魔族・ルミナスの力
「ルミナス、分かる。セージ、普通の人、違う。魔族、強い人に、従う。隷属の首輪、本当は、必要ない」
「……そっか。じゃあ僕は、ルミナスに認めてもらえたってことなのかな?」
「そう。ご主人様、なる。ルミナス、全部、あげたくなる」
「む、無理はしなくていいんだ。まだ会ったばかりだし……ルミナスは子供に見えるし」
「違う。ルミナス、三百年、生きてる」
「さ、三百!? ……そっか、魔族って長生きなんだね」
「そう。本当は、ご主人様、呼びたい。……でも、ルミナス、丁寧、苦手」
「僕のことはセージでいいよ。気を使う必要もない」
「助かる。……そろそろ、魔物、来る」
僕たちが辿り着いたのは、魔の森のさらに深い場所だった。
鬱蒼とした木々はねじれ、黒い瘴気が地面から噴き出している。
冒険者なら誰もが「入れば命を落とす」と口を揃える、死の領域。
小高い丘に登ると、眼下には無数の魔物たちが群れを成していた。
牙を剥き、唸り声を上げ、互いに小競り合いをしながらも、そこに満ちるのは圧倒的な殺意だった。
普通なら――回り道をして、一体一体を仕留めるしかない。
だがルミナスは静かに首を振った。
「ルミナス、魔族。魔法、大規模、得意。……セージの力と相性、最高。だから……【ためる】【ためる】【ためる】」
彼女の身体が淡い光を帯び、瞳に紋様が浮かび上がった。
空気が震え、木々の葉がざわめく。
僕の胸も、脈打つように早鐘を打ち始めた。
「……本当に、僕の【ためる】を……使いこなしてる」
「魔族、魔法、得意。他の種族、絶対できない。【ターゲティング】」
瞬間、森全体に、何百何千という魔法陣が浮かび上がった。
木の幹、岩肌、空の彼方――至る所に幾何学の紋が走り、光の回路で繋がっていく。
「う、うそだろ……」
肌を刺すほどの魔力が空気を満たし、肺に取り込むだけで喉が焼ける。
世界そのものが一つの巨大な術式に変貌していくのを、僕は呆然と見ていた。
「魔族の秘術……古の賢者が異世界よりもたらした殲滅魔法……【ゾディアック・メテオレイン】!」
ルミナスの叫び。
その瞬間、空が裂けた。
星が――降る。
幾千もの光球が尾を引いて落下し、森の大地を焼き尽くした。
轟音は鼓膜を突き破り、爆風は丘を揺さぶり、木々はなぎ倒され、炎と光が奔流のように押し寄せる。
『ぎょおおおああああッ!!』
『ぐおおおおおお!!』
『ギャアアアアア!!』
魔物の咆哮が次々と掻き消え、ただ光と衝撃だけが残る。
経験値の通知が洪水のように押し寄せ、視界の端が文字で埋め尽くされていった。
爆発の熱が肌を焦がす。
砂塵と光の渦に飲み込まれ、僕は思わず目を覆った。
――これが、魔族。
もしあの時、彼女がこの魔法を放っていたら……僕らは、今ごろ跡形もなく消えていただろう。
「す……すごい……ルミナス、君って……」
「ふぅ……セージの力と合わせたから。……でも、ルミナスも、びっくり。こんな威力……初めて」
ルミナスの肩は小さく上下していた。
けれどその横顔はどこか誇らしげで、子供のように微笑んでいた。
――その笑顔に、僕は恐怖と同時に、妙な愛しさを覚えてしまった。
「次、見せる」
ルミナスの周囲に青白い炎が噴き上がる。
「これは、フォレストウルフ? いや、まさかヘルガロウムか」
「肯定……」
それは次第に狼の形を成し、やがて無数の炎狼――ヘルガロウムとなった。
「これ、幻影。でも、魔石、集められる。……行け!」
『ウォオオオオオン!』
咆哮と共に炎狼たちが森へと駆け出す。
焦げた地面を疾走し、瓦礫の中から次々と魔石を咥えて戻ってくる。
視界に次々とアイテム名がポップアップしていく。
――――――
デビルグリズリー×40
フォレストウルフ×115
ブラックゴブリン×50
キングオーク×30
……etc.
――――――
「す、すごい……。森そのものを空っぽにしたみたいだ」
魔石の山を前に、僕はただ呆然と立ち尽くしていた。
その瞬間、彼女のステータスが跳ね上がる。
――――――
【ルミナス】Lv12 → 67
感情ゲージ 40/20 → 40/50(リンクLv4に上昇)
『魔素ストックが共有可能になりました』
『経験値吸収効率アップ』
『取得魔石の最大化を習得』
――――――
「……これって、僕の魔素ストックでのレベルアップが、仲間全員に共有可能になったってことか……」
僕は震えた。
恐怖ではない。――いや、恐怖もある。
けれどそれ以上に、彼女とならどこまででも行けるという確信が、胸を満たしていた。
「討伐、完了。……次はダンジョン。でも、その前に」
ルミナスは片手をかざし、静かに詠唱した。
「転移魔法――【リ・テレポ】」
世界が裏返り、一瞬で森の景色が町へと変わる。
「こ、これが転移魔法……! 帰還石なんてもう要らないのか……!」
「魔素、いっぱい吸った。できること、増えた。……はふぅ……でも、疲れた……」
そう言って僕の袖をくいっと引っ張り、彼女は小さくあくびをした。
戦場を焼き尽くした少女が、今は年相応に見えて――僕は思わず、可愛いと感じてしまった。
「……お疲れさま、ルミナス。これからは一緒に慣れていこう」
「理解。もっと……セージのお役立ち、する」
こうして魔の森を制圧した僕たちは、ギルドでの報告を済ませ――
一か月後、王都へ向けて旅立つ準備を整えていくのだった。




