広がる能力
冒険者生活2日目。
当初の予定通り、僕たちは初心者御用達の依頼を連続でこなしていた。
ドブさらい、動物の世話、町の掃除に迷い人探しと。
地味で地道で泥臭い仕事の数々。
「ふぅ~。思った通り大変だな」
ドブ掃除は悪臭との戦い。リンカも一緒に付き合ってくれて、泥まみれになりながら汚れをかきだした。
「これも一流冒険者への道ね」
リンカも一緒になってドブ掃除をイヤな顔一つせずに付き合ってくれる。
半ば僕のワガママで始まったことなのに、献身的な心遣いに心が温かくなった。
「よーし、第一段階終了。浄化魔法を使って掃除しましょ」
「うん。それじゃ僕の出番だね」
泥掃除は浄化魔法やスキルを使える冒険者が請け負うのが一般的なので、ここでは魔法の練習をすることにした。
「実は僕、基礎的な魔法は生活魔法レベルにしか使えないからさ、少し練習してみたい事があるんだ」
「それってクリーンの魔法を【ためる】で使ってみると良いかもね」
「うん。僕も同じ考え方してた」
まずドブさらいの仕事では汚物や汚泥をスコップで集めて一段階。
浄化魔法や浄化系のスキルが使えるならもう一段階。
段階に分けて報酬が細分化されている。
1段階目は午前中の2時間で終わらせることができた。
今は2段階目をこなしている最中だった。
「よーし、軽い浄化魔法は使える。最大値まで【ためて・放つ】してみよう」
僧侶のギフトを持った人が浄化魔法を使うとアンデッドを浄化できたりするわけだ。
「よーし、いくぞ」
目の前には山積みになった泥の塊。人力で処理しようとすると莫大な人手と費用が掛かるが、冒険者に任せると安上がりだ。
「浄化」
/1000状態の生活魔法の浄化を泥山に向かって放つと、グリーン色の光が扇状に広がって浄化が始まる。
「ふわっ、凄い」
眩しい光に包まれた泥山はあっという間に消え去り、汚泥溜め広場にこびり付いた過去の汚れもまとめて綺麗にすることができた。
「素晴らしいよっ。こんなに早く丁寧な仕事をしてくれる人は初めてだ。みんな臭くて汚いからやりたがらないからねぇ。報酬は色をつけさせてもらうよ。ギルドには最高の評価をお願いしておこう」
「ありがとうございます。困った時はまた是非ご指名を」
「ああ、次もよろしく頼むよ」
依頼人のお爺さんに作業終了報告を行ない、次の依頼場所へと移動した。
◇◇◇
「迷い人と猫探しは任せて」
「索敵スキルの出番だね」
「そうよ。得意な事を全部使って依頼をこなすのが冒険者。次からはスキル全開でいきましょ」
「うん。それじゃあ頼むよリンカ」
「オッケー。【ためる】……【ためる】……【ためる】……んんっ、もう少しいけそう……【ためる】、【ためる】んんんっ、【た、め、る】……もう限界……索敵ッ」
スキルが発動し、もの凄い勢いで何かがドーム状に広がっていく。
魔力感知に長けた者ならそれらのスキルの発動が視認できるらしいけど、僕にはほんのりとしか分からなかった。
以前は二段階で辛そうだった【ためる】を更に上昇させることができている。
使うほどに慣れてきているな。
「凄い……今までより、桁違いに広い範囲を捜索できる。より細かく、より精密に……。目的をイメージすると更に鮮明だわ……凄いわよこのスキル」
集中するために目を閉じて両手を広げるリンカは、やがて一つの方向に指を向ける。
「北の方よ。どうやら迷い猫と探し人は一緒にいるみたいね。行きましょう」
「うん。流石だね」
そうして僕らは、初心者用の難易度の低い依頼を一気に5つこなすことに成功した。
◇◇◇
「一番下のゼータランクとはいえ、たった1日で5つも依頼をこなしてきた人達は初めてですよっ!」
全ての依頼をこなして、1日の終わりにギルドへと報告する。
今日の報酬は15000ルクス。
ドブさらいの依頼人が色を付けてくれたおかげでちょっと増えたらしい。
普通の労働者の平均賃金は1000~3000ルクスと言われているから、それと比べると最低ランクの依頼でもかなりの高額に見える。
「だけど実際は経費は全部自分達でまかなわないといけないから、稼ぎは少ないんだよね。1日に5個も達成できる人も少ないだろうし」
「そうね。宿代とか、武器や防具の調達も安い買い物じゃないから、実際の実入りは相当少ないわね。安定するにはランクを上げていくしかない。でもランク上げには難しい依頼をこなすしかないから強い武器がいる」
武器を買うお金を調達するには高ランクの依頼をこなす必要がある。
そのためにほとんどの冒険者はギルドに借り入れをしてワンランク上の武器を購入し、依頼料から返済することになる。
実際は途中で死ぬこともある職業なので、残った借金を補填するための制度なんかもあるみたいだ。
しかし借金がかさむと奴隷落ちもありうるから楽観視できるものじゃない。
「厳しい世界なんだね」
そんな話をして冒険者の厳しさに思いを馳せていると、査定を終えた受付の人が何かプレートを持って戻ってきた。
「リンカ様、セージ様。お二人ともイプシロンランクに昇格となります。次回よりワンランク上の依頼が受注可能となりました」
