消えた村
夜が明けきらぬうちに、僕たちは再び国境沿いを進んでいた。
森を抜けた先には、いくつもの小村が点在している――はず、だった。
「……おかしい」
リンカが耳を動かし、尻尾をぴんと立てる。
「この辺り、昼でも子どもの声が聞こえるはずなのに、まるで生き物の気配がない」
僕も頷き、【遠距離念話】で仲間全員に警戒を伝える。
(気を抜くな。血翼の瘴気が残ってる可能性がある。空気が重い……何かがいる)
「了解」
ルミナスが片手を上げ、炎の小玉をいくつも浮かべる。
周囲の闇を淡く照らし出すと――そこにあったのは、村の“跡”だった。
焼けた家々。崩れた井戸。
そして、地面いっぱいに描かれた血の紋様。
その中心に、村人たちの残したと思しき影が――まるで“焼きついたように”残っていた。
「……そんな……」
セレスが小さく口元を押さえ、震える。
「祈りの跡も、慰霊の印もない……。皆、抵抗する間もなく……」
「《ピュリファイ》」
彼女が祈りを込めると、聖なる光が血紋に触れ――一瞬だけ、瘴気が霧散する。
だが、すぐに別の黒い模様が浮かび上がった。
「ダメ……根が深すぎます。まるで、この土地そのものが“血に選ばれている”みたい」
アテンさんが膝をつき、血紋の中心を指でなぞる。
「……ラミエルの紋章だ。翼を象る血の文様。奴らは人を贄にして呪陣を描いている」
フェンネルが顔をしかめ、息を吐いた。
「まったく、趣味が悪いにもほどがあるわね……。でも、この陣……“呼び寄せ”の形になってる」
「呼び寄せ?」
「そう。外部の魔力を引き込む中継陣よ。つまり、ここで血を捧げて、別の場所に何かを呼び出してる」
シズカが険しい声で言う。
「もしや、血翼の眷属はこの陣から生まれている……!?」
ザークが地面を拳で叩いた。
「つまり、放っときゃこの大陸中にあの化けもんが湧くってことか!」
リンカが弓を握りしめる。
「じゃあ、止めるしかないね。この紋様、全部壊せば――」
その瞬間。
血紋が脈動した。
地面が赤く光り、熱が足元を駆け上がる。
瘴気の柱が立ち昇り、その中から無数の影が生まれる。
翼を持ち、血に濡れた眼を光らせ――咆哮が森を貫いた。
「くっ、来たか!」
僕は剣を構え、仲間たちに叫ぶ。
「全員散開! 囲まれるな!」
リンカが矢を放ち、風が唸る。
「【ウィンド・アロー】!」
風の刃が広範囲に切り裂き、数体を薙ぎ倒す。
ルミナスの声が重なる。
「《サンダーピアス》――貫け」
雷が一直線に走り、瘴気を焼く。
しかし、倒れた眷属の血が再び地を染め、血紋が広がる。
その速度が速い――異常なほどに。
「止まらない!? 死ぬたびに、地面が増殖してる!」
フェンネルの声が震え、氷の鎖が奔る。
「《アイシクルフィールド》!」
地面を凍らせ、血流を止めるが――完全には封じ込められない。
アテンさんが叫ぶ。
「撤退だ! ここはもはや“生きた呪陣”! 王都へ警告を!」
僕は頷き、剣を強く握る。
(……奴ら、ただの魔将軍団じゃない。これは“世界を侵食する兵器”だ)
「リンカ、最後に一撃で足止めだ!」
「了解――【鳴神一矢】!」
雷光が地を裂き、血紋を焦がす。
その一瞬の隙を突いて、ルミナスが詠唱する。
「《リ・テレポ》!」
白光が走り、視界が焼けた。
◇◇◇
転移の直後、僕たちは息を荒げながら地面に膝をついた。
見上げた空は、遠くの地平まで血のように赤い。
「……もう始まっている」
アテンさんが呟く。
「この世界を“血の大地”に変える戦いが」
僕は立ち上がり、拳を握った。
「止めてみせる。絶対に――ここで終わらせる」
転移の光が収まった時、僕たちは王都の前――再建途中の城壁の外に立っていた。
かつてイグニスとの戦いで焼かれた街並みは、まだ完全には復興していない。
