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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~  作者: かくろう
141~150

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141/150

サッカス湿原戦・前夜

 夜の帳が降りる頃、王都はようやく静けさを取り戻していた。

 戦の焦げ跡を洗い流すように、街路の灯がゆらめく。

 人々の笑い声が戻りつつある――その音が、何よりの救いだった。


 王城のテラスで、僕は深呼吸をした。

 乾いた空気の中に、微かに湿った風が混ざっている。

 遠く――西の方角から。


「……湿原の匂いだ」

 呟くと、背後から軽い足音が聞こえた。


「セージ君、また気配を感じたの?」

 リンカがワイン色のマントを翻して現れた。

 月光を受けた銀狐の耳が、かすかに揺れる。


「ああ。……でも、悪意はまだ遠い。

 ただ、何かが“目覚めた”ような感じがする」


 リンカは黙って頷き、空を見上げた。

 その眼差しは静かで、どこか凛としていた。

「……サッカス湿原。魔素の流れが乱れてる。

 普通なら感知できない距離だけど、これははっきり分かる」

「ギルド長の報告と一致してるな」

「うん。明日にははっきりするはず」


 彼女がそう言った瞬間――テラスの扉が開いた。

 聖衣の裾をたたみながら、セレスが現れる。

 その隣には、淡い蒼衣をまとった少女がいた。


 ……ザハル王国の王女、リシェル=ザハル。

 ベロク戦のあと、僕たちが地下神殿で救出した少女だ。

 白金の髪が夜風に揺れ、瞳の奥に澄んだ光を宿している。


「セージ殿」

 彼女が丁寧に頭を下げた。

「ルインハルド国王陛下より、正式な謝辞が伝えられました。

 我が国ザハルの避難民も、今夜よりこの王都で受け入れが始まります」


「そうか……よかった」

 思わず胸をなでおろした。

 メルダナで瓦礫の下から祈りを紡いでいた彼らの姿が、脳裏に浮かぶ。

 その命が繋がったというだけで、救われた気がした。


 セレスが静かに頷く。

「祈りは確かに届いていたのです。

 この地に新しい“黎明”が芽生えようとしています」

 リシェルはその言葉に微笑み、両手を胸の前で組んだ。

「黎明の聖樹……。聖女セレス様、そしてセージ殿。

 この身に宿る祈りも、どうかお二人に託させてください」


「祈りを託す?」

 僕が問い返すと、彼女は小さく頷いた。

「滅びゆく国々で、まだ多くの声が眠っています。

 それを……“形”に変えられるのは、あなたしかいない」


 その目に、確かな決意があった。

 幼い印象とは裏腹に、彼女の言葉は芯を持っていた。

 僕は静かに応じた。


「分かった。――その祈り、ためさせてもらう」

 そう言うと、胸の奥で微かな光が灯った。


〈祈りストック:+200〉

〈共鳴率:安定〉


 リシェルの祈りが、確かに僕の中に流れ込んでくる。

 柔らかい、けれど揺るぎない想い。

 その瞬間、世界のノイズが少し遠ざかった。


「……あたたかいですね」

 セレスが微笑む。

「魂の温度が伝わってくる……これが祈りの共鳴」


「セージ君」

 リンカが口を開く。

「今の波形、妙だよ。

 “祈りの共鳴”と同時に、湿原の魔素がほんの少し――震えた」


「え?」

 僕は息を呑む。

 つまり、祈りをためた瞬間、遠く離れた湿原が反応したということか。


「もしかして……奴らも感じ取ってる?」

「ええ。祈りは光。闇はそれを嫌います。

 光が届けば、闇も必ず動く」

 セレスの声が、夜風に溶けていった。


 空を見上げると、月が雲に隠れかけていた。

 静寂が戻る――けれど、その静けさの下で、確かに“戦の鼓動”が動き始めている。


 明日、僕たちはサッカス湿原へ向かう。

 そこで待つのは、三体の魔将。

 祈りと絶望が交わる地で、また新たな光をためるために。



 翌朝――僕たちは、王都を発った。

 行き先は西方、サッカス湿原。

 ギルドからの正式依頼には、こう記されていた。


『サッカス湿原周辺における異常魔素の観測。

反転祈祷の残滓と見られる現象あり。要調査。』


 ……要調査、か。

 言葉は軽いが、あの黒砂の“主”が関わっているなら、間違いなく危険だ。