「早くもランクアップね。この調子でガンガン上げていきましょ」
「うん!」
◇◇◇
3日目、4日目と依頼は順調にこなす事ができている。
簡単な討伐依頼を中心に、できるだけ短時間で終わらせて達成報告をし、次の依頼にでかけるのを繰り返した。
ベテラン冒険者のリンカがいてくれるおかげでどの依頼を同時に受ければ最高効率で依頼をこなせるかを教えてくれるので、同じ地域に生息するモンスターの討伐依頼を同時に受けたりもした。
とはいえ、流石に次のランクに上がるのに必要な達成依頼数は簡単ではない。
4日目の今日になってようやくランクアップの兆しが見えてきた。
「リンカは頼りになるね。さすが元ガンマランク」
「ふふ。今日中にあと一つくらいこなせば、デルタランクに上がれるかもしれないわ。どうする? 今日はもう休む?」
「リンカさえよかったらもう少し受けてみたいな。槍以外の武器も練習したいから」
「オッケーオッケー。それじゃあ残ってる依頼がないか確認しにいきましょうか」
「うん。いいのが残ってるといいね」
依頼書というのは当日の朝に張り出される。だから取り合いになるので素早く依頼書を手に入れて受注してしまうのが、旨味の多い依頼をこなすコツだそうだ。
だけど……。
「ここで私の新しいスキルの出番ね」
「いよっ、待ってましたっ」
【ためる】を駆使して☆索敵のスキルを使い続けた結果、リンカが新しい能力に目覚めたのだ。
「じゃあ調べるね……スキル【検索】」
リンカのギフトは【分析】だ。
人間、魔物、動物、果ては生命体以外のありとあらゆるものを詳しく調べることができる。
そして、僕のギフトの能力【フィーリングリンク】によって能力の一部が共有されることで、【ためて・放つ】の幅広い解釈がリンカにも適応されるようになったらしい。
感情ゲージがレベル3になった事で、共有している能力の幅が広くなったと言い換える事もできる。
そして今リンカがやっているのが【検索】という新しいスキル。自分が探したいものをイメージしてスキルを発動することで、目的のものがどこにあるかを探し出すことができるスキルだ。
迷い猫や探し人の依頼で繰り返し広い範囲の索敵を行なう事で得る事ができた。
「あったわ。北側地区にある3番支部にグリーンゴブリンの討伐依頼が残ってる。同じ掲示板にビッグバードの依頼も残ってるからついでに受けちゃいましょ」
「よし、急いで3番支部に行こう」
「丁度10分後に北側地区行きの乗合馬車が出るわ。移動しちゃいましょ」
「そんな所まで把握してるんだね。さすがリンカ。行こう」
そうして意気揚々と依頼を受けた僕たち。
討伐モンスターの出現場所はダータルカーンの北門を出た場所にある林だ。
グリーンゴブリンもビッグバードも今の僕らなら負けることはない。
◇◇◇
「おめでとうございます。デルタランク昇格となります」
「やったねセージ君」
「うん。やったっ。リンカのおかげだよ」
「セージ君こそ」
依頼は順調に成功。僕らは無事に冒険者生活4日目にしてデルタランクへと昇格することが出来た。
これは本来の冒険者の何十倍という早さだ。異例の早さとしてギルドでも注目を集めていた。
「順調ね。ここら辺から一筋縄ではいかない依頼も増えてくるわ。そろそろもう一段階上の難易度に挑戦しましょう」
「うん。ダンジョン攻略だね」
「ええ。外での討伐依頼と違って、ダンジョン攻略には種類の違う準備が必要になる。今日はダンジョンに必要な物品を買いそろえましょうか」
「そうだね。そうしよう」
これまで外でのモンスター討伐依頼を中心にこなしてきたのは、移動と準備に時間が掛からない、というのが大きい。
というのもついでにサブランディア平原に出向いて無限湧きスポットを狩りに行くことができるからだ。
ただ僕らが乱獲したせいで出現する魔物がそうとう少なくなっているらしい。
今日をもってダンジョン攻略に切り替えたのは、しばらく平原での狩りは控えて数の回復をトトルムさんから頼まれたからだ。
他の冒険者の仕事を奪っているに等しいからな。
魔物は人間にとっての脅威だけど、魔物から取れる魔石や素材は人々の生活を支えている無くてはならないものだ。
この皮肉ともいえる構造が、この世界共通の常識なのである。
「デルタに昇格したから高位ダンジョンも挑戦できるけど、最初は初心者用のダンジョンにいきましょうか」
「うん、僕自身がダンジョンに慣れてないから、助かるよ。騎士団の訓練で何度か行ったけど、リンカくらい優秀なサポートはいなかったからね」
「ふふ、褒めてもデートくらいしかしてあげないわよ」
「十分過ぎる報酬だね」
「あはは、言うようになったじゃない。じゃあいきましょ♪」
僕らは自然と手を繋ぎ合った。
あれから、僕とリンカの距離感が変わった気がする。自然とお互いが寄り添って手を繋ぎ、互いの存在を感じ合うことができるようになった。
近いうちに、僕らの関係は確かなものになる。そんな予感がするんだ。




