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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~  作者: かくろう
141~150

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143/150

瞬撃の魔将アルジーナ

 氷の霧が晴れた湿原の空。

 静寂の中で――ひとつの音が、響いた。


 「カチ……カチ……カチ……」


 時計の音。

 だが、それは懐中時計の針ではなく、世界の“心臓”が刻む音のようだった。


 セレスが息を呑む。

「……魔素の流れが、止まっていきます……」

 風が止まり、水滴が宙で固まる。

 次の瞬間、空間そのものがきしんだ。


「来たか――」

 僕は剣を握り、視界を探る。


 そこに、彼女は立っていた。

 黒のタイトドレスに銀の髪。

 片手には古びた懐中時計、もう片手には黒曜の短剣。


 妖艶で、どこか退屈そうな瞳。


「ふうん……あなたが、セージ・タブリンス?」

 アルジーナ。

 “瞬撃の魔将”――時間を操る最悪の敵。


「面白い。イグニス、ヴァルナ、ラミエル、ベロク、セレーネ……

 あなた、本当に5人も倒したのね」


「次はお前か」

 僕は構える。


「ええ。でも安心して。痛みは感じないわ。

 だって――“止まる”から」


 カチ、と指先の時計が鳴った。

 世界が、凍った。


 リンカが弓を引き絞った姿のまま止まり、

 ルミナスの炎が空中で静止する。

 セレスの祈りの声も、途中で途切れた。


 動けるのは――僕だけだった。


「……時間停止……いや、違う」

 身体が重い。意識は動いているが、空気が固体みたいだ。

 時間そのものが圧縮されている。


「これが、“ため”の否定」

 アルジーナがゆっくりと歩み寄る。

「あなたのスキルは、“時間を要する”でしょう?

