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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~  作者: かくろう
131~140

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131/150

砂塵の彼方へ

 風が鳴いた。砂が流れる音が、海鳴りのように腹の底を揺らす。

 ――ザハル王国、国境都市メルダナ。

 かつて交易で賑わった街は、いまや砂に呑まれた墓標のようだった。


「……人の気配がありません。セージ様」

 セレスが祈りの指を組み、わずかに首を振った。

「街全体が“食べられた”痕。……そんな印象です」


「鼻が痛い。砂、腐ってる」

 ルミナスが短く告げ、足元をつま先で払う。

 砂は柔らかく沈み、まるで生き物のように呼吸していた。


「セージ君、地面の下、動いてる」

 リンカの声に僕は目を細める。狐耳がピンと立つと同時に、世界が震えた。


 ――地鳴り。

 瓦礫の塔が、一本、二本と沈んでいく。

 次の瞬間、黒い巨腕が砂を突き破った。


「ガァァハハハハッ! 喰らう! 喰らうぞォ!」

 砂塵を裂いて現れたのは、牛頭の巨人。

 四本の腕、腹に裂けた口。吐息が砂を溶かし、街の断片をぬめる音で呑み込んでいく。


「俺は暴食のベロク! 街も砂も空も、全部喰うッ!」


 熱風が肌を刺す。僕は無意識に一歩、前へ出ていた。

 こんな存在が“生き物”だというのなら、世界はもう狂っている。


「属性は飲み込まれる。気をつけて」

 ルミナスが指を鳴らす。

 《フレイム・バースト》の炎が砂に触れた瞬間、熱は吸われ、音もなく消えた。


「やっぱり、喰う」


「じゃ、まずは穴開け」

 リンカが弦を引く。

 雷を纏った矢――《鳴神一矢》が砂の下を走り抜け、黒い巨腕に突き刺さった。

 次の瞬間、逆流。雷光が内部を駆け巡り、炸裂音とともに肉片が散る。


「効くけど、喰い返してくるんだね」

「喰えるもんは全部だァッ!」ベロクが笑う。「炎も雷も氷も、うまいなぁ!」


 狂気の笑い。

 その音に、胸の奥が少しだけ熱を帯びた。

 理屈が通じない相手。なら、こっちも理屈を超えてやる。


 僕は呼吸を整える。

 胸の奥で、淡い光が静かに満ちていく。


〈攻撃力ストック:4000/4000〉

〈加速ストック:4000/4000〉


 砂が跳ねた。

 踏み込みと同時に、世界が置き去りになる。

 音が追いつく前に、刃だけが走った。


 砂煙の向こう、黒い巨腕が――遅れて崩れ落ちる。


「……ッ!? “ため”の気配が……無かった……!?」

 ベロクの六つの目が見開かれ、次の瞬間、腹の口が空気を吸い込む。

「クク……面白ェ。じゃあ、全部喰って――」


 言葉の途中で、巨体がのけぞった。

 僕はすでに別の位置にいる。砂も風も、まだ理解できていない。


「見えねェ……!」

 四腕が薙ぎ払い、街区が丸ごと揺れた。

 砂柱が立ち上がる。僕はその隙間を抜け、刃を滑らせる。

 音もなく、触腕が、腕が、崩れ落ちていった。


「セージ君、右上!」

「了解」

 リンカの矢が角度を作り、僕の剣がそこに滑る。

 セレスの祈りが背中を支え、肺の熱を均してくれる。

 ルミナスの氷壁が砂の奔流を受け止めた。

 炎が掻き消される前に、風穴が穿たれる。


 ベロクの咆哮が空を裂く。

 砂丘が反転し、街が沈む。

「喰らえッ! 全部、俺の腹に落ちろォ!」


〈攻撃回数ストック:3180/4000〉

〈魔力ストック:4000/4000〉――限界光。


 視界の縁で光輪が震える。

 ため終えた瞬間、もう“放たれていた”。


 無数の光刃が一拍で走り、砂嵐を裂く。

 巨体の装甲を縦横に切り裂き、内部の魔素が逆流する。


「ぐ、ぬ……ッ! なんだそれは……“ため”が……見えねェ……!」

 ベロクの口という口が叫び、焦燥の吐息を撒き散らす。

「時間がねェ! “ため”は時間があるから力になるんだろうがッ! どうなってやがるッ!」


 僕は短く息を吐いた。

「時間なんか、もういらない」


「理屈、要らない」

 ルミナスが静かに呟く。「それが、セージ」


 四本の腕が同時に振り下ろされる。

 災害のような影。

 僕は半歩、砂を払って踏み込み、刃先を閃かせた。


 四つの腕が、肩口で止まる。


「……ち、違ェ……これは……喰えねェ……」

 ベロクの声が震え、捕食者の目が、初めて恐怖に染まった。


「セージ様、追撃を……?」

 セレスの声が祈りの中から響く。

「まだいい」

 僕は頭を振る。砂のうねりが変わった。

 再生しながら、奴は――退こうとしていた。


 ベロクは腹の口を大きく開く。

 砂、瓦礫、空気、光――すべてを飲み込みながら後ずさる。

「クソが……ッ! 今日は勘弁してやる!」


「逃げる」ルミナスが言った。

「喰う前に、喰われるって、理解した」

「また来るよ」リンカが弓を下げる。「今度は、もっとお腹を空かせてね」


 ベロクは砂の底へ沈んでいった。

 砂嵐だけが残り、世界が音を取り戻す。


 僕は息を吐き、剣を納めた。

 胸の奥で、微かな光が消える。


〈攻撃力ストック:740/4000〉

〈加速ストック:520/4000〉(自動再充填)


