神々の残響
聖堂の地下が、ゆっくりと崩れていった。
黒砂の祭壇は風に砕け、光の粒が舞う。
僕は剣を下ろし、息を整えた。
静寂の中で、誰の声もなかった。
だが――耳の奥に、残響が残っている。
さっきまで確かに、何かが“祈っていた”。
それは人ではない。
生きているとも、死んでいるとも言えない“何か”。
「……まだ消えていないな」
思わず、口に出た。
ルミナスが僕を見る。
「声、残ってる」
「うん。魂の層に残留してる。――セレスに触れた“あれ”の残滓だ」
セレスは静かに頷き、胸元の聖印に触れた。
「感じます。耳ではなく、心で……。誰かがまだ、祈り続けています」
祈り。
その言葉に、僕の中の何かが反応した。
――あの瞬間、確かに聞こえた。
セレスの声と、もうひとつの“声”。
ふたつが重なり、拮抗していた。
もし、あと一歩遅れていたら――彼女の魂は完全に“飲まれていた”。
「リンカ、解析を頼む」
「了解」
リンカが地面に片膝をつき、指先で砂を払う。
風の流れを読むように、瞳が淡く光を帯びた。
〈スキル発動:【分析】〉
光の糸が空間を走り、残留していた“声”の波形を浮かび上がらせる。
「……構造、複雑。信仰性の波……。これは“意志”の形だね」
「意志?」僕が問い返す。
「うん。人じゃない。けど、祈りを糧にしてる。
“祈ること”そのものが存在理由になってるみたい」
セレスが小さく息を呑んだ。
「……人の祈りが、神を留めてしまうのですね」
「そう。善意でも、縛りになる」
ルミナスが短く言う。
「祈り、鎖」
その一言がやけに重く響いた。
僕は頷いた。
「ベロクも、ラミエルも、そしてこいつも――全部、同じ根に繋がってる」
言葉を区切るたび、空気が沈む。
「“喰う”“血”“声”。形は違っても、発端は同じ。……神の死だ」
「神の、死……?」セレスが囁くように繰り返した。
その瞳の奥に、かすかな悲しみが浮かぶ。
「はい。きっとそれが、世界の最初の罪」
僕は彼女の横顔を見つめながら、剣を鞘に収めた。
――戦いは終わった。
でも、ここで見たものは“終わり”の始まりだ。
「……戻ろう。地上の風を吸おう」
ルミナスが言う。
「うん。……この場所はもう、眠らせてやろう」
僕は掌をかざし、詠唱した。セレスに繋がっているフィーリングリンクがその力を呼び起こす。
《リ・サークル・ライト》
封印陣が形成され、地下全体を光で包んだ。
柔らかな輝きが、祈りと呪いの境界を溶かしていく。
セレスが胸の前で手を組む。
「どうか……この光が、あなたを安らぎへ導きますように」
その祈りは静かで、強かった。
光が収束し、風が通り抜けた。
地上への階段を登りながら、僕はひとつだけ問いを胸に抱いた。
――神の声を“祈り”と呼ぶなら。
その神を討つという行為は、本当に“罪”なのか。
砂の国の風が吹き抜けた。
砂粒が光を反射し、まるで夜空の星のようにきらめいた。
誰かの祈りが、まだどこかで続いている。
その祈りが、次の戦いを呼ぶのかもしれない――。




