堕天のラミエル ― 血翼の開戦
地下の奥底。
砕け散った呪紋の残滓は、まだ微かに赤い光を放っていた。
その中心から――低く、重い鼓動が響く。
“ドクン……ドクン……”
まるでこの地そのものが、何か巨大な生き物の胎内になったかのようだった。
「……聞こえるか?」
アテンさんが剣を抜き、暗闇を見据える。
「これは、血の流れる音だ。――呪術の源がまだ生きている」
ルミナスが眉をひそめる。
「いやな音。……まるで心臓。動いてる」
フェンネルさんが周囲の空気を分析するように、杖を地面へ突き立てた。
氷の粒がふわりと舞い、赤い軌跡を描く。
「……やっぱり。魔力が一点に吸い込まれてるわ。中心は、この先――地下のさらに下よ」
「つまり、“巣”があるってことだね」
リンカが弓を握り直し、矢羽に指をかける。
「ラミエルの……血翼の巣」
アテンさんが短く頷く。
「全員、準備を整えろ。ここから先は、奴の結界内だ」
◇◇◇
奥へと進むほど、空気が重く、肌を刺すような冷たさが増していった。
壁にはびっしりと刻まれた血紋――それらがまるで“血管”のように脈打っている。
歩くたびに、靴底がべたりと濡れた音を立てた。
「……これはひどい」
ザークさんが顔をしかめる。
「人間の血でここまで……まさに地獄の工房だな」
「拙者でも鳥肌が立つでござる」
シズカが額の汗を拭い、軽く息を吐く。
「だが、この恐怖を越えてこそ忍び――違うか、セージ殿」
「そうだな」
僕は小さく笑い返した。
「恐怖を感じるってことは、まだ“人間”でいられる証拠だ」
ルミナスが呟く。
「人間……いい言葉。セージが言うと、少しだけ温かい」
その言葉に、フェンネルがにやりと笑う。
「ふふ、ルミナスが照れてる~。やっぱり仲いいわね、あんたたち」
「照れてない」
「はいはい」
緊張の中でも、そんなやりとりが少しだけ心を軽くした。
けれど、次の瞬間――。
壁全体が、脈打つように揺れた。
「来る!」
アテンさんの声と同時に、天井が裂け、黒い液体が滝のように流れ落ちた。
それは血だった。
無数の羽がそこから溢れ、形を成していく。
――“血翼の従者”。
無数の血の羽を持つ人型の魔物たちが、天井から降り注ぐように出現した。
その眼は虚ろで、だが確実に“知性”を帯びていた。
「守護部隊か!」
フェンネルさんが叫び、杖を振り上げる。
「《フロスト・バリア》展開! ルミナス、右側お願い!」
「了解。《ファイア・ランス》」
氷と炎の二重魔法が、血翼たちの群れを焼き払う。
吹き荒れる風圧で視界が真っ白になる。
「リンカ、援護射撃!」
「任せて! 【ウィンド・アロー】連射――!」
矢が風を裂き、次々と血翼を撃ち抜いた。
翼の破片が宙に散り、赤い光が爆ぜる。
その隙を縫うように、シズカが地を滑る。
「影走り!」
残像を残しながら背後の敵を切り裂く。
「うむ、手応えあり!」
だが、敵の数は減らない。
天井から次々と再生し、血の流れそのものが“生き物”のように動いている。
「キリがねぇな!」
ザークさんが盾を構え、地を叩きつける。
「【大地震圧】!」
衝撃波が走り、血翼たちを一瞬宙に浮かせた。
「今だ、セージ君!」
「――【重ね斬り】!」
十の斬閃が閃光となって走り、宙を舞う血翼を切り裂く。
その中央で、アテンさんが剣を振り上げる。
「《煉獄一閃》!」
紅蓮の炎が一直線に走り、通路ごと焼き払った。
「アテンさん、今のは」
「君の雷光一閃を見て編み出した。私もまだまだ成長している」
「すごい……さすがです!」
爆発音が止むと、血翼の群れはようやく沈黙した。
黒い羽が灰となって舞い落ちる。
◇◇◇
息を整えながら、僕は剣を下ろした。
「……やっと片づいたか」
しかし、フェンネルの顔はまだ険しい。
「魔力の流れ、止まってない。むしろ、もっと下へ……“吸い込まれてる”」
「つまり――まだ核心がある」
アテンさんが頷く。
「ここから先が、“巣の心臓部”だ」
セレスが祈るように手を組む。
「感じます……血と魂が一つに溶け合い、何かを形づくろうとしています」
「降臨の準備だな」
アテンさんが短く言い切る。
僕は一歩、前へ進んだ。
崩れた壁の向こうから、熱と冷気が入り混じった風が吹いてくる。
血の匂い、焦げた鉄の臭い、そして――何か“神聖な”気配すら混じっていた。
(ラミエル……。お前が、これを作り出したのか)
ルミナスが隣に立つ。
「セージ。……ここから先、戻れない」
「分かってる。それでも行く」
「なら、ルミナスも行く。セージと一緒に」
アテンさんが剣を構え、仲間全員を見回す。
「全員、最終陣形。――煉獄と奈落、ここに結束する!」
その言葉に、誰もが頷いた。
光と闇の混じる通路を、僕たちは歩き出す。
その先――血の繭に包まれた巨大な祭壇。
そこに、天使のような影が佇んでいた。
赤い翼、銀の鎧、そして――歪んだ微笑。
血の祭壇の中心。
そこに立つ存在は、まるで神聖と邪悪が混じり合った彫像のようだった。
白金の鎧。
だが、その表面には血脈のように赤黒い紋様が走っている。
翼は天使のものに似ていながら、羽先は刃のように鋭く、赤く輝いていた。
“血翼の魔将・ラミエル”。
闇の底から、静かに瞳を開いた。