だが、それでも人々の手で少しずつ形を取り戻していた。
煤けた石壁の上には、新たに組まれた防衛兵たちの姿。
その目には怯えよりも、確かな“覚悟”が宿っていた。
「……ここまで戻ったか」
アテンさんが息を吐き、剣を肩に担ぐ。
「何度見ても、戦火を超えて立ち上がる王都の力には感服する」
僕は頷き、ルミナスを振り返った。
「ルミナス、転移ありがとう。だいぶ消耗しただろ?」
「問題、ない。ちょっと……目が、回るだけ」
ふらりとした彼女を、セレスがすかさず支える。
「ルミナス様、お疲れさまでした。すぐに《ヒーリングライト》を――」
「平気。治療……いらない。少し寝たら、戻る」
そう言って、ルミナスはいつもの無表情のまま腰を下ろした。
フェンネルが苦笑しながら彼女に毛布をかける。
「ほんとタフねぇ……。あたしならもう三日は動けないわよ」
「転移魔法……大したもんでござる」
シズカが感心したように腕を組む。
「距離も広さも常識外れ。まさしく異界の術でござるな」
アテンさんが周囲を見渡し、指示を飛ばした。
「よし、ギルド本部に向かう。セージ君、君が先頭に立ってくれ」
「了解です」
僕は頷き、仲間たちを率いて瓦礫の残る街路を歩き出した。
◇◇◇
冒険者ギルド王都本部。
かつて煉獄の騎士団が常駐していたこの場所は、今や戦時指令所として機能していた。
大広間の中央には作戦用の地図が広げられ、各地からの報告が次々と書き込まれている。
「セージ殿!」
最初に駆け寄ってきたのは、ギルド長代理のグラド。
「無事だったか! 国境沿いで“赤い霧”が発生したと聞いてな、心配していた!」
「はい。ですが――その“霧”の正体が分かりました」
僕は真剣な眼差しで告げる。
「血翼の軍勢……人間を生贄にして呪陣を広げ、土地そのものを穢していました。放置すれば、王国全体が呪いに飲まれます」
広間が一斉にざわめいた。
アテンさんが前に出て、静かに続ける。
「彼の言葉に偽りはない。我々《煉獄の騎士団》も同様の血紋を確認している。問題は――この“呪陣”が同時多発的に発動していることだ」
地図の上には、いくつもの赤い印が打たれている。
その全てが、王国と隣国との国境沿いに集中していた。
「これは……包囲か」
リンカが小さく呟く。
「外から内へ、じわじわと侵食していってる……」
フェンネルが地図を覗き込み、冷たい声を出した。
「単なる魔族の襲撃じゃないわね。これは、戦略的な“感染”。誰かが、魔将たちを統括して動かしてる」
アテンさんが頷き、剣先で地図を指す。
「我々はこの防衛線を三層に分ける。王都防衛を中心に、第二線を冒険者ギルドが担う。そして――」
僕はその続きを引き取った。
「第三線は僕たち《奈落の希望》が担当します。ラミエル軍の中枢を突き止め、血の呪陣の発生源を断つ」
セレスが頷く。
「セージ様……それはつまり、最も危険な任務ですね」
「わかってる。でも、僕らにしかできない」
ルミナスが小声で付け加える。
「危険。……でも、行く。セージが行くなら、ルミナスも行く」
その言葉に、フェンネルが肩をすくめた。
「やれやれ。ほんとに肝が据わってるわね、セージちゃんチームは」
アテンさんがゆっくりと微笑んだ。
「覚悟は承知した。では正式に命じよう。《奈落の希望》および《煉獄の騎士団》――両隊、合同任務として“血翼殲滅戦”を発令する」
ギルドの大広間に、緊張と熱が走る。
その中心で僕は剣の柄を握り、静かに誓った。
(もう誰も、あんなふうに消えさせはしない)
(血の呪陣も、人を喰らう闇も、必ずこの手で断つ)
再び――闘いが始まる。
だが、今度は僕らだけじゃない。
仲間と、そしてこの国の全ての冒険者と共に。




