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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~  作者: かくろう
141~150

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145/150

奈落の魔将ダゴン

 ――大地が、泣いていた。


 湿原の地層が沈み、黒い亀裂が王都の外壁まで広がる。

 あらゆる魔力が吸われ、空気そのものが重く濁っていた。


 僕は、膝をついていた。

 右腕は焼けるように熱く、ストック表示がノイズを走らせている。


〈警告:魔素ストック喪失〉

〈祈りストック干渉検知〉


「……奪ってるのか」

 僕は歯を食いしばった。


 ダゴンの鎖は、空を薙ぎ払うたびに“吸い取る”。

 ただの攻撃じゃない。世界から“ため”という概念そのものを奪っている。


「セージ君!」

 リンカの声が飛ぶ。

 矢を放つが、風の刃ごと鎖に飲まれ、霧のように消える。


「駄目……どんな属性でも、触れた瞬間に吸収される……!」


 ルミナスが額の汗をぬぐい、両手を合わせる。

「――【ノヴァ・インフェルノ】!」


 大気が震え、炎の嵐が巨体を包む。

 しかし、炎は弾けた瞬間に“消えた”。

 まるで、存在そのものを拒絶されたように。


「……“熱”すら、喰ってる……!?」

 ルミナスが目を見開く。


 セレスが祈りの書を広げ、必死に詠唱する。

「――《ホーリー・リストレーション》!」


 光が降り注ぐ。

 けれど、その光も鎖に絡め取られ、黒く染まっていく。


「だめっ……祈りが届かない……!」

 セレスの声が震える。


 ダゴンの足音が響いた。

 大地が沈み、空気が爆ぜる。

 ただ歩くだけで、世界が壊れていく。


「……砕く」


 短い言葉。

 それだけで、僕たちの心臓が一瞬止まる。

 威圧ではない。存在圧。


「こいつ……“ため”を否定してる……」

 僕は呟いた。

「“ためて・放つ”という行為を、根本から削ぎ落としてるんだ……」


「そんな……」

 リンカが矢筒を握る。

「じゃあ、セージ君のスキルが……」


「――封じられる」


 僕は立ち上がり、剣を構えた。

 ストックの表示が消えかけている。

 祈りストックも、ほとんど反応を失っていた。


〈祈りストック:不安定(1200/8000)〉


「……ああ、面白い」

 ルミナスが低く笑う。

「“ため”を奪うってことは、逆にいえば“溜まってる”」


 その言葉に、僕は目を見開いた。

「……まさか」


 ルミナスが頷く。

「セージ、あれを“ため直す”ことはできる。

 ただし――“全員で”やる」


 リンカが即座に矢を構える。

「矢一本分でもいい、“想い”を乗せる!」


 セレスが両手を合わせた。

「祈りを媒介に、“ため”を繋ぎます!」


 僕は頷いた。

「――全員の“ため”を、僕に託してくれ!」


 風が巻き起こる。

 炎が空を舞い、光が交差する。

 ルミナスの光炎、リンカの雷矢、セレスの祈り――すべてが僕の剣に収束する。


〈共鳴率:上昇〉

〈想念同期:全員リンク〉

〈ストック再構築開始〉


「……来るぞッ!」


 ダゴンの鎖が振り下ろされた。

 音もなく、地表が粉砕される。

 その直前――僕は叫んだ。


「【ためて――!】」


 剣に走る光が爆発する。

 時間が止まり、空がひび割れる。

 祈りと魔力と魂が、ひとつの軸に集まっていく。


〈祈りストック:上昇中(3500/8000)〉

〈魔力ストック:安定〉

〈共鳴率:臨界目前〉


「セージ君、今だっ!」

 リンカの声が響く。

 彼女の矢が、ダゴンの胸の鎖を射抜く。

 その瞬間、鎖が震えた。


「……今の衝撃……逆流してる!」

 リンカの分析が続く。

「鎖は“奪う”ために繋がってるけど、逆に“送り返せる”!」


「つまり……!」

 僕は剣を掲げる。

「“ため”を――返せばいいんだ!」


〈祈りストック:限界突破(8000/8000)〉

〈スキル共鳴:発動準備〉


「みんな、力を貸してくれ!」


 セレスの声が重なる。

「はい――“祈りの真名”を、もう一度!」


 光が弾ける。

 セレスの詠唱が風に乗る。


「――ルミナリエ・インヴォーク!」


 祈りの波が広がり、空を満たす。

 炎と風、光と雷――すべてが一つの螺旋を描いた。


 そして僕は叫んだ。


「【放て――!】」


 光の奔流が、鎖を逆流した。

 奈落の巨体を貫き、黒霧を裂く。

 世界が閃光に包まれる。


 ダゴンの動きが止まった。

 仮面の奥の瞳が、かすかに揺れる。


「……人の……ため……」


 かすかな声。

 その瞬間、黒い鎖が砕け散った。


 湿原の空が晴れ渡る。

 太陽の光が、初めて地上に届いた。


「……やった、の……?」

 セレスが震える声で言う。


 けれど僕は、まだ剣を下ろせなかった。


 ダゴンの体が崩れ落ちる中、胸の奥――まだ“何か”が動いていた。


(……終わってない)


