創造神の声
音のない閃光が走る。
空気が刃となり、巨腕を切り裂く。
反転していた祈りの流れが、逆流を始めた。
「なにィ……!? 祈りが……俺に戻ってこねェ!?」
ベロクの声が震える。
その瞳が一斉に開かれ、恐怖の色を帯びた。
「セージ様、祈りが“流れ”を変えています!」
セレスの声が響く。
「あなたの放った祈りが、ベロクの“神位因子”を上書きしている!」
光が輪を描いた。
それは《神滅光輪陣》――けれど、今は違う。
刃ではなく、祈りそのものが形になっている。
「――《神祈光輪陣》」
光輪が展開し、砂の海ごと世界を包み込んだ。
輪の内側では、祈りが祈りを浄化する。
“喰う”ための構造が、“与える”流れに変わっていく。
「ぐ……があああああッ!! 祈りが、喰えねェッ……! 逆に……喰われて……ッ!?」
ベロクの咆哮が、悲鳴に変わる。
黒砂の体が崩れ、光に呑まれていく。
その光は炎ではない。
“奪われた祈り”が、還っていく光だ。
セレスが泣いていた。
リンカが矢を下ろし、ルミナスが静かに呟く。
「終わった。……喰う側、喰われた」
光が止む。
風が戻る。
ベロクの姿は、もうどこにもなかった。
空の上、祈りの星がひとつ、ふたつ――増えていく。
「……終わりましたね、セージ様」
「ああ。これで、“暴食神核”は滅んだ」
剣をおさめた瞬間、胸の奥で何かが静かに脈打つ。
祈りの残響が、まだ続いていた。
〈祈りストック:残量1200/16000〉
〈共鳴率:安定〉
〈想念同期:継続中〉
――だがそのとき。
空気の奥で、何か別の“声”が、微かに囁いた。
『創造神の声を、聞いたな。タブリンス。』
僕は顔を上げた。
風の中に、黒い粒が混じっていた。
あれは……黒砂。まだ、完全には消えていない。
「……まだ続く、か」
手のひらを握る。
光の輪が、再び小さく脈を打った。
――祈りと神の戦いは、ここで終わらない。
次に目覚める“神”こそが、世界の本当の敵。
その夜、砂漠の空には、無数の祈りの星が光っていた。
けれどその光の奥で、確かに“何か”が目を覚まそうとしていた。
さっきまで世界を焦がしていた灼熱が嘘のように、砂漠の風がひどく冷たい。
あの巨影はもういない。
暴食神核《ベル=ベロク》は、祈りの光に呑まれ、完全に消滅した。
僕は剣を地に突き立て、深く息を吐いた。
手のひらがまだ震えている。
終わったはずなのに、心の奥の何かが落ち着いてくれなかった。
「……終わった、のか」
自分に言い聞かせるように呟く。
返ってきたのは、リンカの穏やかな声だった。
「うん。倒したよ、セージ君」
風が吹き抜け、彼女の銀髪が光を反射した。
その表情は優しいけれど、どこかに警戒の色を残している。
ルミナスが砂を払って座り込む。
「……空気、まだ喰われてる。音、軽い」
「確かに」
セレスが祈りの書を抱きながら頷いた。
「聖印も反応しています。……“何か”がまだ、ここにいます」
その瞬間だった。
足元の砂がかすかに震えた。
ベロクの残骸――いや、“祈りの灰”が風に舞い、空気の渦を作る。
それは光でも闇でもない。
“色のない光”だった。
存在の境界そのものが、剥がれていくような感覚。
「……リンカ」
「うん。【分析】する」
リンカが弓を下ろし、目を細める。
その瞳が青く光を帯び、情報が脳裏を流れた。
〈分析開始〉
対象:残留祈素反応(分類不能)
観測結果:祈りと呪詛の融合体。
性質:神位因子の上位存在――“創造神因子”を検出。
〈解析補足:反応源は上層界。転移干渉を確認〉
〈危険度:計測不能〉
「セージ君……これ、地上の存在じゃない」
リンカの声が震える。
「祈りでも呪いでもない。“創る”力そのもの。
黒砂の教団が崇めていた、創造神ベアストリア――その本体の因子だよ」
「創造神ベアストリア……」
僕は息を呑んだ。
かつて十五歳の儀式で、誰もがその名を呼んだ。
祝福を与える存在――
けれど、今ここで感じるのは、祝福ではなく“監視”だ。
「セージ様」
セレスが顔を上げる。
「この気配……祈りに似ています。でも、それは“逆祈り”です。
祈りの形を装いながら、人の願いを吸い戻している」
「……祈りの模倣体。反転祈祷の延長線か」
「ええ。ただし、あれはもう“人”の祈りではありません」
セレスが聖印を強く握る。
「“神が人を祈っている”ような、そんな歪んだ構造を感じます」
その言葉が落ちた瞬間、
空気が止まり、頭の奥に直接、声が響いた。
『ようやく……ここまで辿り着いたか、セージ・タブリンス。』
風が凍る。
砂が宙に浮かび、時間そのものが止まったようだった。
ルミナスもリンカも、身動きが取れない。
声だけが、空間のすべてを支配していた。
『“ためる”――良い力だ。お前は人でありながら、神の模倣に最も近い。
それは、創造の片鱗に触れた証。』
「……誰だ」
喉が乾いて痛む。
「お前は――ベアストリアか?」
『名を問うか。だが、名など無意味だ。
人が祈り、願う限り、私はいかようにも“創られる”。
私は創造神ベアストリア――祈りを創り、祈りに創られる存在。』
「祈りを……創る?」
『そうだ。お前たちは祈る。
“救ってほしい”と。だがその願いが、私を“作った”。
人が祈りを創り、私は祈りを喰らう。これが“真の創造”だ。』
声が笑った。
優しく、残酷に。
『我が意思はただひとつ。
欠けた祈りを集め、完全な“神界”を再構築する。
その礎として、お前の祈りを貰おう――タブリンス。』
「……断る」
僕は立ち上がった。
体は重い。それでも剣を握る手は離さない。
「お前の言う“創造”なんて、奪うだけだ。祈りは与えるもんだ」
『ならば、証明してみせろ。人の祈りが、神を越えると。』
地平線の彼方で光が弾けた。
空気が裂け、砂漠が波打つ。
黒砂が吹き上がり、巨大な“門”が開く。
「……転移門……!?」
リンカが声を上げた。
「解析不能! 上層界からの投射体――次元そのものが降りてきてる!」
空から降るのは黒砂ではなかった。
“祈りの形をした人影”だった。
数百、数千――いや、数万。
それぞれが手を組み、祈りながら、同じ言葉を口にしている。
『創造神に栄光を――』
祈りの波が押し寄せる。
圧力で、呼吸が奪われる。
それは“祝福”のようで、“呪い”だった。
「セージ様!」
セレスが聖印を掲げる。
「この祈り、反転してます! “祈ることで支配する”構造です!」
「……祈りを使って、支配する……か」
僕は剣を構えた。
刃が淡く光を放つ。
「なら――人の祈りで、創造神を止める」
砂漠の風が吹いた。
空と大地の境界で、光が再び点る。
――創造神ベアストリア。
世界を創り、今なお奪い続ける“祈りの原点”。
その影が、ゆっくりと形を取ろうとしていた。




