鎖に繋がれた少女
紫の苔がじわりと光る、じめついたダンジョン洞窟の空気。
僕たちは依頼を受けて、南方の迷宮へと足を踏み入れていた。
巨大なリビングデッドアーマーのイレギュラーを撃破後、僕たちは更に奥へ奥へと進んでいき、幾度かの戦闘を行なった。
リンカの耳が小刻みに動き、ルミナスの瞳には淡い魔力の光が浮かぶ。
「……気配が濃いわね」
「ん……嫌な、匂い。魔力、歪んでる」
仲間たちの言葉どおり、そこかしこから不気味な気配が漂っていた。
普通のモンスターの棲処ではない。誰かが意図的に、ここを“巣”として作ったような……そんな嫌な直感が背中を走る。
「ルミナス、先制! 燃やせ!」
「了解……《ファイヤ・バレット》!」
小さな火球が連射され、先頭のスケルトンたちが次々と砕け散る。
そこにリンカが滑り込む。
「今よ、セージ君!」
「任せろ! 【重ね斬り】ッ!」
僕の剣閃が奔り、砕けた骨の列をまとめて切り裂いた。
骨片が飛び散るたびに、紫の苔の光が反射して、まるで血飛沫のように見える。
「ふぅ……でも、まだ来る!」
「ん……奥から、増える……」
本当に妙だ。まるで“誰かを守るために”、わざわざ尖兵を並べてあるような……。
さらに進むと、広間が現れた。天井は高く、岩壁に奇妙な紋様が刻まれている。
その中央に――鎖に繋がれた少女がいた。
金色の髪が血と埃にまみれながらも、なお光を放つ。
瞳は閉じられ、唇は何かを祈るように震えていた。
「……女の子? こんな場所に?」
「綺麗……でも、傷だらけ。かわいそう」
ルミナスがぽつりと呟く。
「助けなきゃ……」
「リンカッ」
リンカは既に駆け出しかけていた。
だがその瞬間、岩壁の紋様が赤黒く光を帯び、再びアンデッドの軍勢が現れた。
しかも、先ほどの雑兵とは比べ物にならない数。
「っ……やっぱり、囮だったか!」
「セージ君! 時間を稼ぐわ! あの子を助けて!」
「ん……ルミナス、焼き尽くす!」
少女を救うための総力戦が始まった――。
岩壁の紋様が赤黒く光を帯び、骸骨兵やゾンビの軍勢がどっと溢れ出す。
広間の床が振動し、空気がよどむ。まるで少女を守るかのように、アンデッドが壁を作っていた。
「っ……これだけの数を一気に出すなんて!」
リンカが双剣を構え直す。骨の魔物に弓矢は有効ではない。接近戦をするしかないな。
「ん……多い。でも、全部、燃やせばいい」
ルミナスが淡々と両手を広げ、炎の魔力を練り上げる。
僕は剣を握り直し、一歩前に出た。
「迷ってる場合じゃないな。――行くぞ!」
最前列のスケルトンが、一斉に槍を突き出して突撃してくる。
「っ……来るっ!」
「【重ね斬り】ッ!」
僕は斬撃を連ね、十数体を一瞬で粉砕する。砕けた骨が弾け飛び、リンカの矢とルミナスの炎がすかさず残りを焼き払う。
「さすが」
リンカはスケルトンには有効打にならない弓矢での攻撃を、体のコアに正確に当てる事で有効打に変えていた。
さすがはリンカだ。ルミナスの魔法も威力がドンドンあがって頼もしい。
だが、奥からさらにゾンビの群れ。腐臭が広間を覆い尽くす。
「うえっ……これは鼻が死ぬ……!」
「ん……セージ、鼻、塞いで。ルミナス、焼く。《ファイア・ランス》!」
炎の槍が十数本、次々と突き刺さり、腐った肉を焼き切った。煙と焦げ臭さが押し寄せるが、構っていられない。
ゾンビの中に混じって、鎧を纏ったリビングデッドアーマーが現れる。
「またかよっ」
その数、五体。どれも通常より大きく、まるで将軍のような威圧感を放っていた。
さっきのヤツと同レベルくらいの力を感じる。厄介だな。