 僕は感じていた。

 この“奈落の魔将”の奥には、もっと深い――

 “創造神の呪い”に近い何かが、眠っている。



 ――沈黙。


 世界が止まったかのようだった。

 巨体が崩れ落ち、湿原の大地に黒い霧が漂う。

 空にはようやく陽光が射し込んでいる。

 しかし――それでも、何かがおかしかった。


 胸の奥で、脈打つような“音”がする。

 まるで地面の下、さらに深くに“心臓”が残っているような――そんな感覚。


「……セージ君」

 リンカの声が震えていた。

「まだ……動いてる」


 視線の先、崩れたダゴンの胸。

 砕けた岩のような肉体の奥に、黒い光球が脈動していた。


「……神核反応」

 ルミナスが低く呟く。

「感じる。……創造神の“かけら”」


「創造神の……?」

 セレスが目を見開く。

「つまり……七魔将は、“創造神の魂の分割体”だったということ……?」


 僕は無言で頷く。

 なるほど――だからこそ、“ためて・放つ”に干渉できた。

 創造神そのものが、“溜める”という行為の原型を作った存在だからだ。


 黒い光が、急速に膨張する。

 その中から声が響いた。


『――人の手で、“神の領域”を模倣するか』


 声は、低く、それでいて全てを見下ろすような響き。

 圧倒的な存在感が、空間そのものを支配する。


「これは……!」

 セレスが息を呑む。

「創造神の“声”……!」


 風が逆巻き、光が黒に染まる。

 まるで世界が反転するような錯覚。


 僕は剣を握りしめた。

「ダゴンはまだ消えていない。いや……“創造神の核”に繋がっている」



「セージ様……!」

 セレスの祈りが、かすかに震える。

「このままでは、再構成されます……!」


「……なら、壊すしかない」


 僕は立ち上がった。

 すでに身体は限界を越えている。

 でも――ここで退けば、また誰かの祈りが喰われる。


 ルミナスが前に出た。

 風に紫髪が揺れる。

「セージ。……光、貸す」


「危険だ。お前まで“奈落”に引きずられるぞ」


「……平気。ルミナスは、光と炎。

 闇を燃やすために、生まれた」


 そう言って、彼女は両手を広げた。

 掌から、紫炎が渦を巻く。

 空気が震え、足元の砂が浮き上がる。


「【神炎光輪ディヴァイン・フレア・リング】」


 ルミナスの身体が、淡く発光する。

 光と炎――ふたつの相反する力が、完璧な円を描いて融合していく。


 僕は息を吸い込み、その輪の中心へ足を踏み入れた。

 熱ではなく、鼓動を感じる。

 それはまるで、ひとつの心臓が二人の間に生まれたようだった。


〈共鳴率:100%〉

〈想念同期:完全一致〉

〈祈りストック:上限突破/12000〉


「セージ……放つ、準備できた」

 ルミナスの声は静かで、しかし確かに燃えていた。


「――ああ。いくぞ、ルミナス!」


 剣を掲げ、祈りの輪の中で叫ぶ。


「【神滅光輪陣】――展開!!」


 光が世界を貫いた。

 大地が震え、空が裂け、黒い霧が一瞬で蒸発する。

 白金の輪がいくつも重なり、中心に黒い核を飲み込む。


『――愚かな……人の祈りで、神を滅ぼす気か』


「愚かで結構だ!」

 僕は叫ぶ。

「祈りは、神のためじゃない! “人が生きるため”のものだ!」


 その言葉と同時に、光輪が収束する。

 眩い閃光が世界を塗り替えた。

 奈落の大地が崩れ、霧が晴れていく。


 そして――黒い核は、完全に消えた。


 風が吹き抜けた。

 陽光が戻る。

 空は澄み渡り、湿原の花々が静かに咲き始めていた。


「……終わった、のね」

 セレスの声が、涙混じりに響く。


 僕は剣を下ろし、息をつく。

 ルミナスが隣に立っていた。

 その顔には、いつものように感情のない静けさ。

 けれど、ほんの少しだけ微笑んでいた。


「……セージ。燃やせた。奈落、全部」


「……ああ。お前がいたから、できた」


 ルミナスは目を閉じた。

「……よかった。ルミナスも、“ためられた”」


 その一言に、僕は胸が熱くなった。


 ――戦いは終わった。

 だが、“創造神の呪い”は、まだ完全に解けていない。

 黒い霧の奥に、さらに深い“気配”が残っているのを、僕は感じていた。


(次は……“本体”か)


 剣を握る。

 仲間の声が背後で響いた。

 リンカ、セレス、ルミナス――そしてこの地で救った人々の祈りが、確かに重なっていた。


 人の力は、祈りをためる。

 そして放つ。

 それこそが、僕たちの戦いの意味だった。




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