交錯する希望と不安
僕ら《奈落の希望》と、先輩である《煉獄の騎士団》。
並び立つという事実が、どれほど大きな意味を持つのか――言葉にせずとも、誰もが胸に刻んでいた。
「……では、詳細は冒険者ギルドで詰めようか」
アテンがそう口にすると、場の空気がわずかに動いた。
「ギルドなら兵士や冒険者の調整も可能だ。市民への避難指示も含め、動かせる組織はそこしかない」
僕は頷き、セレスやリンカ、ルミナスと視線を交わした。
「確かに……僕たちだけじゃ、守り切れない規模になる」
「そのとーり」ルミナスが小声で呟く。「ルミナス。戦う。けど……市民、無理」
「そうだね。だからこそ……ギルドの力を借りる」
フェンネルが軽く杖を肩に乗せ、片目をつむった。
「ふふん、じゃあ決まりね。あたし達は派手にやるけど~、その前に準備はきっちりやっとかないと」
「任せろ。俺の盾で後輩も市民も全部守ってやる!」ザークが豪快に胸を叩く。
シズカは腕を組んで頷いた。
「調整は大事でござる。拙者、そういうの苦手ゆえ……ギルド会議、ありがたいでござるな」
セレンが両手を組み、静かに祈るように告げる。
「人を導くのは、力だけではありません。整えられた秩序があってこそ、戦いも実を結ぶのです」
その言葉に、僕は胸を引き締めた。
(……戦いに備えるだけじゃない。背後にいる人たちを守るために、今できる準備をしなくては)
こうして――僕らは冒険者ギルドへと向かうことを決めた。
控えの間の空気が、ざわりと揺れた。
そこにいた高ランク冒険者たちが、僕らを見るなり立ち上がったのだ。
「……やっぱり、《奈落の希望》だ」
最初に声を上げたのは、顔に深い傷の残る壮年の冒険者だった。
「俺たちは忘れねぇ。あの時、純白の剣の罠に填まって……ダンジョンのボスに嬲り殺される寸前、あんたたちが現れた。もしセージ殿の一閃がなけりゃ、全員あの場で終わってた」
別の冒険者が拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「命を救われた恩は、一生消えない。……あの時、仲間と一緒にここまで戻って来れたのは、あんたたちのおかげだ」
その声は震えていた。だが確かな敬意があった。
周囲の者たちも頷き、口々に言葉を重ねる。
「だからこそ、俺たちは認めてる。魔将を退けた英雄としてだけじゃねぇ。仲間を救い、人を見捨てない……本物の冒険者としてな」
……胸の奥が熱くなった。
僕は思わず剣の柄に手を添え、深く頭を下げる。
「……ありがとうございます。僕たちは、ただ出来ることをしただけです。ですが、こうして声をかけてもらえるのは……とても、嬉しいです」
その瞬間、場の空気が柔らかくなった。
重苦しい緊張ではなく、互いに背中を預け合える仲間としての信頼が、そこにあった。
ふと横を見れば、ルミナスがどや顔で胸を張っていた。
「そのとーり。すべてはルミナスのおかげ」
腰に手を当て、いつもの調子で。
「いや、それは……」
お前あん時は敵側だったろうが……。
硬かった空気が解け、まるで一座の仲間に迎え入れられるような温かさが広がっていく。
その和やかな笑いの中で、アテンが静かに口を開いた。
「なるほど。……評判は聞いていたが、やはり彼らは人の希望を背負うに足る存在だ」
赤い髪が揺れ、真っ直ぐに僕を射抜く。
その瞳に込められた期待の光に、僕は自然と背筋を正した――
場が和んだその時――アテンがゆっくりと前へ出た。
「セージ君。……君たちと直接話せるのは幸いだ。こちらにも、伝えておきたい情報がある」
僕は思わず姿勢を正し、深く頷いた。
「はい。お聞かせください」
アテンの表情は落ち着いていたが、その声には硬さが混じっていた。
「我々《煉獄の騎士団》は、先日ある調査のために国境付近へ赴いた。そこには……見慣れぬ血の紋様が残されていた」
「血の……紋様?」
思わず繰り返した僕に、フェンネルがすかさず補足する。
「そうそう。地面いっぱいに描かれたおぞましい円陣だったわ。魔法陣って言うより、もっとこう……生きてるみたいに蠢いてたの」
ルミナスがぼそりと呟く。
「血の呪術。古代魔族の術式。……嫌な匂い」
シズカも腕を組み、険しい顔で言葉を継ぐ。
「ただの魔族ではない。背後に大規模な組織があるでござろう。人を魔に堕とす術……考えただけでぞっとするでござる」
冒険者たちの間に、ざわめきが走る。
セレンが一歩進み出て、手を胸に当てた。
「……私も祈りを捧げましたが、感じたのは『堕落』の気配。七魔将に連なる闇の一部と考えて間違いないでしょう」
僕は剣の柄を握り直し、仲間たちに視線を送った。
(……やっぱりだ。ヴァルナのときも、あの視線の奥に別の闇を感じた。これで確定だ。七魔将の背後には、さらに強大な存在が潜んでいる)
「セージ」
アテンの声が再び響く。
「君たちが遭遇したヴァルナの情報は貴重だ。そして我々の調査で得られた兆候も、確かに繋がっている。……次の一手をどう打つかは、君たちと我々、双方にとって重大な意味を持つだろう」
僕は強く頷き、はっきりと言葉にした。
「はい。……僕たち《奈落の希望》は、逃げません。人の未来を奪おうとする存在なら、必ず打ち砕きます」
その言葉に、アテンの瞳が静かに細められる。
「なるほど……その気迫ならば、共に戦えるな」
フェンネルがにやりと笑い、杖をくるりと回した。
「じゃ、次は共闘になるかもね。楽しみだわ~」
ザークが豪快に笑い声を響かせる。
「がっははは! おうよ! 次にゃ背中預け合って大暴れだな!」
シズカが軽く肩を竦めつつも、眼光を鋭くした。
「気を抜けば、命はないでござるぞ……だが、それが冒険者でござる」
セレンは静かに目を閉じ、祈りの言葉を紡ぐ。
「光あれ……我らの進む道に、必ず」
その瞬間、僕の胸の奥にも熱が広がった。
――煉獄の騎士団と共に進む未来。
それは決して容易な道ではないが、確かに希望の灯火だった。