「やっぱり……ただの巣じゃないわね」
「ならまとめて……仕留める!」
『魔石を取得しました。魔素ストックに変換しますか? 変換値は48万』
頭の奥に響く、あの無機質な声。これまで幾度も助けられてきた声だ。
――よし、今回も頼むぞ。
体の奥で、力がぐんと満ちていくのを感じる。
「セージ君!」
「任せろ! リンカ、矢を! ルミナス、火力を合わせて!」
「了解! ――《ホーリー・アロー》!」
「ん……燃えろ。《ファイヤ・ブラスト》!」
光と炎の奔流が、僕の剣に集束する。
「――【シャイニング・チャージ・フルスラッシュ】ッ!」
渾身の斬撃が奔り、広間全体を薙ぎ払った。光と炎に包まれたアンデッドの軍勢は、抵抗する間もなく霧散していく。
残ったリビングデッドアーマーがふらつきながら立ち上がる。
「まだ、倒れない……なら!」
リンカが駆け抜け、双剣を交差させてその胸を切り裂いた。
その瞬間、ルミナスの炎が炸裂し、鎧ごと燃やし尽くす。
広間は一瞬で静寂に包まれた。
「……勝った、のか?」
「ええ。道は拓けたわ」リンカが頷く。
「ん……終わった。セージ、早く、あの子を」
僕は駆け寄り、鎖に繋がれた少女に手を伸ばす。
冷たい鉄を断ち切り、慎重に彼女を抱き起こした。
金の髪が僕の肩に流れ落ち、淡い香りが漂う。
「大丈夫か……?」
彼女の瞼が震え、青い瞳がゆっくりと開いた。
「……あなたは……?」
その声はか細く、それでも確かに、助けを求めていた。
僕の腕の中で、縛めから解放された少女はしばらくぼんやりと天井を見上げていた。
その青い瞳には恐怖と混乱が入り混じっている。
「ここは……迷宮……? わたし……生け贄に……」
震える声。言葉は途切れ途切れで、思考の整理が追いついていないようだった。
「落ち着け、大丈夫だ。もう鎖はない。僕たちが助けにきた」
そう言ってやっと、彼女は僕の顔を見た。視線が揺れ、確かめるように僕を見上げる。
だが、その瞬間。背後で灰になったはずの骸骨兵の一体が、最後のあがきのように声を残した。
「……聖女……逃がすな……ベアストリア教団……の意志に……」
聖女だってっ⁉
「ベアストリア教団?」
僕は思わず声を漏らす。まさか、世界的宗教の名前がどうしてこんなところで出てくるんだ?
「……そう。やっぱり……」
少女の唇が震えた。
彼女は唇を噛みしめ、恐怖を押し殺すように僕に告げる。
「わたしを縛っていた者たち……彼らは教団の尖兵。表では民を導くふりをして……裏では邪神のために人を生け贄に捧げているのです」
リンカが驚いた顔で息を呑んだ。
「そんな……あの教団が? 国中の人が信じているはずなのに……」
「ん……信仰……裏切られてる」
ルミナスが短く呟く。
少女は視線を伏せ、小さく吐息をもらす。
「わたしの名は……セレスティア。光を象徴する“聖女”として祀り上げられてきました。でも、本当は……ただ利用されていただけ。信じていた人々に裏切られて……」
その表情は、絶望に近かった。
けれど、目に浮かぶ涙は必死に堪えているように見えた。
僕は彼女の肩に手を置き、ゆっくりと言った。
聖女セレスティアにベアストリア教団……。とんでもなくきな臭いぞ。
「大丈夫だ、セレスティア。君はもう一人じゃない。僕たちが必ず守る」
その言葉に、彼女の瞳が大きく揺れる。
まだ信じ切れてはいない。けれど、その揺らぎの奥に、かすかな光が灯ったように見えた。
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