悲しき戦い
灰の舞う空気の中、三つの影が一歩ずつ迫ってくる。
ハーカルの剣は禍々しい光を帯び、ベガルトの盾は黒鉄に染まり、シェリルの魔法陣は狂気の色に明滅している。
町を覆う防壁の上で、冒険者たちが震えながら見下ろしている。誰もが「勝てない」と思っただろう。
だが――僕たちは退かない。
「リンカァアアアアアッ!」
ハーカルが吠え、紅い斬撃を放ってきた。かつて「魔法剣士」として仲間を率いたその技は、今や歪みきった闇の力に変貌していた。
「ハーカル!」
リンカが飛び出し、双剣でその斬撃を弾く。火花が散り、彼女の耳が震える。
しかしその手は迷いで震えていた。幼馴染を斬らねばならない――その重みが彼女を縛る。
如何に愛想を尽かしたとはいえ、直接戦うのはやはり心理的な抵抗が強いのだろう。
「リンカ、迷うな!」
僕は彼女の背に声を掛け、即座に前へ出る。剣を振り下ろし、ハーカルの刃と火花を散らしながら激突した。
「チッ……テメェなんかに邪魔される筋合いはねぇッ!」
ハーカルの目は血走り、まるで別人。――いや、尖兵に堕ちた今、彼はもう“別人”なのだ。
俺は彼のことを何も知らない。だが愛するリンカを貶めた報いを、この手で直接受けさせるチャンスを逃す気はなかった。
その横で、ベガルトが吼える。
「ハッハァ! 俺の盾を砕けるかよォッ!」
巨盾を振り下ろす衝撃で地面が裂け、衝撃波が走る。冒険者たちが吹き飛ばされ、後方で悲鳴が上がった。
「ベガルトッ!」
リンカが叫ぶ。その声は怒りと悲しみの混じったものだった。
「リンカ様、下がってください!」
セレスが両手を掲げる。聖なる光が広がり、ベガルトの衝撃波を防ぎ止めた。
「《サンクチュアリ・ウォール》!」
聖女の防御結界が、冒険者たちを守る。
だがその光景にリンカの胸は抉られる。――かつて共に戦った仲間が、今は町を踏み潰そうとしているのだ。
シェリルが笑う。
「クス……リンカ。私達の友情を確かめ合いましょうよ♪」
「誰がっ! 売り払ったくせにっ」
四つの魔法陣が浮かび上がり、火・水・風・土が同時に暴れ狂う。
嵐と炎と岩石が町を呑み込もうと押し寄せる。
「セージ、ルミナス行く!」
ルミナスが短く言い、両手を天に突き上げた。
彼女の背に再び無数の光点が浮かび、星座のように繋がっていく。
「《ゾディアック・メテオレイン》――ッ!」
流星群が降り注ぎ、シェリルの魔法陣を打ち砕き、後方の魔物軍を焼き尽くした。
空を裂く轟音、焦土と化す大地。冒険者たちが一斉にどよめく。
先ほどよりは遙かに小規模ながら、魔物の軍勢を圧倒的な火力で蹴散らしていく様は圧巻だった。
あれは恐らく規模を絞り、威力を凝縮した威力特化型のゾディアック・メテオレインなのだろう。
「す、すげぇ……一撃であんなに……!」
「まだ戦えるぞ! あいつらに続け!」
仲間たちの士気が蘇るのを肌で感じた。
「セージ君、今よ!」
リンカが涙を拭い、双剣を握り直す。瞳に宿るのは――迷いを超えた覚悟。
「リンカ……」
「私は、過去に囚われない! 今の仲間と、この町を守る!」
彼女の双剣が閃き、ハーカルの斬撃を弾き返した。
「これが、今の私の誓いよッ!」
「なにィッ……!?」
ハーカルが押し込まれ、苦悶の声を上げる。
その隙に、僕は剣を構えた。
「むぅううううっ!」
瞬時に全ての攻撃項目に魔素ストックを充填させていく。
体内で光が渦巻き、剣先に収束する。
《通知:ストック2000/2000。技《破魔斬光陣》、行使可能》
天の声が響いた瞬間、全身が奮い立つ。
僕は剣を振り下ろした。
「――破魔斬光陣ッ!」
巨大な光刃が走り、ベガルトの盾ごと吹き飛ばす。大地が裂け、轟音が響いた。
「ぐ、ぬおおおおおッ!?」
巨体が倒れ、砂煙に呑まれる。
「セージ様!」
セレスの声が響く。
「どうか……この光をお受けください!」
彼女の祈りと共に、僕の剣に聖属性の輝きが宿る。
凄い……僕が【ためる】よりも遙かに強い光が宿っている。やはり聖女の聖属性の力は桁違いに強いみたいだ。
これなら行けるっ。
剣が白金に光り、迫るハーカルの剣を押し返す。
火花の中で、彼の歪んだ表情が苦痛に歪んだ。
「が、あああああ……ッ! 光が……!」
「リンカッ、今だっ」
「たぁああああっ!」
「ぐぁああっ⁉」
リンカが双剣でハーカルを押し返し、ルミナスが《フロストバインド》で詠唱しているシェリルを凍り付かせ、僕が光の剣でベガルトの巨盾を砕く。
三人同時の連撃が、かつての“純白の剣”を圧倒していく。
最後に残ったのは――リンカの叫び。
「これが……私たちの答えよッ!」
双剣の一閃が、ハーカルの剣を砕き、その体を地へと叩きつけた。
砂煙が晴れたとき、三人の尖兵は地に伏していた。
息はある。だが彼らを縛る鎖のような呪印が、まだ赤黒く光っている。
リンカは膝をつき、震える手で双剣を握りしめた。
瞳から溢れる涙を、必死に堪えている。
「リンカ……」
僕はそっと彼女の肩に触れた。
「……セージ君。彼らを、助けられるのかな」
「分からない。でも、希望はある。セレスの力なら……」
セレスは深く頷き、祈るように彼らの方を見つめていた。
「ぐがっ」
「ッ⁉」
「ぐぁあああああ」
「いぎゃぁあああああ」
「ハーカルっ、ベガルトッ、シェリル、一体どうしたの?」
倒れ伏した3人が突如として叫びだし、不気味な蠢きを始める。
「……な、なんだ!?」
僕が一歩下がった瞬間、三人の首元で黒く禍々しい光が脈打つ。
ペンダントだ。
異様な意匠――歪んだ十字に蛇が絡みつくような造形から、黒い瘴気が噴き出し始めていた。
「リンカ……下がれ!」
「う、うん……でも、あれは……」
叫ぶ間もなく、瘴気は三人の身体を覆い、肉体を無理やり融合させていく。
骨が砕け、筋肉が膨張し、絶叫が響く。
「ギャアアアアッ!」
「ぐぅ……ぅあああああ!」
「いや……まだ戦える……もっと力を……!」
三つの声が重なり合い、やがて異形の雄叫びに変わった。
そこに現れたのは――四本腕を持つ巨躯、顔は三人分の断末魔がねじれ合い、背中から瘴気の翼を生やした怪物だった。
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