殺意のスキル
【sideマハル】
「さあ皆様っ! 本日の超目玉商品でございますっ!」
会場のざわめきが一斉に高まる。
照明に照らされ、きらびやかなドレスを纏った銀狐族の女が台座に現れる。虚ろな瞳が、哀れさを引き立てる。
『本日の超目玉商品っ! 銀狐族。しかも女ですっ。年齢は19歳と若干高めですが、しっかりと魔力鑑定により処女であることが確認されていますっ。さあさあ皆様っ、是非とも手に入れてくださいっ。それでは五千万ルクスからスタートですっ』
「銀狐族……? 本物か!?」
「女だと!? この歳で処女だと!?」
「まさか市場に出るとはっ」
どよめきと歓声が入り混じる。
俺は椅子にふんぞり返り、薄笑いを浮かべた。
そう、これは俺のために用意された舞台。
父上が招待状を手配してくださったのも、この瞬間のため。
必ず落とす。俺が銀狐族を手に入れ、あの愚弟セージを絶望させる。
「入札開始は五千万ルクス! さあコールをどうぞっ!」
「五千五百万!」
「五千六百万!」
「六千万!」
小刻みに上がっていく値。欲望に飢えた下民どもの声が耳障りだ。
だが、笑いがこみ上げる。こいつらに勝てるはずがない。
「六千六百万ッ!」
「一億!」
場が一瞬、凍りつく。
俺の声ひとつで、ざわめきが沈黙へと変わるのは心地よい。
愚民共よ、俺の財力を思い知れ。
だが――
『一億二千万!』
「……ほう」
挑んでくるか。愚かしい。
すぐに叩き潰してやる。
「一億四千万!」
『一億六千万!』
「二億!」
『二億二千万!』
くくく……いいぞ。もっと高みを目指せ。
俺の勝利をより鮮烈に彩るために。
「三億!」
『三億五千万!』
「な、に……!?」
ざわつく会場。俺の喉が乾く。
だがまだだ。俺の懐の深さを見せつける時。
「四億!」
『四億五千万!』
「ぐっ……」
額に汗が滲む。父上の顔が脳裏をよぎる。
予定外の出費を嫌う父。もし失敗すれば……叱責では済まない。
恐怖が、背筋を這い上がる。
「四億六千万!」
『五億!』
「なっ……!」
思考が止まる。誰だ……誰が俺の舞台を荒らす?
父上の怒りが脳裏にこだまする。負ければ泥を塗ることになる。
だがこれ以上出せば……
頭が真っ白になった、その刹那。
『五億五千万で落札です! 史上最高額っ!』
「あっ……」
終わった。
俺が迷った、たった数秒で。
「ま、待て! 六億だ! 六億出す! 勝負は終わっていない!」
『申し訳ありません、落札は確定です』
「馬鹿なッ! 俺が金を出すと言っているんだぞ!」
『いかなる権力者であろうと、ルールは絶対です』
「なんだと……?」
信じられなかった。落札……逃した? 俺の前で、あの白銀の獣耳が、他の男のものになっただと?
胸が潰れそうな焦燥感。額から冷や汗が伝う。心臓はバクバクと暴れ、視界の端が滲む。
「ふざけるな、あれは……俺のものだ」
父上の影が頭を過ぎる。『期待しているぞ、マハル』。重圧が背中を押し潰す。
銀狐族を手に入れることでしか、俺の立場は守れない。認められない。
その恐怖と同時に、喉の奥から湧き上がるのは別の欲望。
あの尻尾を、この手で撫で回し、屈服させる妄想が頭を焼く。
「ならば力ずくで奪うまで……ッ!」
俺は立ち上がった。会場の視線など知るものか。
【sideリンカ】
私の値段が決まった。
隷属の首輪に縛られ、体は動かない。けれど、全てを理解してしまう。
見せ物にされ、値段をつけられ、買われる。
涙は出ない。ただ心が冷えていくだけ。
そのとき、思い出す。
会場に来る前に出会ったメイドの少女、ミレイユさん達。
彼女達もまた同じように、セージ君の弟に売られてしまったと。
セージ君の弟……マハル。
セージ君を虐げ、殺そうとした張本人。
憎しみが胸に燃える。
「出ろ、商品番号十四番」
牢のような台車から引きずり出される。
体は言うことを聞かない。だが心だけは叫んでいた。
(嫌だ……! セージ君じゃなきゃ嫌!)
闇ギルドの男の下卑た笑い。
「さあ奴隷魔術を付与する。服を脱げ」
震える声。衣服にかかる自分の手。
心は抵抗しても、体は従う。
「……ッ、体が……勝手に……!」
首に食い込む呪縛の首輪が熱を帯び、手足を操られていく。
喉元から零れるのは、私の声ではない。誰かに無理やり喋らされるような感覚。
「いや……嫌ぁ……っ!」
胸を焼くのは、怒りか、それとも恐怖か。
――でも。
浮かんだのは、彼の顔だった。
戦場で隣に立つ、あの穏やかな微笑。背中を預けられる安らぎ。
セージ君……。
「セージ君……セ……ジ……く……」
胸を掻きむしるような絶望と同時に、腹の奥底から黒い衝動が這い上がってくる。
この場にいる全員を食い殺してでも、彼の元へ戻りたい。
牙を剥き、血の匂いを幻のように嗅ぎ取る。
「……私、こんな……っ」
理性と本能が綱引きを始めた。
絶望が喉を裂く――その瞬間。
『精神の疲弊を感知。【ためて・放つ】を起動し、【野生解放】【本能覚醒】【最凶星】を統合、【本能覚醒・殺意】を習得しますか?』
(これ……セージ君の力……?)
殺意。
それならいい。この場を切り抜け、彼に会えるなら。
理性なんていらない。邪魔する奴は殺す。
(セージ君……私に力を貸して。誰かのものになるくらいなら……!)
『本能覚醒・殺意を発動すると理性は失われます。発動しますか?』
――発動する。殺す。全部殺す。
視界が赤く染まり、喉が熱を帯びる。
「ホンノウ……カクセ……」
声にならぬ呟きと共に、世界が裏返ろうとしたその時――
「その必要はない。彼女達は全員、俺の仲間だ」
「え……?」
耳が、震えた。
懐かしい声が、胸の奥を突き破って響く。
――セージ君?
振り返る。人混みの向こう。
ゆっくりと、仮面を外す青年の姿。
「全員の首輪を外せ」
「し、しかし……」
「いいからやれ。俺達には隷属魔術など不要だ」
堂々たる声音。
職員は渋々と首輪を外していく。
「ミレイユ、シャミー、レイシス、アーリア。……無事でよかった」
「え……⁉」
「その声……まさかっ!」
「セージ様……!」
歓喜の声が重なる。
銀の髪が黒へと変わり、仮面の下から現れた顔。
私の五感が震える。匂いも、声も、温もりも――忘れるわけがない。
「セージ……君……!」
胸に熱が広がる。首輪の呪縛がまだ重い。だが、それ以上に心は軽い。
メイドの女の子たちが歓喜の声を上げる。
彼は真っ直ぐに私を見つめて言った。
「リンカ、助けに来た」
「セージ君っ!」
涙が頬を伝う。殺意は霧散し、私はただ彼の胸に飛び込んでいた。
※後書き※
リンカちゃん、闇堕ちを無事に回避。
でも馬鹿共が下手な事をすると大惨事になるかも。
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