未来への決意
ダータルカーンに行く道のりで知り合った商人のトトルムさん一行。
魔物に襲われていた彼らを助けた縁で馬車に乗せてもらう事になり、あと数日はかかるかと思われた道のりをかなり短縮することができた。
「ええっ⁉ トトルムさんのお店、ミルミハイド商会なんですかっ⁉」
「はい。ミルミハイド商会のオーナーをさせて頂いております」
「ミルミハイド商会。どこかで聞いたような」
「ダータルカーンでも指折りの商会じゃないですかっ! 冒険者が卸す素材を一手に担う大店ですよっ」
そうか。どこかで聞いたことがあると思ったら、王都にも支店がいくつもある大商会だ。
冒険者は手に入れた素材をギルドに卸して報酬を得るが、それらは商会を通して様々な業界に流通することになる。
その中継ぎをスムーズにするために存在しているのが商会であり、彼らのさじ加減一つで冒険者の報酬や武器、防具、道具屋に並ぶ商品の値段が決まる。
つまりギルドの運営は事実上商会が行なっているに等しい。
っていうか護衛の冒険者はそんな人を置き去りにしたのか……。
今後冒険者として身を立てていくのは不可能なんじゃないかな。
何人体制で臨んだのか知らないけど、冒険者は信用商売だろうに。
いや、というよりこれは……作為的なものを感じるぞ。
「まさか護衛に雇った四チーム全員が逃げ出すとは……。どうやら私達は罠に填められたようです」
「まさか……ライバルの商会に?」
「恐らく。……私の失脚を狙っているものは多い。ライバルギルドに買収された冒険者がいてもおかしくありません」
冒険者ギルドというのは一つではない。彼のミルミハイド商会のように多くの冒険者を抱える大店もあれば、商会を通さずに少数精鋭でやっているギルドも存在している。
ミルミハイド商会はダータルカーンでもっとも大店だけど、業界第2位のライバルのゴエンザック商会というのもあった筈だ。
2番手が1番手に上がるために目の上のこぶを扱き下ろそうとしても不思議ではない。
「ところでお二人はダータルカーンではどのように活動を? よければ我が商会でギルド登録をしていただければと思うのですが」
「……私は、現役の冒険者です……ただ、先日パーティーから追放されたばかりで」
「……あ、あのっ」
リンカニアさんが言いにくそうにしていると、娘のエリスさんが身を乗り出す。
「もしかして、あなたは純白の剣のリンカニア様ではありませんかっ。私、ファンなんですっ」
「あ、あはは……ありがとうございます。でも、ごめんなさい、先日パーティーから追放されて、純白の剣のメンバーではなくなりました」
「ぁ……ご、ごめんなさい。私、無神経な事を」
「いいんです。本当の事ですから」
落ち込むリンカニアさん。しかしトトルムさんは何かを思いついたように手をポンと鳴らした。
「それなら、また一からの出直しにはなりますが、我が商会の運営するギルドで再登録をしてはどうでしょうか。純白の剣はゴエンザック商会ギルド所属の冒険者。町の反対側を拠点にしている我が商会ならば、名を上げる間の隠れ蓑としては十分でしょう」
なるほど。聞くところではダータルカーンの町はミルミハイド商会とゴエンザック商会が勢力を二分しているそうだ。
今の所トトルムさんの力が勢力の半分以上を占めているが、どの商会も虎視眈々とトップを狙っている。
「ゆっくりと考えてください。どちらにしても命の恩人であるお二人に不自由はさせませんので」
「分かりました。こちらのセージさんをサポートするために冒険者を続けるつもりでしたから。身を隠す為に再登録するのは、考えようによっては丁度良いかもしれません」
「ええ。お二人にはそれぞれ事情がありそうです。偽名で登録するといいでしょう。諸々の手続きに関する調整は全て私にお任せください」
「冒険者ギルドって偽名で登録できるんですか?」
「やり方はあります。様々な事情を抱えて冒険者になる人もいますので、まったく別の名前では後々マズいですが」
「それなら」
と、僕は提案する。
かなり前の事になるが、純白の剣の話を聞いた時に『リンカニア』という名前を聞いて、とても綺麗だと思った事を思い出す。
その時に、彼女と親しい人はどのように呼ぶのだろうかと考えた時、僕の心がときめいた名前。
「リンカ、というのはどうでしょうか」
「リンカ、ですか。そうですね。今までの自分を捨てる意味でもそうします」
「逆にセージ様、あなたはそのままの名前の方がいいと思います」
「どうしてですか?」
「あなたが抱える事情から推測して、いずれお家に戻るおつもりではありませんか?」
凄い洞察力だ。多分、僕が何者かも既に察しているんだろう。
そう、僕にはもう一度あそこに戻る義務がある。
冒険者として名を上げて、拠点を作ったらミレイユ達を迎えに行きたい。
プライドの高い旦那さまがそれを許してくれるかは分からないけど、彼女達は14歳で成人前だ。
なんらかのギフトが出現する前なら、興味を持たずに簡単に手放してくれる可能性は十分ある。
「助かります。よろしくお願いします」
昔の言葉に、こういう状況を表す言葉があったよな。確か……渡りに船、だっけ?