 朝霧を切り裂くように、ルミナスが前方で転移陣を展開する。

「――リ・テレポ、起動」

 彼女の指先が光り、空間が歪む。


 一瞬で景色が変わった。

 砂混じりの風が頬を打つ。

 そこはもう、湿原の入口――サッカス西端。


「……着いたな」

「相変わらず、転移の精度がすごいね」

 リンカが軽く笑う。

 彼女は背中の弓を下ろし、矢筒を確認した。

「矢のストックはOK。ストレージ残量、二百立方メートル。

 ……って、あたしの矢だけでこの数字ってどうなの?」


「僕の方は、装備と補給品合わせて八百㎥くらいかな」

 僕は苦笑しながらストレージウィンドウを確認した。

 食料も回復薬も、時間停止ストレージ内で鮮度そのまま。

 魔素ストックを圧縮していけば、街ひとつだって格納できる。


「ふふ、ほんと規格外だね」

 リンカが呆れたように笑う。

 けれど、その目には頼もしさが宿っていた。


 セレスが静かに歩み寄る。

「湿原特有の魔素反応……感じます。

 空気が、少しだけ“祈り”を拒んでいる」


「拒んでる?」

「ええ。まるで、反転陣の残滓がまだ息をしているようです」


 僕は地面に手をついた。

 ぬかるんだ土が、低く脈打つ。

 感触だけで分かる――これは自然じゃない。


「……生きてる。いや、“何かをためてる”」

「また、ためる系か」

 リンカが顔をしかめた。

「反転祈祷の残骸が“ためて”るって、ちょっと嫌な予感しかしないんだけど」


「分析を頼む、リンカ」

「了解」

 彼女の瞳が銀に輝き、【分析】の魔法陣が展開する。

 数秒の静寂のあと、息を呑む声が上がった。


「セージ君……この魔素、ベロクのものだ」

「ベロクの……?」

「うん。たぶん、第二形態のときに放出した“暴食神核”の残滓。

 まだこの大地に染み込んでる」


 ルミナスが一歩前に出た。

「暴食……魔素の循環、止まってない。

 この湿原そのものが、喰われかけてる」


「じゃあ――浄化が先だな」

 僕は腰の剣を抜き、刃先に祈りの光を纏わせた。

 金属音が空気を裂く。

 セレスが隣で聖句を唱える。


「――ルミナリエ・サンクトゥス」

 白い光が円を描き、湿原の一帯を包み込む。

 空気が揺らめき、黒い霧が浮かび上がった。

 まるで、何かが“目を覚ます”前の息遣いのように。


「……見える?」

「ええ。輪郭が浮かんでます」

 リンカが弓を構える。

 矢先が光を帯びる。

 ルミナスは掌を開き、魔力を集束。


「セージ、反応三つ。……でかい」

「やっぱり、来たか」


 湿原の奥から、黒い泡のような魔素が吹き上がる。

 泥の海が沸騰し、巨大な影が姿を現した。

 六本の腕を持つ影。裂けた口から、残響のような笑い声が漏れた。


「……ベロクの“亡骸”……?」

 セレスが息を呑む。

 だが、その声に答えるように――湿原の奥から別の声が響いた。


「“亡骸”じゃないわ。あれは“継承体”。」

 氷のように冷たい声。

 霧の向こう、白銀のドレスが揺れる。

 その姿を見た瞬間、空気が一気に凍りついた。


「……セレーネ」

 僕は剣を握り直した。

 氷刃の魔将――七魔将のひとりが、そこにいた。


「ベロクの愚鈍な暴食を引き継ぎ、この地に残した残滓。

 それを処理するのも、私たちの“管理”のうちよ」

 冷たい瞳がこちらを射抜く。

「もっとも――あなたたちがそれを浄化しようとしているのなら、

 話は別だけれど」


 ルミナスが前に出た。

「……冷たい。あなた、炎を嫌ってる顔」

「当然よ。氷は、全てを静止させるためにある。

 燃やすための力など、不要」


「へえ。じゃあ――燃やされる覚悟はある?」

 ルミナスの瞳が金に染まり、掌に光炎が灯る。


「セージ君」

 リンカの声が鋭く飛ぶ。

「解析完了。セレーネの魔素波、通常の三倍――戦闘形態だ!」


「……来るか」

 氷刃が閃き、空気が切り裂かれる。

 湿原の水面が瞬時に凍り、僕たちの足元まで氷が迫った。


「全員、広がれ!」

 僕は叫び、剣を構え直す。


〈加速ストック:4000/4000〉

〈祈りストック:8000/8000〉

〈共鳴率:上昇〉


 白と赤の光がぶつかる――

 炎と氷が混じり合い、世界が軋む音を立てた。




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