奇蹟の体現者
「ツインヘッドダークドラゴンだとっ! なんでこんな奴がっ」
通常ではありえない事だった。
ダンジョンのボスは基本的に出現する魔物の平均値を大きく超えることはないと言われている。
だけど目の前のコイツはそんな平均値を明らかに超えた途轍もないレベルの魔物だった。
僕も本で読んだ程度の知識しかないが、この双頭のドラゴンは遙か昔に世界を恐怖に陥れた魔王って奴が生み出したと言われている。
間違ってもこんな所に出てくる魔物じゃない。 その咆哮だけで全身が震え、心臓が握り潰されるような圧迫感を与えてくる。
(チッ、今はこいつに構っている暇なんか……! リンカを――助けなきゃ!)
「体が動くぞっ。全員戦闘態勢を取れっ」
復活したアテンさんが陣頭指揮を執り始める。
「君はすぐにパートナーを追うんだっ」
「すみませんっ、お願いしますっ」
コイツはオメガランク複数チームでようやく、というレベルの魔物だ。
だからちゃんとした判断に基づくなら僕もここに残って戦うべきだった。
だけどリンカを連れ去られて冷静さを失っている僕を足手まといだと理解しているのだろう。
実際彼女を追いかけたい気持ちでいっぱいの僕は、この戦いにおいて集中力を欠いている足手まといだ。
僕は直ぐさまハーカル達の後を追った。
「リンカあぁああっ!!」
「はははっ! あばよ小僧ッ」
「くそぉおおおおっ!」
光に包まれたハーカル達を追いかけるが、僕を嘲笑うかのようにリンカを見せびらかしながら消えていく。
「ははは、俺達が使い込んだ後で良かったら貸してやるよ。じゃあなっ」
帰還石の光に包まれ、とうとう奴らの姿は消えてしまった。
「くっ。リンカッ、リンカァアアアアアアア!!!」
くっそぉおっ!
あんな貴重なアイテムを持っていたとは誤算だった。
王家クラスの金持ちしかおいそれと持ち歩けないレベルのレアアイテムなので、持っている事を想定するのはかなり難しい。
「クソッ、切り替えないと」
こうなってしまった以上腐ってる場合じゃない。
この場を一刻も早く脱出しなければ、そのまま行方が分からなくなってしまう。
そのためには……。
◇◇◇
【sideアテン】
『ギャオオオオオオオオッ!』
『グラララッ!』
「くっそぉ。俺達だけじゃ分が悪いぜ」
盾役のザークが歯を食いしばる。
双頭が振るうだけで竜巻のような衝撃が走り、地面が裂ける。
これだけの巨体が相手では足踏み一つで地響きが起こり、足を取られて姿勢を保つだけでも苦労してしまう。
「連携を取れっ。戦ったことがない相手じゃない。あの時を思い出すんだっ」
私達とて伊達にオメガランクを背負っているわけではない。
かつてこいつとは戦ったことがある。同じオメガランク冒険者のチームが三つ集まってようやく――という相手だが、あれから自らを鍛えに鍛えたのだ。
今なら単独チームでも渡り合える筈。
「アルファ、ベータチームは攻撃のサポートに回れ。生半可な攻撃は逆効果だ。我々煉獄の騎士団に攻撃役を集中させるっ」
「「応ッ!!」」
彼らも一流の冒険者だ。己の力量はしっかり理解している。
私の号令で一斉に動き出し、攻撃バフの魔法、スキルを発動させていく。
「長期戦では押し切られる。短期決戦で一気に決着を付けるぞっ。奥義【煉獄魔闘】」
炎の化身となって戦う煉獄魔闘のスキル。私のギフトで編み出した最強の技だ。
「フェンネルッ、いつもの奴でいくぞっ。魔力を高めておけ」
「はいは~い。一気に決めるわよー。シズカちゃんサポートお願いねー」
「承知でござるっ! 秘儀ッ、分身連舞ッ」
『グアアアアッ』
二つの頭を両腕のように振り乱し、分身したシズカに攻撃を加える。
奴の頭はそれぞれが独自に行動する思考を持っている。
逆に言えば一方が気をとられれば連携を乱すことができる。
「セレンッ、奴の目をくらませてくれっ」
「分かりましたっ。ホーリーライトッ」
『ギョアアアアア』
「よしっ、奴の目がくらんだッ。一気にいくぞっ。奥義ッ、イフリートエンペラーッ!!」
地獄の火炎を纏いながら奥義を発動し、奴の心臓目掛けて突っ込んでいく。
ツインヘッドダークドラゴンは二つの首の根元に心臓が存在し、そこを貫けば動きを大きく止めることができる。
「その隙に核を貫くっ。トァアアアアアッ!」
「絶対零度……アブソリュートコキュートス」
超高温の後の超低温。二つの相反する温度を連続で当てることで、どんな強固な物体も破壊することができる。
私達煉獄の騎士団が誇る必勝パターンだ。
『ガオオオオオンッ』
「な、なにっ⁉」
必勝の策を炸裂させていざ勝利、と思った瞬間だった。
ドラゴンの両首から暗黒色の瘴気が登り始め、口から濁流の如く魔力が吐き出される。
「いかんっ、ダークブレスが来るぞっ。防御魔法をっ」
「ダメですっ、間に合いませんっ」
光の防壁を張ろうとするセレンだったが、ドラゴンの攻撃の方が一歩早い。
「うおおおおおっ」
「きゃああああっ」
「ぐわぁああ」
凄まじい暴風と衝撃が襲い掛かり、私とフェンネル。そして私達を守ろうと前に乗り出したザークが吹き飛ばされる。
岩場の壁に叩き付けられ、呼吸が止まるほどのダメージが全身を硬直させた。
「くっ、なんという威力だ。以前の個体とは段違いの力だぞ」
計算外だ。同じ種族なのにこれほどのパワーを誇っているなど有り得ない。
何かが、何かが起こっている。
裏で糸を引いている者がいるとしか思えない。
『『ギャオオオオオオオオオオオオオンンッッ!!!』』
「ま、まさかっ」
「もう二撃目ッ⁉」
「これは参ったでござるよ……」
「ここまで、なの……?」
二撃目がくる。既にセレンが光障壁の魔法を展開しているが、それだけで防げるような威力じゃない。
「くっ」
冒険者としていつ死んでも覚悟はしていた。
これほどの理不尽に遭遇しても、命をかける職業である以上それは仕方ない。
私達は動けない体の痺れを歯噛みしながらやってくる死の瞬間を待ち構えた。
「激殺ッ! 両断ッ! 重ね斬りィイイイイイイイイッ!!」
怒号が広間を震わせる。
雷光の如き人影が飛び込み、振り下ろされた剣閃が幾重にも重なる。
天と地を繋ぐ剣の奔流。
災厄の竜を、まるで紙を裂くかのように真っ二つに切り裂いた。
『ギャオオオオオオオオオオオオンンッッ!!!』
断末魔。
双頭竜が抵抗すらできずに崩れ落ちる。
その場を覆っていた圧倒的な威圧感が、嘘のように消えた。
光の残滓の中に立つ少年。
肩で息をしながら、それでも前を睨む眼は決して揺らがない。
その全身からは異様な魔素が噴き出し、周囲の空気を震わせていた。
明らかに限界を超えた力の使い方――常人ならとっくに命を落としている。
「ば……化け物を……斬り捨てた……?」
「一撃で……ツインヘッドを……だと……?」
私は震える声で呟く。
――否。
あれは化け物ではない。
ただ、大切な者を救うために己を削り尽くした人間の姿だった。
「セージ……君はいったい、何者だ……」




