報告と再会
ラミエルとの戦いが終わり、数日が経った。
燃え尽きた街に残る焦げ跡を背に、僕たちは再び――ダータルカーンへと戻っていた。
街門をくぐると、懐かしい喧騒が耳に届く。
鍛冶場の金槌の音、冒険者たちの笑い声、香ばしい屋台の匂い。
どれも、かつてと同じはずなのに、胸の奥に沁みる温かさが違っていた。
「セージさんっ! 本当に戻ってきたんですね!」
ギルドの若い受付嬢が駆け寄り、目を潤ませる。
「ラミエルの軍勢が壊滅したって、みんな噂してました!」
僕は軽く頭を下げて微笑む。
「ええ。……でも、被害は小さくありませんでした」
「……そう、ですか」
沈む声。だが、その向こうに灯る希望の色は、確かに本物だった。
リンカが静かに息を吐く。
「この街は無事でよかったよ。あの時は、どうなるかと思った」
夕陽が銀色の髪を照らし、狐耳が柔らかく揺れる。その横顔に宿るのは、戦いを終えた者の安堵と、次を見据える鋭さだった。
「……匂い、変わってない」
ルミナスが屋台を見ながら呟く。
「前より少し、甘い」
「それ、焼き菓子のせいだろ」
「ふむ。……なら、あとで買う」
「はいはい、あとでね」
思わず笑いが漏れた。
その光景に、セレスがそっと祈るように微笑む。
「平和……ですね。戦の後とは思えないほど」
彼女の手には、花束。ラミエルとの戦いで散った命への供花だった。
あの戦いで、救えなかった命もあった。
でも――守れた命も、確かにある。
僕は静かに目を閉じ、胸の奥で短く祈った。
◇◇◇
ギルド本部の執務室。
重厚な扉を開けると、机の向こうでギルド長グラドが腕を組んでいた。
「戻ったか、セージ。……まずは礼を言う。ラミエルを討った功績、王国全土が耳にしておる」
「ありがとうございます。でも、まだ終わりじゃありません」
僕は真剣に言葉を返す。
「ラミエルが残した“呪いの血”は、完全には消えていません。各地に、まだ――教団の残滓が蠢いているかもしれません」
「……黒砂の教団、か」
グラドの声が低く落ちる。
「ベアストリア教団の残党どもが、南方で暗躍しているという報告がある。しかも、奴らの動きに合わせて“街そのものが沈む”という異常が確認されている」
彼は書類をめくり、眉間に皺を寄せた。
「報告では、遺跡群の近くで教団の痕跡が見つかっているらしい。黒い砂を詰めた壺、古代文字で刻まれた祭壇……。表沙汰にできぬほど、禍々しいものだ」
「沈む……?」
リンカが耳をぴくりと立てる。
「それって、地震とかじゃなくて?」
「いや、もっと――生きているようなものだ。国境沿いの街が、その第一報を上げてきたきり、沈黙した」
沈黙が落ちた。
ルミナスの金眼が細められる。
「……また、喰う奴」
「喰う?」
「ラミエルは血。次は、腹だと思う」
その言葉に、僕は思わず息を詰める。――直感が、告げていた。
「行くべきだな」
「そう言うと思っていた」
グラドが頷く。
「王都からも正式な召喚状が届いている。陛下直々の命令だ。国境の向こう――砂の国《ザハル王国》で異変が起きている」
「……砂の国、ザハル」
セレスが祈るように目を伏せる。
「ベアストリア教団がかつて“神の門”を築こうとした地ですね」
「ああ。教団が最初に異端を宣言された土地だ」
僕は深く息を吸う。
闇はまだ続いている。
「分かりました。すぐに王都へ向かいます」
「気をつけろ。……今度の敵は、“呪い”ではなく“災害”そのものかもしれん」
◇◇◇
夜。
丘の上の焚き火を囲み、僕たちは黙って空を見上げていた。
戦の煙が消えた夜空には、星々が澄み渡る。
「……また旅か」
リンカが呟く。
「そうだな。戦いのない旅ならいいんだけど」
「セージ君がいる限り、平穏な旅なんて、たぶん来ないよ」
その笑みに、僕も苦笑した。
「……でも、それでも行くんだね」
「ああ。だって――僕らは《奈落の希望》だから」
風が、焚き火の炎を撫でていった。
夜の静寂の中で、それはまるで次の戦いを予告する鼓動のように響いた。
◇◇◇
夜明け。
王都ルインハルドへ向かう馬車が、朝靄の街道を走っていた。
ルミナスは窓辺に頬を預け、朝焼けを見つめている。
「……空、赤い。血の匂いがする」
「やめてよ、縁起でもないこと」
「事実」
リンカが苦笑し、セレスが小さくため息をついた。
「……ふたりとも、静かに。祈りの時間です」
馬車が石畳に差し掛かると、街の輪郭が見え始めた。
塔の尖端が光を反射し、空へ突き刺さるように伸びている。
――王都ルインハルド。
◇◇◇
城門前。
煉獄の騎士団の赤髪の青年が待っていた。
「よく来たな、セージ君」
「アテンさん……!」
「ああ。煉獄の騎士団は王都防衛任務だ。俺たちは中には入らん。君たちに託す」
「はい。僕たちが行きます」
アテンはうなずき、短く言った。
「国境の先、砂漠の王国ザハル。その国境沿い――交易の街で、“暴食の災い”が確認された」
「暴食……」
セレスが小さく息を呑む。
「炎でも氷でもない。ただ、すべてを跡形もなく消し去る災厄だ。建物も人も、砂さえも飲み込む。――災害そのものが歩いているかのようだ」
アテンの声が重く響く。
僕は拳を握りしめた。
「わかりました。必ず真相を掴んで帰ります」
その言葉に、彼は微かに笑った。
「頼んだぞ――《奈落の希望》。この国の“黎明”は、お前たちの剣に懸かっている」
◇◇◇
王都の玉座の間。
王が静かに立ち上がり、僕たちを見下ろした。
「セージ・タブリンス。汝らの功績、国全土に知れ渡っておる。――だが、新たな脅威が迫っている」
背後の地図には、赤い印が三つ。
それは、ザハルとの国境沿いの街の位置。
「三つの都市が、一夜で消えた。建物ごと、命ごと、砂の中に沈んだ」
「……暴食の魔将ベロク」
セレスの声が震えた。
かつて神代に記された七魔将の一体――“大食”の異名を持つ災厄。
「確認は取れておらぬ。だが、あの地で動くものがある。……セージ、頼めるか?」
「はい。僕たちが行きます」
ルミナスが短く呟く。
「……喰う奴なら、焼けばいい」
リンカが笑う。
「うん、燃やそう。残さずに」
セレスが小さく祈る。
「どうか、この旅路に光あらんことを……」
王は静かに頷いた。
「行け。《奈落の希望》。――黎明の英雄たちよ」
◇◇◇
謁見の間を出て、王城の風を受けながら僕は剣の柄を握った。
熱を帯びた金属の感触が、次の戦いの予感を伝えてくる。
リンカが隣で微笑む。
「セージ君。今度の敵は……強そうだね」
「うん。でも、負ける気はしない」
「だよね」
ルミナスが小さく呟く。
「……腹を空かせた奴なら、満たしてやる」
セレスが静かに祈りを結ぶ。
「願わくば、その炎が正義のために」
僕は振り返らず、ただ前を見据えた。
――砂の国ザハルへ。
そこに眠る“暴食の咆哮”を討ち果たすために。




