襲撃戦
迷宮の中層を抜け、広間に足を踏み入れた瞬間だった。
「聖女を返せええっ!」
耳障りな叫びと共に、黒ローブの一団が通路を塞ぐように飛び出してきた。骸骨兵と腐敗兵を従え、呪詛の紋章を空中に描きながら迫ってくる。
「なっ……こいつらは誰だ⁉」
僕は思わず声を上げる。目の前の敵は明らかに、この迷宮の自然発生モンスターじゃない。人の手で制御された軍勢……。
「聖女を解放しただと? 愚か者どもめ! セレスティア様は我らが捧げ物! 返してもらう!」
尖兵の一人が狂気じみた声で吠える。
その言葉に、背後のセレスティアがびくりと震えた。
「やらせないわっ!」
リンカが弓を引き絞り、矢が一閃。
「《ホーリー・アロー》!」
僕が剣で矢を受け止め、浄化を上乗せすると、骸骨兵が次々と灰になって崩れ落ちた。
「ルミナス、焼く……。《インフェルノ・バースト》!」
ルミナスの両手から火球が連続して弾け、広間の奥を爆風が薙ぎ払う。黒ローブの一団が次々と吹き飛ばされ、悲鳴を上げた。
その瞬間、空中に黒い呪紋が広がり、無数の呪詛弾が降り注いだ。
「危ないっ!」
セレスが両手を組み、祈りを捧げるように叫ぶ。
「――《ホーリー・シールド》!」
柔らかな光の障壁が僕たちを包み込み、呪詛弾を次々と弾いた。
「すごい……! セレスティア様も戦えるんですね!」
「い、いえ……わたくしの力など、ほんの……」
顔を伏せるセレスティアだが、その瞳には必死さが宿っていた。
「なら、仕上げる!」
僕は息を吸い込み、全力で剣を構える。
「――《重ね斬り》!」
一瞬で繰り出した連撃が前衛の尖兵を薙ぎ払い、そのまま踏み込み、光をまとった大斬撃を振り下ろす。
「《破魔斬光陣》ッ!」
広間全体を覆う光刃が走り抜け、骸骨兵もローブの兵もまとめて飲み込んでいった。
断末魔の叫びとともに、残敵は灰となって消え去る。
辛うじて生き残った一人の尖兵が、後ずさりしながら叫んだ。
「お、お前たち……烈火の将軍イグニス様がお怒りになるぞ……!」
その声を最後に、敵は闇へと退いていった。
「烈火の将軍……?」
僕は剣を握り直し、仲間たちと顔を見合わせる。
リンカの耳がぴくりと震えたが、その名に聞き覚えはないようだ。
「……不穏な響きね。どう考えてもただの尖兵じゃないわ」
「ん……ルミナス、嫌な感じ。強い匂い、する」
そして、救い出したばかりのセレスティアが震える声で言った。
「いまの者たち……やはり、ベアストリア教団の……尖兵……。わたくしを、連れ戻しに……」
彼女の言葉で、敵の正体がはっきりとした。
迷宮の奥に潜む脅威は、まだ始まりに過ぎないらしい。
戦闘が終わり、灰になった尖兵たちが魔素ストックに変換されていく。
全ての敵は魔石へと変わり、ルミナスが魔法で集めていく。
『魔石を取得しました。魔素ストックに変換しますか? 変換値は82万』
かなりの数値だな。魔素ストックも大分たまってきた。
即座に変換を承諾すると、体内のストックがまた大きく膨らんでいくのを感じた。
「セージ君、何か出た?」
「うん。魔石を魔素に変えた。かなりの量だ」
「ん……セージ、いつも凄い。ルミナス、安心する」
ルミナスが頷きながら、残りの戦利品を手に取る。
黒ローブの尖兵が持っていた短剣には、奇妙な呪紋が刻まれていた。
「見慣れない刻印だわ……普通の冒険者装備じゃない」
リンカが眉をひそめる。セレスティアも恐る恐る近づき、震える声で言った。
「それは……ベアストリア教団が使う呪具です。信徒を縛るための……」
「やっぱり、ただの賊じゃなかったってわけか」
僕は剣を下ろし、セレスティアの様子を見やった。顔色は青白く、歩くのもやっとだ。これ以上、彼女を危険に晒すわけにはいかない。
「セージ君、やっぱり引き返した方がいいわね」
リンカが同じ判断を下す。
「ん。賛成。ルミナス、セレスティア、守る」
ルミナスも短く頷いた。
「よし、戻ろう。ルミナス、頼む」
「任せる……。んんっ【リ・テレポ】」
僕らの周りに光の魔法陣が現われ、景色が反転する。
僕たちはダンジョンを抜け、町へ戻ることにした。途中、セレスティアは何度か足を止めて肩で息をしていたが、僕たちが交代で支えながらなんとか歩き切った。
日は傾いてすっかり夕刻、冒険者ギルドに到着すると、受付嬢が目を丸くした。
「おかえりなさい! ……その少女は?」
「迷宮の奥で囚われていたんだ。敵に狙われていたみたいで、危ないところを助け出した」
僕が説明すると、彼女はすぐに裏へ走り、治療班を呼び寄せてくれた。
「大丈夫ですよ、すぐに手当てを受けられますから」
受付嬢がセレスティアを優しく案内する。セレスティアは小さく「ありがとうございます」とだけ呟いた。
「詳細は後ほど報告書にまとめます。ですが……この迷宮、ただの自然発生じゃない。人為的な仕掛けが随所にあった」
僕の言葉に、受付嬢は険しい顔になる。
「やはり……。ギルドでも怪しいと睨んでいました。後日、調査隊を派遣することになります。セージさん達には、状況の追加報告をお願いするかもしれません」
「分かりました」
こうして僕たちは、まずセレスティアを安全に保護し、ダンジョンの存在をギルドへと伝えることに成功した。
だが、まだ何も終わってはいない。尖兵たちが放った異様な呪具、あの不自然な迷宮の構造。すべての背後に“黒幕”の存在を感じる。
「セージ君……次は必ず、奴らの正体を暴きましょう」
リンカの言葉に、僕は力強く頷いた。