 だから、止まった世界じゃ何もできない」


 彼女の指が、僕の頬を撫でた。

 冷たい。だが、血が凍るような感触ではない。

 むしろ、“現実感”そのものを奪われるような恐怖。


「ねえ。ためるって、何秒かかるの?」

「……お前に関係ない」

「ふふ。そう言うと思った。

 でも、私はね――“ためる時間”ごと削除できるの」


 言葉と同時に、懐中時計が逆回転する。


〈攻撃力ストック:消失〉

〈加速ストック:消失〉


「……な……!?」

 体内の魔素が一瞬で空になる。

 今まで溜めてきた全ての“結果”が、無かったことになった。


「ほらね?」

 アルジーナが笑う。

「あなたの“ため”は、私の“停止”の中では意味を持たない。

 時間を超えて“放つ”なんて行為は、存在しないのよ」


 ……理屈では勝てない。

 彼女の“時間支配”は、僕の能力そのものを消してしまう。


 それでも――足が勝手に前へ出た。


「それでも僕は、“ためる”」

「無駄な努力ね」


 時計が再び鳴る。

 空間がねじれ、世界が上下反転する。


 何が起きているのか、視覚が追いつかない。

 時間がねじれ、世界が多重に重なっていく。


「“ためる”という行為は、“時間を費やす”こと。

 なら、私はその“時間”を全部凍らせる。

 これが“瞬撃”の真髄」


 彼女の短剣が、僕の喉元へ滑る。


 だが――その瞬間、空気が震えた。


「……させませんっ!」


 セレスの声が空間を割った。

 祈りの光が、氷の時間を押し返す。

 静止していた空間に、音が戻る。


 アルジーナが眉をひそめる。

「ほう……動けたの?」

「祈りは、時間に縛られません。

 “祈る”という行為は、“瞬間”ではなく“永続”です!」


 その一言で、僕は理解した。

 そうだ――“ためる”も“祈り”も、過去や未来じゃない。

 今だ。


「……ありがと、セレス」

 僕は息を整えた。


〈祈りストック:再構築〉

〈想念同期:安定〉


「おや? まだ立てるのね?」

 アルジーナの声に、僕は笑った。

「立つさ。俺……いや、僕の“ためる”は、“時間”のためじゃない」

 剣を構える。

「想いのためだ」


 アルジーナが目を細める。

「ふふ、興味深い。

 じゃあ見せて。あなたの“想い”が、どれほどの速度を持つのか」


 時計が再び鳴った瞬間――僕は動いた。


〈加速ストック:再起動〉

〈祈りストック:共鳴上昇〉


 風が裂け、音が走る。

 炎が弾け、光が交錯する。

 そして――


 僕とアルジーナの刃が、初めて真正面からぶつかり合った。


 時間すら、悲鳴を上げる衝撃だった。


 衝突の余波で湿原が割れた。

 空間が軋み、光と闇が混ざり合う。


 刃と刃が弾け、アルジーナの笑みが閃光の向こうに浮かぶ。

「おかしいわね……あなた、“時間が止まってる”はずなのに」


「止まってるのは“世界”だけだ。僕の心までは止められない」

 呼吸をひとつ。

 思考が、研ぎ澄まされていく。


〈加速ストック:4000/4000〉

〈思考加速:臨界〉


 刃を交える一瞬――世界が、白く引き延ばされて見えた。

 動きの全てがスローになる。

 いや、違う。

 僕の思考が、速すぎるのだ。


 アルジーナが一歩踏み出す。

 その軌跡が見える。

 振り下ろされる前に、すでに次の動作を予測できた。


 ――これが、“思考のため”。


 僕は剣を返し、迎撃する。

 光と影のようにぶつかり合い、火花が散る。


「……おかしいわね」

 アルジーナが短剣を受け流しながら、微かに笑う。

「この空間で、思考を動かせるなんて……そんな芸当、誰にもできないはず」


「“ためる”のは、力だけじゃない。

 考え方も、感じ方も――全部、ためて放つ」


「ふふっ……理屈としては無茶苦茶。でも、嫌いじゃない」


 アルジーナが時計を掲げた。

「なら、これはどう?」


 針が逆回転する。

 僕の視界が一瞬、真っ白に弾ける。


 気づけば――剣を握る僕が二人いた。


「……反転?」

「過去のあなた。三秒前の“ため”を分離したの」


 アルジーナが笑う。

 なるほど、時間を遡るだけでなく、“過去の存在”を現実化させるのか。

 これじゃあ、どんな反応も先読みされる。


 しかし――僕は笑った。


「三秒前の僕か。悪くない」

「? 何がおかしいの?」

「そいつも、“僕”だろ」


 次の瞬間、二人の僕が同時に動いた。


〈思考のため:連動起動〉

〈攻撃回数ストック:4000/4000〉


 双剣のように、同一の動きで襲いかかる。

 アルジーナの目が見開かれた。


「馬鹿な……! “同じ時間”の存在が、連携している……!?」

「思考は、共有できる」

 僕と“過去の僕”が、同じタイミングで踏み込む。

 刃が交錯し、時間の膜が裂けた。


 その隙間に――リンカの声が飛び込む。


「セージ君っ! 分かった! アルジーナの“時間操作”の核、見えた!」


 リンカが地面に膝をつき、矢を構える。

 銀色の瞳が光を帯びる。


「【分析】発動――対象:アルジーナ。

 “時間停止”の構造、解析開始!」


 周囲の空間に幾何学模様が走る。

 リンカの周囲で、情報の光が弾けた。


「やっぱり……彼女の時間停止は“祈祷式”じゃない。

 外部干渉型の“自己基準”よ! 

 自分の時計が、“世界の基準時間”を上書きしてる!」


「つまり……その時計を壊せば!」

「ダメ! 直接壊したら、時間が崩壊する!」


 アルジーナが微笑む。

「そう、その通り。だから、誰にも止められないの」


「なら、上書きするしかない」

 セレスが祈りの書を掲げる。

「時間は祈りによっても紡がれる。

 “永遠”という概念を“今”に結び直せば、止まらない!」


「祈りと分析の共鳴……面白いわね」

 アルジーナが短剣を構える。

「でも、それを口にしている間に――時間はまた止まるの」


 カチ、と針が鳴る。


 しかし、その瞬間。


〈思考のため:再展開〉

〈祈りストック:6000/8000〉

〈想念同期:上昇〉


 僕の中で、時間が“二層”に分かれた。

 一方は止まり、一方は動く。

 止まった世界で、思考だけが進み続ける。


(……動ける……!)


 止まった空間の中で、僕は剣を振るう。

 光が、音もなく走る。


 アルジーナがわずかに目を見開く。

「……あり得ない」


「“ためる”ってのは、“時間を貯金すること”じゃない。

 “可能性を積み上げること”だ」


 刃が届く。

 アルジーナの時計がわずかに欠けた。

 時間の膜が揺らぎ、音が戻る。


「セージ君、今っ!」

 リンカの矢が放たれる。

 それは光の筋となり、時計の針を正確に射抜いた。


 針が停止し、空間が一瞬だけ“無”になった。


「――終わりじゃないわよ」

 アルジーナが笑う。

 割れた時計の中から、もう一つの針が浮かび上がる。


「これが、“真の時間”」


 世界が――逆転した。



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