッ!」
耳をつんざく三重奏の絶叫。地鳴りのように響き渡り、鼓膜を突き破りそうなほどだった。冒険者たちが思わず耳を塞ぎ、涙を流す。恐怖だけで人を殺せる声――まさに悪夢そのもの。
「今だ……!」
僕は深く息を吸い込み、全身を震わせながら力を【ためる】。剣に光が渦を巻くように集まり、刃は白熱した太陽のように輝きを増していく。心臓が破裂しそうなほど鼓動を刻み、大地そのものがその鼓動に共鳴して震えた。
《通知:ストック4000/4000。新技《破魔連斬・光滅陣》、使用可能》
頭の中に響く声。胸の奥が震える。――なぜ今、新しい力が解放されたのかは分からない。だが考える余裕はない。迷う理由も、立ち止まる暇もない。
「ありがとう、天の声さん! 借りるぞ!」
叫ぶと同時に、剣を振り抜いた。
渾身の一閃。放たれた光刃は一本ではなかった。無数の斬撃が奔流のごとく連なり、光の嵐となって怪物へと襲いかかる。
四本の巨腕が叩きつけられるが、光の連撃はその腕を次々と切り裂き、ねじれた顔を容赦なく刻み裂いた。瘴気が悲鳴を上げ、焼かれるように蒸発していく。
「今だ、リンカ!」
「任せて!」
リンカの矢が閃光をまとう。彼女は一歩踏み込み、全身を弓に預けて矢を放った。光の矢は、僕の作った裂け目を正確に貫く。
その瞬間、セレスの祈りが頂点に達した。
「どうか――この命に代えてでも!」
「《シャイニング・ベネディクト》!」
聖なる光が迸り、裂け目に流れ込む。光と矢と剣がひとつに繋がり、怪物の内側から爆ぜる。
「ぎ、ぎああああああああああッ!」
怪物はのたうち回り、瘴気を撒き散らしながら絶叫する。翼は燃え尽き、肉体は引き裂かれ、最後には黒い霧となって爆ぜるように消え去った。
広場に訪れたのは、耳鳴りと荒い息だけ。
僕は肩で息をしながら、まだ震える剣を握りしめる。勝利の実感よりも、胸の奥に残るのは強烈な不安――。
勝った。だが心臓はまだ「終わっていない」と、鋭い警鐘を打ち鳴らし続けていた。




