刺客撃退
「――敵ッ!」
リンカが扉を開いた瞬間、夜の闇を切り裂くように、いくつもの影が飛び出してきた。
【☆夜目】スキルのおかげで、その輪郭が鮮明に映る。刃物を構え、黒装束に身を包んだ暗殺者達。
「きゃああああっ!」
「ルミナスッ! エリスとミレイユ達を守れッ!」
「了解」
ルミナスの小さな声と共に、光が弾けた。魔力の膜が瞬時に展開し、仲間達を包み込む。
だが防御魔法の出番すらなかった。
すでにリンカが、獣のような反射で飛び出していたからだ。
「ストレージッ――ッ!」
乾いた音と共に、上空から矢が三本、流星のように飛び出す。
矢は一瞬で標的を穿ち、暗殺者達を地面に叩き落とした。
「ギャッ!」
「ぐあっ!」
「……ッ!」
視界が悪い夜間でも、正確に撃ち抜けるのは――ストレージの中で矢を仕込んでいたから。
時間を止めた矢を、リンカの意志ひとつで解き放つ。それは即席の罠であり、致命の反撃だ。
「さすが……」
僕は残り三人の気配に向かって石を投げ放った。【☆投擲】で強化された一撃は、空気を裂き、額や喉にめり込む。
――ドスッ、ドスッ、ドスッ。
「ぐぅ……!」
刹那、場は静まり返った。
けれど、その時、僕の背筋を冷たい感覚が走る。
ただ倒した、では終わらない。
妙な――胸騒ぎだ。
「セージ様、これを!」
ミレイユの声。
視界の端から飛んでくる小さな輪。咄嗟に掴んだ瞬間、心臓が跳ねた。
――隷属の首輪。
「そうか……ッ!」
僕は地に倒れた暗殺者の首にそれを嵌め込み、叫ぶ。
「命令だ――自殺禁止ッ!」
「……ぐあああああッ⁉」
激しく身をよじる暗殺者。だが首輪の魔力が命令を縛る。
「ルミナス、拘束魔法!」
「了解――《ダークバインド》」
黒い帯が蛇のように空を泳ぎ、暗殺者を絡め取った。
僕はすぐに残る二人にも首輪を嵌め込み、同じ命令を叩き込む。
そうしてようやく、心臓の鼓動が少し落ち着いた。
「ふぅ……もう大丈夫だ。見事だったよリンカ。流石の反応速度だ」
「うん。気配を感じてたから、準備しておいたの。……セージ君がストレージに矢を入れてくれたおかげ」
「そしてミレイユ。君が首輪を投げてくれなければ、奴らは証拠を残さず消えただろう。ナイスだ」
「……光栄です、セージ様」
残り三人は、間に合わなかった。
頭巾を剥ぐと、血を吐き、自ら命を絶った痕跡があった。
「……ミレイユさん。どうして分かったの?」
リンカがナイフを突きつけながら問う。
「彼らは――恐らくタブリンス家の影部隊。任務に失敗した時は自害するよう、仕込まれています。だから……」
「やはりそうか」
僕は唇を噛む。
影部隊――タブリンス家の暗部。
その名を聞いただけで、胸の奥に黒い怒りが膨れ上がる。
だけど――冷静になれ。
怒りに任せれば、ただの暴走者だ。
僕は深呼吸し、氷のような声で命じた。
「お前達の主人は誰だ。答えろ」
「い……言えぬ……」
「命令だ――答えろ」
隷属の首輪がきしむ。
だが、それでも強靭な意志力で抗う姿に、影部隊の恐ろしさを知る。
「ルミナス」
「分かってる。【ためる】……最大まで。支配魔法」
「……ッ!」
隊長格の男の瞳が揺らぎ、意識が塗り替えられていく。
「よし……名を名乗れ」
「……我が名はセバス・ユニアス。タブリンス家執事、影部隊隊長」
「セバス……!?」
ミレイユの悲痛な声が響いた。
僕の心にも、重い杭が打ち込まれる。
そう――長年、屋敷で顔を合わせてきた人物だ。家令としての姿は、常に冷静沈着で――だが裏では暗殺者。
「……そんな顔をするな、ミレイユ」
僕は剣を握り締める。
裏切られた痛みと、燃え上がる怒り。けれど――冷徹に利用する。
「ついでに吐け。マハルの最近の企みを、すべてだ」
その時、ルミナスの声が割り込む。
「セージ、新しい魔法。覚えた」
「え?」
――――
【記憶のためる】が可能になりました。
☆映像記録 / 2000 魔素100に付き1分の映像記録可能。
ルミナスが【☆録画撮影】を習得しました。
――――
浮かび上がる半透明のウィンドウに、僕は思わず息を呑む。
「映像記録……! ルミナス、使えるのか?」
「可能。魔石に映像を保存できる。……任せて」
ルミナスが魔石を取り出し、セバスに向ける。
「記録開始。セージ、どうぞ」
「よし……セバス、受けた命令を言え」
「……オークションで競り落とせなかった銀狐族の強奪、及び購入者の殺害」
「殺害、だと?」
「はい。マハル・タブリンス様より、明確に命じられました」
胸の奥に、燃えるような怒りが走る。
だが――今は抑えろ。冷静に、証拠を積み重ねる。
「最後だ。任務後、戻るはずだった場所へ案内しろ」
「……畏まり……屋敷に」
十分だ。
これで――マハルを追い詰める準備が整った。
「なるほど……」
僕は深く息を吸い、決意を込めて吐き出す。
「行くぞ。マハルは屋敷に戻っている。……報いを受けさせる」
「私も行くわ。調子、取り戻すために」
「大丈夫かい、リンカ」
「ええ。隷属の首輪さえ無ければ、私は誰にも負けない。……パートナーでしょ?」
差し出した僕の手を、リンカが強く握る。
その温もりが、怒りで冷えた心に、熱を戻してくれた。
――さあ、反撃開始だ。
僕たちはすぐに身支度を整え、暗殺者達を縛り上げたまま放置する。
証拠はすでに押さえた。あとは――反撃だ。
「セージ様……」
ミレイユが不安そうに僕を見上げる。
その目には恐怖と、わずかな決意が宿っていた。
「安心して、ミレイユ。君達を危険に晒した償いは、必ず僕が果たす」
口にした瞬間、胸の奥でまた怒りが沸き上がる。
ミレイユも、リンカも、ルミナスも――守るべき存在を踏みにじったあいつを、絶対に許さない。
だが、深呼吸をひとつ。
怒りは剣の切っ先に乗せるものであって、心を狂わせる毒ではない。
「……怒りは捨てない。だが、飲み込まれもしない。冷静に、確実に仕留める」
その言葉に、リンカが笑みを浮かべる。
「ふふ、やっぱりセージ君ね。あのマハルを叩き潰す姿、想像するだけでスカッとするわ」
「セージ、落ち着いてる。でも……怒ってる」
ルミナスが小首を傾げながら言う。
彼女の感覚は鋭い。僕の内面を覗かれているようで、思わず苦笑した。
「そうだよ。怒ってる。でも、それでいい」
拳を握り、静かに宣言する。
「――これからあの屋敷に乗り込み、マハルにすべての報いを与える。俺たちの怒りと正義を、奴に叩きつける」
三人の瞳が一斉に輝いた。
恐怖よりも、決意の光が強い。
夜の空気が冷たい。
だが、僕たちの心は、燃えるように熱かった。
こうして――タブリンス家への反撃が始まった。