「……逃げたね」

 リンカが肩を回す。

「はい」セレスが小さく微笑む。「セージ様の“日常”です」

「いつも通り」ルミナスは短く言って、砂上に腰を下ろした。「喉、渇いた」


 その緩い空気に、少しだけ笑いそうになった。

「少し休もう。……追うのは、そのあとでいい」


 風が街路を横切り、瓦礫の影を長く伸ばす。

 砂の匂いの向こうで、“生き残った空気”が確かに動いていた。


 ――ベロクは戻ってくる。

 もっと喰って、もっと大きくなって。


 なら、僕はその腹の底まで届く一撃を、準備しておく。


 空を見上げると、砂の隙間から星が瞬いていた。

 光が静かに集まり、僕の内に吸い込まれていく。


◇◇◇


 夜が明ける。

 焼けるような熱と、乾いた風。

 メルダナの跡地は、もはや地形そのものが脈動していた。


「……あれが、メルダナの中心だった場所か」

 リンカが弓を構え、風を読む。

 砂の海に黒い泡が浮かび、遠くで何かが動いていた。


「大地が……呼吸しています。もはや、ここは生き物です」

 セレスが祈りの手を組む。


「喰われた街が、ベロクの体の一部になってる」

 ルミナスの金眼に紅い光が宿る。


 ――地鳴り。

 砂が吹き上がり、空が裂けた。


「喰うぞォォォォオオオオッ!!」

 黒い巨影が砂海を割って立ち上がる。

 四本の腕は倍に膨れ上がり、腹の裂け目は都市の規模にまで広がっていた。


「喰って喰って喰ってやる! 魂も骨も街も全部だァァァ!!」

 咆哮が砂嵐を巻き上げ、空気を歪ませる。


 僕は一歩前に出た。

 もう、恐れはない。

 この命を削ってでも、ここで止める。


「……セージ君、今回は“止める”つもりだね」

 リンカが微笑む。

「ふむ。……喰う側が、喰われる番」

 ルミナスの声が淡く響いた。


◇◇◇


「この地の魔素は全部俺の腹にあるッ! お前の力も、全部喰らってやるッ!」

 ベロクの叫びとともに、十重の腕が空を覆う。

 大気が悲鳴を上げる。


 その瞬間、僕の体が光に包まれた。

 意識は冷たいのに、胸の奥だけが燃えている。


「――【ためる】」


〈攻撃力ストック:4000/4000〉

〈魔力ストック:4000/4000〉

〈攻撃回数ストック:4000/4000〉

〈加速ストック:4000/4000〉


 一瞬で、全てが満ちた。

 風も、光も、世界の抵抗を失う。


「ためがねえッ! “ため”がねえんだよォ!?」

 ベロクの声が震える。

「なんで“結果”だけ出てるんだッ!」


「セージ様」

 セレスの祈りが聞こえる。

「今度こそ、終わらせましょう」

「ああ。これで終わりだ」


◇◇◇


 足元に光が広がる。

 炎でも氷でもない――概念そのものが形を取ったような円陣。


 僕は剣を構え、低く呟いた。

「……【神滅光輪陣】」


 無音の閃光が世界を走る。

 ベロクの咆哮が音を失い、砂の海が浮き上がった。


 四方に広がる光輪が、すべてを切り裂いていく。

 再生するたび、再び断たれる。

 輪が輪を喰い、概念が概念を焼く。


「ぐあああああッ!? 喰えねェッ! この光、喰えねェッ!!」

 叫びが虚空に溶けた。


「神を滅ぼす、光の輪……」

 その言葉が、静かな風に溶けていった。


 最後の一閃が走る。

 光の尾がベロクの輪郭を切り裂き、砂ごと蒸発させる。

 世界が、音を取り戻す。


◇◇◇


 風が止まる。

 砂が、ゆっくりと落ちていく。


 巨大な影は、もう存在しなかった。


「……終わりましたね」

 セレスが祈りの書を閉じる。

「うん。でも、“喰ったもの”は戻らない」

 リンカの声に僕は頷いた。

「それでも、止められた。それだけで十分だ」


 ルミナスが夜空を見上げる。

「光、増えた」

「え?」

「星。増えてる。……喰われた魂、戻った」


 夜空には、砂を越えて無数の星が瞬いていた。

 失われた命たちの、帰る場所のように。


◇◇◇


 焚き火の前。

 夜風が通り抜け、砂が柔らかく舞う。


「……七魔将、あと三人」

 リンカが膝を抱えて呟く。

「セージ君なら、もう全部いけるね」

「……そうかもしれない」

 僕は笑った。小さく、けれど確かに。


「イグニスの炎も、ゴルドールの鉄も、ヴァルナの千眼も、ラミエルの呪血も。

 全部、越えてきた。もう、迷わない」


 ルミナスが静かに言う。

「セージ、もう“人”の域、超えた」

「それでも、まだ人でありたいよ」


 焚き火に手をかざす。

 温かく、痛いほどの光が指先を照らした。

 この力は、奪うためじゃない。守るためのものだ。


 火花が空へ昇る。

 砂漠の風が、静かに吹き抜けていった。

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