祭りの夜空
祭りの広場の中央に、ひときわ大きな人だかりができていた。
夜店の明かりに照らされた即席の舞台、その上で屋台の主が大声を張り上げる。
「おーっ! 出ました恒例の大食い大会! 今年も腹ぺこ自慢どもが集まってきたぞーっ!」
景気のいい声と共に、湯気の立つ山盛りの料理が次々と運ばれていく。肉の匂いが立ち込め、群衆は一斉にどよめいた。
「セージ君、ちょっと覗いてみようか」
セレスが柔らかく微笑みながら袖を揺らす。その仕草ひとつで、周りの人々が道を開けるようにして振り返った。彼女の立ち姿には、どこか神聖さが漂っていた。
ところが――セレスはすっと手を挙げると、ためらいなく口を開いた。
「……出場者が足りていないのですね? でしたら、私も」
「えっ!?」
僕は思わず声を裏返らせる。
「せ、セレス!? 君が出るの!?」
「神の与えた試練なら、喜んで受けます」
きっぱりと答える声には迷いがない。白いローブの袖を軽くまくった瞬間、観客がざわめいた。まるで聖女が戦場に赴くような凛々しさだった。
一方のルミナスはというと――。
「……ふむ。食べ放題。無料。参加する」
ぼそりと呟いた言葉に僕は額を押さえた。
「いやいや、動機が俗っぽすぎる!」
結局、セレスとルミナスが並んで大会に出場することになった。観客の視線はすぐに二人に集中し、熱気が一層高まっていく。
◇◇◇
舞台の上に並べられたのは、大皿に山盛りの串焼き、こんがり焼けたパン、甘い果物、香辛料のきいたスープ……。胃袋を刺激する匂いに、群衆の喉がごくりと鳴る。
「よーい、スタート!」
合図と同時に飛び出したのはルミナスだった。
「もぐ……んぐ……! ……うま」
普段は呟き声ばかりの彼女が、この時ばかりは一言も発さず、ただひたすら食らいつく。小柄な身体にどこに収まっているのか、次々と串を平らげ、パンを頬張り、果物をまるごと飲み込む勢いだ。
「がっははは! すげぇ! 華奢な身体でどんだけ入るんだ!」
観客から驚きの声が飛ぶ。
だが、セレスも負けてはいなかった。
「……いただきます」
両手を胸に当て、静かに祈りを捧げると――そこからは驚異的な速度で料理を口に運ぶ。小さな口にどんどん料理が消えていくのに、笑顔は崩れない。むしろ優雅で、観客たちはただ呆然と見惚れていた。
「セージ君……セレスって、本気で食べてるよね?」
「……あぁ、なんか怖いくらいだ」
ルミナスは途中で喉を詰まらせ、慌てて水をがぶ飲み。
「……ごふっ。まだ……勝負は……これから」
と呟いてさらに食らいつくが、セレスの落ち着いたペースに追いつけない。
やがて最後の大皿にセレスが手を伸ばした瞬間、司会の声が響いた。
「優勝は――冒険者チーム奈落の希望のヒーラー、セレスちゃんだぁぁぁ!」
観客は大歓声に包まれる。
セレスは両手を胸に重ね、穏やかに一礼した。
「……神の恵みに感謝を」
一方、ルミナスはお腹を押さえ、ぐったりと地面に突っ伏す。
「……負けた。でも……満足」
屋台の人から参加賞の団子を受け取り、最後の力を振り絞って口に放り込んでいた。
◇◇◇
そして夜。
闇を切り裂くように、一筋の光が夜空を駆けのぼった。
――ドンッ。
大輪の花が闇に咲き誇る。
鮮やかな赤、淡い青、黄金の光の雨。ひとつ散ってはまたひとつ生まれ、夜空は花々で覆われていく。
大通りも屋台も、皆が足を止め、天を仰いだまま息を呑んでいた。
僕らも立ち止まり、自然と見上げていた。
光が顔を照らすたびに、仲間の表情が浮かび上がる。
「……きれい」
セレスが小さな吐息のように呟く。光に照らされた横顔は、穏やかで、それでいてどこか儚さを秘めていた。
戦場では毅然として祈りを捧げる彼女が、今はただ一人の少女として花火を見つめている――その姿が胸に焼きついた。
「花火。悪くない。ルミナスの魔法より派手」
ルミナスは相変わらずの口調でぼそりと呟く。けれどその赤い瞳には、いつも以上に素直な光が宿っていた。小さな笑みさえ浮かべているのを見て、僕は思わず頬が緩む。彼女なりに楽しんでいるのだろう。
リンカは誇らしげに尻尾をふわりと揺らし、僕の袖を引いた。
「やっぱりお祭りっていいね。弓も的中したし、景品もいっぱいだし!」
銀の髪と尻尾が花火の光を受けて輝く。その笑顔は、隠すことをやめた彼女の決意と誇りを物語っていた。
僕は仲間たちの横顔を順に見つめ、胸が熱くなる。
――この光景を、絶対に守りたい。
そう強く思わせるほどに、花火と仲間の笑顔は眩しかった。
◇◇◇
やがて花火の最後を告げる大輪が夜空に散った。
轟音と共に星屑のような光が降り注ぎ、静寂が訪れる。人々の歓声が余韻となって響き、祭りの夜が終わりに近づいていった。
僕たちは歩き出し、賑やかな通りを抜ける。
夜風は少し冷たく、祭りの余熱に火照った頬を心地よく撫でた。
やがて、街の外れに佇むエリスの屋敷が見えてくる。
石造りの重厚な建物だが、派手さはなく、静かな威厳を感じさせる。
門前には領民から贈られた花束が飾られていて、淡い香りが夜風に混ざって漂ってきた。
その光景に、僕は思わず息を整える。戦いのただ中にある僕らにも、こんな温かな帰る場所があるのだと実感できたからだ。
扉を開くと、そこにはエリスが待っていた。
ランプの光に照らされた彼女の表情は、どこか安堵を含んでいて、普段の毅然とした姿よりも柔らかかった。
「――おかえりなさいませ、皆さま」
その声が響いた瞬間、胸に広がっていた祭りの高揚がすっと静まり、穏やかな温もりに包まれていく。
彼女の言葉はまるで家族にかける言葉のようで、心の奥に染みわたった。
「祭りは……楽しめましたか?」
僕たちは互いに顔を見合わせ、自然と頷き合う。
セレスは静かに微笑み、ルミナスは頬をわずかに赤らめながらうつむき、リンカは尻尾を揺らして嬉しそうに笑っている。
その姿を見たエリスが、柔らかく口元を緩めた。
その笑みは――戦いの日々を歩む僕らにとって、何よりも温かい光に思えた。