そうして、僕たちは無事にダータルカーンの町に到着することができた。
◇◇◇
「おおお、おおおっ、こ、これは……なんという」
町に到着すると、直ぐさまトトルムさんの商会本店に招待されることになり、リンカニアさんはリンカさんとして、僕はただのセージとして冒険者登録をすることになった。
トトルムさんは命を救われたお礼として、当面の活動資金のカンパ、装備品の提供、そして活動拠点の宿を融通してくれることになった。
「これがこの2日ばかりで手に入れた魔石の数です」
「凄い。どれも本物だ。ドロップアイテムも……こんな状態の良いものは初めて見ましたっ!」
僕には他の人間にはない特別な力がある。
それは魔石とドロップアイテムの獲得率が100%になるということ。
拾い集めたアイテムはこんな感じだった。実はあの時直前に変換値をゼロに設定して、全ての魔石とドロップアイテムが残るようにしてあった。
今後資金が必要になると思ってのことだ。
――――――
ブルーゴブリンの魔石×9
オークの魔石×6
ライドウルフの魔石×9
ディックディアスの魔石×6
オーガの魔石×1
ポーション×5(エリス嬢達の回復で全部消費済み)
毒消し×1
ディックディアスの大角×6
ライドウルフの毛皮×9
オーガの魔核×1
――――――
リンカニアさんの近くにはゴブリンの死体が5体ほど転がっていた。
聞いた所では一体だけ消滅して魔石に変わったらしい。つまり彼女ほどのベテラン冒険者でもその確率ということだ。
「諸事情で手放しましたが、デビルグリズリーやブラッククロコダイルの魔石やアイテムも100%の確率でドロップしていました」
「な、なんとっ! デビルグリズリーにブラッククロコダイル!」
「あ、有り得ない……やっぱり有り得ないわっ! 魔石アイテムドロップ率100%なんて聞いたことがないっ。セージさん、あなたのギフトって一体……」
僕はこの2日で起こった出来事を包み隠さず彼らに伝えた。
神託の儀式で【ためて・放つ】というギフトを手に入れ、家を追放された事。
異母弟に殺されかけた事。
その影響で死の淵から生還し、ギフトの使い方に目覚めた事。(ただし、ドロップ率との因果関係は不明のまま)
そのおかげで生き延びることができ、リンカニアさんやトトルムさん達を救出できた事。
奇妙な縁というべきか。僕が家を追い出されなければ今頃ここにいる全員が死んでいたのだかもしれないのだ。
初めてご当主様に追放された事を感謝した。
「どうでしょうか。僕はこのように普通の人間にはできない事が出来るようになりました。この能力をミルミハイド商会へ独占的に提供する代わりに、これから起こるトラブルからの保護をお願いしたいのです」
「そ、それが本当なら、王家からのスカウト……いや、招集命令があってもおかしくない。なるほど分かりました。冒険者は国家権力に縛られない。だが権力はいつだって我々平民を搾取するものです。必ずトラブルからお守りすることを約束しましょう」
「よろしくお願いします。僕は冒険者として名を上げ、僕の母上を侮辱したご当主様……」
……いや、もう様なんて付けるべきじゃない。
僕はこれから冒険者として身を立てて、あの人に発言できる立場を目指すんだ。
甘い考えは捨てるべきだ。
「オメガ貴族、【ゴルドール・タブリンス】に、母上を侮辱したことを謝ってもらわなければ」
「!!!!?」
「やはりあなたは」
「この国を変えようとか、そんなご高尚な事は考えていません。ただ、ゴルドール・タブリンスに、僕の母上を侮辱した事を、心の底から後悔させてやると。そう決めたんです」
オメガランクの冒険者になって、国レベルに影響を与えられるようになる。
だけど僕は……残酷に生きることはしない。
人の心は忘れない。他人を蹴落として蔑むような、人をゴミと罵るような最低の人間には絶対にならないぞ。




